#10
そう言えば忘れていたと、ベアトリクスは溶解した体の一部を地面へと落としながら跪いたウォーヘッドを前にしてせせら笑いを浮かべた。
魔女二人の魔力を同時に受け止め、地球外からもたらされた超硬の金属で出来たその体をぼろぼろにしたウォーヘッドはしかしそんなベアトリクスの言葉に腹を立てることもせず、赤熱し蒸気を上げた体を起こし彼を見詰めたまま浮遊も出来ずに立ち尽くしているミュールことオーバーサイクの元へと覚束無い足取りで歩み寄って行く。
「ぁ――な、何しているの!? どうしてパパ……どうして?」
目の前までウォーヘッドが迫って漸く硬直から解かれたオーバーサイクは彼に駆け寄ろうとするものの、ウォーヘッドは崩れかけたその腕を伸ばして彼女を制止。今はまだ高熱になっている自らの体に彼女を触れさせない為の行動であった。オーバーサイクもそれを察するとすぐ手前で足を止め、ウォーヘッドの体から魔法によって熱を取り除こうと試みながら、彼の取った行動について責めるように問い掛けた。
ウォーヘッドは自らの肩越しに背後のベアトリクスに睨みをきかせると、それを受けたベアトリクスは鼻を鳴らして白々しく肩を竦めるばかり。どんな目的があると言うのか、少なくとも追撃は行わないらしい。だが今はこれ幸いと、自らの体から熱が抜け切り赤熱していた箇所が元の白銀に戻ると、オーバーサイクの魔法も合わせて修復を始めた体でウォーヘッドは彼女の中分けにした白髪の前髪から覗いた額に手を差し伸べ、そして伸ばした人差し指の指先で以てそこ小突いた。
こつんとオーバーサイクの額から音が鳴り、彼女も短く”いたっ”と悲鳴を上げる。見上げるとそこにはしかし穏やかな表情を見せるウォーヘッドが居た。
「殺しは禁止。約束したな?」
「でも……」
ミュールがウォーヘッドを、まだ知らない父親を求めてロシアへと足を踏み入れた時、彼女は当時まだ隕石でしかなかった彼を巡りロシアの軍隊と一戦を交えた。そこで彼女は全てではないにしろ少なくない人命を奪い、そしてウォーヘッドを目覚めさせてからも更に彼に命を奪わせた。ロシアからデトロイトへと戻った時も、母であるベアトリクスとの戦いに巻き込む形でギャングたちを殺害した。そしてニューヨークでも特殊部隊P.R.I.M.E.と戦闘を繰り広げ、市民を恐怖に怯えさせた。
その時はほんの子供でしかなかった彼女であるが、ウォーヘッドと共にフォールンの襲撃を生き延び、その後、M.I.B.の監視下で日常生活を送り道徳を学ぶにつれて人を殺めたという事実は彼女の心に影を落とそうとしていた。それが人格に影響を与えてしまう前にどうにかしなくてはならないと、同じようにミュールの父親としての自覚を新たにしたウォーヘッドは苦心を続けている。
出来る事ならば魔法など捨てて、戦いも捨て、普通の唯の人間として親子として人生を歩めるように、少なくとも人であることに変わりないミュールはそうなれるように、ウォーヘッドは多くの事を禁止して口煩くしてきた。魔法は奇跡の様な力であるが、それ自体どうすることも出来ない呪いの様でもある。果たしてそんなことでミュールに宿ってしまった魔法の力がどうにか出来るのかは分からないが、しかしいつかはそれから彼女が解放される時が来ることを彼は願い、けれどまだ無くすことが出来ないというのならば、その力の使い道は正しくなくてはならない。そうでなければミュールはいつか最悪の魔女と同じになってしまう。
そうならない様に、彼女のこれからの人生が敵ばかりではなく、多くの理解者に恵まれるように、父としてウォーヘッドが選ぶ道は一つ。
「もう命は奪わない、ヒーローだと称えられることもあり得ないが、せめて正しいことの為に与えられた力を使う」
「……約束、したわ」
「なら悪い奴は、どうしたらいい?」
「……やっつける。もう悪さなんて出来ないように徹底的にお仕置きをして、ごめんなさいって言わせるわ。また悪さをしたら何度でも私たちがやって来てまたお仕置きしてやるって言い聞かせるの」
「そうだ、私たちが何度でも――私たち二人が、何度でも悪を叩く」
共に戦い、その時までミュールを守る。
ウォーヘッドが振り返り、両手に拳を握り締める。目の前には魔力を纏い、待ちに待ったという様相のベアトリクス。強大な敵を前にし、しかし彼の傍らにはベアトリクスと同質でありながら正しき行いの為にその力を行使するオーバーサイクが居た。彼女の表情には先程までも負の感情は見られない。両目から溢れ返った魔力の光は破壊にではなく共に戦うウォーヘッドの身を包み込む。
「――来なさい。遊んであげる」
歯を剥いて笑みを浮かべたベアトリクスは、オーバーサイクと同じように赤い二つの眼から魔力を発し、その膨大な力は何をしなくとも周辺の地面を砕き破片を浮かび上がらせる。そして挑発するようにそのしなやかなで艶めかしい体を躍らせ、差し伸べた手で手招きを彼女は行う。
オーバーサイク、そしてウォーヘッドは互いに頷き合い、力一杯握り締めた拳を掲げたウォーヘッドが雄々しい声を上げてはいの一番にベアトリクスへと駆け出した。
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