Scene31. 2月13日 (4週目) 夜2
俺は自分の耳を疑った。
えっ……なんだって?
小春の口からそんな言葉が出てくる事も、俺がそれの相手として誘われている事も異常事態だ。
小春はふわふわとした足取りで俺に近づき、抱きつき、それでも歩みを止めずに思いのほか力強い歩調で俺をベッドの脇まで押しこんだ。
ベッドの縁に膝の裏を取られて、あえなく俺はベッドに座りこむ形となってしまった。
「おい、小春……」
抗議する俺の前で小春は耳まで真っ赤にして上着を、そしてシャツを脱ぎ始めた。
2月の気温はまだ寒い。充分に暖まっていない屋内で肌を晒して、小春は小さく震えた。
「お願い、ユウ。私、もうダメなの」
声を絞り出すように小春が言う。
「もう、この体には何の痕跡も残っていないんだけど、覚えてるの。天木先生にされた気持ち悪い事も、眼の前でユウが冷たくなっていく事も」
「ハル……」
「私、約束したの。私を助ける為に天木先生を待ち構えて殺されてしまったユウに。今度は絶対助けるんだって」
「……」
「ユウ。あなたの事、絶対に助ける。だから私の事も、助けてあげて欲しいの……」
小春はそっと俺の手を取り、冷たい小春の頬にあてがった。
小春は一体、どんな2日間を過ごしてきたのだろうか。
どんな思いで、新しい2日間を繰り返しに来たのだろうか。
それを俺がこの場で深く問い詰めることはできない。
ただ少しでも、小春の気持ちが楽になればいいと思った。
ブラを残して上半身の服を床に落としたまま両手を抱えて立ちすくむ小春を、俺は立ち上がり抱きしめた。
冷えた小春の体を温める為だ。俺は制服の上着を脱いで小春の素肌にかけてやり、その上から小春を抱き寄せる。
「無理するな。震えてるぞ」
「震えてない」
「嘘つき」
「怖くないもん」
「嘘つくな」
「ユウ。抱いてよ」
「抱いてるだろ」
「そうじゃなくて……」
「うるさい……」
わがままを言う小春の口を唇で塞いだ。
小春は拒まない。
身体の芯に熱が籠っていく。
「ふふっ」
震えが治まった小春が唇を離して笑う。
「鼻息がくすぐったいよ、ユウ」
「ばか……」
小春が望むというなら、どうにでもなれ。
俺は身をひねって小春をベッドに組み伏せた……。
×××
全身に心地良い疲労がわだかまっている。
俺は汗をぬぐいながら、隣で横たわり息を整える小春の頭をそっと撫でた。
小春は仰向けになったまま肩で息をして、俺に頭を撫でられてもなすがままになっている。
これでよかったのか、小春……?
俺はしばらく小春と寄り添っていたかったが、「親が帰ってくるから」と小春に促された。
汗の玉が浮かぶ火照った体に冷たい服を着て、俺は隣の家までの短い帰路についた。
星が落ちてきそうな静かな夜だった。
鼻から外気を吸い込むと、鼻の奥がツンと痛む。
俺が吐き出した長い溜息は白い靄となって眼の前に広がる。
「それでも俺は、ハルを救いたい」
靄は冬の空に溶けて消えて行った。
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