#23

 M.I.B.本部、懲罰房。と言うのも余った一室の出入り口を外鍵からのみ開錠出来るようにしただけの簡単なもので、室内の作りは他の保管室と変わりないその場所に入れられているのはチワワ似の獣人である老レオン。今回の事件に本意ではないと本人は語るものの深く関わるどころか発端となった彼は本来はアメリカ・ユニオンが有する人工島に建設された凶悪犯罪者を収容する為の施設”ニューアルカトラズ”に入れられる筈だったのだが、そこにM.I.B.が異例の介入をすることで彼を封印しておくことを条件にニューアルカトラズ入りを回避。現在に至る。


 黒服のエージェントばかりが忙しなく往来する本部施設内を唯一レザージャケットを羽織り、猫の顔のシルエットにCRAZYと彫られた派手で大きなバックルが目を引くダメージジーンズを穿いた灰色の毛並みが特徴な猫似の獣人イヨが煙を上げる葉巻を咥え闊歩する。大きな猫目を覆い隠す大きなサングラスは施設の照明を反射してぎらりと輝き、マタタビを芯に据えた葉巻が上げる煙は通り過ぎるエージェントの表情を歪ませる。壁の至る所に禁煙と描かれているにも関わらず、基本的にマタタビの副流煙ではがんにならないからとイヨは素知らぬ顔。そんな彼が向かう先は件の懲罰房だった。


「Hello! マヌケチワワ、孤独死してねえだろうな? おお??」


 イヨが突っ立っている看守を命ぜられたエージェントの一人に声を掛け、彼により電子キーが解除されたことで解放されたドアの前に立つとそれはぷしゅっという気の抜けた音を立てて右へとスライドして行く。そして先に広がる光景は本来ちょっとした物置小屋程度の広さしかない保管室の筈なのだが、そこはどういうわけかコンサートホールでも開けそうな広大な空間が広がっていて、しかもそれだけ広い空間をしかし埋め尽くすのは機材の山である。


 イヨは驚いたような調子で掛けていたサングラスを取り外し大きく瞳孔の開かれた目を露にするが、それはこの空間にではなく、目の前にそびえ立つ巨大な背中に対しての反応であった。


「クレイジーキャット、イヨか。ここの施設は全て禁煙の筈だぞ」


「チェストホールじゃねえか、どうしてここに?」


 その山のような背中はゆっくりと身を捻り背後を向く、そしてそこに現れたのは銀色の肌をした厳つい面相、チェストホールとはつまりウォーヘッドの事である。


 ウォーヘッド、彼はイヨの疑問に答えるべくその口を開こうとするものの直後にレオンのものと思われる声に叱りつけられ慌ててまたイヨに対して背中を向けてしまう。すると代わりにぬっと顔を出したのはやはりレオンであり、彼は目元を覆ったゴーグルを外しイヨに対ししっしっと追い返す仕草をして見せる。


「何してんだよこのクソジジイ」


「ヤク漬けの猫が、口を慎まんか。埋めとるんじゃよ、そのチェストホールをな」


 互いに互いを尊重しない、取り敢えず貶し合いつつしかし喧嘩を行うわけでもなくレオンはイヨの質問にちゃんと答え、イヨは周囲に転がる機材を猫らしくなく蹴散らしながらウォーヘッドの巨体を回り込んで行くと彼のその言葉の意味を理解した。


 そこではレオンがベアトリクスにより空けられたウォーヘッドの胸の風穴を埋める作業をしていた。うろちょろと覗き込むイヨを鬱陶しそうにしながら、レオンは手にしたマルチ工具デバイスを使いウォーヘッドの胸の中に何か機械のような物を接続している。


 それは何かとイヨが訊ねると面倒になったのかレオンは答えずに作業を続け、無言になり険悪なムードを醸し出す二人もしくは二匹をウォーヘッドが交互に見遣るとやむ無く彼が己の胸元を指差し説明を始めた。


