#11
迎撃としてベアトリクスが双眼から放った魔力光サイクブラストはその熱量で以て空気すら焼き、陽炎を纏いながら迫り来る超硬の剛体を持つウォーヘッドを迎え撃った。だがずしんと重々しい一歩を踏み出しながら走る彼、ウォーヘッドは己の左腕を眼前へと差し出すとその文字通りの鉄腕がうねり変形して行き、そして曲線を描く楕円の皿の様な盾を形成、直後に襲ったサイクブラストをそれで受け止めると盾の曲線を滑る様にして魔力の光は四方へと拡散した。
ウォーヘッドの体を構成する地球外の金属体は固体と液体の両方を同時に兼ね備え、そしてそれは彼の意思だけでなくミュールことオーバーサイクの魔法の支援を受けることにより変幻自在の動きを可能としている。この盾も彼の性質を利用したものであり、更に魔力の膜を張る事により超常の力たる魔法と相対したとしても十二分の防御能力を発揮出来る。
サイクブラストの圧力に一瞬ウォーヘッドの足は前進を止められるものの、盾と盾を被った魔力の膜によりそれが拡散を始めると彼は照射され続けるサイクブラストを押し戻し再び前進を始めた。そして彼がベアトリクスを自らの間合いに収めた直後、ウォーヘッドは身を躍らせてサイクブラストの中からその身を逃がす。すっかり魔力膜が剥がれ落ちて赤熱している盾を元の左腕へと戻すと、今度は左腕を刃の形状へと変化させ一薙ぎ。
「そんなゴリ押しが通じると思って?」
しかし射程に居た筈のベアトリクスは直後にその姿を消す。というのも、彼女は転移門を自らの足元に展開し、その中へ身を落としたのだ。
ウォーヘッドは右腕の刃を空振りさせられ、消えたベアトリクスの姿を捜して周辺を見渡した。右、左、そして背後に振り返り、上を見る。そこには頭上に転移門を構え、その長い白髪を翼のように広げ宙に浮き、左右に伸ばした両手にそれぞれ陣を展開しそこに魔法の輝きを灯し薄ら笑いを見せるベアトリクスが居た。
ベアトリクスが築き上げた陣の役目は異界からの力の借用だ、それ相応の魔力とそれを制御する能力が必要になるが一度門を開いてしまえばそこからは門の向こうの力を好きなだけ利用出来る。これはベアトリクスが独自に編み出した彼女の秘儀の一つ。人が皆持つという”真なる門”と持つ者は持つというその門を開ける為の”鍵”を模した、ベアトリクスの魔法。あらゆる物を破滅させる為の最悪の魔法。
それを展開した両手を目下のウォーヘッドへと向け、彼を今度こそ塵芥へと変える為にその輝きをベアトリクスは放つ。
「――ゴリ押しの、何がいけなくって?」
かに思われた。が、直後ベアトリクスの背後に転移してきたオーバーサイクが振るった帯状の陣を彼女は咄嗟に振り返り片手の陣で受け止める。だがオーバーサイクの陣はベアトリクスの腕を絡め取ろうと拮抗して魔力の火花が散る中を蠢き始めた。蛇のように鎌首をもたげ、それどころかそのまま蛇、鎌首をもたげたコブラそのものへと変身する。陣の半分ほどが変身したそのコブラは頸部を大きく広げ、威嚇行動である排気音を立てながらベアトリクスの腕を這って行く。そしてその眼前まで迫るとコブラは牙を剥いて彼女へと食い掛ろうとした。
だがそれを鼻で笑ったベアトリクスは割り込ませたもう片手の人差し指を立て、何かを絡め取るような動作を指先でして見せると勢い良くその手を引く。するとコブラもそれに釣られるように動いたかと思った直後、コブラの頭部が千切れ、背骨を引き連れたまま中身が引き摺り出されてしまった。
無論絶命したコブラの抜け殻はくたりとベアトリクスの腕に凭れたまま陣の形に戻り霧散して行く。オーバーサイクの舌打ちが響く中、ベアトリクスは鳥が羽ばたくように白髪を揺らして宙を滑る様に彼女から距離を取ろうと試みた。しかし、逃がさないとオーバーサイクはその場で指先を腕全体を使い大きな円を描くように動かすと、そこに転移門が開く。
「やっちゃえ、パパ!」
「オォオーーッ!!」
そこから飛び出してきたのは、なんと下に居た筈のウォーヘッド。オーバーサイクは彼の居た場所と今彼女が居る場所を転移門で繋げたのである。
