Scene50. 2月14日 (5週目) 昼4

「それで、森谷はどうしてそんな所で座りこんでるんだ?」

 俺は森谷に手を貸して立たせながら訊ねた。

「それは……岡崎さんが教室を出るのを見届けてから後をつけようとしたら……美術準備室じゃなくて屋上に来っていうから……」

 森谷は岡崎さんにジッと見つめられながら居心地が悪そうに目を泳がせながら答える。

「それで、盗み聞きしていたという訳なのね?」

「……はい」

「そう、まぁいいわ。それじゃあ要件は?」

「えっ?」

「ここで聞くわ。話したい事があったんでしょう?」

 岡崎さんは自分よりも背の高い森谷の顔をしっかりと見つめてキッパリと言った。

「私が城之内くんの事を好きな事、城之内くんが小春ちゃんの事を好きな事、知っている上でこんな小細工をしてまで私に話したかった事なんでしょう?」

 腰に両手をあてて胸を張って言う岡崎さん。

 森谷はしばらく無言で困惑していたが、意を決したのか岡崎さんに向かい合って言った。

「岡崎さん、俺と付き合って下さい!」

 目を見つめて言ったあと、森谷は深く頭を下げた。

「貴方、私のクラスメイトよね?」

「お、おう」

 岡崎さんは森谷の肩に手を置く。森谷は腰を曲げたまま顔だけをあげる。小柄な岡崎さんとちょうど顔の高さが合う位置で、ふたりは見つめ合った。

「よく話しかけてきたり、放課後の遊びに誘ってくれたわよね」

「あー。あはは。その度に素っ気なく断られてたけどな」

「それでも貴方はめげずに私に声をかけてくれたわ」

「へへ、諦めが悪ィんだ、俺」

「私が城之内くんの事を好きな事も知ってたでしょう」

「そりゃあな。岡崎さんの事はずっと見てたから知ってるぜ」

「それでも諦めなかった?」

「城之内には小春ちゃんがいる。だから……」

「だからいつか失恋して、貴方に振り向くと思った?」

「……ん。そういう事になるな」

「ひどい事を考えるのね」

「スマン」

「でも、素直だわ」

「ヘヘッ、そりゃどうも」

「私、今でも城之内くんの事が好きよ」

「……だろうな」

「でもさっき、失恋したわ」

「ああ、見てたよ」

「このチョコレート、城之内くんの為に作ったの」

「手作りか!?」

「食べたい?」

「おう! もちろんだぜ」

「貴方は私の気持ちを、受け取ってくれるの?」

「当然だ。」

「そう……」

 岡崎さんはしばらく俯いて立ちすくむ。自分の親指を唇につけたまま、もぐもぐと口の中で考え事をしているようだ。

 片手に持った赤い紙袋をしわが寄るほど強く握る。

 その手が緩んだ時、岡崎さんの心は決まったようだった。

「ハッピーバレンタイン、森谷くん。これはあなたに渡す事にするわ」

 俺に渡すはずだったハートの形の箱を岡崎さんは森谷に突き出す。

「え、それじゃあ、俺と付き合って……くれるのか」

「そうね、答えは……イエスよ」

 森谷は感極まって絶叫する。

「うおおおおお! 岡崎さぁぁぁぁぁぁん!」

 森谷が抱き付こうとするのを岡崎さんはサッと避ける。

 森谷はそのまま前のめりになって屋上の地面に倒れた。

 手に持ったチョコの箱を潰さないように右手だけ掲げているのがとても健気だ。

「詳しい話は後にしましょう」

 岡崎さんは倒れ込んだままの森谷に手は貸さずに、上から覗きこむように訊ねた。

「ここに来ていない小春ちゃんを、どこに呼び出したのかしら?」

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