Scene37. 2月14日 (4週目) 昼3

「うわあああああああああ!」

 吹き上がる赤い飛沫の向こうで倒れる小春を見て、俺は喉から叫び声しか吐き出せなかった。

 屋上の床にまき散らされた血は冬の外気にさらされて、白い蒸気を出して広がる。

 何故こんな事に?

 どうして助けられなかった?

 頭の中に疑問と自責の念が渦巻いて、体が動かなかった。

 屋上に吹く風の音の中で、かすかな声が聞こえた気がして俺は小春のもとに這って行く。

 みじめに四つん這いになりながら、生ぬるい血だまりの中で仰向けに横たわる小春に寄り添う。

「小春っ!」

 生臭い空気にむせながら俺が呼びかけると、小春の眼球がこちらを向いた。もう焦点があっていない。

 小春の口元がゆっくり動く。

 ご め ん ね

 そして口元に笑みを浮かべている。

「何言ってるんだよ。小春。俺がお前を……助けられなかったっていうのに」

 小春は何も答えない。

 小春は震える手で自分の首元に提げていたペンダントを掴む。

 金と銀のプレートが交互に折り重なって、二重螺旋の様になっている。

 小春が未来から過去に戻る時に、未来の俺から渡されたというペンダントだ。

 それが今、血にまみれている。

 小春がそれを外そうとグイグイ引っ張っているので、俺は小春の首の後ろに手をまわして外してやろうとする。

 ふいに小春の手が俺の首の後ろに回る。

 引き寄せられて、前歯が当たる程の勢いで唇が重なった。

 小春の唇はもう血の気を失いつつある。

 小春が求めるままに俺はしばらくの間その唇を吸った。

 ようやく俺は唇を離してから、小春が既に死んでいる事に気付いた。

 俺の手には鎖が千切れた血まみれのペンダントがある。

 何をすればいいかはわかっていた。

「なあ、俺を過去に戻してくれよ! 何も知らない小春を助けにいかせてくれよ!」

 俺はペンダントを手のひらの上に掲げて空に叫ぶ。

 何も起きない。

「なんだよ。何なんだよ。俺はどうすればよかったんだよ!」

 下を見れば小春の寝顔が見える。

 昨夜の光景が脳裏に浮かび、俺は小春の頭を撫でてやる。

「ハル、俺はお前を……」

 俺の囁きに呼応して、ペンダントが淡く光る。

 手のひらが少し軽くなったのを感じた時、俺の意識は闇に吸い込まれて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る