第28話:仲直りできたのかもしれない


 かつて僕には家族がいた。

 黄金のドラゴンが創造した迷宮にて、約三百年もの間宝物庫に押し込められていたスライムだ。


 彼女は【金龍皇シエルリヒト】の濃密な魔力を受けて新種であるゴールデンスライムへと進化を果たしていた。ひょんな出会いからシェルちゃんを連れて外の世界へと出て行こうとしていた僕と馬が合い(多分)、共に行動することになったわけだ。


 まあね、うん。一週間もしないうちにどっかいったよ。


 緑魔の巨人サイクロプスに襲われて滝から落下した僕を助けてくれたらしいんだけど、一緒にいるのが嫌だから逃げる的な言葉を残してどっかいっちゃったんだよ。


 そりゃあ、一日中もみもみもみもみ揉まれてれば嫌にもなるわな。

 だからさ。流石にやりすぎたかな……って割と反省したつもりだったんだけど。


「…………っっ!? (ぷるぷるるんっ!?)」


「おっと、もう離さないぞ! 大丈夫安心しなって僕も反省したからね! ルイが嫌がることはぁあああぁあなぁんだこの感触は手が勝手に動くぅうぅうっ!?」


 言葉とは裏腹に、僕の腕はルイの身体を全力で揉みしだいていた。

 ルイが身を捩るも、僕の手は張りついて離れない。だって、だってねぇ。何この感触、無理無理我慢とか無理だよぉ男は種族の垣根を越えて皆猛獣なんだよぉ。


「手がぁああああ僕の手が言うことを聞かないんだぁあぁあっっ」


『其方ってやつはやっぱり最低なのじゃぁあ……っ!』


 エルウェに対して我慢している(ちょっとは揉んでるけど)鬱憤を爆発させている僕。けれど一方で、全身を陵辱されているルイはというと、


「あぁああぁ……あれ? ルイ、あんまり嫌がらないね?」


 最初こそ驚いたように震えていたものの、なぜかじっと僕に身を委ねていた。少しだけくすぐったそうにしているが、以前のような見下げた嫌悪感は伝わってこない。


 ――ええ? どういうこと? 


 もちろんのこと、手は動かしつつも思慮を巡らせる。

 僕がルイと別れてから二週間と少しが経つ。その間、僕がエルウェ達と一緒に《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》に訪れる度、ルイはこっそりこちらの様子を伺っていた。


 いやね、本人は隠れてるつもりなんだろう。バレてないつもりなんだろう。

 でも森の中で黄金色は目を引くし、何よりもルイの魔力は僕と似てる部分があって、敏感に察知できるんだ。おそらく僕がヒースヴァルムにいる間は、木の根の下とかにじっと隠れてたんじゃないかな。他の冒険者にはバレてないと思いたい。


 バレたとしてもルイの逃げ足は尋常じゃなく速いから問題ないけどね。一度エルウェに投げられて偶然接近できたけど、それ以外はちょっとでも近づくとビュビュビューンだもん。


 だから僕は作戦を立てた。

 前に一度、魔物に襲われた時に地面と木の根の隙間に隠れてたのを覚えていた為、こうやって待ち伏せできたわけだけど。


「あ、わかった。ルイってばもしかしなくても寂しかったんじゃ――」


 初っ端からなんとなくわかっていた事実を口に出した、その時だ。


 メキメキメキィ――という嫌な音がもの凄まじい振動を連れてお出ましになる。再度びくりと震えるルイ、僕は一瞬何の音か把握しかねたけれど、


「あ、魔熊族マリス・ベアのことすっかり忘れて――ったぁあああぁあああッッ!?」


 言い終える前に頭上の巨木が引き倒され、太い根っこが地面から強引に引き抜かれる。根は長いのか完全に引っこ抜けてはいないが、僕らの隠れていた場所は完全に晒された。


「グゥウァアアアガアアアアアァァアァアアアア――ッッ!!」

 

 巨木の幹よりも幅のある巨躯が威嚇するように諸手を挙げた。

 重圧な咆哮が青の蛍火が舞う夜の大気を震わせる。


 やらかした。完全にやらかした。ルイの事を考えるのに夢中で魔物のことを忘れていたのだ。あんなに大声で「捕ったどぉぉおお!!」なんて言ったらバレるに決まってる! 馬鹿か僕は!


