第31話:平穏の終わり、殺意を告げる炎


 『通り魔事件』の犯人は――フラム先輩だ。


 決して信じたくなかった事実が、どうしようもく真実であると判明した夜。

 僕は大きな衝撃を受けて打ちひしがれた。けれど世界とは無慈悲なもので、一個人のために時を止めてくれるなんてことはない。


 葛藤に濡れた夜は明け、心の内面を表すような灰色の曇に覆われた朝がくる。

 答えを出すことが出来ぬまま、何事もなく……次の日はやってきた。


 予想されていた通りの生憎の大雪に、朝日は拝めなかった。結局一睡も出来ずに、狭まり別れてしまった今後の展望の選択に葛藤し、神経をすり減らしていた僕にとって、エルウェの起き抜けの「おはよう」が朝を知らせる合図だった。


 捲れた服はそのままに、女の子座りで目を擦りながら欠伸をするエルウェは今日も可愛い……何て思えてるうちは、まだ大丈夫。フラム先輩は何事もなかったかのように接してくるし、まだ考える時間はあると思っていいだろう。


 そのまま身支度を済ませ、宿の前と屋根に積もった雪の除去を大家さんの指示のもと手伝い、遅れていた幌馬車の運行が復興する昼時に合わせて出発した。


 そして今――《亜竜の巌窟》4階層。


 僕は猫を被って周囲に溶け込むより、自由気儘に暮らしたい。

 どんな状況であれ、自分に正直でいたい。そう思いながら生きてきた。


 恐らくそれは、前世から次いだ『僕』という人格の根本的な性質。

 だからこそ、こんなに途方に暮れているのは、自分ではなくて他人のことで頭を悩ませているのは……初めての経験だった。


 これまで悩みとは疎遠だった僕にとって、初めての葛藤はこんなにも壁が高い。

 フラム先輩が犯人だって素っ破抜けば、きっとエルウェは悲しむだろう。だからといってこのまま僕の胸の内に秘めておけばエルウェに危険が及ぶかもしれないし、フラム先輩もさらなる罪を重ね、街の被害も拡大する一方。


 普通に考えれば少し迷った挙げ句、後者を選択するはずだ。

 だがフラム先輩は完全に真っ黒ってわけじゃない。『白』や『グレー』の部分だって少なからずあるわけで、何よりエルウェの母親の代から仕えてきたはずのフラム先輩がまさか――という、最後の最後まで認めたくない僕の弱さが、答えを出すのを躊躇させていた。

 

 一夜明けた今でも答えは出ていないし、精神的な疲労は無視できない程度には蓄積している。あーでもない、こーでもない、と機械のように繰り返すだけで、実のところ頭を留守にしていたからだろう。


「――エロ騎士、後ろッ!?」


「――っ」


 ハッとしたのも束の間、振り向いた眼前にドラゴブリンの棍棒が迫っていた。

 気づいた頃には回避不可の距離、だるくて重く感じる今の鎧の身体では、咄嗟に防御の姿勢を取ることさえ出来なかった。


 エルウェの前方をフラム先輩、後方を僕が担当していた現状。

 間抜けにもぼーっとしていた僕は格下であるはずのドラゴブリンの一撃をもろに喰らってしまったのだ。


 種族等級レイスランクGとはいえ、その膂力は一般人を軽く凌駕する。満遍なく棘が生えた骨の棍棒が面甲ベンテールを打ち抜いて、僕は背後にゴロゴロと転がってエルウェに受け止められた。


