伝説の勇者、再び魔王との対決に臨む

 聖剣オイッスカリバーを鞘から抜き、地面を蹴って走り出す。

 相手との距離がゼロになるのは一瞬。


 聖剣はやつの攻防一体の武具「クレイジー麺棒」と交錯する。

 鍔迫り合いになりながら魔王は問うて来た。


「なあアディよ!ろくでなしの貴様がなぜ戦う!?今回は国からの報酬なども出ないのであろう!」

「それは……リリスが俺たちの……大切な仲間だからだ!」

「戯言を!貴様は誰かの為に戦う人間などではなかろう!」


 オイッスカリバーを押しのけた魔王は、そのままバックステップを踏んで俺との距離を開ける。


「ああ、そうだ……俺は金や女の為にしか動かねえ。でもな……俺はリリスに出会って変わったんだ」

「母親から受け継いだ力以外に何の取りえもないあいつの何がお前を変えたというのだ!」


 その叫びと同時にやつの手から炎系の魔法が撃ち出される。


「『すごい防御』!!!!」

「んほぉっ……相変わらずしゅごい……!!!!」


 しかし魔法はフェイク。

 俺が防御している隙に、魔王は俺との距離を一気に詰めて来ていた。


「ふんっ!!」


 ガードを解いて視界が晴れると、下から振り上げる軌道でやつの麺棒が迫って来ていた。

 再度の防御は間に合わない。

 俺は間一髪のところでこれを避けた。


 ステータス……特に攻撃力と防御力の数値が異常に高い事。

 それが俺を勇者たらしめている所以の一つだ。

 だがステータスが高いのは味噌ラーメン醤油味も同じ。


 防御をせずにやつの攻撃を受ければ、いくら俺でもかなりのダメージを受けてしまう。

 だから防御が間に合わない場合、この敵に限っては攻撃を避けねばならない。


 大振りの攻撃を回避された魔王には致命的な隙が生まれていた。

 見逃すことなく斬撃を叩きこむ。


「『すごい通常攻撃』!!!!」

「しゅ、しゅご……んふうっ……」

「!?」


 俺の攻撃はやつの身体を掠めただけで完全には入っていない。

 確実に入ったと思ったのだが……。


 しかし大きなダメージには変わりないようだ。

 やつはよろよろと後退し、銀色の丸い蓋をしてある何かが乗ったテーブルに手をついた。


「く、くそっ……これまでか……」


 言いたかっただけだろう。

 やつはどこかで聞いたような台詞を吐いて呻く。

 

 最後の時が迫っている事を教えるように、俺はゆっくりと魔王の方へと歩み寄った。


「結局前と同じだな……これで終わりだ。リリスは返してもらう」

「うぐっ……や、やれるものならやってみろ……」

「ああ、言われなくても……」


 そう言いながらやつの眼前で剣を振り上げたその時だった。

 魔王はテーブルの上にある銀色の丸い蓋を外し、その中にあるものを露呈する。


「ぐっ……それは……」

「ガーッハッハッハ!!!!油断したなアディ!!!!」


 蓋の中にあったのは、この世のものとは思えない程の強烈な臭いを放つ……。


 ニンニクまみれのラーメンだった。


「クックック……このニンニク臭!!常日頃から研究の為にニンニクまみれになっている我々魔族でなければ耐えられまい!!」

「うっ……くっ……」


 あまりに強烈なニンニク臭に、俺の意識は次第に遠のいて行く。

 そして口の中にラーメンをねじ込まれてしまった。


 麺に絡みつく魚介系のダシを使った濃厚なスープ。

 それはふんだんに使われたニンニクと共に、絶望の空を彩るラプソディを奏でているように思えた。


「このラーメンには魔法も付与してある。完全に意識がなくなればお前は私の優秀な配下となり、共にラーメンをこの世に広めるのだ!!よろしくお願いします!!!!ガッハッハ!!!!」


 次第に身体の制御が効かなくなり、倒れて地面に転がる様な感覚。

 既に視界の中に光はない。


 朦朧とする意識の中で浮かんで来たのはリリスの顔だった。

 

 笑った顔。

 照れた顔。

 困った顔。


 あいつはころころと表情が変わるから、色んな顔を見せてくれた。

 なのに、なのにっ……!


