第25話:君との約束


 美食迷宮ダンジョンに無作為に発生する魔物の生じない安息の地――安全領域セーフティエリア


 《亜竜の巌窟》の15階層はまるまる一階層分が安全領域という、他の迷宮には余り見られない珍しい構造になっていた。そのためその階層は冒険者達の街、それこそ迷宮入り口に造られた《ラズマリータの街》よりも壮大かつ美麗な景観を誇示していた。


 そのあまりの規模の大きさに、ヒースヴァルムの騎士団が二個中隊程度常駐している程。冒険者の造り上げた街とは言え、ルール無法地帯となっているわけじゃないので、そこの所は美少女を連れている僕としても安心だ。


 この階層の面白い点は、迷宮内にもかかわらず昼と夜がわかれていること。

 赤の単色だけではなく、天井をぎっしりと埋め尽くす色鮮やかな結晶の明滅が外界の時間帯と連動していて、今の天蓋は星のような点々とした輝きだけが見渡せる。


 本当の夜が訪れたような闇に包まれている街は、けれど賑やかな冒険者達が繁栄を示すように爛々と光を発している。騒々しさならヒースヴァルムの首都に負けていない。


「はぁ、はぁ……や、やっとついたぁ……」


「ふへぇ、おっきいところだね。でもここもラズマリータの街って書いてあるよ?」


「恐らく迷宮の周りにあったのはここの一部って意味なんだろうなァ」


 階層移動の階段を出て直ぐ、『ラズマリータの街』と大書された手作り感溢れる門の前で、僕たち一行は倒れ込んでいた。


「あ、ほんとだ。よくみたら最後の方にちっちゃく(真)って書いてある」


「上の方が偽物ってわけじゃないだろうになァ……」


「なんでそんなに元気なのよ……ああ、エロ騎士は後でお仕置きだとして、フラムもよくあれだけ戦っていたのに平気よね」


 因みに倒れ込んでいるのはエルウェだけだったりする。


 僕がまぁまぁ平気な理由はいつも通りというか、察して欲しいところではあるけれど、フラム先輩に関しては意味わかんない。なんでそんなにピンピンしてるの? スッキリした表情してるまである。



 ――『隠し事してるでしょ?』


 道中かけられた言葉に対し、隠してることが多すぎて僕は全力で誤魔化そうとしたんだ。でもやっぱり僕にはそう言う才能はないみたいで。


『今じゃなくていいから、言える時が来たらでいいの。私にはちゃんと教えてね?』


 けれど、エルウェは僕を責めなかった。


 へっ? と抱きついていた太股から落下していた僕は間抜けな声を漏らすだけで、その件についての話は終了したわけだ。めちゃくちゃびびった割には呆気ない。



 ……今でも罪悪感がぶくぶくと沸騰している。いつか話せたらなぁとは思うけど、嫌われそうで怖いし、何よりシェルちゃんが全力で止めに来るんだ。理由は知らない。皆隠し事しすぎだろ。


「とにかく今日はもうくたくた……早いところ宿を探すわよ。明日も同じ道を通って帰らなきゃ行けないんだから、しっかり休んで体力と魔力と精神力を蓄えなきゃ」


「そうだねそうだね、僕とエルウェが同じベットで夜を過ごす素敵な宿を見つけないとね」


「変な言い方するんじゃないわよ」


 半眼で睨まれたから、黙って彼女に近づき太股に抱きついておく。

 フラム先輩も身軽な動作で肩に飛び乗った。


「もういい、もういいわ……あなたたちに何を言っても無駄だって嫌と言うほどわかったわ……」


 エルウェが重たい身体を引きずるように、《ラズマリータの街》への一歩を踏み出した。



 ****** ******


 