「もう、何油断してるのよ大丈夫!? お願い、フラム!」


「あァ」


 即座に過る小さな影は、驚異的な脚力でドラゴブリンに迫ると歪な形の頭にちょん、と飛び乗る。それだけでドラゴブリンの全身を炎が包み込み、断末魔を残して塵となった。


 それを見届けたエルウェは一つ安堵の溜息を吐く。覗き込むように僕を見下ろすと、どこにも怪我はないんだけれど、魔物使いのスキルで回復してくれた。


「『回復の鈴音ベル・ヒール』――どう? 少しは楽になった?」


「……ごめん。ありがとー」


 朗詠に併せて鈴のような音が鳴る。鎧を包み込む魔力は心地が良い。

 少し痛む程度だった傷も修復し、多少の疲労も抜けた気がした。それでも立ち上がろうという気は起きず、支えてくれていたエルウェの太股に項垂れかかった。


「……やっぱり調子が悪そうね。今日の朝――ううん、昨日の夜からだったかしら? 深刻そうな雰囲気なんか醸しちゃって、何かあったの?」


「そ、それは……言いたいけど、言えなくて。ほんとに、どうすればいいのかなぁ……」


 心配してくれているエルウェ。その気持ちだけで幾らか救われる。

 でも彼女にはまだ言えない。言えるはずもない。結論が出せないうちは、ね。


「言えないようなこと? ――もしかしてエロ騎士、」


 僕の煮え切らない態度に、エルウェは何か感づいたような素振りを見せる。

 そして次には僕の両足を持って宙吊りにし、何故かブンブンと揺さぶり始めた。


「また私の下着盗ったのね!? もうっ、今すぐ吐き出しなさい! スキルで収納したってダメよ、反省するまで夜は一緒に寝てあげないんだからねこの淫乱騎士っ!!」


「何でぇえぇぇええぇ誤解だよエルウぇえぇええっっ!?」


 どうやら僕が隠し事をする=エルウェの下着を拝借する等の悪戯だと解釈したようで。

 いや何でやねん、って僕は全力で突っ込みたくなった。


 僕は今人生ならぬ鎧生の中で一番の悩みを抱えているって言うのに。しかも自分のことじゃなくて、フラム先輩とエルウェのことについて悩んでるっていうのに。そんな下らないことをするわけがないだろ!? 少しは空気読んでくれませんかねぇ!?


『こればっかりは日頃の行いなのじゃ……自業自得であろ』


「…………っ!? (ぷるるぅん、ぷるるぅんっ!?)」


 昨晩は僕の愚痴に付き合ってくれたシェルちゃんは呆れたように、鎧の内部にいたせいで巻き添えをくらっているルイは激しいシェイクに声にならない悲鳴を上げていた。


「はーやーくーはーきーだーしーなーさーいっ!!」


「ふぇえぇえぇ誤解だってぇえぇえ!? たっ、確かに僕はエルウェの下着が好きだけど、大好きだけど! 前に怒られた時に懲りたから無断で持ち出すような事はもう――、」


 言いながら、僕の視界をが過った。

 ドラゴブリンに殴られた衝撃で開いていた面甲ベンテールから、何かが飛び出してきたのだ。すれ違いざま、なんとも甘い芳香が鼻腔を擽る。それは空気抵抗を受けてひらひらと舞い降りると、ぱふっと柔らかい音を立てて着地した。


「「…………」」


 僕が逆さに吊られている格好はそのままに、痛ましい沈黙が降りた。


 うん、どこからどう見ても黒パンツである。

 可愛らしいふりふりのついた黒パンツである。


「へぇ、じゃあこれは何かしら……?」


 逆さの状態から見えるエルウェは少しだけ頬を染めて笑顔だ。

 でもそれは優しい笑顔なわけがなく、青筋が立ち眉がぴくぴくと痙攣していることから相当お冠だということが察せられた。こわい。


「あは、あははは……それは、その、何だろぉ? は、ははっ……」


 僕の兜にはたらたらと汗が流れる。え、でも何で? 僕は確かに――ぁ。

 ぁあぁああぁあ忘れてたぁああぁああぁあああっ!?


 そういえば怒られた時には既に二着目を収納してて、出そうにも出せないからそのままにしてたんだったぁそうだったぁ!? あぁ僕の馬鹿! 何で正直に「あのぅもう一着あります……」って返さなかったんだよぉ、いや返せるわけないよぅ。こっそり我がものにしようとしてましたごめんなさい……っていうか揺すられただけで出てくるなよ僕のスキルってばどうなってんの!?