 間抜けすぎる失態。僕とルイは抱き合いながら巨大な熊の魔物と相対する。

 同時、僕は紫紺の双眸を大きく瞬かせた。


「こっ、この魔熊族マリス・ベア……でかくない!? それに色も灰色なんだけど!?」


 前に腹の中から剣を何度もぶっ刺すことで倒した個体は、浅黒い毛皮をしていたはずだ。それに眼前の熊は体格も通常種に比べて一・五倍くらい大きいし、灰色の毛と紅い瞳がなんとも見る者の恐怖を駆り立てる。


『む、ほう……魔熊族マリス・ベアの上位種、灰魔の爪熊グレイ・グリズリーじゃな。種族等級レイスランクはD⁺、いや――C⁻に届くか。今の其方ではちと分が悪いかの』


「冷静な分析をどうもありがとうっっ!?」


 即座に振り下ろされる凶悪な前脚。

 僕はルイを抱いたまま背を向けて、全力でスキル『硬化』を発動させた。


「――ぅあっ!?」


 背中に奔る激痛。脳を揺さぶる衝撃。

 異様に発達した五本の爪は、木の根どころか巨木の下端部の全てを抉り取った。一本の爪の大きさにも満たない僕はもちろん木片と共に吹き飛ばされる。


 衝撃を殺すことなんか考える暇はない。でもルイだけは丸めた腹に抱き続けた。地面を何度も跳ねては転がっていき、一本の木に衝突して制止する。


「…………っっ(ぷるぷるぷるっ)」


「げほっ、けほっ……ルイ、何言ってるかわかんないけど、早く僕の中に入れ!」


 何やら手元でぷるぷると震えるルイ。心配でもしてくれているのだろうか、僕が立ち上がりながらそう言っても蒼宝石サファイアの瞳をうるうるとさせてこちらを見ている。


『無事か其方?』


「ああ、なんとかね。僕の防御力が神がかってなかったらやばかった……」 


 言いながらルイを地面に降ろし、腰に装着していた白金の短剣を抜く。

 灰魔の爪熊グレイ・グリズリーは獲物の生存を確認し、木々をざわめかせながらこちらに向かってきている。あまり時間はない。


『さすがの防御力じゃが……ルイも我と同じように異空間に収納するのかえ?』


「うんや、それも良いけど、ルイには戦えるようになってもらわなくちゃいけないんだ。そのために今日、ここに来た――だからルイ、僕の中に入っててくれる?」


 何もシェルちゃんみたいに固有スキル『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー』で収納しようってんじゃない。ただ中身の伴わない鎧である僕の中に入ってて欲しいんだ。そして戦闘というものに慣れて欲しい。僕には彼女の力が必要だから。


 ルイの前に立った僕は、僅かに残された時間で背後を振り返る。

 敵はもうすぐそこだ。決断を急がねば。


「…………っ(ぷるぷるぷるっ)」


 黄金のスライムは緊迫した現状にあたふたしながらも、こちらの身を案じるように跳ねている。


「なに、心配してくれてるの? はは、大丈夫。特等席で見てろよ、僕ってばすげーカッコイイからさ。もしかしたら惚れ直すかもしれないね」


 手を伸ばす。今度は拒まれることはなかった。

 黄金の塊に触れる。すると粘着質を持つ液状と化したルイは、腕を伝い関節の隙間から僕の中に入ってきた。


 前に《亜竜の巌窟》でスライムに苦戦したときに思いついたことがこれ。その時は不快感でしかなかったけれど、ルイに限っては気持ちが良いくらいだ。暖かい。二人の心音が重なったような錯覚。


