伝説の勇者、ピンチになる
部屋を出ると、女の子は関係者用出入り口に向かって走って行く。
助けを求めるなら競技スペースに出た方が早いのに……。
いや助けを求めるならってなんだよ。
まあ関係者用出入り口なら人は少ないし、好都合だ。
あらぬ誤解を周囲に振りまかれる前に、あの子を捕まえて説得しよう。
競技場の外に出ると、女の子はどんどん人気の少ない方へと走って行く。
そして今はほとんど人がいない、人工樹林の様なスペースに入った。
後を追って俺もその中に入る。
しかし、女の子は人工樹林に少し入り込んだところで倒れていた。
どういうことなのか、事態が全く把握できない。
俺はその場に立ち尽くし、必死になって考え込んだ。
この状況は……まさか誘っているのか?恐らくあれは倒れたフリ……。
憧れの俺と直接会った事で我慢出来なくなり、人気の少ないここで……祭りの傍らでもう一つの祭りを開催しませんかと、そういうことか?
いや待て落ち着け……そうなると部屋を飛び出す時の「ひっ……ひいっ!」の説明がつかない。
あの時、この女の子は明らかに怯えた表情をしていたじゃないか。
そこまで考えたところで、女の子の近くの木陰から一人の男が出て来た。
「お前は……」
「久しぶりじゃのう……アディ」
その男は、俺を追放した王国の元国王だった。
「国王……いや、元国王……今はただの中年のおっさんか……」
「呼び方はどうでもいいわ!それより貴様、話も聞かずにレオナルドを倒すとは、相変わらずのろくでなしっぷりよのう」
「レオナルド……たしかにさっきのやつはそう名乗ってたな。あいつは一体何者なんだ!?」
「き、貴様……レオナルドは私がお前の代わりに雇った勇者じゃ!名前すらろくに覚えておらぬとは……くそっ!どこまでもバカにしおって!」
そういえばそんなやつがいたな。
てことはあいつ倒しても大丈夫だったんじゃね?ラッキ~。
「で、おっさんは何でこんなとこにいるんだよ」
「王都を追われ散々な目に遭ったわしらは、いつかお前に復讐するために二人で魔王になったのじゃ。そして最初にターゲットに決めたのがこのドワーフ共和国。イベントの時に襲撃をすればさぞ効果があるじゃろうと踏んでな……」
どうでもいいけどレオナルドとおっさんめちゃめちゃ仲良いな。
二人で仲良く魔王♪とかラブラブじゃねーか……。
「ところが祭り前にこの街を下見している時じゃ。王女と一緒に街を練り歩くお前たちを見つけ……冒険者組合に護衛の依頼が出ていたから、それを受けたのじゃろうとすぐにわかった。じゃからお前から先に始末することにしたのじゃ」
「俺さえ何とかすればこの街は自分たちのものだ!ってか?でも残念、あんたじゃ俺には勝てねえよ」
「ふっ……その減らず口がいつまで叩けるかの?」
元国王は「この台詞、一度言ってみたかったんじゃ……」と言いたそうな、感慨深い表情をした。
「どういうことだ?」
「こういうことじゃよ!……出でよ!『オオサカのオバチャン』!!!!」
国王は空中に手のひらを向けてそう叫んだ。
空間が歪み、どんよりと暗い色をした穴が空く。
そこから次々に、変な服装と髪型をしたおばちゃんが出て来た。
「あらやだ!」
「あらやだ!どこよここ!」
「全然知らんとこやないの!」
「あらやだ!」
おばちゃんたちは、戸惑う様子を見せつつも喋るのをやめない。
「こいつらはなんなんだ!?」
「これがお前を倒すためにわしが身に付けた『召喚』じゃ!我が寿命をいくらか捧げて異世界の生物を呼び寄せる、禁断の闇魔法!お前もこれまでじゃ!アディ!」
「ふん、こんな変な格好したおばちゃんに俺が負けるわけねえだろ!」
俺は鞘から剣を引き抜いた。
「いくぞ!『すごい通常攻撃』!!!!」
そして振り下ろした剣は、確かにおばちゃんたちに命中したはずだ。
しかし。
「あらやだ!」
「痛いじゃないの!」
「何やあんちゃん怒ってんのか?人を攻撃したらあかんで!」
「飴ちゃんいるか?」
おばちゃんたちはその辺で虫でも発見した程度の騒ぎになっただけだ。
至って平然としていて、攻撃を受けたばかりとは思えない。
「なっ……俺の攻撃が効いていない……!?」
戦闘中に動揺することなど、何年ぶりだっただろうか。
それ程の衝撃だった。
「ハーッハッハッハ!!それじゃ!その顔が見たかったんじゃよ!ハーッハッハッハッハ……あがが……」
元国王は笑い過ぎでアゴが外れたようだ。
そして器用にアゴを治してから叫ぶ。
「さあ行け!オオサカのオバチャンたちよ!あの敵を倒すのじゃ!」
その命令を受けると、おばちゃんたちは互いに顔を見合わせた。
そして何故か元国王の方に走り寄って行く。
「あんた何言うてんの!」
「そんな物騒な事言ったらあかんやないの!」
「飴ちゃんなめるか?」
「それよりそろそろバーゲンセールいかなあかんわ」
おっさんは必死に迫りくるおばちゃんたちを押しのけようとしている。
「えっ……ええい!うるさい!バーゲンセールでも何でも連れてってやるから早くあいつを倒せ!」
おばちゃんたちは一瞬だけぴたっと止まり、俺の方を振り向いた。
「あらやだ!」
「それ早よ言うてや!」
「あんちゃん悪いけど押し倒されてな!」
「やだそれ夜のカーニバルやないの!」
がんがん迫り来るおばちゃんたち。
俺の心に、少しずつ恐怖が滲み始める。
「くそっ……!『すごい通常攻撃』!!『すごい通常攻撃』!!」
俺はひたすら攻撃を繰り出した。
しかし、おばちゃんたちにはやはり効き目がない。
「あらやだ!」
「痛いじゃないの!」
「飴ちゃんなめるか?」
「あらやだ!」
そしておばちゃんたちは俺を押し倒し、上にまたがる。
俺が大切な物を失う覚悟をした、その時だった。
「『ブラックランス』!!」
「あらやだ!」
「あらやだ!」
真っ黒な大きい槍が、おばちゃんたちを貫く。
少なくとも俺の攻撃よりは効き目があったようだ。
この魔法は……。
俺は、声がした方向に振り向く。
「勇者様!」
「リリス!だめだ!来るな!」
そこには、ピンクの髪をしたチョロい女の子が立っていた。
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