「エルウェ、ここって天国なのかなぁ……」


 僕はほわほわとした夢現な気分のまま、ぽつんと呟いた。


「何言ってるのよ……」


 そう言って呆れた様子のエルウェは、なんと生まれたままの姿である。


「だって裸の女の人がこんなにいっぱい……眼福だなぁ」


 そう。見回す限り女、女、女、それも皆素っ裸。

 あれはちっぱい、あれはでかぱい、あれは絶壁。うん、エルウェのが一番形も大きさもいいね。黄金比ってヤツかな。


 ってなわけで僕は今、大浴場に来ているのだ。

 それも女湯に。それも女湯に。それも女湯に。重要なことなので三回も言いました。


 ここはまさしく男が思い描く夢の世界。

 性欲なき無垢な子供時代にしか味わえないはずの桃源郷。エルウェの眷属となった今、なんと僕は合法的に踏み入ることが出来ているのだ。神かよ。鼻血でそう。


「んっ……そんなにきょろきょろしちゃダメよ。ただでさえあなたは目立ってるんだし、それに……」


 と、僕を膝の上に載せて湯船に浸かっていたエルウェから注意を受ける。


 確かに確かに、さっきからちらちらと視線を集めている僕。不審な目、というよりは好奇心や可愛い生物を見るような目に近いか。どっちにしろ気分の悪いものじゃない。


 兜にかかる重みを押し上げるように、上を向く。


「それに?」


「んんっ! ……わざとやってるのかしら。殺されたいのねそうなのね?」


「ごめんなさい」


 そんな感じで頭にダイレクトにのしかかる生の感触と重みを誠心誠意楽しんでいると、顔に朱が差したエルウェが僕の頭部から生える白妙の紐を引っ張って脅迫してきた。紅い顔はけれど笑っていなくてなかなかの迫力だ。なので大人しくしておくことにする。


 ふふ、でもこんな公の場では流石に恥ずかしいらしい。照れ屋さんなんだから。


『其方、小娘は公の場じゃなくても嫌がるであろ』


 およよ、あまりに幸福過ぎて幻聴が聞こえてしまったようだ。

 無視しておこうと思う。僕は今、かつてないほどに気分が良いのだ。


 お尻に感じる柔らかい太股とお腹に回された肌理の細かい腕の感触、そして背中に感じるお腹の熱に頭部を抑え込んでくる双丘の重み……ああ、生きてて良かったぁ。ぶほぉぁああ……。


「主ィ、新入りが今までで一番キモチワルイ顔をしてる気がするぞォ」


 近くを犬かきならぬ猫かきで遊泳していたフラム先輩が酷いことを言う。


「し、仕方ないじゃない。銭湯の経営者さんに肌身離さず側に置いておくなら、眷属の入浴を特別に許可するって言われたんだから。この子目を離したらどこに行くかわからないし……」


 エルウェがこうして僕を抱きしめるような格好なのは、大浴場を経営してる豚鼻のおばさんが出した条件ゆえにだ。実際の所ここまで密着する必要がないのは自由にしてるフラム先輩を見ればわかるが、きっと僕を捕まえてないとほいほい女の人について行っちゃうとか思ってるんだろうね。ざっつらいと。その通りでございます。


「でもついてたわね、あなた達が小さくて、それに可愛い見た目で。まさかこの街のお風呂はここしかないなんて思わなかったから……また冷たい湖じゃなくてよかったわね? エロ騎士」


 覗き込むように僕と目を合わせるエルウェは、天使のような笑みを浮かべた。

 でも裸なんだ。けしからん天使め、最近は僕と触れ合うのにも抵抗がなくなってきている様子。良い兆候だ。


 それから風呂を始め、公共施設にて眷属同伴が許容されるのは感性に寄るところが大きい。

 つまり見目の良い眷属ならば、ある程度は融通が利くと言うこと。大き過ぎるのはもちろんダメだし、ゴブリンとかオークとか、可愛くないのも基本的にアウト。


 僕とフラム先輩は女の人に可愛いって人気者だからね。

 経営主が女の人で良かった。ほんと、人外になってこんな特権が得られるとは思わぬ収穫、目が腐りそうなほど眼福だ。というか幸せすぎて禿げそう。禿げ散らかしそう。


「はぁあ……可愛いって最高だね、フラム先輩」


「お前は大きくなれば可愛くなくなると思うがなァ」


「ええ、やっぱり? そうかなぁ、そうだよねぇ。フラム先輩が羨ましいよ僕は」


 鼻先で指し示すように指摘され、僕が密かに心配していた悩みが露見する。


 そうなんだよね、男として早く進化を重ねて強くはなりたい。でもでも、男としてこの可愛さを捨てることも勇気の要る決断になるだろう。葛藤だ、凄まじい葛藤が僕の脳内でせめぎ合っているのだ。