「大まかにはレオンが言った通りだが、あの戦いでベアトリクスに私の核たる物を破壊されてしまった。コアマトリクス、フォールンと呼ばれる異星人由来のシステムだ。マトリクスが無ければ私はこの体を維持し続けられない」


「故に以前ニューヨークを襲った連中の、奴らの破壊された艦船の残骸を解析しそのコアマトリクスとか言うものを再現した。小型化には苦労したわい」


 そのコアマトリクスの代用品が現在の小型の物に行き着くまで作られ続けた試作品たちとはどうやらこの部屋に無数に転がっている機械たちのようで、特に大型で光るドーナツの様なジェネレーターを備えた機器をイヨが目を凝らして見てみるとそこには”マーク1・アークリアクター”と付箋が張り付けられていて、どうやら第一号がそれであることが判明。流石にマズいのではないかと見上げるイヨが表情を曇らせる中、レオンの終了と言う声が響き、彼はそちらを向く。


「もう一度言っておくがの、ウォーヘッド。それはあくまで代用品、コアマトリクスの本来持つ永久的なエネルギー供給は出来んし、処理能力も及ばん。所詮は延命に過ぎんという事を忘れるな。すぐではないが、長くも無いぞ」


 ウォーヘッドの胸の風穴の内部に無数のコードと共にぶら下げられた幾つもの環の中で輝く結晶体。レオンの手が離れた後、ウォーヘッドが一度深い呼吸を行うとそれの結晶体を取り囲む環が浮き上がり回転を開始。同時に結晶体も輝きを増して行きやがて直視出来ない程に輝きを強めたそれが落ち着いた頃、すなわち仮のコアマトリクスがウォーヘッドを、ウォーヘッドが仮のコアマトリクスを受容した頃、エネルギー不足から停止していた生体金属の自己増殖が再開され彼の胸に空いたままだった穴を塞いで行くのと同時に仮のコアマトリクスを体内へと格納した。


 一息吐いたウォーヘッドだが傷が修復される速度はこれまでに比べ格段に鈍いうえ、恐らく部位の欠損等の大ダメージを負えば再現は不可能であろうことを悟る。しかも少しの傷でも修復にエネルギーが割かれればその分コアマトリクスは消耗し自らの寿命も短くなり、そしてコアマトリクスは材料が無いとのことで再び作る事はできない。


 残された時間はずっと少なく、娘の為にその許された時間をどう使うべきか、レオンは彼にそれをよく考えるようにと告げては両の掌の肉球を打ち合わせてぽんと音を立てる。すると部屋の奥、巨大なジェネレーターの影より姿を現したのはウォーヘッドとほぼ同等の巨体をしたロボット。”パピー”というレオンの発明品であった。レオンはそれに部屋の片付けを命じると作り直したらしいリパルサーチェアーを呼び寄せそこに腰を掛けて奥へと引っ込んでしまった。


 ブロック島の施設がそうであった様に、この部屋も空間圧縮の技術を用いて巨大化させているのだろう。その為のエネルギーは恐らくM.I.B.本部、この施設から借用しているらしい。パピーが片付けを済ませればその事について叱られる前にこの空間を元に戻すとのことで、ウォーヘッドとイヨはそうなる前に部屋を後にした。


「どーすんだよ、お嬢ちゃんになんて説明すんだ?」


 イヨはレオンを冷やかしに来ていただけの様で、それが済めばどうやら暇らしく出口に向かうウォーヘッドの隣に並んで付いて歩いていた。その時、ウォーヘッドを見上げたイヨは彼の娘について口にする。お先真っ暗である現状、まず間違いなく娘一人残して先に逝く彼のその事実をどう伝え理解させるのか、イヨはそれを訊ねるものの、そのウォーヘッドは何やらずっと眉間にしわを寄せた思案顔を浮かべている。


 そしてしばらくそのまま、考えるウォーヘッドとその顔を見上げるイヨは歩き続け、出口が前に姿を現したその頃、突然足を止めたウォーヘッドはしわを解き共に足を止めて不思議そうな顔を浮かべたイヨを見下ろして言った。


「クレイジーキャット、少し力を貸してほしい」

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