美少女暗黒騎士、思いを募らせる

 村に戻って来た俺は、そのまま冒険者組合へと向かった。

 依頼達成を報告してエルザとの約束を取り付ける。


 屋敷に戻ったらマリアを呼んでリリスの状態を聞いてみた。

 朝から変わりがなく、まだ元気になっていないらしい。


 原因も未だにわかっていないそうだ。

 こればかりはリリスが話してくれないとわからないからな……。

 今更ながら、俺はリリスの事を何も知らなかったんだなと痛感させられた。


 何だか皆でわいわいと飯を食う気分にはなれなかったので、すぐにエルザとの待ち合わせをしている酒場に向かうことにした。


 庭に出ると暗黒邪竜がこちらに駆け寄って来る。


「わん!」

「悪いけどお前は連れていけないんだ」

「ウゥ~……」

「何怒ってんだよ」


 こいつ……思ったよりもご主人様思いなのかもしれない。

 屋敷に住んでる以外の女と仲良くすることを怒ってるのかも。

 単に俺と遊びたい……ってのは違う気がするしな。


「悪いな」


 暗黒邪竜に睨まれながら屋敷を後にした。


 いつもの酒場に到着。

 まだ深夜に差し掛かっていないので、客はそこそこに入っている。


 待ち合わせよりも早い時間なのでエルザは来ていない。

 適当に空いている席を見つけて腰かけ、時間まで待つことにした。


 やがて待ち合わせの時間が近づいたのでいつもの席に移動。

 程なくしてエルザがやって来た。


「どうしたのアディ?元気ないわね」

「ん、そうかもな」


 やっぱエルザにはわかるのか……。


「何かあったのね……よかったら聞かせて?」


 女の前で他の女の話をするのは気がのらなかったが、ここまで気を遣わせて話さないわけにもいかない。

 俺は正直にリリスの事を打ち明けた。


「そう……リリスちゃんがね……」


 エルザは最弱魔王であるリリスのことは顔ぐらいなら知っている。

 話したことはないはずだ。


「あんなに元気ないのは初めて見たからな。少し心配なんだ」

「そうね……あなたたちの関係をよく知ってるわけじゃないけど……今は側にいてあげた方がいいんじゃないかしら」

「……そうかな」

「それがあなたのためにもなるわ。だって、アディまで元気ないじゃない」

「…………」

「元気のないアディも可愛いけど、私はいつもの明るいアディが好きよ」

「エルザ……わかった、今日はあいつと話してみることにするよ」

「そうして。私とはいつでも遊べるんだから」

「ありがとうな」

「ふふ、どういたしまして」


 深夜に差し掛かって少したった頃には、屋敷に帰り着いていた。

 一度自分の部屋に戻ってからリリスの部屋を訪ねようとしていたのだが。


「リリス……」

「勇者様……」


 訪ねるまでもなく、リリスは俺の部屋にいた。

 俺の帰りを待っていたのかもしれない。


「今日は早いお帰りだったんですね……」

「ああ、お前こそ急にどうしたんだ?」

「…………」


 リリスはまだ元気がない。

 何か話があるから俺の部屋にいるんだろうが、中々切り出せない様子だ。

 俺は急かすこともせず、リリスの隣に座ってのんびりと話してくれるのを待つ。


 やがて、俯いたままぽつりと喋り出した。


「勇者様……勇者様は私の事を、どう思ってますか……?」

「なんだよ急に」

「答えて欲しいんです……」


 リリスの表情は切実で、冗談なんかの気配は微塵もない。


「前と変わらない。いつも元気で可愛くて、世話はかかるけど放っておけない……とても大切な……仲間だ」

「仲間……」


 俺はリリスから視線を逸らしているせいで、彼女の表情はわからない。


「…………」

「勇者様……お願いがあります」

「何だ?俺に出来ることなら何でも言ってくれ」


 それでリリスが元気になるなら安いものだ。

 本当にそう思っている。


「嘘でもいいんです……私の事を一人の女の子として好きだと……愛していると言ってくださいませんか?」

「それは……本当に嘘になるぞ。大切なのは仲間としてだ」

「いいんです……」


 リリスの方を見ると、彼女もこちらを見つめていた。

 目が合ったものの、あの謎のときめきは起こらない。


「……リリス、一人の女の子として……お前の事が好きだ。愛してる」

「勇者様……私もです」


 リリスはそう言って涙を零しながら、ゆっくりと唇を重ねて来た。

 しばらくして顔を離すと、泣き笑いの顔でぽつりとこぼす。


「……ずっとずっと、大好きです」


 どうしてだろう、彼女の頬を伝う涙のせいだろうか。

 その笑顔はこれまでに見たどんな人の泣き顔よりも悲しく見えた。


 やがてリリスは涙を拭いながら、


「……ごめんなさい」


 何故かそう謝った。

 リリスの頭を撫でながら話しかける。


「何があったかは敢えて聞かないけど、少しでも元気になってくれたなら良かったよ。皆心配してるんだからな、今日はもう寝ろ」

「……はいっ」


 返事をするとリリスは立ち上がり、部屋から出ようとする。

 そして扉を開けてからこちらを振り返り、


「おやすみなさい」


 そう残して去って行った。


 何があったのか聞けないのがもどかしい。

 いや、タイミングとか細かい事は気にせずに聞くべきだったのか……くそっ。


 何も出来ない自分に無力感を覚えながら横になっていると、いつの間にか寝ていた。


 そしていつも通りに訪れたはずの翌朝。


 リリスが、俺たちの前から姿を消した。

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