「それもそうね。今はぬいぐるみみたいな大きさだけれど、人間サイズになれば流石にこういう場所には連れてこれないわ……それに、その、夜のあれだって難しくなるかも……」


「ふぇええそれは困るよぉおおっ、エルウェのおっぱいは僕の生きる糧なんだぁ……きっとその時は死ぬ時だねそうなんだねぇ……おっぱいぃい……」


「まァ進化するまでの期間を楽しむんだなァ」


「くそぉ、早く強くなりたいけどなぁ。幸せが逃げるくらいならやっぱりもう少しゆっくりでもいいや……」


 のんびりとした口調でそう零すと、背後で少しだけ冷たい気配を感じた。


「……まさかとは思うけれど。今までそんな邪な理由で、戦わなかったとかじゃないわよね? 進化するのを避けてたとかじゃないわよねあれ、エロ騎士どこに行くのかしら? ねぇ、ほら、ほらっ! 私の目を見なさい? ねぇ?」


 すすー、と水面を流れるように前に出た僕は、直ぐに彼女に捕まってしまう。

 頬を両手で挟まれ、ぐいっと強制的に彼女の方へと向けられた。いつになく怖いエルウェさん。裸だけど。ぷるんて揺れた。しゅごい。


 だけど、まさかぁ。そんなまさかぁ。

 この僕がそんな下らない理由で怠惰を貪っていたとでも? まったく。のんのんのん、勘違いにしてもちょっと傷つくなぁ。ここはビシッと言ってやらないと!


「まっ、まままさかぁっ!? そ、そそそそんなわけっ、ないでしゅっ!?」


 ダメだ。隠しきれなかった。乙。


「はぁ……アレかしら、強い眷属は隠し事が下手っていうきまりでもあるのかしら?」


 隠し事が下手? 

 僕は自覚あるけど、フラム先輩もその類いなんだろうか。


「でも、この問題はどうしたものかしらね……」


 と、何やら本気で考え込んでしまったエルウェ。


 いやだ、僕はエルウェと離れるなんていやだぞ。硬派な条件なんて切り出されたら堪ったもんじゃない。こういうのは早い内に手を打つに限るね!


 僕は緩慢な動作でエルウェの手を頬からどかすと、すすすーと泳いでエルウェの胸に飛び込む。勢いはない、ごく自然に、まるで湖の水面に浮かぶ漂流物が陸地に流れ着くように。


「聞いてエルウェ。僕がエルウェにそういったことを要求してるのはね、えっちぃ理由なんかじゃない。僕はエルウェの温もりを感じてたいんだよ。ずっと、ずっと一人で生きてきたんだ。だからもう、一瞬たりとも離れたくないんだよ……」


「エロ騎士……」


 真面目な口調を意識したせいか、不憫そうに目を細めたエルウェ。

 きっとこれで大丈夫。わかってくれるはずだ。僕が寂しさから甘えているのだと。ぶつけているのが、思春期を拗らせた青少年ならぬ性少年の欲望などではないことを。ああ、大丈夫だ。


「んっ――とにかく揉むのをやめなさい殺すわよ」


「はぃい……」


 ちょっと失敗した。

 僕の手ってば勝手に動くんだから仕方ないよね。



 ****** ******



 その夜。


 《皇都》でエルウェが借りているボロ宿より数倍は綺麗な、世間並みの宿の窓からは目も眩むような街明かりが差し込んでくる。夜も深まっている時間帯だというのに、騒々しさも健在だ。


 僕は例の如くエルウェの胸に抱かれる形で、消毒液のような匂いが仄かにするベットに身を委ねていた。


 エルウェの匂いと柔らかさが僕を包み込んでいて、満足なんだけれど何故か睡魔はやってこない。


 今日一日は怒濤の連続で、今までにないくらい忙しかったし、異常事態にも遭遇して激しい角突き合いもしたっていうのに。絶対に疲れているはずなのに。おかしい。


「…………まだ起きてたの?」


 最初はすぐに寝入ったエルウェだったが、目覚めたのか頭上から囁きかけてくる。


 寝慣れたベットとは異なる感触に、どうにかフィットする位置を探そうとばかりにもぞもぞと動いていたし、可愛い寝息が浅かったので起きそうだなとは思ってたけんだけどね。僕が出来心でもみもみしたから起きたわけじゃないよほんとだよ。