「ごめんなふぇぇええっえっえっえっえっえほぉアッ!? グホゲホォゲェッ!?」


 噎せた。とにかく全力で謝ろうとしたら思いっきり噎せた。

 逆さの状態で無理するからもぉー。


 その時だ。


 異物が引っかかるような違和感を胸から喉にかけて感じて。

 再び視界を覆い尽くす、しかし先とは比べものにならない量の影。


「――ぁ」


 ガチャゴチャカランッ、という音を立てて、一人じゃ持ちきれない程たくさんの――金銀財宝が飛び出てきた。最後に小さいくせに重たい音のする硬化を放出した僕の面甲ベンテールは、ガチャンッという妙にやりきった感満載の小気味よい音を立てて閉じられる。


「「――え?」」


 僕は紫紺の双眸を瞬かせた。

 怒りに震えていたはずのエルウェが一転、驚きを通り越して呆けたように目を剥く。いや、彼女だけじゃなく、通りすがった何組かの冒険者達の目が金銀財宝の小山に釘つけになった。


「「えええええええええええええええええええええっっ!?」」


 びっくらこいたぁ!?

 まさかこのタイミングで吐き出しちゃうとは、しかもこんな金銀財宝どこで――と思い返したところで、シェルちゃんの創造した迷宮|金龍の迷宮《オロ・アウルム》の宝物庫から持ってきたことを思い出す。やっべ、普通に忘れてたよやっべ。


「えええええ――ってなんでエロ騎士まで驚いてるのよ!?」


「えええええ――だって噎せたら出てくるとは思わなくてぇ!?」


 ほんとそれだよ危ねぇ! いやほんとに、出てきたのが財宝なだけよかった! シェルちゃんでなくて本当に良かった! さすがに金龍なんか吐いたら絶対エルウェに捨てられるっ、意味わからなすぎて絶対捨てられるからぁ!!


「ほんとにいろいろポンコツなんだからあなたは!? それで、この目が痛い金銀財宝は何!? 私の下着だけじゃ飽き足らず、どこから盗んできたのっ!?」


 顔を真っ赤にしたエルウェは、ここぞとばかりにたたみかけてくる。

 なぜか盗んだことが前提になっているが、とにかく訂正、誤魔化しを――っと、


「待って待って違うんだよぉお。何か使えるかもって思って持ってきたっていうか、同意を貰って預かってるっていうかぁ……」


「誰に!?」


「だっ、だだだだ誰だろぉん?」


「後でちゃんと喋って貰うんだからね!!」


「いやいやいやっ、こればっかりは言えないと言いますかぁ……!?」


 言えない。言えないんだぁ!

 これだけは言うわけにはいかないんだぁっ!?



 ****** ******



「お、おりょあうりゅむから持ってきましたぁあふぇえぇえっっ」


「――おりょあうりゅむ……って、あの《金龍の迷宮オロ・アウルム》!?」


 すごい喋ったわ。めちゃくちゃ喋っちゃったわ。もはや全てを曝け出したわ。

 僕はおろおろと滂沱の涙を流しながら口を割ったのだった。


『はぁ……其方、あっさりばらしすぎであろ……』 


 シェルちゃんが呆れているが、だって言わないと嫌いになるなんて言われたら喋るしかないじゃん。何なの? 逆に何なの他に選択肢あったのエエ? っていう逆ギレするレベルであっさり喋っちゃった、てへへ。


 噎せた拍子に溢れ出た財宝をもう一度収納し、まるで犯罪者のように人目を避けて辿り着いたのは5階層|黄昏の花園《エールデン・ガーデン》。


 その間、出来心で窃盗を働いた自分の子供をどう躾けたものかと、怒りと羞恥と親心とで複雑な気持ちになった親のような面持ちのエルウェに抱きしめられながら連行されていた僕。いや、盗ったわけじゃないから。ほんとだから。


「……主ィ、端っこで人気がないとは言え、あまり大きな声を出すなァ」


 夕焼けを浴びて黄昏れているフラム先輩が言うように、ここは階層の端っこ。背後では小さな湖が天井の結晶から発せられる橙色を反射して綺麗だ。うんうん。なごむけど、今はそれどころじゃないんだなこれが。


「そ、そうね。でも、な、なるほど――って未だに信じがたいけど……本当のことなのね?」


 子供のように泣き噎びながら、凄い勢いで頷いておく。


「……怪しい。そのことを私に隠してたんだもの、怪しいわ」


 半眼で訝しげな顔をするエルウェに、凄い勢いで首を振っておく。


「…………まぁ、言い出せなかった理由もわかるけれど」


 凄い勢いで頷いて――ってあれ、わかってもらえたんですケドー!

