美少女暗黒騎士、路地裏で犬を救う

 討伐クエストに行くのは明日にしようということになり、今日はひとまず今後の生活に必要なものを買い揃えておくことにした。とはいっても、家具や調度品なんかは最初から家に置いてあったので、主に食料や生活雑貨の買い出しだ。


 一通り買い物を終えて家路についていると、何やら細い路地の方から犬の鳴き声が聞こえて来た。


「キャイーン」

「ぐっへっへぇ~どうだこの肉、うまそうだろぉ~?でもな……これを食べるのはぁ~?この俺だぁ!ガッハッハァ!」

「クゥ~ン」

「よしよし肉はまだあるんだ……次はこの肉を……?俺が食べるぅ!グハハァ!」


 どうも三人組の男が寄ってたかって犬に肉を自慢しているみたいだ。


 何やってんだか……。

 あほらしいと思いながら素通りしようとしたものの、どうもリリスはそうもいかないらしい。


「ああっ……勇者様、わんちゃんがいじめられています!」

「いや……あれいじめられてんのか?まあいじめられてると言えなくもないか」

「あんなのかわいそうです!私たちがお肉を食べさせてあげましょう!」

「あのなリリス、ああいうのは関わらない方が……っておい、ちょっと待て!」


 俺が説得しようとしたらリリスは既に走り出していた。


「こらっ、やめなさい!」

「何だあ?姉ちゃん、この犬は先に俺たちが肉を自慢してたんだ。邪魔しようってんなら……わかってんだろうなあ?」

「もちろんです……これでどうでしょうか……」


 ポケットからなぜかビーフジャーキーを出して渡すリリス。


「そうそう、わかってんじゃねえか……この硬さが中々クセに……って違うだろーがよぉ!」


 ペシンとビーフジャーキーを床に叩きつける男。結構ノリいいな。

 もちろんそのビーフジャーキーは犬が即座にゲット。


「金だ金!それか肉だ!それもないなら姉ちゃん、あんたの……」


 とそこまで言いかけて、リリスの後ろからゆっくりやってくる俺をみつけ、男はその目を大きく見開いた。


「ひ、ひいっ!アディじゃねえか!何だよこんなところに!」

「アディってあの『泣く子も倒す』アディか!?」

「お、おい!よく見りゃこの姉ちゃん、リリスじゃねえか!お助けえっ!」


 泣く子も倒す……?さすがに泣く子は倒さねえよ。多分。

 男たちは、悲鳴をあげて命乞いをしながら走り去っていった。


「勇者様を見て逃げて行きましたよ!さすがは勇者様です!」

「普通は勇者って言ったらむしろ人が近寄ってくるもんだけどな」


 とにかく犬を解放することが出来たので、リリスは今日買った食材を入れた袋から肉を取り出して食べさせている。そして。


「わあ、見てください勇者様!とってもかわいいわんちゃんですよ」


 俺を見上げながら、とても嬉しそうな顔でそう言った。




 家に戻ると、早速リリスが夕食を作ってくれた。

 どうやら料理は得意らしく、食卓に並んだものはどれも一級品と言えるものばかり。少し大袈裟かもしれないけど、それだけ美味かったってこと。


 食後は俺が片付けをし、それが終わると今後の為にも一つリリスに注意をしておくことにした。


「リリス、どんな時でも俺の言うことを聞かずに先走るのはやめてくれ。あれはお前の悪い癖だ」

「ううっ……すいません……」


 ちょっと注意しただけなのにリリスはかなり落ち込んでいる様子だ。


「いや、わかってくれればいいんだ。今日もあのまま戦闘になった可能性だってあったわけで、ちょっと危なっかしいなって思ったからさ」

「はい……」


 うっ……ちょっと言い過ぎたかな。

 リリスは泣きそうになっている。


「でもさ、困っている人がいたら見過ごせないってのはお前のいいとこだと思う。だからそこまで気にしなくていいよ」

「あ、ありがとうございます……」


 どうだろ、ちょっとは元気になったかな……俺は昔から人を慰めるというのがどうにも苦手だ。人を倒すのは得意なんだけどな。


 それ以上は話すこともなくなってしまったので、今日のところは明日に備えて早めに寝ることにした。




 翌日。


 あれこれと身支度を整えると、俺たちは割と朝の早い時間に街を出た。

 冒険者組合のお姉さんからもらった紙によると、どうやらターゲットは山の奥深くにいるらしいからだ。


 目的の山に到着し、登山を開始。


 山道は右側を生い茂った草木に阻まれ、あまり視界は良くない。

 一方左側は崖になっているから、右から突然モンスターに襲われるというシチュエーションが一番怖かった。


「リリス、いつモンスターが襲って来てもいいように警戒しておけよ」

「は、はいっ!」


 と、言った側からだ。


 右側の茂みが葉擦れ音を立てて揺れると、中から何かが飛び出して来た。


「ウッキキャー!」


 猿っぽいモンスター、クレイジーマントヒヒだ。

 クレイジーマントヒヒというのは、早い話がクレイジーなマントヒヒで、通常のマントヒヒよりもかなり頭が悪い分、めちゃめちゃ身体能力が向上している。


 こういった場所では遭遇したくないモンスターの一種だ。


「モンスターだ!リリス、気を……」

「ウッキキャー……………」


 敵は右側から勢いよく飛び出すぎてそのまま左側の崖から落ちて行った。


「…………」

「…………」

「あの、勇者様……今のは何だったんでしょうか……」

「さあな……」

「勇者様にもわからないことがあるんですね……」

「何言ってんだ、わからないことの方が多いくらいだよ……」


 俺たちは再び進軍を再開した。

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