「――今までごめんね、ルイ。これからも揉まない保証はないっていうか、揉むんだけどさ。やっぱりルイがいないと寂しいんだよ。側にいてくれないと落ち着かないんだよ」


「…………(ぷるぷる)」


 白剣を中段に構え、腰を深く落とす。

 金属の擦過音がうら寂しげに鳴った。


「自分勝手だとは思う。でも、これからも一緒にいて欲しい。家族でいて欲しい――ダメかなぁ?」


 僕の内側に感じる温もりに、内心苦笑いしながら問いかける。


「…………っ(ぷるるんっ)」


 返ってきたのは僅かな振動だった。

 感じ取り、にやりと笑う。

 それを号砲に、僕は迎え撃つように地面を蹴り砕いた。


 きっと受け入れてくれた。そう思った。

 だって、シェルちゃんが微かに微笑んだ気がしたから。


「――ぅらぁあぁあぁああッッ!!」


 舞い降りる木の葉、魔力の奔流に流れてゆく蒼の燐光。

 意識を切り替えろ。これより開幕するは下克上、死地で舞ってなお命を燃やせ。



 ****** ******



「おらぁああああぁあああああ――ッッ!?」


 やけくそ気味な叫びを轟かせ、僕はやっとの思いで外気に触れた、、、、、、


 そう、僕がたった今ズブッと顔を出したのは、灰色の毛皮に覆われた肉塊から。うん、だよねそうだよね、これ灰魔の爪熊グレイ・グリズリーのお腹だよね。


 事の顛末はつまらないものだ。

 結局地力じゃ勝てないから懐かしの『腹に潜った後に剣でブスブス作戦』に頼るしかなかった。あんなに格好つけて啖呵を切ったっていうのに、とことん無様を晒してしまった。最悪すぎる。あと臭い。


『やっぱりこうなるんじゃな……』


「うるさいシェルちゃん」


 当たり前だがシェルちゃんは呆れている。

 僕は三十分あまり続いた死闘の終幕に力が抜けて、灰魔の爪熊グレイ・グリズリーの亡骸に背中を預けるようにして腰を下ろした。


 と、僕の中でスライムが震える。


「…………(ぷるぷる)」


「……何、ルイ。シェルちゃん翻訳して」


『嫌なのじゃぁあ……どうせ訳した我が責められるのであろ? 其方のストレスの捌け口にされるのであろ? わかりきってるから嫌なのじゃぁあ……っ』


 僕がぶっきらぼうに言うと、シェルちゃんは拒否してきた。

 心外だな。僕がそんな酷いことをするわけがないっていうのに。


「大丈夫大丈夫。怒ってなんかないから。生臭い腹の中に入れられて機嫌を悪くしたりなんかしてないから。仮にそうであっても、まさか大事な友達に八つ当たりなんて、ねぇ?」


『そこはかとなく不安なのじゃぁあ……わかったであろ、ええと……なになに。ふむ、すごくすごく格好悪かったと言っておるのじゃ』


「死ねシェルちゃん。うるさいほんと死ね」


『やっぱりそうなるのじゃぁあ~っっ!?』


 ぐずぐず……と膝を抱えてしまった黄金のドラゴンは置いておいて。


 僕は全身を脱力させて、大きく息を吐いた。

 白い水蒸気が眼前でふよふよ浮いていた青い燐光を散らせる。


「…………」


 僕はこれで、ちょっと落ち込んでるんだ。

 せっかくルイに良いところを見せたかったのに。これでルイが離れていったら本末転倒、これからも一緒にいたいっていうのは偽り言なんかじゃなく、心からの本心なんだ。


 それに……自分の弱さが嫌になる。


「…………強くなりたいなぁ」


 ぼそり、と零した台詞は。

 森閑としずまりかえっている大森林を抜けていった、緩やかな寒風に浚われて。


「――お前がそいつを倒したのか?」


 センチメンタルな気分と一緒に、見知らぬ男を運んできた。


「はぇ? 誰? ……あれ、どっかで見たことあるような」


 見知らぬ男……かと思いきや、その目に痛い金髪のツンツン頭は見覚えがあるなー?

 はて、誰だったか。疲労で頭が回らないからなかなか思い出せない。


「ふ、ふふふ、ふははははっ!! その貧相な鎧、間違いない! 君はエルウェちゃんの眷属だな! 君がここにいるということは、無事に迷宮の初探索を終えることが出来たようだな!?」


「はぁ……そうですけど、どちら様でしたっけ」


 なんだこのハイテンションは。疲れた頭に響く。うざい。

 今は夜中だぞ。こんな時間に《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》を彷徨いてることといい、昼間はニートでも決め込んでるのか?


