第29話:滅びの風が吹く前に


「――行ってくるゥ……」


 先端に橙の炎が灯った長い尻尾に薄赤の毛を持つ子猫――幸を呼ぶ幻獣カーバンクル


 世にも珍しい彼の存在は、ベットで寄り添って寝入っている少女と小さな鎧の眷属を目を細めて眺めた後、今日も自室の扉を開け、暗い廊下へ足を踏み入れる。


 カーバンクルと言えば幻獣。その中でも精霊種に近い存在だ。

 その肉体は現に干渉しすぎないよう、極々少量のはず。だのに年季がはいった階段は、ギシギシと古めかしい音がする。


「……今日も行くのねぇ、フラムちゃん」


 と、階段を降りてすぐ側。

 キッチンと併設されている小さな酒場のような場所の椅子に、一人の老婆が腰掛けていた。その人物の腰は九十度近く曲がっており、よぼよぼになった眼は空いているのかさえ定かではない。


 しわがれた声で問われ、フラムはそちらを見ることもなく返答する。


「……あァ、新入りはまだまだ頼りないィ。主を頼むゥ」


「そうかぃそうかぃ。あまり気負いすぎないようにねぇ……調査に来てる冒険者に気をつけなねぇ」


「…………あァ。いつも感謝する、大家のババァ……いや、先代ギルドマスタァ」


 フラムがそう言って顔を向けると、老婆は気にするなとでもいうようにひらひら手を振った。


 深夜のヒースヴァルムは、やけに静まり返っていた。


 普段ならこの時間帯とはいえ騒いでいる冒険者連中や、夜遊びをしている遊び人、夜の仕事の一環で客を呼ぶ者、つられて金を散財する阿呆垂れと、騒々しさが潰えることはないのだけれど。


 見かけるのは武装した騎士団と張り詰めた面持ちの冒険者。

 《皇都》を震撼させている『通り魔事件』――それが夜の活気をなくしている原因だった。


 フラムは宿を出てしばらく街道を歩いていたが、ふらりと路地裏に入り込む。

 四方から紅い結晶が仄かに照らし、子猫の影が点々と散らかる中。カーバンクルは矢庭に呼吸を荒くし、苦しげに呻きだした。


「ぁああぁ、ぁああァアァアアァア……ッッ!?」


 囁くのだ。


 本当の自分が。偽りの影が。子猫の皮を被った化け物が。


 ――殺せ。


 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――


「グゥ……ハァ、ハァ……まだ、まだだァ……オレはまだ、主の側にィ……」


 それはまるで、自身に秘める枷を外さんと迸る殺人衝動、、、、を抑え込もうとしているような。側の結晶に乱暴に身体を押し当て、石畳に浅く積もった雪で頭を冷やす。ギリギリと歯を食いしばって己の欲望を耐え忍んだ。


 しかしその時。

 奇しくも向かい側の通路から人影が現れた。夜闇に紛れるような外套を纏ったその人物は、薄赤の淡光に照らされるカーバンクルを目にとめてしまう。


 同時、フラムもその人物を見澄まし、眼を大きく見開いた。


 そして。

 

「――――――――――――」


 カーバンクルの内部で蠢くナニカが、爆発した――



 ****** ******



「焼死体……?」


 僕は思うところがあって、首を傾げながら聞き返した。

 一夜明け、ヒースヴァルムに戻ってきていたヨキさんは険しい顔のまま、静かに頷く。


「俺たちも協力して動いちゃあいるが、《皇都》を騒がせてる『通り魔事件』は日に日に被害を拡大している。焼死体だけじゃねぇ、圧死体だったり水死体だったり、胸に大穴を開けられた住人や四肢を切り刻まれた住人もいる……さすがに何か手を打たねぇと、このままじゃやべぇな」


「そんな、なんて惨いことを……」


 口を両手で覆って顔を青ざめさせているのはエルウェだ。

 

 先日、初めての迷宮探索から帰還した僕たち。

 大規模な怪物の饗宴グリアパレードに見舞われたり、殺人現場を目の当たりにしたりと、肉体、精神ともに疲労困憊だった。


 そのため今日は振替休日としたわけだけど……結局、昼を回った頃には手持ち無沙汰になって冒険者ギルドに足を運んでいた。


 するとヨキさんがリオラさんを連れて騎士団と思わしき人達と何やら話し込んでる様子。白衣に眼鏡をかけた学者気質の、ギルドとは疎遠そうな人もいた。


 昨日から帰ってきていないフラム先輩のこともあり、心配になったエルウェの言で、隙間時間を見計らって話を聞いてみたのだ。無論、ヨキさんが愛娘であるエルウェを無碍に扱うわけもなく。