 今俺の瞼の裏に浮かんでいるのは……。

 唇を重ねた後のあいつの……涙を流しながら、何かを堪えて笑ってくれた顔だった。


 リリス……ごめんな……。

 俺は結局お前の事を何もわかってやれていなかったんだ。


 そんな懺悔を心の中で呟きながら、もう風前の灯となっていた意識は完全に消え失せようとしていた。


 その時だった。


 どこからか声が聞こえてくる。

 いつか聞いた懐かしい声が、俺の脳に直接語り掛けて来たのだ。


(アディ……アディや……)

(その声は……もしかして、じいちゃんか……?)


 俺の祖父、ディナイアル。

 幼少の頃からその才覚を認められ、後に王国でも歴戦の勇士の一人として数えられる程になった。

 もらった勲章の数は星の数にも匹敵するそうだ。


 ……と言うことを各地に吹聴して回ったほら吹きのクソジジイである。

 亡くなってせいせいしていたのに、今更何をしに来たというのか。


(アディ……今お前は力を欲しとる……違うか?)

(……!!そうだ、俺はリリスを取り戻す為に……強烈なニンニク臭にも負けないような……そんな力が欲しいんだ!!)

(そうか……しかしな、力とは一夕一朝で得られるものではない……わかるな?)

(ああ……そうだな)

(うむ……じゃからもう今更どうにもならん……諦めい。じゃあの~)

(いやいや待てよ!何しに来たんだよクソジジイ!)


「……さま」


 今度こそ本当にだめだ……そう思った時。


「勇者様!!」


 今度は頭の中じゃない……鼓膜に直接届いて来た。

 あのチョロくて……いつも元気で……真っすぐで……一生懸命な。

 俺の……大切な人の声が!


「勇者様!聖剣オイッスカリバーを使ってください!!」


 最後の力を振り絞り、何とか手に持ったままになっていた聖剣に魔力を送る。

 そうだ、忘れていた。


 この剣の特殊機能……消臭。

 ありとあらゆる臭いを打ち消す紳士の必需品。

 それがこのオイッスカリバーの真の姿だったのだ。


 みるみるうちにニンニク臭が消えて俺の意識がクリアになって行く。

 意識が戻ると即座に立ち上がり、驚愕に目を見開く魔王と再び対峙した。


「何だと……!?何だその剣は!!」

「聖剣オイッスカリバー……俺の新しい愛剣だ。そして!」


 腰に下げていたもう一本の剣、チョリッスカリバーも鞘から引き抜く。

 それを左手で掲げた。


「これがもう一本の愛剣……チョリッスカリバーだ!!」


 魔力を送り込んでチョリッスカリバーの特殊機能を発動させる。


「グワアアアアッ!!!!何だこれは!!!!私でも耐え切れない程のニンニク臭だと!?それに麺に絡みつく濃厚な魚介系のスープも、隠し味に使ったパクチーもより洗練された味わいになってまるで大自然の営みのような雄大なアンサンブルを奏でているではないか!!!!」

「これがチョリッスカリバーの特殊機能!自分が食べたものをより美味しく標的に伝えるってやつだ!」


 魔王は頭を抱え、膝をついた。


「ふん……危ないところだったが、結局は前と同じ感じになったな」

「ぐぐっ……くそっ!!こんなはずでは……!!」

「いや、実際お前はよくやったよ。リリスがいなけりゃ危なかった」


 俺はそう言って、いつの間にか意識が戻ったリリスを見上げた。

 リリスは心配そうな表情でこちらを見つめている。


「何故だ!何故そこまでしてリリスを取り戻そうとする!今はそうでなくとも、いつかは魔王になるかもしれないやつなのだぞ!」

「例え魔王になったって、リリスは人を害する為にその力を振るう事はない……そういう子だ。それにな」


 俺は二本の聖剣を構えて言った。


「理屈じゃねえ!俺にはただ、リリスが必要なんだよ!!」

「勇者様……」


 後ろで小さく聞こえたその声をかき消すように、俺は叫んだ。


「『すごい二刀流通常攻撃』!!!!」

「グワアアアアーッ!!!!しゅごいいいい!!!!!!」


 絶叫と共に、味噌ラーメン醤油味の身体は灰となり空気に溶けて行った。

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