「おーいおいおいっ! 俺のことを忘れたとは言わせないぜッ!?」


「あー、思い出しました」


「そうだろう! 何せ俺はエルウェちゃんの未来の旦那――」


「この前僕が落とした銅貨拾ってくれたと思いきやダッシュで逃げ去った人ですね?」


「そうそうこの前は思わぬ収入が――って違うわ!? 全然違うわ違いすぎてびっくりしたわっ!! ていうか酷いことをするなそいつは!?」


 金髪ツンツン頭はそう早口で捲し立てた。

 本当に勢いだけはすごい人だね? 


 しばらく目を剥いてあーだこーだと言っている男は、言いたいことを言い終えると、一度大きく息を吸い込んだ。ザッ、と脚を開いて腕を組み、深夜の近づく森に存在を轟かせるように吠えた。


「いいか、もう二度と忘れるんじゃねぇぞ!? 俺の名ホームラ! イディオータ男爵家の三男にしてエルウェちゃんと並ぶ期待の新星っ、【炎槍】のホームラ・イディオータだッ!!」


「あぁ、エルウェのストーカーか。こんな時間に珍しいね、それじゃ頑張って」


「あ、ああ、そうか。気をつけて帰れよ」


 聞くや否や、僕は立ち上がってその場を後にする。

 

 身体の痛みというよりかは幻肢痛に近い感じの鈍い痛みがする。今日は早く帰ってエルウェの胸に埋もれた方がよさそうだ。疲れを癒やしてまた明日も頑張ろうっと。


「さて俺も目的を――って待て待て待てっ!? 軽くないか!? 軽すぎやしないかっ!? なぁエルウェちゃんの眷属!! せめてここで何してたのか教えてくれよ!?」


 僕の態度が不満だったのか、相変わらずのテンションで追い縋ってきた。

 無視しようにも、しゃがみこんで僕の兜を掴んで引き留める始末だ。ああ、男に触れられるなんて。殺そうかこいつ。


「何だよもう面倒くさいな……ここにはちょっと家族を探しに来ただけだよ」


「へ? ほ、ほう? その家族とやらは見つかったのか? もし見つかっていないのであればこの俺が――」


「見つかったよ。それじゃあね」


 そう言って腕を払う。

 身体の中にルイの温もりを感じながら、再度歩き出すと――ホームラが再び兜を鷲づかみにしてきた。


「待て待て待て!? お前冷たすぎやしねぇか!? あれか、俺がエルウェちゃんにつきまとってるのが気に入らないのか!? それは謝る! でも俺はエルウェちゃんにお近づきになりたいんだよ!」


「知ってる? そういうのストーカーって言うんだよ。変質者待ったなしだよ」


『極大のブーメランじゃな』


 シェルちゃんが何か余計なことを言っているけれど、僕の知ったことではない。


「くそ、本人がダメなら眷属に取り入ってやろうと思ったのに……もういい。さっさと帰るんだな、せいぜい最近巷で噂の通り魔とやらに遭遇しないことを祈ってやるよ」


「本当に失礼なヤツだな……ちなみに、ホームラは何しに来たのさ? 暇なの?」


 本音の吐露を隠さないどころか小声ですらないからね。いらいらする。

 どうやら僕を介してエルウェに近づこうと考えていたらしい。


 けど、こんな時間帯に夜の森を歩いている理由は気になった。

 さすがにないとは思うけど、近頃は物騒な話題が絶えないからね。


「呼び捨てかよ……まぁいい。俺は依頼だぞ。暇じゃないし昼間だって働いてる、逆に勤勉なくらいだ」


「へぇ……何の依頼?」


「エルウェちゃんとの食事会をセッティングしてくれるなら教えることもやぶさかでは――」


「熊のう○こになれ金ピカ野郎」


 僕は全力で中指を突き立てた。

 こいつとは本当にそりが合わないね。そもそも男って時点で無理。性転換しておっぱいついてもホームラだけは無理。死にさらせ屑め。


「なぁ!? 失礼なのはどっちだ、この……まぁいい。お前はそこの灰魔の爪熊グレイ・グリズリーを倒したみたいじゃねぇか。意外と強かったんだな……特別にこの俺が認めてやっても良いぞ」


