Scene54. 2月14日 (5週目)放課後
「もう、大丈夫ですからね」
現場に駆け付けた警官のうちの一人、婦警さんが半裸だった小春に毛布をかけてくれていた。
バレンタインデーの季節、暖房の無い美術準備室で服を脱がされるのは寒かっただろう。婦警の気遣いに小春はようやく落ち着きを取り戻していった。
複数の男性教師たちにのしかかられ取り押さえられていた天木先生は、あとから来た警官たちに引き渡され連行されていった。
天木先生の悪い噂は教師たちの間でも既に知られていたようで、しかし生徒や保護者たちからの信頼が厚い為に問題として取りあげることも難しかったのだという。
結果的に未遂だったとはいえ、これを機に停職処分だけでなく学校に戻って来る事が無ければ良いのだがと思う。
現場に残された俺と森谷は生活指導の体育教師たちにこってり絞られた後で、事情聴取の為にパトカーで警察署まで連れて行かれる事になる。
危ない所に乗り込むなという事だったが、俺たちの到着が遅れていたら小春の身に何があったか……考えるだけでも胸がムカムカした。
岡崎さんは教師達からのお咎めは無かった物の、やはり事情聴取という事でその日は警察署に連れられるのだった。
俺たちは4人揃って夜遅くまで警察署で色々と聞かれ、解放された後は警察の車でそれぞれ自宅まで送ってもらえることになった。
狭い車の中で俺はようやく、これまでの長い長い2日間が終わったのだと実感した。
もちろん俺には事件の発端からどれほどのループがあったのか記憶が無い。
しかし、俺と小春が何度もすれ違いながら追い求めたものがようやく手に入ったのだという達成感があった。
思えば不思議な出来事だった。
こうして事件を未然に防いだからこそ誰も犠牲は出ずに済んだ。
しかしこれは、俺と小春が互いを救うために命をかけ、紡いできたからこそ辿り着けた真実だった。
ただのループではない。互いに絡み合う二重螺旋の様な時間旅行がおそらくそこにはあったのだ。
螺旋を上から眺めればまるで同じ所をぐるぐると回っているだけだったかもしれないが、横から見れば何度も何度も交差して進んでいた。
きっとそうなのだろう。
そう思う事で俺は自分を慰めた。幾度となく繰り返される中で志し半ばに倒れた過去の俺自身を。
この事は小春には伝えていない。
ループの中で俺に温もりを与えてくれた、あの小春が望んだ事だったから。
車に揺られて寝息を立てる小春を眺めながら、俺はもう一人の失われた小春の事を想った。
――大丈夫。
あの小春の分まで、この小春を守って見せる。
俺は心の中でそう硬く決意しながら、窓の外を流れる夜景を目で追っていた。
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