Scene36. 2月14日 (4週目) 昼2

 岡崎さんは俺の声に一瞬気を取られて、こちらを振り返る。

 その一瞬があれば充分だ。

 俺はそのまま岡崎さんに肩から体当たりをし、もつれ合いながら倒れた。

 岡崎さんが持っていたナイフは倒れた衝撃で手を離れ、小春の足元へ回転しながら滑っていった。

 屋上の床に倒れた俺は半身を起こし、同じく倒れる岡崎さんにのしかかって押さえつけた。

 岡崎さんはすぐに抵抗を諦める。

「小春、ナイフ拾え!」

 岡崎さんが再び襲いかかって来ないように小春にナイフを拾わせる。

 小春は足元のナイフをじっと見て動かない。

 そうしているうちに後ろから森谷が追いついてきた。

 俺は身体を起こして、森谷と共に岡崎さんの上半身だけ起こして座らせる。

「何やってるんだ!」

 森谷がいつになく真剣な表情で岡崎さんを問い詰める。

「なぁ、頼むよ。岡崎さんはこんなことする子じゃないだろ? やめてくれよ、ホントにもう」

 森谷はしゃがみこんで岡崎さんの顔を覗きこむ。

 岡崎さんは嫌がり逃げるように顔を背けている。

「わ、私だって、こんな事……」

 岡崎さんはせわしなく目が泳いでいる。

「わかってたわよ、こんな事したって……何も手に入らないって」

 岡崎さんは俺と目が合うと、憎しみとも悲しみともつかない鋭い視線を送ってきた。

 俺はそれを受け止める。

「天木先生に、言われたからだろ……?」

「そうよ……聞いてたんでしょ、あの時」

 俺は昨日の昼にこの屋上で岡崎さんと天木先生が話しているのを聞いていた。

「もうおしまい。だからもう、死なせてよ」

 この世の全てを呪う様な震える声を岡崎さんは吐き出す。

「しっかりしろ!」

 森谷は岡崎さんの肩を掴んで励まそうと揺するが、岡崎さんは嫌がって抵抗するだけだった。

「まだ事件も何も起きてないだろ」

 俺は岡崎さんに諭すように言った。

「今からなら、まだ、やり直せるじゃないか」

 岡崎さんはその言葉に観念したのか、抵抗をやめて脱力していた。

 あぁ、良かった。事件を未然に防ぐことができて。

 これでもう、何を気にする事もなく、本当の明日を迎えられるはずだ。

 とりあえずこの寒い屋上から引き上げようと立ち上がった所で、小春がナイフを拾う所が見えた。

 まったく、あんな物騒な物を……。

 小さくため息をつく俺の目の前で、屋上に赤い花が咲いた。

 赤。

 赤赤赤。

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

 ナイフを拾った小春はそのままナイフで自分の首元を真横に撫でたのだ。

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