Scene40. 2月13日 (5週目) 朝2

 俺は玄関の下駄箱前の廊下にある消火栓の陰に隠れて、小春が来るのを待つ。

 正直、廊下からは丸見えなのだが下駄箱の方からさえ見えなければ問題は無いはずなのだ。

 これから始まるであろう、小春と天木先生の会話を最後まで邪魔することなく見届ければ事件なんて起きない。

 そう信じて、じっと息をひそめた。

 8時21分、小春が登校する。

「宮間さん、宮間小春さん」

 校舎の玄関で靴を履き替えている小春に天木先生が話しかける。

 小春は小首をかしげて応答。

「宮間さんは、明日のバレンタインに渡す相手はいるのかな?」

「はい、もう先週の日曜日にいくつか買ってあります」

「そうか、それは楽しみだなぁ」

 小春は作り笑いを必死に固めている。

 小春は去年、この天木先生にチョコを渡さなかったというだけで天木先生の取り巻き女子たちからいじめを受けていたという。

 それも、天木先生の指示でだ。

 俺はすぐにでも殴りかかりたい衝動に拳を固めるが、じっと我慢する。

 とにかく、この会話を最後まで……。

 俺は再び耳を傾ける。

「宮間さん、去年は辛い思いをしただろう。でも大丈夫、宮間さんがその気なら今年はちゃんと守ってあげるからね」

「……はい、ありがとうございます」

「本当なら学校にチョコなんて持って来ちゃいけないんだけどね。持って来てくれるというなら仕方ない。大目に見るよ」

「そう……ですか」

「いや、毎年困っているんだよねぇ。職員室の机に乗りきらない程のチョコを押しつけられて」

「……」

「不満なのかい、僕を一人占めできなくて」

「いえっ、あの……すごいですね、そんなにたくさん」

「もちろん、お返しはちゃんとしているよ。望む生徒には、特別なお返しもね」

 天木先生は小春の髪を掬い取って口付けする。

 小春が緊張で震えるのが見えた。

「君は可愛いから、優しくしてあげるよ」

 天木先生は言いたい事を一方的に言うと、腕時計を確認して足早に教室へ向かった。

 玄関では小春が下駄箱に寄り掛かって溜め息をついている。

 俺はそっと近づき、声をかけた。

「ハル、大丈夫か?」

 その声に小春はビクッと肩を揺らして俺を見る。

「ユウ……悠斗……?」

 小春にしてみれば、もう長いこと会話もしていない相手から急に呼ばれて驚いた事だろう。

 俺は救えなかった2月14日の小春を想う。

 自然と身体が動き、小春の肩をそっと抱いた。

「安心しろ、俺が守ってやる」

 今日と明日の2日間だけじゃない。これからずっと……。

 そう想って、俺は小春を抱きしめた。

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