Scene26. 2月13日 (4週目) 昼1
俺が返事を返さないでいると、始業チャイムが鳴った。
小春は慌てて俺から離れ、すれ違いざまに
「続きは昼休みに……ね」
と言って準備室から走って出て行ってしまった。
女子からいきなり抱きしめられてそんな事を囁かれたら、男子は勘違いしてしまうのではないだろうか。
小春も、思わせぶりな様子を演じていたように見えた。
まぁ、そんな物は小春なりの照れ隠しだったのだろう。
俺は……恥ずかしながら、勘違いをしてしまっていた。
この時は、小春が未来から来たなんて想像もしなかったのだから。
「悠斗、来たよ」
小春は昼休みのチャイムが鳴るとすぐに俺のクラスにやってきた。
昨日までの小春は、そんな事をするやつじゃ無かった。
俺の事を遠巻きに見るだけで、話しかけてくるような事は無かったはずだ。
今週に入ってから妙にそわそわして来たので、つい気になって昨日の放課後に声をかけた。
けど、その時は逃げられた。
それが今日になって急に向こうから話しかけてくるなんて。
昨日から今日の内に何かがあったんだろうかと勘繰っていた。
……それがまさか、未来の記憶を思い出したからだったとは。
小春は妙に手際良く、それを説明してくれることになる。
「今日は、とりあえず屋上に行こうね」
一緒に教室を出ると、小春が妙に楽しそうに俺を先導した。
「今回は可奈子ちゃんが屋上に居るはずだから」
何か予言めいた事を言う。
そしてそれはすぐに的中した。
「あ、いたいた。可奈子ちゃーん!」
2月の中旬でまだ寒いというのに、屋上には俺のクラスメイトの岡崎可奈子さんがいた。
小春は妙に楽しげに俺と腕を組みながら岡崎さんに向かって手を振る。
岡崎さんは俺と小春を恐ろしい表情で凝視するが、何も言わない。
「誰かと待ち合わせ? ごめんね、すぐ出て行くから!」
そう言って小春はすぐに俺を連れて校舎の方へと戻る。
一体何がしたいんだ!?
俺たちは岡崎さんに睨まれながら屋上の出入り口に入って行った。
「小春……?」
俺が疑問を投げかけようと小春を見ると、その表情は笑顔だが妙にこわばっていた。
何かを待ち構えている様な、緊張した顔だ。
そこへ、階段の下から俺のクラスの担任の天木先生が昇ってくる。
「おやおや、宮間さん。それに城之内くん」
「こんにちは、天木先生!」
小春は去年の一件以来、毛嫌いしているはずの天木先生に明るく返事をする。
「どうですか、二人とも。屋上で一緒に昼食でも」
天木先生は俺を見て露骨に嫌な顔をしたが社交辞令を言ってきた。
「これから城之内くんと予定があるので、結構です」
キッパリ。
これも小春には珍しい態度で言い切っていた。
天木先生は小春に対しては笑顔のままで、そのまま屋上へと昇って行った。
「なあ、何がどうなってるんだ? 確かにお前の言うとおり……」
俺の疑問には答えず、小春は少し階段を降りたところでUターンしてまた屋上の出入り口へと向かう。
「静かに。ねえ、悠斗。聞こえる?」
小春は少しだけ屋上の扉を開けると、息をひそめてその場にしゃがむ。
何の事かと思いつつ、屋上から聞こえてくる話し声に耳をすませた。
風の音が響いて聞き取りづらいが、天木先生と岡崎さんの話し声だった。
「……本当に手に……なら、ここで勇気……」
「…でも……春ちゃんは私の……」
「……消し……えば良いじゃ……」
聞くに堪えない内容が続く。
「なぁ、小春。なんで笑っていられるんだよ……」
俺は、笑顔が顔に張り付いたままの小春を覗きこんで問う。
「あいつら、お前を殺すって言ってるんだぞ?」
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