「その中でも焼死体が怪しいって見てるわけか」


「そうだ。死体から何か手がかりが掴めるかも知れねぇって話を騎士団連中としててな。中でも黒焦げになって身元すらわからねぇ焼死体はきな臭い匂いがする。あれだけ執拗に焼かれてるんだ……恐らくは何か共通の手がかりがあるはずだ」


「それで、おじ……ヨキさんはあの眼鏡さんに依頼を?」


 眼鏡さんて。言い方が可愛いなエルウェおい。

 それと、まだ受けた恩を気にしているみたいだ。独り立ちして迷惑かけたくないって気持ちはわからなくもないけどね。


「その通りだエルウェ。彼はスキルや魔術、薬品等を専門にしてる学者だ。結果は近いうちに出るとは思うが――眼鏡さんて言い方可愛いなおい、さすがは俺の義娘だ」


 そう思ったのは僕だけじゃなかったらしい。ヨキさんもデレデレしている。

 こんなのと一緒なんてちょっとショックだ。


「まぁ結果が出次第エルウェには逐次報告しよう。それから《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》にはしばらく近づかない方が良い。何やら『魔王』の勢力が活発化してるらしいからな」


 ――魔王?


 僕がピクリと反応を示すと、合わせて僕の中のシェルちゃんも顔を上げた。


「まったく。一昨日発生した怪物の饗宴グリアパレードも根本的な原因は不明。昨日の《ラズマリータの街》での殺人も手がかりなしときた。それに加えて魔王の動きあり……今のヒースヴァルムは不穏すぎるってんだ……ん? そういえば、今日はフラムのヤツがいないみたいだな? どうした、喧嘩でもしたのか?」


 怪物の饗宴グリアパレードは災害のようなものだ。原因はわからなくて当然だが、根本的な……ヨキさんが言いたいのは、二カ所同時に発生した理由と、それを引き起こしたかもしれない統率者コマンダーの存在の有無。


 僕らの宿の前での殺人については、今の《皇都》で発生してる『通り魔事件』と関係してるか否かも判然としていないらしい。こうも立て続けに問題が重なるとは、いよいよきな臭い。


 エルウェは話を聞いてもどこか上の空だ。フラム先輩の件で表情を曇らせる。


「フラムは……昨日から帰ってきてないんです。何か知らないですか?」


「いや、すまんが俺も知らない……あいつがエルウェの側を離れるなんて珍しいな」


「そう、ですか……」


 落ち込んだ素振りを見せるエルウェが無性に恋しくなって。

 僕はしがみついていた太股から飛び降りると、華麗に着地。自分を大きく見せるように、自信満々に胸を叩いた。


「心配いらないよエルウェ。僕との約束、覚えてるでしょ?」


 エルウェはフラム先輩がいなくなってしまいそうで怖いと言っていた。

 彼女を不安にさせるカーバンクルは許せないが、僕は約束したんだ。必ずエルウェを守るし、フラム先輩をとめてやるって。


「エロ騎士……そうね、そうよね。私ったら弱気になっちゃって……ありがとう」


「……いい眷属を持ったな、エルウェ」


 その光景を見ていたヨキさんは、しみじみと感慨深そうに零す。

 エルウェは弱気になっていた表情を一度叩いて切り替え、柔らかい笑顔を浮かべて言った。


「――うん。私の自慢の眷属かぞくなの」



 ****** ******



「最近は物騒よねぇ。夜に出歩くことが出来ないなんて不便だわぁ」


「きっと二年前の殺人鬼が戻ってきたのよ……怖い怖い」


「おい聞いたかよ、深域の魔王がぴりぴりしてるらしいぞ」


「何でだ? もしかして魔王の手の者が通り魔に絡んでるのか?」


「どうだかなぁ。そればっかりはわかんねぇな」


「何にせよ、悪夢の再来だ……安心して眠ることも出来やしねぇ」


 街の住民が浮き足立っている。

 誰も彼もがひそひそと話し、疑心暗鬼の眼で周囲に気を配っていた。


 ギルドからの帰り道のことだ。

 僕とエルウェは、見るからに怪しい人物に遭遇してしまった。


「エロ騎士、あれって……」


「ああ、間違いないよ……」


 囁き合う僕とエルウェ。

 場所はメインストリートから覗ける路地裏の通り。

 二人が送る視線の先には、とある少女が倒れていた。昨日から降り始めた雪が浅く積もっている。見ているだけで寒くなる。


「間違いない。あれは絶対にお腹が空いて倒れてる奴だ……」


「そうよね、通り魔事件の被害者――って、へっ?」


 色素の薄い桜色の髪。艶のある褐色肌。頭部から生える捻れた角。

 すごい見覚えがある。ありすぎて困るくらいある。いや何してんの?