 と内心歓喜していた僕だが、次の言葉で凍り付く。



「《金龍の迷宮オロ・アウルム》……彼の『裏切りのドラゴン』が創造した迷宮だものね」



「……………はぇっ?」


 裏切りの……ドラゴン……?

 だ、誰が? 迷宮の創造主が? ええ、それってシェルちゃんだけど?


「『…………』」


 外と中で。

 身の置き所がないような、そんな沈黙が降りた。


 僕はスキルの中へと意識を向け、目を瞑る。

 そこでみた件の黄金のドラゴンさんは、コツン、と可愛らしい動作で蜥蜴頭を小突く。


『…………てへ!』


(てへ! じゃないよぉぉぉおおおお!? 何したの!? 人族を庇護する代表的なドラゴンだった君はいったい何をしたのっ!? この犯罪引きこもりドラゴンめ! 僕を騙したなぁっ!?)


 まさかまさかの展開だ。

 僕の記憶が正しければ――最初は例の現象故か忘れていたのだけど――シェルちゃんは育成機関の教科書に出てくるような由緒正しき原初のドラゴンだった。始祖龍という秩序神に生み出された、伝説の。


 それがどうだ。裏切りのドラゴン……?


 エルウェの言葉から推測するに、犯罪者になってるじゃないか! しかも誰もが認知しているような大犯罪者に!? フラム先輩が可愛く見えるよ彼の伝説のドラゴンが堕ちたものだなぁ!? あれか、シェルちゃんに関わってることがバレたら殺されるっていうのはこのせいかぁ!!


「知らないのも無理はないわ。あの迷宮は立ち入ることを禁じられた最上位迷宮。情報も国の上層部で操作されててあまり出回ってないから……だからね、これは単なる風聞でしかないのよ」


 うっわ、情報規制入ってるとかガチもんだよこれ……見損なったぞシェルちゃん。


『…………』


 そんな彼女は腕を組んで傍観の姿勢を貫くらしい。


「まぁでも、そっか……エロ騎士はそんな場所に産まれた魔物で、どうやって出てきたのかは知らないけれど……不思議なスキルはもしかして金龍から?」


「えっ、ああ……まぁ、うん。そんな……感じ……ぅん」


 確認するように問われ、これ以上は隠す意味もないので本当のことを言う。

 同時に、酷く恐ろしくなった。昨晩フラム先輩にエルウェを悲しませるのなら許さない的な事を言ったばかりだというのに。これじゃ本末転倒じゃないか。最悪のブーメランじゃないか。


「何か隠し事してるってことはわかってたけど、そういうこと……はぁ。何よ、水臭いわね。もっと私を信用してくれてもいいのよ? そんなことじゃ嫌いになったりしないし、捨てたりなんかもしないわ」


 人族の間では『裏切りのドラゴン』という汚名が伝播しているという驚きの事実から、次にエルウェの口を飛び出す言葉は如何にとハラハラしていた僕は、少しだけ拍子抜けする。


「だって、出自って自分で決められるものじゃないもの。実際、私だけじゃなくて、みんな金龍が何の罪を犯したのかだって知らないのよ。眉唾物みたいなものだと思うし……それに、金龍は代表的な『超克種』だって言うじゃない。ふふ、むしろ肩の荷が下りたわよ」


 優しい言葉が染みて、僕の強固な鎧をふやけさせる。

 嬉しいな、これは。ついにやけてしまいそうになるほど、嬉しい。


 ……でも、エルウェの底抜けの優しさに、何だか自分が惨めになる。


 僕がフラム先輩を黒だと確信した時、たまたまエルウェが間に入ってこなければ、咄嗟に口をついていたのは非難と無理解をぶつけるだけの汚い言葉だったはずで。


「……いいの? エルウェは『世界一の魔物使い』になるんでしょ? それが『名誉』じゃなくて、『不名誉』なものになるかもしれない……もしかしたら、シェルちゃんを……金龍を狙ってる勢力に追われることになるかもしれない」