「うん、まぁねー。エルウェこそ、いつもは一度寝たら朝まで起きないのに。どうしたの? ちゃんと熟睡してくれないと悪戯出来ないんだけどなぁ」


「意地悪って、あなたまさか夜な夜な私に変なことしてるの……? はぁ、もうね、度が過ぎなければ許してあげるわ……それに、私ってば環境が変わるとなかなか眠れないの。冒険者らしくないわよね」


「それは嬉しいですありがとうございます」


 なんと、許可を得てしまったようだ。明日から合法もみもみを早速楽しもう。

 それはいいとして、エルウェはあれだね。枕が変わると眠れないタイプの女の子なんだね。


「……まぁ、そういうのは誰だって同じだよ。慣れていくしかないんじゃないかな。冒険者って雑魚寝が基本だし」


「そうよね。もっとしっかりしなくちゃ。ベットが変わったくらいで睡眠時間を削られてたら、いざというときにミスを誘発するわ。こんなことじゃ最強の魔物使いに何てなれないわよね」


 そして真面目で努力家だ。


 そんな、馬鹿でかい目標へと真っ直ぐに向かっていく彼女はカッコイイと思う。叶えるために、手助けしたいって思う。そう思わせられるのは、彼女が持つ天性の気質だろう。


「うんうん。どこで寝たって僕とフラム先輩がエルウェを守るから。安心して眠るといいさ。寝込みを襲いにきた野郎はこの僕がぼこぼこにしてやるんだ」


「ふふ、頼りにしてるわ」


 居心地の良い沈黙がおりる。

 ややあって、僕の兜に額をくっつけたエルウェが小声で言った。


「フラムは……今日もお出かけしてるのね」


 ぱちぱち、と紫紺の双眸を瞬かせる僕。


「何だ、エルウェも気づいてたんだね」


「当たり前でしょ? 私はフラムと長い付き合いなのよ。何でもお見通し――なんて、堂々と言えたらよかったのだけれど」


 その響きは少しだけ寂しげだ。


 フラム先輩は毎晩、夜の更けた時間帯から夜が明ける前に渡る数時間の間、宿からいなくなる。エルウェが気づいていたことに驚きだけど、やっぱり何をしているのかまでは把握していないらしい。


「……エルウェも知らないんだ? 聞いてみればいいのに。僕が聞いたときは散歩だーなんてはぐらかされたけどさ、エルウェの言葉なら絶対答えてくれるはずだよ」


「うん、それは……わかってるのよ。でもね、少しだけ怖いの」


「怖い?」


 意外性を孕んだ彼女の言葉。僅かに震えた声。

 僕は豊満な胸元に埋めていた顔を離し、予想通り上からこちらを見ていたエルウェと視線を交錯させる。


「怖いって……フラム先輩が何か危ないことをやってそうでってこと? 例えば、最近噂の通り魔じゃないけどさ、夜にこそこそとすることって言ったら、そういう危ない系かえっちぃ系でしょ?」


 言ってる最中、僕を疑ったヨキさんがエルウェの怒りを買ったことを思い出す。

 慌てて弁明を付け加えた。僕にしてはナイスプレー。上出来だ。


「エロ騎士の言うえっちぃ系が何を差しているのかはわからないけれど……それこそまさかよ。フラムはお母さんの召喚獣、善性の塊なのよ? それに、そんなことするわけないって私が一番知ってるもの」


「だよね……最初、ヨキさんに通り魔のことを聞いたとき、一瞬だけフラム先輩の愛くるしい姿が過ったんだ。でもフラム先輩と関わってきて、そして今日も同じ戦場で背中を預けて……今は絶対違うって確信してる」


 これは本当だ。

 フラム先輩を疑った時でさえ、『野生の魔物』であることが前提だったわけだし。ここに来るまでの道中に聞いた話によるとフラム先輩は召喚獣らしいし、今じゃ一ミリだって疑っていないさ。