『馬鹿だ馬鹿だとは思っておったが……まさかここまで馬鹿だとはなぁ』


 ――【風天】のオラージュ・ヴァーユ。


 その少女の正体は【十二天】が一人にして、確か《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》の深域に魔族の国を建国した『魔王』の一角。ん? 魔王? 魔王ってさっきヨキさんが言ってたあの魔王?


「え、え、そうなの? もしかしてエロ騎士、知り合いなの?」


「いや知り合いっていうか……僕が初めてヒースヴァルムに来た日にさ、襲われてるエルウェを助けるのが遅れたでしょ? その時にフラム先輩の金を空っぽにした原因がこの子なんだよ」


「ああ、そんなこと言ってたわね、そういえば……」


 無残な骸でなくて安堵したエルウェの驚き混じりの言葉に、僕は遠い目をしながら答えた。


 この子、あの日もこんな感じに路地裏に倒れていたはずだ。食べ物を与えたら元気になって飛び去ったけど、どうしてまだこんな所にいるのだろうか? 


「それで? どうしてまた倒れてるのかしら」


「それは僕が聞きたいくらいだね。まぁ……馬鹿だからじゃないかな」


「そ、そう……それは、何て言うか……残念な子ね? とりあえず、ご飯……買ってきましょうか」


 エルウェの可哀想なものを見る眼が、なんだかゾクゾクした。




「なァっはっはっはっはっはっはっはっはァ――ッ!!」


 少女の高笑いが路地裏に響く。

 頭が痛い、果てしなくデジャブだ。


「はっはっはっはァ――ぁむっ、むしゃがぶっあむあむあむあむ……ゴクンッ! なァっはっはっは――あれ、もうないのだ?」


 褐色肌の少女は過去の光景を焼き直しするように、高笑いしては頬いっぱいに食べ物を頬張って咀嚼、そして再び高笑い。一度ならず二度までも、もはや阿呆にしか見えないのは必然だろう。


 だが今回は、その珍行動を途中で強制的に終わらせることに成功。

 大口を開けて高笑いしながら、地面を弄る少女の手はそれ以上の食べ物を掴むことはなかった。


「我が儘言わないでよ。この前はフラム先輩の金があったけど、今の手持ちだとこんなもんなのさ。餌付けしてもらえるだけ感謝して欲しいよね」


「宿に帰っても大して変わらないけれどね……」


 こちらを見てきょとんとした顔をする少女。


 そのもらえて当たり前っていう顔は中々癪に障るけれど、世界の覇者【十二天】が一人に堂々と文句を言うわけにもいかない。それにエルウェがぼそりと零したことも事実、僕たちは貧乏人なのだ。


「もっと食べたいのだ……」


「ご、ごめんね。私たち、あまりお金持ってないの……」


「エルウェを困らせるなよ囓り虫」


 ああ、つい口が滑った。


「か、囓り虫!? どういう意味なのだ!?」


 通じてないみたいでよかった。馬鹿でよかった。


「ま、まぁないものはねだっても仕方ないのだ! むむ、何処かで見たことがあるような鎧の魔物に、その従者といったところであるか……? 助けてくれてありがとうなのだ!!」


 もしかして僕のこと覚えてらっしゃらない?

 一応二回も君の命を救ってる恩人なんだけどなぁ?


「僕は前にも君を助けたことがあるんだけど――、」


「すごくすごく助かったのだー! 恩返しを期待してるといいのだ! でも今のボクは早く帰らないと不味い状況なのだー! だからさらばなのだばいばぃ――ッ!!」


「あっ、おい待てって! 道はわかってるの!?」


 まったくこちらの話に耳を貸さず、ぐぐぐと下半身に力を溜めたところで、


「そうだったのだ! この国では目立ってはダメだと言われているから、ボクは道に迷っているのだった! 教えてくれるのであるか!? 優しいの鎧なのだ!」


 なんとか踏みと度ませることが出来たようだ。


 危ない危ない。あれから二週間も迷ってるなんて事実が常識外だし、加えて元気になった途端見切り発車とか論外すぎる。この褐色娘にはちゃんと帰ってもらわなきゃ、何か嫌な予感がするんだよ。