 素直に優しさを受け止められなかったのは、偏に僕の弱さ。

 最近は自分の弱さを実感させられる日々だよ、本当に。ああ、悔しい。


 エルウェは軽く目を見開くと、次には本心だと証明するように優しく細めた。


「私が『世界一の魔物使い』を目指している理由、前に話したでしょ? お母さんが最後に言ってくれた『優しい魔物使い』になりたい。でも、優しさだけじゃ大切なものは守れないの。きっとお父さんは私たちを守るために強さを求めていたのよ……だから『最強の魔物使い』を目指しているだけ」


 ドクン、と仮初めの心臓が高鳴った。

 太陽とドラゴンの紋章と、その背景に描かれた契約の紋様が熱を持つ。


「ふふ、そうね。もし世界から追われるような立場になったとしたら――あなたと一緒に逃げてあげる。どこまでもね。皆一緒だったら、どんな時でも楽しいわよ、きっと」


 ――適わないな、エルウェには。


 僕は一度俯くと、小さな声で「……ありがとう」とだけ言った。

 あまり力むと涙が出そうで。本当に、エルウェと出会えて良かったと思えた。


 でも、呪いや『六道』のこと思うと、フラム先輩のことを思うと……ちょっとだけ胸が苦しくなった。言うべきか、言わないべきか。呪いやスキル『六道』は詳細が不明だ。後回しでも……ってのは甘えかな。


 でも、今何より優先すべきなのは。

 フラム先輩の過ちを正すこと。そのためにはエルウェに昨晩の件を伝えて、止めさせないと。それが僕たちの未来の為の最善の一手、エルウェを守るための答えだ。


 僕はエルウェに少しだけ勇気をもらえた。きっと彼女なら良い方向に持って行けると思うから。だから。だから……言わなきゃ。――言え、言え! 僕!


「……ねぇ、エルウェ」


 フラム先輩の耳がピクリと動いた。


「まだ、まだね、エルウェに伝えなきゃいけないことが――」


 そして。




「あれれぇえ? そこにいるのってぇ……カーバンクルぅ? にんまり」




 僕の言葉を遮って現れたのは。


 黒の外套を纏い、引きずるほど長い紫髪をたなびかせる男。

 その面相は、ただただ畏怖を感じるもので。怖気の走るような醜悪な笑みを浮かべていた。


「まさかこんなに早く会いに来てくれるなんてぇえ! あちし感激ぃ。あれれぇ、それにぃ破壊神様とぉ繋がりのある例の新種ちゃんもぉ? もしかして君ぃ、皆が言ってた強い魔物使いかなぁ!? うわぁ! 初めましてぇ! あちしも魔物使いだから仲良くして欲しいなぁ。どきどき」


 どこから現れたのか、その薄気味悪い人物は名乗りを上げた。


「あちしは神薙教がぁ枢要の七罪源――【道徳なき暴食グラトニー・ウィザウ・モラリティ】。気軽にぃグラト二ーちゃんって呼んでねぇ? にこにこ」


 その刹那。

 僕の背後で、凄まじい熱気と痛いくらいに肌を刺す殺気が迸った。


 肩を跳ね上げて見やれば、全身から轟々と炎を吹いている子猫――フラム先輩だ。

 彼はゆうゆうと歩みを進める度に、その身から発する殺気を増していった。今までは全く想像できなかったけれど、鼻面に皺を寄せ、紅眼を鋭く吊り上げているその姿はまるで――殺人鬼。


 僕は思わず身構えた。本性を晒した、まさか――ここで僕を殺しに来るのか?


 フラム先輩はゆうゆうと歩き、僕の前に――かと思いきや。

 僕を追い越して、今し方来た謎だらけの紫髪の男の前に。


 そして。

 声帯をズタズタに引き裂いたように低く、己の命を押し潰すように重く。


 ――吠えた。



「――――ぶッ殺すゥッ!!」

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