「ふふ、フラムって粗暴な発言が多いものね。エロ騎士が連想しちゃうのも無理ないわ。それに同じ眷属かぞくだものね、わかってくれてるならいいのよ」


「中身は家族思いのいい先輩なんだけどね。声がダンディすぎるんだよ」


「それ、叔父さんと叔母さんにも言われたわ。私だって最初はびっくりしたのよ」


「フラム先輩ですら驚いたんじゃない? それがショックで今も引きずってるとか」


「ふふふ、ありえるわね」


 二人して小さく笑い合う。

 なんとも居心地がいい空間だ。エルウェの側にいるだけで、僕の心は満たされていく気がするから不思議だ。魔物としての性なのか、微妙に濁っていく心が浄化されていくのがわかる。


 再びの沈黙。

 作り出された今回の静寂は、エルウェの回答を控えめに待ってるっていう僕の隠れた意思表示だ。その思いがが通じたのか、彼女は訥々と内心を語ってくれた。


「……実は、ね。少しだけ、心当たりがあるの。でも、それを目の当たりにしてしまったら、あの子に追求してしまったら……今度こそいなくなっちゃいそうで。少しだけ、ほんの少しだけ……怖いの」


「…………そっか」


 彼女の言葉を丁寧に咀嚼し、これまでの記憶と照らし合わせる。

 ここでキーワードになってくるのは……『今度こそ』『いなくなる』あたりか。

 

 それらの単語から連想されるのは、前にもいなくなりかけたことがあるということ……何となくだけど、二年前にフラム先輩が死にかけたっていう、あの事件と関わりがあるんじゃないかなって思った。


 でも今は多分、根掘り葉掘り聞き出すより、不安に蝕まれて縮こまっているエルウェを安心させてあげるべきだろう。僕はこれでも男、女の子のために何かしてあげたいと思うのは健全な証拠だよ。


「僕はいなくならないよ。ずっとずっとエルウェ側にいる。必ず超克種まで辿り着いて、エルウェを最強の魔物使いにしてみせる。もしフラム先輩がどこかに行こうとしたなら、僕が必ず止めてやる――約束だよ」


 言ってから、少しキザっぽいかなって気恥ずかしくなるやつ。

 僕の中で船をこいでるシェルちゃんが聞いていないことを祈るばかりだ。


「…………あなたはどうして、そこまでして私に尽くしてくれるの?」


 ややあってから言われ、軽い調子で即答しようとして――やめた。

 しばし自分とエルウェの関係性を思い見る。ここにいやるまでの軌跡を思い巡らす。


 だんまりすること数十秒。そして結局、僕の口から出た言葉は、



「エルウェが好きだから?」



 そんな乾燥無味なものだった。


 エルウェの銀眼が大きく瞠られる。

 ぱちくりと頻りに瞬きした後、僕の言葉の意味を咀嚼したのか少しだけ頬を紅く染めて。目を細める。今まで見た中で一番の笑顔を浮かべて言った。



「わかったわ。これは私とあなたの約束ね――私も大好きよ、エロ騎士」



「――――」


 そして、ちゅっ、、、と。


 ――僕の面甲ベンテールに桜色の唇が触れた。


 水面に落ちた水滴の如く、その接点から生じた温もりが波紋状に広がっていく。マシュマロみたいに柔らかい。焼き餅みたいに熱い。瞬時に燃え上がるような熱を兜の内部に感じた。何だこれ、何だこれ、何だこれ。


 喉が詰まった。咄嗟に声が出ない。

 まさかまさかの不意打ちだ。それも彼女からくるなんて思ってなかったから……


『……む、なんじゃ、其方……ふわぁあ……動悸が激しくなっておるのじゃ』


(…………うるさい)


『むむ、むむむ……? 空気が緩く気色ばんでおる。何があったのじゃ?』


(なんでもない。……何でもないよ、シェルちゃん)


 幸か不幸か現場を目撃していなかったシェルちゃんには誤魔化しを入れておく。

 怪しんでいるみたいだけど、僕に誤魔化せる能力なんてないとでも思ってるのか渋々引き下がってくれた。動揺のあまりだけど、ナイスなんじゃないんじゃなくないないない僕?


 それから冷静さを取り戻すまで、数十分の時間を要した。

 僕の反応が面白かったのか、エルウェは終始ニコニコして僕をつついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る