 なんか勝手に認められてしまったようだ。心底いらない。

 倒したことは事実なので否定はしないけどね。だから喰われたことも言わないのだ。


「それで依頼だけどな……『樹海の夜王の調査』――この|荒魔の樹海《クルデ・ヴァルト》には夜の時間帯にだけ現れる強力な魔物がいるんだ。最近、その夜の主が活発になってるらしい。だからその調査に来たんだよ。推薦されてな、推薦されて」


 推薦されたことを妙に強調し、自慢げに語るホームラ。この男の実力はヨキさんも認めてるくらいだし、戦えばそれなりに強いのだろう。その中身は控えめに言っても塵あくただ。それについてもヨキさんが認めてる。


「へぇ、そんなの初耳だね。多分違うと思うけど、そこで死んでる魔熊族マリス・ベアの上位個体のことじゃないよね? 依頼期間ターム・オブ・クエストはどれくらい経過してるの?」


 依頼期間ターム・オブ・クエストとは、なかなか達成されない難易度の高い依頼に限り、特殊クエストとして張り出し早期解決を図るための別称をつける措置のこと。一般的に解決されていない年月が長ければ長いほど、依頼の難易度は上昇する。


「この依頼は定期的にでてるらしいからな。だが夜の主が現れたのは二年前――種族等級レイスランクとは別に、階級レートは跳ね上がってるはずだぜ。だから上位種とはいえ灰魔の爪熊グレイ・グリズリーは候補には入ってないな。珍しいっちゃ珍しいけど」


二年クエスト、、、、、、か――けっこう大物だね」


 二年間もの間達成されていないから、二年クエスト。

 別称はわかりやすさ重視の安直なネーミングだ。


「大物って言うより、ヤツは姿を見せないのが問題なんだ。手がかりはヤツが暴れた痕跡から炎に纏わる魔物ってことくらいか……俺も一応聞いおくが――見てないよな?」


 じろり、と初めて物静かな眼で僕を覗き込むホームラ。 

 なるほど、確かになかなかできそうだ、と上から目線で表しておく。


「見てないね。でもそっか、炎に関する魔物だったら怖がる必要もないな。僕ってば火属性効かないし」


 答えはもちろん即答。だって知らないもん。

 一般の冒険者には知らされないのが特殊クエストだ。知ってるわけもない。


 ただ仮に敵対した場合に備えて情報を得られたのは大きい。

 僕にはシェルちゃんの加護があるからね。勝てるとは思わないけど、相性は良さそうだ。生きて逃げるくらいなら出来るんじゃないかな。


「俺の炎も無効化しやがったしよ……ま、せいぜいその力でエルウェちゃんを守れよ。一応彼女の騎士らしいしな? いや、俺は断じて認めちゃいないがな」


「言われなくてもエルウェは僕が守る。それじゃあね、死ぬなよ」


「ちっ……お前もな」


 恨みがましく睨めつけてくる敵意をぬらりくらりと躱し、僕は今度こそ帰路についた。

 背中にはしばらくホームラの視線を感じるけど、気にすることもない。


「…………(ぷるぷるぷる)」


 こうしてルイとも再開できたことだし、今日は頑張ったよ本当に。

 鎧の中から出てこないってことは、僕と一緒にいてくれるってことかな。そう思いたい。


 ま、一度拗れた関係はすっかり元通りとはいかないだろうけどさ。

 それが良い方向へと向かっていくことを祈ってる。


「これからはエルウェとルイの二人、揉みすぎると嫌われるからバランスが大事だな……寝てる間はエルウェで、日中に隙があったらルイか……」


『また嫌われても知らないのじゃぁあ……っ!』


 邪なことをぶつぶつ言っていると、遠く、背後からホームラの声が聞こえた。

 そのやけに真剣な言葉の内容を聞き取ったとき、胸の紋章、心臓にあたる魔石がドクン脈打った気がした。



「『樹海の夜王』は猫の姿をしているって噂もある――気をつけろよ」



 しんしんと。

 粉雪が、舞い始めた。

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