「また倒れられても困るからね。僕のエルウェはそういうの放っておけないんだ。迷惑迷惑。それで、そうだな。この国から出たいんでしょ? それならまずはそこの角を右に――」


「わかったのだ!! 感謝感激なのだぁーッ!!」


 言い終える前に、褐色娘は猛烈な勢いで走り去った――それも角を左に。

 衝撃で砕けた石畳と結晶の破片が舞い上がる。砂塵が晴れた時には、既に彼女の姿はなかった。


「す、すごい元気な子ね。ちゃんとおうちに帰れるかしら?」


 何、何なのあれ! 馬鹿さ加減がメーターを振り切るどころか一周回って帰ってきてるから!? もはや僕の手には負えないんですけど!? 


 エルウェは暢気なことを言ってるけど、事は割と焦らなくちゃいけない状況なのかもしれない。


「まじかよ……はぁ。ヨキさんの言ってた『魔王』の勢力の活発化ってさ」


「ん? エロ騎士、何か言った?」


「……いや、何でもないよ。早く帰ろう、エルウェ。フラム先輩が暇してるかもしれないしね」


「あ、そうね。帰って来てたら、今度は三人でどこかお出かけするのもいいわね」


 僕がエルウェの太股に抱きつくのを待って、エルウェはご機嫌に歩き出した。


 慣れって怖いよね。今でもけっこう注目は集めてるんだけど、エルウェはすっかり気にならなくなったみたい。僕としてみれば最高。エルウェの少女としての外聞的にはいろいろやばい。


『其方の言う通りやもしれぬな。【風天アレ】が迷いに迷ってしばらく国に帰れていないのであれば、事情を知らぬ部下共はどう思うじゃろうか……』


(だよね、まずいよね。あの褐色阿呆娘のせいで戦争になるぞ……)


 そうなる前に街の出口まで案内したかったんだけどな。

 極度の方向音痴のくせに勢いだけで生きてるから本当に始末が悪い。


『いつも時代も、世は乱れるものじゃなぁ……』


 骨身に染みているように呟くシェルちゃん。

 さて、これからどうなるのか。僕には全く予想できないね。


(それに、確かめたいことも出来たしね――……)


 今は、そうだな。

 鈍色の空を越えて、あまねく星々に祈ろうじゃないか。


 この国の安寧を。僕たちの命運を。

 何が本物で、何が偽りなのかを――



 ****** ******



 そこは木々が鬱蒼と茂る森の中、背丈の高い岩壁で四角形に区切られた領域エリア

 囲われた土地には材質も様式もまばらな街が出来上がっており、それは殺気立っている人外の住人すら例外ではない。


 そして何より、街の中心に建造された壮大な大城が、魔の国の異様さに拍車をかけていた。


 城の一室、謁見の間。

 中心に敷かれた紅い絨毯の脇には、強者の風格を纏った異形共が列を成す。


 しかし、彼らが守るべき玉座は空席だ。

 その場に居合わせる誰も彼もが口を開かないが、空気がピリピリと張り詰めていることから、主君がいないことに対してそれ相応の危機感と苛立ちを感じているのがわかる。


「……何か報せは入りましたか?」


 使用人を除き、強者の並ぶ列から離れた場所。

 玉座の直ぐ隣に控えていた、細身で魔導士然とした身なりの人物が小さく零した。


「は、恐れながら魔王オラージュ・ヴァーユ様に関する情報は未だ入っておりません。部下を幾人か向かわせてはいますが、《龍皇国ヒースヴァルム》の守りは極めて堅く、侵入することに成功しても細部の捜索が厳しいというのが現状かと」


 すると彼の前に黒装束の人物が現れる。

 排斥を得意とする黒ずくめの人物は、恭しく頭を下げ片膝をつくと、静かな、けれど広間中に響き渡る声で現況を述べた。


 その言葉に反応を示したのは、細身の魔導士ではなく。

 彼とは玉座を挟んで反対側に腕を組んで立っていた、大柄な鳥男だった。


「何を手こずっていルッ!? 魔王様が【炎龍王】に招かれてから既に三週間が経過すル! 一月は大人しくしてろというのがオラージュ様のお言葉だガ、連絡さえとれていないとは無能にも程があるゾッ! 多少荒い手を使ってでも探しだセ!!」


