Scene52. 2月14日 (5週目) 昼6

 ……美術準備室?

 走る岡崎さんの後を追いながら俺は思案する。

 思い出すのは、俺にとっての初めての2月13日の朝の事。

 未来から来たという小春に連れ込まれて、抱きしめられた場所だ。

 そして、その小春にとっては俺が殺された場所でもあったという。

「どうしてそんな所に?」

 俺は岡崎さんに訊ねる。岡崎さんは答えない。

「……何が起きても気付かれにくい場所にあるからだ」

 代わりに森谷が答える。

 なるほど、確かに。

 この学校の美術準備室は殺人事件が起きてもすぐには気付かれない様な場所にあった。

「俺が岡崎さんを呼び出したのも、その場で何かラッキーな事があったらいいなって思ったからなんだよ」

「このスケベ野郎っ!」

「おうよ!」

 俺たちが階段を降り切った所で、美術準備室へ続く廊下に小さな人影が見えた。

「可奈子ちゃん……!?」

 驚いてこちらを見る女の子は、先ほど森谷の話に出てきた岩村綾音さんだった。

 岩村さんはつまらなそうにスマホをいじっていたが、俺たちが現れたのを見てサッと顔色を青ざめさせた。

「綾音ちゃん……お昼休みにこんなひと気のない所でどうしたのかしら?」

「か、可奈子ちゃんも……それに森谷くんと城之内くん……」

「私たち、この先に用事があるのだけれど……通ってもいいわよね?」

 岡崎さんが念を押す様に詰め寄って言う。岩村さんは気おされて後ずさる。

「あ、あはは……3人で何するのぉ? 怪しいなぁ」

「……ふたりとも、行くわよ」

 岡崎さんが岩村さんの隣を通ろうとすると、岩村さんは俯いたまま立ちふさがった。

「こ、この先はダメだよぉ。えっと……ほら、逢瀬の最中だから。分かるでしょ?」

「あら、楽しそうね。私たちも混ぜて貰おうかしら」

「……ダメ!!」

 岩村さんが岡崎さんに追いすがる。しかし、

「悪いな、岩村さん。通してもらうぜ」

 岡崎さんの腕を掴んだ岩村さんを、森谷がふりほどいた。岡崎さんは無言で先へ進む。

 チャラそうな外見の森谷に怯えた岩村さんは何も言い返せなくなり、俺たちが来た方向へ走って逃げて行った。

「綾音ちゃんを見張り役に立てておいたのね。となるとこの先にいるのはやっぱり……」

 やがて岡崎さんが美術準備室の前に辿り着く。

 これから起きる事に備えるかのように、扉の手前で息をひそめた。

 俺たちも追いついて立ち止まり、岡崎さんの背後で身をかがめる。

 昼休みの喧騒が遠くに聞こえた。

 ここにだけ異質な空気が流れている様な、そんな感覚にとらわれる。

 岡崎さんが注意深く扉に近づき、中の様子を覗う。

 美術準備室の中から、かすかに物音がした。

 俺たちの考えがただの思い過ごしで、どこか見知らぬカップルがバレンタインデーの情事に耽っているのだとしたら……ここで騒いで事を荒げるべきではないという判断だろう。

 岡崎さんはハンカチを手に添えて、音が立たないように美術準備室の扉を少しだけ開ける。

 中の物音がより鮮明に聞こえてきた。

「そんなに怖がらないでください、宮間さん。優しくすると言っているでしょう?」

 大人の男の声。

 それに応じる声の代わりに、ガタガタと机か椅子が揺れる音と、口元を押さえられた叫び声が聞こえる。

 ……宮間?

 中で何が起きているかなんて、知った事か。

 小春が中にいるならそれだけで飛び込む理由には充分だ。

「小春ーッ!」

 扉と岡崎さんの間に身体を割り込ませるようにして、俺は美術準備室に飛び込んだ。

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