#13

 変幻自在にして強力無比、理不尽こそが魔法。二人の魔女はその魔法を互いに行使しながら、ぶつかり合い、共に奇跡をひけらかす。指先一つ、何ならばそれすら必要無く、望むだけで超常を引き起こして行く。だが、果たして拮抗は続いたのかと言えばそうでは無かった。


「トゥーセイバー!」


 模するは二刀を操る剣士の剣。あらゆる物を断ち切る魔力の刃を二振り、その両手に掲げたオーバーサイクは空気による抵抗を無効化し高速でベアトリクスへと接近を始めた。迎撃としてベアトリクスが放った雷の矢はしかしオーバーサイクの魔力の支配領域に侵入した途端に光速は見る間に減速し、彼女はバレルロールをしてその矢を難無く回避して見せる。

 そしてあっと言う間にベアトリクスに肉薄したオーバーサイクは手にした刀を交互に振るい、彼女を斬り付けるとそのまま脇を抜けて背後を取る。

 その彼女を追い掛けて振り返り笑みを覗かせたベアトリクスであったが、すぐに自らに生じた違和感に気付き視線を己の脇腹へと落とした。そこで見たのは切り裂かれた黒の装束と、そこから覗く赤く染まった己の肌だった。


 ベアトリクスは直撃の間際に身に纏う服を魔力に変換し、同じく魔力で出来たオーバーサイクの刀と同調、透過させることによってそれを無効化させようとした。自らの実子であるミュール、つまりオーバーサイクの魔力はベアトリクスと同質のものであり、それは難無く可能になると思われたがそうはならなかった。


 オーバーサイクの成長がベアトリクスの予想を上回って進んでいる。確かにベアトリクスはオーバーサイクが生まれる以前に彼女に強い力を授けるべく、才能ある魔法使いたる父親を吸収し、その魔力をお腹の中のオーバーサイクへと与えた。それは同時に契約の為の生け贄でもあり、オーバーサイクは生まれながらにして魔人としての素養をもベアトリクスによって付与されていたが、それでも今の彼女の力は強大過ぎた。


(ウォーヘッド……アレのせい? いいえ、ちゃんと加味した筈。ならば、ふぅん、単純に魔力が増大している訳ね。ますます素敵だわ。ミュー……この子は魔人に成るべき子だったのね。私とは大違い……けれど、ええ、そろそろ頃合い)


 互いに睨み合いの膠着状態を築き上げながらベアトリクスは思考しその考えを纏める中で傷口に手を添える。それは痛みや苦しみからではなく、これから飛び出してくるであろうオーバーサイクに対するカウンターとして、想定した通り彼女の動作に反応して行動を起こし向かって来たオーバーサイクに向けて血濡れになった手を振るうベアトリクス。


 それがどうしたのかとオーバーサイクは構わずに二刀を構え、ベアトリクスに今度こそとどめを刺そうとする。その速度はベアトリクスも驚く程に速く、彼女は舌打ちを一つ。だが、そこで先程ウォーヘッドと交わした言葉と、約束が喚起され、一瞬だけ勢いが弱まってしまう。好機と見たベアトリクスは余裕の表情を取り戻し、先程飛ばした血液へと魔力を流した。

 飛散した血飛沫は沸騰でもするように蠢き、オーバーサイクが飛沫の中へと到達する直前になって爆発を起こした。細かく飛んだ血飛沫は更に霧状になって正しく霧散し、しかしそれは極細の針状になりそれに飛び込もうとしているオーバーサイクを針刺しに変えようとベアトリクスは目論んだ。


 そして狙い通り、反応し切れなかったオーバーサイクは赤い霧の中へと飛び込み、しかしベアトリクスはそれだけに飽き足らず追撃の為に手元へと更に魔力を練り陣を形成し始める。だが。


「こン、の……! スイッチ・オン!」


 そこへ赤霧を切り裂き、巨大で歪な形をした怪物のそれとしか呼べない腕が現れ、展開しかけた陣ごと四本の指がベアトリクスを握り締めた。苦悶の表情、そして体が圧迫される苦痛に呻き声を上げたベアトリクスがそこを見ると、ナオトという人物の能力である竜への変身を再現し、二の腕から先を竜の腕に変えたオーバーサイクが居た。

 彼女は先程の奇襲を急遽展開した障壁で防いだようだったが、張り巡らせることが出来たのは薄皮程度だったようで幾らかは貫通を許し頬や額、肩など斬り開かれた箇所から血を流していた。


 そしてオーバーサイクは異形となった腕を引き寄せると、中途半端に肉体が変形することへの苦痛に汗を滲ませ、ナオトが決してこの力を容易く扱っている訳では無いことを思い知る。

 眼前まで引き寄せたベアトリクスを彼女は鬼の形相で睨み付けると、竜の腕に徐々に力を込めて行くことで暗に終わりを告げた。ベアトリクスは彼女の背後で未だに光の柱を立てている遺跡を見遣った後、オーバーサイクへと視線を戻し、余裕こそ無いながらもそれでも強がって笑みを浮かべて言った。


「私を殺す気? 大好きなパパと約束したんじゃなくって? ……ッゥグ……」


「黙りなさい! ……あなたがいたら、また私はひとりぼっちになるわ。パパなら分かってくれる、許してくれる……だから、だからもう私にママは必要ない! 私たちの世界から、いなくなってよ!!」


 慟哭の後、腕を掲げ、握り締める力を強めるオーバーサイク。限界に達し始め見る間にその顔を赤くさせて行くベアトリクス。後一息、オーバーサイクがもう一息力を込めれば、ベアトリクスは水風船のように弾けることだろう。そして感情を爆発させたオーバーサイクはそれを躊躇わない。


 そして彼女が母を握り潰そうとした刹那、しかし両断された竜の腕が宙を舞った。


「――ミュール!」

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