#4

 振り下ろされた刺鉄球の様な拳をウォーヘッドはミュールを抱えてその場から転がり出て間一髪回避に成功。見上げる程の巨体はウォーヘッドとほぼ同じくらいだろうか、手足があり首は胴体に埋まっているようになっていて顔が直接胴体から覗いている。体表は石造のようだが滑らかな曲線を描いていてその動きにもぎこちなさはまるで感じられなかった。


「ありがとう、パパ。ゴーレムよ、しかもすごく出来が良いわ」


「イヨを追っているのは、ならば魔法使いメイガスか。……む」


 ゴーレムの一撃を避けたウォーヘッドは持ち上げた腕にミュールを座らせ、その巨体を立ち上げる。するとイヨも彼の足元から服に爪を立ててよじ登り、両肩に足を乗せるとウォーヘッドの頭上から体を出した。

 そしてウォーヘッドは気付く。街の至る所に同じゴーレムが現れては建物や車、そして人々を襲っていることに。


 喧騒はすぐに破壊と悲鳴が混ざりあった混沌へと変貌した。警察が出動しているようだが、まずこの超常の現象相手では歯が立たない。最早人目を避けるなど無意味に等しい、目の前には敵も居り、二人は顔を見合せ頷いた。ミュールの瞳から魔力の光が漏れ出て、毛先が浮遊を始めた時であった、凄まじい炸裂音と閃光が二人の視界を一瞬覆い尽くした。そして次に目の当たりにしたのは上半身が根こそぎ吹き飛ばされ、倒れ崩れて行くゴーレムの姿。


 何事かとミュールが見たのはイヨ。そこには派手な銀メッキをされたような二丁の巨大な銃、"フュージョンカノン"を両手にそれぞれ持ったイヨ、クレイジー・キャットの姿があった。彼は二人を見下ろすと叫ぶ。


「街の被害はもうどうしようもねえ、すぐに軍か正義のヒーローチームが出動するだろうからよ、俺らはこの騒ぎの元凶をぶっ潰しに行こうぜ。お前らも行くつもりだったんだろ?」


 そう言ってフュージョンカノンの一つをウォーヘッドに持たせたイヨはジーンズのポケットから取り出したライフル弾を一つ口に咥え、再びウォーヘッドからそれを受け取る。勝手な物言いではあるが、事実でもある。仕方ないと呆れた調子のミュールは彼に光の柱の正確な場所を訊ねた。


「ブロック島だ。良い場所だぜ」


「あそこからどうやって逃げてきたの?」


「猫だって泳げるだろ」


 肩を竦めたイヨにミュールは目を丸くしながら、更にせっつかれた事によって文句を良いながらもその両手に輝きを灯した。素早く動く唇が紡ぐのは天使の言葉、光はより輝きを増して行き、瞳から溢れた閃光は両手の輝きと繋がり合い、そして光が爆発を起こす。


 光の中でミュールの姿が変わる。肩までだった黒髪は腰まで伸び、そして白く染まって行く。否、本来の色を取り戻す。やがて彼女の胸元に発生した黒い空間が彼女の体を取り込むと、それは肉体に沿って形を変え、人型をした空間は物質へと変わる。ミュールの体躯を包み隠す漆黒のスーツとそしてジャケット。

 漆黒の衣装に長い白髪、そして魔力の光を放つ真紅の瞳。コードネーム”オーバーサイク”、それとしての彼女の姿がこれである。


「ひゅー、すげえな。大将にはああいうの無いのかい?」


 オーバーサイクへと変わったミュールを見たイヨの口笛を真似たそのわざとらしい声は、彼女の様な派手なプロセスを踏まずに、気が付くと白銀をした金属の体を取り戻しているウォーヘッドへの当てつけのようであった。


 普段は偽装の為、特に目立つウォーヘッドの特徴は今はオーバーサイクであるミュールの魔法によって人のそれと同じに変えられている。だが彼女によりそれが解かれると、本来の姿である金属生命体の姿が現れるのだ。輝く白銀の体はその芯まで、肌や骨格だけでなく流れる血液、細胞に至るまで超硬でありながら柔軟でもある特殊な金属で構成され、あらゆる物を弾き返す。


 骨格しか人としての面影を残さないそのウォーヘッドの頬をイヨの尻尾が撫で、彼は何も言わないものの嫌がる様に顔を逸らす。彼の変身がまるで目立たず地味で、すぐ横のオーバーサイクに絵面で食われていることをイヨは徹底的になじるつもりでいるらしいが、そのイヨの体が縁取られた様に青く輝くと彼は一切の身動きが取れなくなってしまう。唯一自由である眼球を動かして見詰める先には瞳とはケチな事を言わず眼孔から光を溢れ出させているオーバーサイクが、その表情は父親たるウォーヘッドを馬鹿にされたことで面白くなさそうであった。


「いいさ、サイク。許してやってくれ。彼特有のユーモアだ。悪気は無い」


「……パパは甘すぎるのよ」


 オーバーサイクの怒りから解放され、謝罪と共にウォーヘッドに感謝するイヨ。ウォーヘッドに促され、オーバーサイクの魔法により宙へと舞い上がった三人は、同じく彼女の魔法で空に開いた転移門を見上げる。すると更に上空を航跡雲を作りながら飛行する戦闘機の様なシルエットをしたものがちょうど通過していた。


「ナオトが一番乗りみたいだな」


 イヨが言うナオトというのはドラゴンに姿を変える能力を持った人物の事であり、その飛行特化形態が今飛んでいるそれである。同時にじきに多くの能力者ヒーローが集まる吉兆でもあり、彼の姿を見た市民たちから歓声が上がるのが三人には聴こえた。


 基本的に人目に触れない様に生活しているウォーヘッドとミュールたちには掛けられないその声に、彼女は少しばかり複雑そうな表情を覗かせた。


「サイク、いや、ミュー。気にするな、私たちはこれで良いんだ」


「そうだぜ嬢ちゃん、超合金お父ちゃんの言う通り。ヒーローはヒーローで色々面倒なもんだ。握手を求められりゃナニしたかもわからんオタクくんの手を握らにゃあならねえし、チームで内ゲバとかグダクダ、地球の反対側で勝手に死んだ奴の責任まで挙句求められたりな。つまり野良のが気楽で良い。男女関係ならせふぎゃッ」


 二人の言葉、イヨの不適切な言葉を開いたその口に人差し指をタイミング良く差し入れて遮るウォーヘッドという光景に、オーバーサイクは漸く笑ってそして頷き、地上では二本の刀を手に戦うトゥーセイバーを筆頭に、他人の姿に成り代われる能力を持ったテクスチャーなど様々な、世間でヒーローと称えられる者たちがゴーレムを相手に大立ち回りを演じている。


 彼らに任せようというウォーヘッドに背を押され、オーバーサイクは二人を引き連れ転移門へと飛び込んだ。閉じた転移門は跡形も無く消え去り、広がるのは騒動とは裏腹に澄み渡る青空ばかりであった。

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