 荒々しい大声量と今にも殴りかかってきそうな気迫に、肩を跳ね上げる黒装束。

 細身の魔道士は鳥男を片手で制する。


「国全域に蔓延る結晶は魔力障壁と感知の役割を果たしています。侵入するだけでも一苦労なんですよ……問題は中堅以下の部下しか送り出せないこと、ですか。魔力値が高すぎる上位の手練れは直ぐに察知されてしまいますからね……」


「だから儂は言っておろうガ! そのような消極的な方法でハ、オラージュ様に何かあってからでは後手に回ってしまうのだト!! ――戦争ダ。儂らの勢力を一度に畳みかければ、かの【炎龍王】といえど手も足も出まイ!!」


「馬鹿を言わないで下さい。相手は炎を司る龍を統べる頂点。被る損害は宰相として無視できるものではありません」


「儂とお主がおればどうとでもなるであろうガ!?」


 鳥頭の大男の不遜傲岸ともとれる言動に、細身の魔道士は眼鏡を押し上げる仕草をする。


「――それは否定しませんが」


「だろうガ! だのに何をちまちまとした策をとってから二……そもそもをして何故こうなっタ!? オラージュ様と共にヒースヴァルムに入る予定だった護衛は何をしていタ!?」


「それは何度も言っているでしょう。私を含め、国力が手薄にならない程度の戦力を引き連れるつもりでした。ですがオラージュ様は、その……ああいう御方ですから」


「くそガッ! 出発と同時に単独で向かわれたのだったナ!! 儂でも追いつけんから何も言えんワッ!! カァーッ!!」


 そう言って喚き立てる鳥男だが、行き場のない怒りをどこにぶつければいいのかわからないのだろう。それは細身の魔道士も同じだ。手を顎に当て、ブツブツと独り言ちる。


「まったく余計なことを。不戦協定を結んでいるとはいえ【炎龍王】は何用だったのでしょうか……いえ、恐らくは《金龍の迷宮オロ・アウルム》の崩壊に関する内容でしょうが……」


 そもそもの発端は、約三週間に《龍皇国ヒースヴァルム》を、有力な魔王を、近隣諸国を、それどころか世界全体を激震させた《金龍の迷宮オロ・アウルム》の消滅から始まる。


 他の魔王達の間でも集会が開かれ様々な憶測が行き交っているが、根本的な迷宮崩壊の原因と【金龍皇シエルリヒト】の行方は不明。


 その件について、人と盟約を結んでいる【炎龍王】に招かれたオラージュがヒースヴァルムを訪れようとしたのだが……完全武装した仲間達を集めいざ出発、となった瞬間に「ボクが一番のりなのだぁーッ!!」「「オラージュ様ぁああぁっっ!?」」という流れなわけである。


 魔の国で一番強いから『魔王』。

 追いつけるものなどこの国にはいない。さらに言えば【風天】の異名を持つオラージュ・ヴァーユに速度で勝れる者など、他の魔王や人族の実力者を含め存在しない。と、直属の従者の二人は思っている。


「私たちの独自調査では【金龍皇シエルリヒト】様の存在は確認できなかった……存在自体が消滅したか、はたまた何かしらの手段で身を隠しているか……何にせよ、【炎龍王】は許せないのでしょうね――彼の裏切りのドラゴン、、、、、、、、が」


「だからって、よりによって儂らのとこに話持ちかけてくるカ!?」


「いえ、私たちだからこそ、でしょうね。なにせ、オラージュ様はシエルリヒト様をご贔屓にされていらっしゃる。何度不可侵の迷宮に遊びに行こうと言われていたことか……だからこそ、手を組まれると厄介だと判断したのでしょうね」


「それで早い内に取り込もうって腹カ……小賢しイ、儂は人族が嫌いダ! オラージュ様の命令なら従うが、本音を言えば気に入らン……早いところ潰した方が良いんじゃないカ?」


 ある程度落ち着きを取り戻してきた鳥頭の言に、細身の魔道士はしばし考える。


「あと四日……いえ五日待ちましょう。オラージュ様は人の国を見るのが好きだと言われていました。できれば滅ぼしたくはないですが……タイムリミットは五日です。それまでにオラージュ様の情報が得られなかったら、もしくはオラージュ様の身に何かあったと知れたのならば……その時は、」


 魔の国の参謀が顔を上げた。

 手にしていた杖を力強く大理石の床に叩きつける。


「我ら《テンペスト》が全勢力で以て――滅びの風をお届けしましょう」

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