#16
遺跡は大きく抉れ、その中央にベアトリクスは居た。
オーバーサイクとウォーヘッドの二人が放ったサイクブラストの衝撃にその身を揉まれ、打ち身に強度の弱い骨などは折れてもいることだろう。それでも彼女は生きて、浅いものの呼吸も確かにしていた。
そして浮遊していた二人、既に満身創痍のウォーヘッドを支えたオーバーサイクはゆっくりと地面に降り立ち、すぐに膝を折るウォーヘッドを慌てて支えようと苦労していた。
何度も彼の名前を呼んで、漸くウォーヘッドが反応を見せると安堵したオーバーサイクだったが、それで気が抜けたのか彼の体重に圧し潰されそうになってしまう。それに焦り魔法すら発動出来ずに目を瞑るものの、ウォーヘッドが咄嗟にぼろぼろで半ば崩壊しかけている片手を地面に突いた事によりそれを免れる。
だがそんな彼の体重を最早その腕は支えることが出来ず、手首、そして肘と関節から音を立てて崩れ始めてしまう。その時も重心を逸らしてオーバーサイクを潰さない様に自らの体を彼女の横へと投げ打ち残された肩から地面に転倒、そのまま仰向けに体を寝かせる。
「パパ、ねえパパ、しっかりして……ねぇ……っ」
すぐ駆け寄ったオーバーサイクは急ぎ彼の崩れ落ちた腕を崩れた腕を分解し魔法によりそこに再構築して行く。しかしどうしても元程の強度が維持出来ずに、その出来も歪で、元の曲線的で有機的見た目ですらあった外見は見る影も無くまるで岩の様であった。
ウォーヘッドという存在は何もオーバーサイクの魔法で何もかもが成り立っている訳では無い。その割合は五分と言った所なのだ。地球外金属と、それをコントロールする核からそもそもウォーヘッドというフォールンの先触れは出来ている。オーバーサイクは魔法を使いそれを人型に、そして思考できる形態へと作り変えたに過ぎない。
彼の胸に空いた風穴を見詰めるオーバーサイクの目が潤んで行く。しかしウォーヘッドは彼女の肩に手を当てると、まだやる事がある筈だと諭して立ち上がろうとし始める。オーバーサイクはそんな彼に肩を貸し、起き上がり立ち上がるまでを補助。やがて彼が立ち上がると身長差で支え続けることは叶わなくなるが、気を取り直した彼女の魔法が彼の体を包み補助器の様な役割を果たし、それで以てウォーヘッドは漸くまともに立って歩くことが可能となった。彼の行く先は、いまだに光の柱を放ち続ける遺跡。
「あれを止めなくては……フォールンの物ならば、私と同じ物であるならば魔法を使うまでもない、筈だ。そうだろう、レオン」
同じ存在であるウォーヘッドすらその存在はインプットされておらず、尚且つアクセスすら不可能。機能を果たせず、破棄された物なのか、はたまたこれは地球という資源惑星へのマーキングなのか。
情報収集とビーコンとしての機能しか与えられていなかったウォーヘッドにはフォールンの目的は分からない。
とは言え、あくまで遠隔からのアクセスが出来ないだけで、直に接続が出来ればレオンが解析して機能を発動した様に停止も可能な筈。ウォーヘッドの問い掛けに、椅子を失い已む無く地べたを二本足で歩くチワワ似の獣人レオンは頷いた。
今でこそベアトリクスに組しているものの元々金でパンクラチオンに雇われているレオンは、それ以上の額を提示できない限りウォーヘッドたちの要求は飲まないだろう。故にせめてレオンは何もしない事で彼らの邪魔だけしない様にするのだった。だが。
「だがの、先も言った通り、お主ら、遅すぎじゃ」
「え?」
「だからの、手遅れだと言っとる。お主らが来る前にはもう、あの女は目的を達しておる。だから悠長にお主らと戯れておったんじゃろう。見てみろ、始まるぞい」
