Scene32. 2月14日 (4週目) 早朝
全身の筋肉痛をこらえながら俺は飛び起きた。
絶対に小春を殺させたりしない、そう心に決めていた。
俺は早くに荷物をまとめて部屋を出た。
階段を下りると、だらしない下着姿の姉が牛乳パックに直接口をつけて飲んでいる所に出くわした。
「おはよう、悠斗!」
「おはよう、姉さん……それ、俺も飲むつもりだったんだけど」
「あー、悪い悪い。飲むか? まだ残ってるぞ」
「いらねえよ、飲みかけなんて」
「いいじゃないか、家族なんだしさぁ……それより」
姉は鼻の穴をふくらませた下品な満面の笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んで来る。俺の肩に肘を乗っけてきて、実に馴れ馴れしい。
「……な、なんだよ」
「ちゃんと避妊はしたのか? ダメだぞ? まぁ、女もナマの方が気持ち良いけど」
「ぶっ!」
俺は盛大に吹き出した。
「うわ、キタネェ! 姉さんにぶっかけんなよ、ツバ」
「朝から何言ってんだよ!」
「いやー、今日は赤飯かねェ」
「おい、おいおい……」
姉は昔から勘が鋭い。特に俺と小春の事に関しては。姉に何度も冷やかされたせいで俺は妙に小春を意識してしまって遠ざけていた事もあるぐらいだ。
「首元に赤い痕がついてるぞ? いやー、小春ちゃんって意外と熱烈なのな?」
カラカラと笑う姉に背を向けて俺は玄関の鏡で自分の首元を確認する。俺と小春が愛し合った痕跡がそこにはしっかりと刻まれていた。
「クラスメイトに気付かれる前で良かったなぁ、少年?」
「あ、ああ……そうだな。ありがとう」
「お前さんさぁ。なんか抱えてると注意力が散漫になるから、気をつけろよ?」
姉はフッと遠い目をして俺に諭す。
昔から姉は下品でくだらない事を言って俺を冷やかしてくるが、そういうときは俺が何か深刻な悩みを抱えている時だった。
姉なりに気遣って気持ちをほぐそうとしてくれているんだろうという事は鈍い俺にもなんとなくわかった。
姉は俺の手助けはしない。それでも俺が何かと抱えている悩みに立ち向かえるように励ましてくれるのだ。
「姉さん……」
「あー、良いって良いって。弟から誉められてもムズ痒くなるだけだからな! あたしのデリケートなゾーンが!」
「……なんでわざわざ下品な言い方をするんだ」
「歩きづらそうだからなだめてやろうと思ってさ、朝から元気なお前さんの……」
「黙ってれば美人なのにな……」
俺は溜め息を吐きながら、そのまま玄関の靴をはく。
朝食を腹に入れようと思ったが、余計な詮索や下品トークに付き合わされそうだったからだ。
「あ、あれ? 今あたし誉められた? 誉めても何も出ないよ? いや、出るかもしれないけど」
「……いってきます」
切羽詰まった気分がほぐれた事にだけは素直に感謝して、早々に家を出た。
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