#15
「父親ぶるのは止めなさいな、ブリキの大男さん。あの子に父親なんて必要ないの」
「それは、違うぞ……ベアトリクス。それを決めるのはお前でも、私でも……無い! あの子、自身だ!!」
胸の中央から覗くベアトリクスの細腕、そして囁きかけられる言葉はしかしベアトリクスなりの考えから来るものだったのだろう。だが、ウォーヘッドは当然それを否定する。それは彼がオーバーサイク、ミュールから父親として選ばれたから、ただそれだけでは無い。例えそうでなかったとしてもミュールを知るものとして、本当の父親で無かったとしても、彼女の理解者でありたいと願う彼だからこそだった。
駆け付けようとするオーバーサイクの姿をその目に焼き付けるように見詰めながら、ウォーヘッドはその手でベアトリクスの腕を掴まえる。それに気付いたベアトリクスは手中に収めたものを魔法でブーストの掛かった握力で握り潰したが、直後に彼女の頭をウォーヘッドのもう片手が鷲掴みにした。そしてベアトリクスが離脱するよりも早く、ウォーヘッドはその手を引いて彼女を持ち上げて行き、火花を散らし煙を上げているリパルサーリフトの出力を上げてその場で回転を始めると遠心力を伴ってベアトリクスを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたベアトリクスはオーバーサイクのすぐ傍らを凄まじい勢いで通り過ぎ、そのまま遺跡へと激突、硬質のその表面へと体をめり込ませる。彼女はそのままぐったりと首を垂れて白い長髪を揺らし、へこんだ遺跡に支えられる形で身動ぎ一つ見せない。
それを見届けた後、いよいよ限界に達したウォーヘッドのリパルサーリフトは小さな爆発を繰り返した後にその機能を停止。大穴の空いた胸を押さえていたウォーヘッドは遂に天地を逆にして落下を始める。既に彼は自らの体を構成する力を維持し難くなっていた。
急ぎ彼を救出すべく飛翔したオーバーサイクが軌道を同じくして降下、地面へとウォーヘッドが激突する間際まで迫ってなんとか魔法の見えざる手で彼を掴み取ると引き上げて高度を維持する。
まだ意識の残るウォーヘッドが見ると、そこにはべそをかいてくしゃくしゃになったオーバーサイクが居た。彼女はごめんなさいと何度も謝っていて、しかしその声も彼の胸に空いた風穴を見る度に消え入ろうとして行く。
「ごめん、なさいっ……ごめんなさい……私のせいだ。私の……っ」
己の勝手な行動が招いた結果であると理解できるからこそ押し寄せてくるどうしようもない後悔の念に大粒の涙を落としながら俯くばかりのオーバーサイクは震える唇から同じ言葉を紡ぐばかり、その姿を目にしたウォーヘッドはしかし彼女の頭を掌で包み、ゆっくり二回ほど撫でてやる。
あんまりウォーヘッドの掌が大きいものだから頭全てそこに隠れてしまうオーバーサイク。その手が離れるのと同じくして涙や鼻水で酷いことになった顔を彼女が上げると、直後に今度は彼の人差し指の先が飛んできてその額を小突いた。
痛いと悲鳴を上げて少し赤くなった額を押さえたオーバーサイクがウォーヘッドの顔を見ると、そこには微笑んだ彼が居て、そしてその彼はやがて視線を遺跡へと放り込んだベアトリクスへと向ける。そこでは意識を取り戻したベアトリクスが蠢いていた。
「その通り、だが、まだ取り返せるミスだ。ベアトリクスを捕え、混乱を治めればそれで良い。勿論、帰ったらお説教だがな。なあ、ミュール、まだ、頑張れるよな?」
その言葉を受けたオーバーサイクは、ウォーヘッドの胸の風穴を見て、再び顔を下げそうになる。どうしようもない現実。魔法ですらどうしようもないと、まだ短い人生でありながらベアトリクスのお陰で生まれる前から魔女となる事を運命付けられ、魔法と共に過ごしたオーバーサイクには良く分かっていた。きっと、ウォーヘッドも。その事が彼女の感情を、進む先を負の方向へと迷い込ませようとするが、そこに来て思い出されるのはウォーヘッドとの時間、その光景であった。
死ぬわけでもないのに走馬燈を見るなんてと、オーバーサイクはその時思って、可笑しくて、それが少しだけ力となった。腹の奥に宿り、僅かに笑みを作らせるだけの力であったが、ウォーヘッドと彼女はまた笑うことが出来た。
袖で以てごしごし目元や顔を擦ったオーバーサイクは伏せそうになる顔を上げて、悲しみや後悔に歪みそうになる表情を震えさせながらも笑顔に変えて、そして強く頷いて見せる。
「……うんっ!!
