#9

 最悪の魔女、ベアトリクス。力への飽く無き渇望から彼女は人すら食らい、その牙は同胞の魔女や魔法使いたちにまで向けられた。


 結果として魔法術士協会総出による彼女の追放と封印が執行、一般市民を敢えて煽り立て魔女狩りすら引き起こした上でその対象をベアトリクス一人に向けさせ、当時その様相はベアトリクスたった一人を相手取った戦争状態となった。


 しかしその戦争も当時既に強大な力を有していたベアトリクスに協会側は苦戦、あと一歩の所まで追い詰められた協会であったが、その時現れた雷を象徴とする魔女、アルテッサの活躍により遂にベアトリクスは後退。吸血鬼ベルナデッタすら協会へと加担し、力を弱めた彼女は世間からその姿を消すことになる。


「お疲れ様、Dr.レオン。離れてなさい、邪魔だから」


「言われんでもそうするわい。戦闘は契約に無いからのう……はあー、やれやれ……」


 接地するかしないかというところで浮かび上がったままのベアトリクスは傍らで傍観しティーカップを傾けているレオンにその真紅の瞳を向けると感情の籠らない平らな声で指示をすると、彼がそれに従うかどうかはどうでも良いらしくレオンが行動するよりも前に視線をオーバーサイクへと戻し、口角を裂けた様に伸ばした笑みを浮かべ、その瞳から魔力の光を溢れさせて行く。


 魔力は流れ、宙を泳ぎ、それは身構えたウォーヘッド、否、その頭上で臨戦態勢にあるオーバーサイクへと向かう。しかし、その途中、ちょうど中間のところで弾けて霧散する。オーバーサイクが放った魔力流と衝突し、混ざろうとした時それは叶わず打ち消されたのだ。それを見たベアトリクスからは笑顔が消え、そしてオーバーサイクの表情はその険しさを増して怒りと憎しみを露わにさせて行く。

 そしてウォーヘッドは自らの体に違和感を覚え、ちらりと己の腕を見てみるとそこの形状が歪になり始めていることに気付いた。流動する金属に覆われた体表は逆立った刺の様な形状になろうとし、腕から連なる掌に揃った指先は獣の様な爪が備わろうとしていて、それを抑え込むように握り拳を作るとオーバーサイクへと視線を向ける。


「今度こそ、殺す……ッ!!」


「あの時のような邪魔は無いわ、やってみなさいな、ミュー」


 瞬間的に高まった両者の魔力は閃光となり、瞳と同じ真紅をした輝きはその両の眼から一筋の光線となって放たれた。サイクブラストという魔力の放出現象は水道の蛇口を捻るが如く極単純な原理ではあるが使用者の魔力に応じその威力は変わり、オーバーサイクとベアトリクスのそれはあらゆる物を消し飛ばすだけの威力がある。

 特に成長に伴い魔力が増大し続けているオーバーサイクのそれは母を前にして爆発した今彼女を突き動かしている感情、殺意によってこれまでの比ではない出力になっていた。それは競り合いとなればもしかするとベアトリクスを上回りかねない。

 二つのサイクブラストが衝突をしようとした直後、その二つの境で閃光が炸裂し、膨大な魔力が弾き飛ばされて火花の如く周辺へと広がった。


「むむぅ?」


 戦闘に巻き込まれない様に離れていたレオンは自らが座るリパルサーチェアーからテーブルを展開し、そこに用意されたポップコーンと炭酸飲料を交互に口に運びながら、今前の前で衝突したサイクブラストからの激しい光の明滅に体調を悪くしない様に掛けたサングラス越しに見た光景に眉を潜めた。

 彼のサングラスはただのサングラスではなく彼自らが作製したハイテクを備えたものであり、掛けた者の眼球の動作と連動し、視線の感知や瞳孔の収縮などに応じて自動で求める機能を働かせることが出来る。つるから脳波も感知してレオンの注文に的確に応じるサングラスはまずサイクブラストからの閃光を更に削減、そしてぶつかり合うその二つの中央に彼が注目するのに合わせて景色のズームを行い、シームレスな映像補正で粗すら慣らして行くとその合間に一つの影がある事に気が付いた。人の形をしたそれは、つい先ほどまでオーバーサイクの傍らに居た者。


 やがて二人は魔力の放出を止める。違和感に気付いたからだった。そして詰まらなそうにそれまでの笑顔を引っ込め、無表情になるベアトリクスとは対照的に、怒りと憎しみに歪んでいたオーバーサイクは今度は驚愕と困惑にその表情を大きく変貌させる。

 彼女の見開かれた双眼に浮かび、揺れ動く真紅の瞳に映ったのは、二つの強大な魔力の境に曝されてその体を赤熱、沸騰させ半ば溶解しかけたウォーヘッドの姿だった。

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