#21 希望の魔女

「ぉい、あれ、やべえんじゃねえの?」


 突出したアルテッサがベアトリクスと接触してからまだ数秒、初撃がベアトリクスの障壁に妨げられてからアルテッサがそれを突破するまでの一部始終を静観するしかないオーバーサイク一行だったが、空間断層を生じさせたベアトリクスの二重防御の前に手痛いカウンターを貰ってしまったアルテッサを追撃しようとするベアトリクスにイヨが声を上げた。


 立ち上がるまでもなく、へたり込んだままのベアトリクスの両目、その瞳が輝きを強めて間も無く照射された単純な魔力放出による破壊光線”サイクブラスト”。加えてそれにベアトリクス独自の魔法である異界への門の解放、そこから引き出した力はサイクブラストの威力を著しく上昇させる。

 どういう訳か回避しないアルテッサは防御の姿勢を取るものの、それで防ぎ切れるようなものでないことをオーバーサイクは知っている。アルテッサとて分かっている事だろう、それでも回避では無く防御、しかも何の庇護もないまま受け止めようとするのには理由がある筈。


「サイク、私に、魔力を回せ。このままでは彼女は助からない。私が壁になり、その間にベアトリクスを……」


 オーバーサイクが思考を巡らせている途中、それを遮ったのは一足先に結論へと至ったらしいウォーヘッドの言葉だった。ぼろぼろの彼はそれでも人を守る盾になろうというのだ。だが今の彼がこれ以上その体を酷使すればどうなるか、オーバーサイクは返答しない。イヨが代わりにウォーヘッドを制止するが、彼は聞かない。だがこのまま返答を渋っていても、きっと彼はそのままアルテッサを庇いに降りようとする。そうなればどうなるか。


 ――誰も、殺さない、殺させない。


 ウォーヘッドの言葉がオーバーサイクの脳裏に蘇る。彼との約束、そして誓い。全てオーバーサイク自身が始めた事、ウォーヘッドに意思を与え、自らの父親に勝手にして、そしてそんな彼女をウォーヘッドは本当の娘として愛してくれる。彼女が望んだ、父親として。


 ――世界一強いパパが欲しい。


 それはかつての願い。そして叶った願い。今の願いは、ミュールの今の願い。それは父が与えてくれたもの、父の願いでもあり、今は彼女の願いでもある。父に頼るだけの幼い時は、既に過ぎたのだ。これからは、子が親を守る。自らが自らの願いの為に行動する。


「ダメよ、パパ。私が行く。イヨ、レオン、手伝って。アルテッサの周りの泥、あれをぶっとばしてほしいの」


 当然そう言うと思っていたウォーヘッドはそれこそ駄目だとオーバーサイクを止めようとその手を伸ばすが、その手をイヨが差し伸べたブラスターの銃身が抑えて押し返した。彼は足元の獣人二人を見下ろすと、獣人らも彼を見上げ、そして首を横に振る。見守るべきだと、それは暗にウォーヘッドの役割が変わったことを伝えていた。


 イヨとレオンから再びオーバーサイクへと視線を戻したウォーヘッド、そこに見えた彼女の背中は小さくとも大きく感じて、自らの前に出る彼女の前には自分はもう出て行けないことを二人の立ち位置が彼に悟らせる。


 獣人二人がブラスターの調整を済ませ、オーバーサイクの左右に立ち並ぶと、その二人とこれからの行動について説明する彼女の姿をウォーヘッドは遂に一人見詰める形となる。これまでは彼女の想いを受けて、彼女を守り戦ってきた。だがこれからは少し違う、守る事に変わりはなくともそれは彼女を見守り、いつか道に迷ったその時は導いてやる。父として、本当にしてやるべき事。守護者では無く、保護者として、導き手として、ウォーヘッドの前には新たな道が示されている。


 ミュール。そう、ウォーヘッドがそれを理解した時、ついとその名前が口を突いて飛び出した。その事に戸惑う中、振り返ったオーバーサイクは自らを呼びながら困っている様子の彼に不思議そうな顔をして、小さく首を傾げる。ウォーヘッドは顔を逸らし自らの口元や顎先を触るなどして、少ししてから逸らした顔を戻しオーバーサイクを見詰めて言う。