また溢れ返りそうになる涙や、鼻水を必死に押し留めながら、残された時間の為にウォーヘッドと共にベアトリクスを睨む。既にベアトリクスはその目に魔力の光を灯していたが、恐らくは残りかすを必死に搔き集めたのだろう、エネルギーを取り出す為の異界への門を開く魔力にすら届かないそれは全て直接サイクブラストへと出力されていた。最後の足掻き。それを許す気は毛頭無い。
「オーバーサイク!!」
「はいっ!!」
ベアトリクス同様、オーバーサイクは異界への門を魔法により開いて見せる。これはベアトリクスが開発したものであったが、オーバーサイクはそれをここまでの戦闘中に彼女からその技術を学び再現して見せたのだ。
開かれた門からその先にある膨大かつ強力なエネルギーを取り出し、己の魔力へと変換。可視化する程の魔力はオーバーサイクからウォーヘッドへと流れ込んで行き、彼は両腕を組み合わせ変形させて強大な砲身を作り出した。
ウォーヘッドの全身に流れ、砲身へと蓄えられて行く魔力。しかし中継点を失った彼の胸の風穴からそれは漏れて行ってしまう。その光景にオーバーサイクは自らの下唇を血が滲むほど噛み締めながら、しかしもう決してぶれることは無かった。流れ出てしまい思うように充填が進まないならば、流れ出る以上に魔力を送り込むだけだと、彼女は両目の輝きを更に強く大きくさせる。
先に攻撃を放ったのはベアトリクスだった。万全の時のそれと比較すれば大幅に破壊力は衰えているであろう彼女のサイクブラストは、しかしそれでも二人を消滅させるには十分な威力がある。
迫る死の光を前に、まだオーバーサイクとウォーヘッドの二人は充填を終わらせらせずにいる。
「ベアトリクス、私は父として、ミュール、あの子に母であるお前がしてやらなった事をする。絶対に、――絶対にだッ!! 今は私があの子の父親なのだから――!!」
光が迫り、ウォーヘッドの作り上げた砲身が沸騰を始める。直後、オーバーサイクの”パパ”という叫びが彼の耳に届き。彼女同様、その両目から魔力光を溢れさせたウォーヘッドが雄叫びを上げ、それを引き金として、遂に充填された魔力がそこから放たれる。
視界すら奪う程の輝きが空洞を埋め尽くし、ぶつかり合った二つの魔力はしかし、拮抗すらすること無くベアトリクスの放ったサイクブラストを打ち消しながらオーバーサイクとウォーヘッド、二人の輝きが付き進んで行く。
今度は逆に、迫り来る光を目の当たりにするベアトリクスは最早魔力の光を宿さない両目を見開き、その光景を見詰めていた。眼前にまでそれがやって来た時、彼女は気付く。それが自らのものとは違い破壊の為のものでないことを。熱も殺傷力も持たない二人のサイクブラストは衝撃となりベアトリクスを襲う。死に至らしめずに、意識だけを刈り取り、戦う意思を奪う。そんな甘い考えから放たれながら、それでいてそうでない己の力を越えて来た。嘲り笑うか、否、十分に楽しんだとベアトリクスは満足気な笑みを間際に浮かべ、そして甘んじてその輝きに身を飲まれるのだった。
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