阿吽の呼吸、ウォーヘッドは頭上で戦うオーバーサイクの考えを先んじて読んで転移門が繋がる前から走り出し、勢いを付け、そしていざ開いた門へと既に殴り掛かる体勢を整えた上で飛び込んだ。そして次の瞬間、彼の目の前には逃がした筈のベアトリクス。
前以て勢いを付けていたウォーヘッドが目の前に文字通り突如飛び出してくる事までは予測していなかったベアトリクスだったが、眼前まで彼の拳が迫った所で障壁を生じさせ辛うじて直撃から逃れるものの、しかしその姿勢は大きく崩れ、回転し逆さを向いてしまう。
仕損じたウォーヘッドだったが、そこに更にオーバーサイクが門を開き、ウォーヘッドは拳を構えつつ頭からそれに飛び込んだ。そして門が繋がる場所は逆さを向いているベアトリクスの直上、落下の勢いのまま、彼は彼女に拳を叩き付ける。だが響いたのは彼の鋼鉄の拳とまた何か硬質なものがぶつかり合った音だった。
「チッ……小賢しいわね」
「パパ!?」
ベアトリクスはまたもや間一髪、身に纏う黒い装束を鉄のように硬く変えてウォーヘッドの拳を受け止めていた。しかし拳を受けた腹部には逃がし切れない衝撃が伝い、表情を歪めたベアトリクスは彼の腕を比べれば小枝どころか毛糸の様なその細腕に付いた手で掴み、体ごと回ってその勢いであろうことかウォーヘッドを投げ飛ばして見せた。
驚愕して瞳の無い二つの目を見開き、大口を開けたウォーヘッドは投げ飛ばされた先で開かれる転移門を視界に収める。オーバーサイクのものだろうか彼がそれに吸い込まれて次に見た光景は地面。そしてそのまま彼は体を大にしてその地面へと激突し土埃を巻き上げた。
そんな彼の頭上でオーバーサイクの悲痛な呼び声が響き、先程の転移門は彼女の開いたものではなくベアトリクスの開いたものであることが明らかになる。ベアトリクスは彼女らの連携を断つ為に、投げ飛ばしたウォーヘッドをオーバーサイクに拾われるよりも早く転移門を使い最短距離で地面へと叩き付けたのだ。
ベアトリクスがウォーヘッドを投げた勢いたるや魔法の作用もあるのか尋常ではなく、落ちた彼は地面に手足を投げ出してうつ伏せにめり込んでいた。それの様子を見に来たのはこれまで蚊帳の外であった犬、それもチワワによく似た老獣人レオンで、彼は宙に浮かぶ椅子型万能デバイス”リパルサーチェアー”でそこに近寄り、リパルサーチェアーの中で呑気に湯呑に入った茶を啜りながら、出来上がった小さな窪みの中に更に人の形をした穴を作りそこにめり込んだままでいるウォーヘッドの事を見下ろす。今でも彼らの頭上では魔女二人が接戦を繰り広げている。
「生きとるかの」
「うっ……当たり前だ……ミュールは……?」
レオンの声に反応し漸く起き上がったウォーヘッドはぐらつく頭を片手で抱えて押さえながら、取り残されたオーバーサイク、つまりミュールの事をレオンに訊ねた。すると彼は呑気に笑って健闘していることを伝えると、椅子の角度を変えて再び上空の戦いを観戦する姿勢に戻るのだった。
その傍らではウォーヘッドが、彼だけでは飛ぶことも出来ない為に同じように二人を見上げ、心配する視線をオーバーサイクへと向けていた。娘と認識を強めた今、まだまだ子供である彼女をたった一人、しかも母親と戦わせながら父と慕われる自分は何も出来ない不甲斐無さやもどかしさに金属の軋む音が鳴る程強く両手の拳を握るウォーヘッド。そんな彼にそっとレオンは手を差し伸べる。彼がそれに視線を落とすとそこには――。
「ポップコーンだぞい、食うか?」
思わず固まるウォーヘッドとは裏腹に、彼がポップコーンを受け取らないと分かるとすぐにそれを自らの手元に戻したレオンがそれを口に放り込みつつ、まるで映画でも見ているかのような調子で二人の戦いをけらけらと笑っていた。溜め息の為に胸を膨らませたウォーヘッドだったが、その時、ふとある事に気付き、その視線はまた、今度はポップコーンを喉に詰まらせ咳き込むレオンへと向いた。
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