「……ぶっ飛ばすなんて乱暴な言葉遣いは禁止」


「パパ……うん……それでね、私――」


「――行ってきなさい。パパが見ている、大丈夫。ミュー、お前なら必ず出来る。誰でも、何でも、きっと守れる、救える」


 浮かべた笑顔は温かく優しく、しかしどこか寂し気でもあった。けれど紡がれた言葉はどうしても躊躇いそうになる最後の一歩をオーバーサイクが踏み出す為、その背を押した。そして彼女は気丈な笑顔を取り戻し、彼に向って強く深く頷くのであった。


 振り返り、目下、危機にあるアルテッサを救う。ベアトリクスにより生まれる以前に魔女となる事を運命付けられ、流れる血はどうしようが否定しようの無い最悪の魔女と同じ血で、けれどオーバーサイクは彼女とは違う道へと踏み出している。過去の過ちから逃げず、立ちはだかる困難に立ち向かう。誰も殺さず殺させず、それは険しい道となるだろうが、父により始まった歩みは止まることは無い。ヒーローにはなり得ない、けれどヒーローでなくとも誰かを守る事、救う事は出来るのだ。


 希望の魔女となる。背中に影が付き纏おうとも、進み先には光を生み出す、希望を作る魔女に。希望となる魔女に――!


「行ってきます!!」


 放つは雷光、閃光と化したオーバーサイクは三人の前からその姿を消し、瞬きするよりも速くアルテッサとサイクブラストとの合間に着地を成功させた。そのアルテッサの視線を背中に受けながら、それこそが守るものであると実感し、滾る力をその身に行き渡らせ、その手をかざし、掲げる言葉は。


「――誰も、死なせない!!」


 その手から広がる輝きは純然たる魔力、清く純白の無垢なる光。相反する黒の輝きとそれは程無くしてぶつかり合うだろう。だが周囲の泥がそれを妨げようとする、アルテッサはオーバーサイクを助けようと防御を解いて泥について教えようと口を開く、だが彼女は気付いた、泥がいまだにその効果を発揮していない事に。何故だと疑問に思った直後、頭上より降り注いだ光、イヨとレオンが放ったビームが二人の周辺に着弾し泥を蒸発させ吹き飛ばして行く。


 泥は魔力へと還元し、光の粒が舞い上がる中でオーバーサイクが突き出した右手から放つ魔力が形を成して行く。それは丸い円、皿の様、否、彼女が形作るものは盾。あらゆる邪悪と災厄を払い除け、決して砕けぬ絶対の盾。


「サイクイージス……守って、見せる!!」


 ぶつかり合う白と黒、矛と盾。しかし、その心を強くしたオーバーサイクの盾は強固だった。盾に押し寄せる矛たるサイクブラストは彼女の盾を傷付けること叶わず、盾は矛の破壊力も圧力も完全に二人から遮断して見せた。


 まだ未熟だと、アルテッサはそう思っていた。決して自らの憧れには至らないだろうと見下していた。けれど彼女の目の前に居る少女はどうだろう、その背中の頼もしさたるやどうであろう。初め、アルテッサはそれを自らの懐古だと思っていた。だが実際は、その背中にあるものは、かつて見て追い掛けていたベアトリクスの背中には無いものばかりだった。勿論アルテッサ自身にも。


 オーバーサイクは、ベアトリクスの娘ミュールは、彼女にも、アルテッサにも無い強さを持っている。彼女はそれを確信し、気が付くとその姿に見惚れすらしていた。


 やがてサイクブラストはその勢いを弱めて行き、そして遂には無に掻き消えて行く。残るのは一つ、オーバーサイクが掲げた純白の盾のみ。傷一つ無い、輝ける女神の盾のみ。


 けれど、オーバーサイクが見詰める先にいまだ座り込んだままの幼い女児。ベアトリクスは己の全力たるサイクブラストを完璧に防いで見せたオーバーサイク、己の娘を見詰め返しながら、また恍惚の表情をその顔に浮かべていた。

 それは挑発のようにも見えるが、ただ彼女は今のこの時を楽しみ、これからへの期待からその表情を浮かべている。オーバーサイクもそれに激昂する事無く、サイクイージスを魔力に解いては彼女と向き合い、強い輝きを宿した瞳を向けた。

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