思わぬレオンの言葉に振り返ったオーバーサイクだったが、言葉の通り、これまで光の柱が天に送られる際に発されていた僅かな音が消え、そして静寂が満ちた。何事かと、再び彼女が前を見ると、既に遺跡は光の柱を出しておらず、遺跡はそこに静かに在るだけ。
そして次に起きたのは、遺跡に接触していたベアトリクス。彼女の体が遺跡の中へと沈んで行く光景。動揺と共に目を見張る二人の傍らに立ったレオンは続ける。
「あの遺跡の用途をベアトリクスは反転させろとわしに言った。光はフォールンの本体へと至り、そこからエネルギーを奪い取る。流石わしじゃ、上手くいったわい」
「ならば、あの中は……」
「超高純度エネルギーがたっぷりじゃ。それこそ、奴らが惑星を吹っ飛ばす為の手段に用いるくらいの」
それを全て魔力へと変換するのが、ベアトリクスの目的。惑星を消滅させるだけのエネルギー全て、そんな膨大な魔力を唯の人が内包できる筈は無く、魔法を使うにしても持て余す。それが分からないベアトリクスではない。
つまりは、彼女にはそれだけの魔力を扱うだけの何かがあるという事。それが何か、同じ魔女であるオーバーサイクすらも理解出来ないでいた。
ただ傍観していてはベアトリクスの思うつぼだと、しかしそう考え行動しようとしたのはオーバーサイクであった。彼女にはまだ余力が残されている。遺跡は完全破壊こそされなかったものの傷は付いた。無敵ではないのだ。それに加え、これまでは戦闘の余波に巻き込まれたに過ぎない。狙いを遺跡に変え、残る全力をぶつければ破壊できるやもしれない。
隣に立つウォーヘッドはもう戦えないし、戦わせることはしたくない。オーバーサイクは一人宙に浮かび上がると、先程手に入れた異界からのエネルギーを得る術を用いて己の魔力を増大させて行く。それだけでは無く眼前に陣を展開し、そこにも門を開き、これから放つサイクブラストの威力を極限まで高めようとした。
「――よしなさい!」
「――そいつぶっ壊したら、この星もぶっ壊れちまう!! らしいにゃ」
突然の声と共に飛び込んできた影は一つ、しかし声は二つ。遺跡を破壊してはならないと言われ、急遽目の前に展開した陣を消し、目に宿した魔力光を煙にして散らしたオーバーサイクが振り返るとそこには猫に似た獣人のイヨを肩車した女性が居た。
白い肌に銀の長髪とすらりとした長い手足、黒い装束はオーバーサイクが纏うスーツとジャケットとよく似ていた。正確には、オーバーサイクが彼女の装束を真似ているのだが。
彼女はアルテッサ、雷の魔女にしてベアトリクスを退けた数少ない者の一人。近年まで活躍していた彼女ではあったが、弟子にその座を譲ってからは姿を目にする機会はぐっと減り、実質引退と囁かれていたものの、その姿は未だに麗しく力強く、身に纏う雷の勢いも衰えた様子は見られない。
しかし彼女の雷を以てしてもどうすることも出来ないのか、オーバーサイクは歯噛みしながら沈黙する遺跡を見詰めた。
そんな彼女の傍らを、アルテッサの肩から降りたイヨが通り過ぎると、同じく棒立ちしているレオンに歩み寄りその肩を小突く。なんじゃいと興味無さげながらも一応訊ねるレオンに対しイヨは呆れたような溜め息を返し言った。
「気ィ済んだろ? いい加減帰ろうぜ」
「まだ金を受け取っとらん」
「ぁン? んじゃあ……チッ、仕方ねえなあ。金は大事」
そして二丁の内、イヨは手にしているフュージョンブラスターの片方をレオンへと投げ渡すと、残る一丁の出力を最大にし他それをいつの間にか動きを見せ始めていた遺跡へと突き付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます