Scene48. 2月14日 (5週目) 昼2

「……え?」

 俺がポカーンとした顔をしてハートの形の箱と岡崎さんを見比べていると、岡崎さんはちょっとムッとして顔を赤くした。

「今日はバレンタインデーでしょう? 察しが悪いのね」

「えっと……何?」

「チョコレートよ。言っておくけど、変な物は混ざっていないからね」

 ベンチに座っている俺の目の前に、箱がつきだされている。

 受け取れ、という事なのだろう。

 ナイフ構える岡崎さんの印象が強すぎて、どうも危険物か何かの様に思えてしまう。

 しばらく俺はそのハートの形の箱を眺めていた。

 そして、自分の中で充分に納得できる言葉を見つけてから応えた。

「岡崎さん、ごめん。俺は小春が好きなんだ」

 正直な自分の言葉だ。

 俺は小春が好きだ。

 これまで些細な行き違いで疎遠になったり仲たがいをしてきた。

 それでも俺は小春の事が好きなんだ。

 俺が本当に欲しいのは、小春からの本命チョコレートだ。

 岡崎さんが俺に差し出しているのも、きっと本命のチョコレートなのだろう。

 だからこそ、気安く受け取るわけにはいかない。

 受け取っちゃいけないんだ。

 俺は今まで、小春と疎遠になっていく中で新しい女友達と親しくなっていくことに喜びも感じていた。

 だからこそ昨日の様に岡崎さんが気を持たせるように迫ってきても、明確に拒む事ができなかった。

 でも今は違う。

 きっと岡崎さんは本気の思いを俺に渡そうとしているんだ。

 だから、俺もそれに対して本気で応えなければならない。

 俺は、岡崎さんが差し出すハートの形の箱を手のひらでそっと押し返した。

「それは受け取れない」

 俺は岡崎さんの顔を真っ直ぐ見て言った。

 岡崎さんが驚き、戸惑い、理解し、目に涙が浮かぶ所をしっかりと見つめた。

 岡崎さんはハートの形の箱を抱え込み、声も上げずに涙の流れるまま泣いた。

 そして俺に見られている事に気付いて背を向け、天を仰いだ。

 俺がキッパリと岡崎さんを拒んで、可能性が無い事をちゃんと示していれば流れる事は無かった涙だ。

 俺は岡崎さんの涙が止まるまで、その背中をじっと見守った。

 やがて岡崎さんは制服のポケットからハンカチを取り出すと顔を拭ってからこちらに向き直った。

「わかったわ、城之内くん。私はあなたが大嫌いよ」

 岡崎さんは涙で少しふやけてしまったハートの形の箱を赤い紙袋に戻す。

「このチョコレートは……私の気持ちを受け取ってくれる人に、渡す事にするわ」

 自分に言い聞かせるように岡崎さんは呟き、俺に向き直った。

「まったく、失礼な人ね。自分から呼び出しておいた癖に」

「え……?」

「この手紙よ。あなたがくれたのでしょう?」

 岡崎さんは質素な封筒を取り出した。

 開封済みのそれに添えられた紙を受け取って読む。


『場所を変えよう

 今日の昼休み

 屋上で待つ

 城之内』

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