Scene55. 2月14日 (5週目) 夜

 俺と小春を家の前まで送り届けた警察の車を見送り、俺たちは互いの家の前で立ち止まった。

 あの事件の事後処理で有耶無耶になってしまっていたが、今回の小春とは気持ちがすれ違ったままだった。

 俺が岡崎さんの誘惑を断りきれずにいた所を小春に咎められ、それっきりだったのを思い出す。

「あのさ、小春!」

 何も言わずに自宅の玄関に入って行こうとする小春を俺は呼びとめた。

 小春は、待っていたと言わんばかりに頬を膨らませたジト目で俺を見据える。

「う……」

「なによ、そんな怯えて」

「いや、だって、謝って無かったから」

「な、に、を?」

 一文字ずつ区切るように小春は詰問する。

 その意図を汲み取って俺は深々と頭を下げた。

「岡崎さんに、ちゃんとした態度を示さなかった事。済まない」

「それだけ?」

「え?」

「私に何にも教えてくれずに、ひとりで無理して……私を助けてくれたんでしょう?」

「ん、どうしてそれを?」

「やっぱり! ……カマかけただけだったんだけど、そうなんだ?」

 鋭い。いや、まんまと語るに落ちてしまった俺も間抜けだが。

「えーと……」

 俺は前の小春との約束を思い出して口ごもる。この小春には何も教えたくは無かったのだが。

「なんかね、さっき車の中で寝てる時に変な夢見ちゃって。すごくすごく長い夢。私とユウがお互いを助ける為に何度も何度も死んで、殺されて、守ろうとする夢」

 小春の顔はもう怒っていない。その優しい顔が、前の小春の顔と重なって見える。

「だから今日の事も、きっとユウが色々と考えてくれて、たくさんたくさん先回りして、私の事を助けてくれたんだろうなって思っちゃった。変だよね、夢の話なのに」

「いや……変じゃないよ」

「ありがとう、ユウ。私の事を助けてくれて」

 小春はそっと俺の手を取り、冷たい小春の頬にあてがった。

 それだけで充分に伝わった。

 きっと俺はあの小春の事も助ける事ができたのだと。

 その日は玄関先で別れた。そして俺と小春は改めてバレンタインデーのやり直しをする事にした。


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