第23話:僕は火力増幅器


 破壊、圧潰、撃摧。大地を捲り上げる破砕音。

 爆煙をさらなる爆発で塗り替え、色彩豊富な魔法が花弁を舞上げる。

 硬質な金属の衝突により幾重にも擦過音が発生、迸る剣閃が怒号と悲鳴と唸声とを切り裂いていた。


 美食迷宮最大の天然の罠――怪物の饗宴グリアパレードの二カ所同時発生。

 互いの存亡をかけた混戦に発展してから、どれくらいの時が過ぎただろうか。


 夕焼け色に染まる《黄昏の花園》に元の美しさの影はなく、いがみ合う魔物と冒険者が朱に濡れて阿鼻叫喚の地獄絵図のような有様になっていた。咲き誇っていた花々は裂かれ潰され滅茶苦茶だ。


「ハァ、ハァ……『祝福の鈴音ベル・ブレス』――まだやれるわね、エロ騎士?」


「ぅへぇ……あ、あたりまえさぁ……帰ったらエルウェのぱふぱふが待ってるんだぁあ、ぅへぇ……」


 そうは言うが、僕は背丈ほどもある白剣を地面に突き立て体重を傾けた。


 息が荒い。身体が重い。意識が混濁する。

 連戦に次ぐ連戦で体力と精神力が保たないのだ。


 既に何体の敵を屠ったかすら判っておらず、ちっこい全身鎧フルプレートアーマーに赤の塗料をぶちまけたかのような僕の姿が今の角突き合いの激しさを顕示していることだろう。 


 眷属の一時的なステータス上昇という、魔物使い専用のスキルを乱発しているエルウェも顔色が悪い。魔力枯渇も近いだろう。そうなれば今より戦いずらくなるのは明白、効果が切れる前にできるだけ数を減らしたいところ。


『其方、休んでる暇などないぞ――小娘の左後方』


「っ……くそ、わかってるって! おらぁエルウェに手出すなぁ僕のものだぞ――ッ!」


「グギャウェッ!?」


 シェルちゃんのナビに従い、背中に目がついているかのような機敏かつ正確な動きで猿型の魔物を一閃に伏す。この魔物は種族等級レイスランクFのクレイジー・モンキー。普段は高所から煽るしか能のない雑魚だ。亜種進化さえしていない。


 本能的に群れるため、引き続き躍りかかってきた四体も華麗に切り伏せる僕。格好良い。

 けれど慢心している場合ではない。


『次は右方、スケイル・ウォルフ。種族等級レイスランクD――其方と同等かそれ以上であろ、だがここで苦戦すれば――』


「わかってる、今はひたすら全力だろ! 伸びろ『武具生成』っ!」


 短剣にこびりついた血糊を振り払う暇すらなく、敵を見もせずに僅かに感じる気配だけを頼りに剣を振るう。僕の背丈は小さく、さらに獲物は短剣。それは本来届き得ない一閃だが――今の僕はスキル『武具生成』で数瞬のうちに剣を伸縮させることができる。


 これまで戦ってこなかっただけであって、スキルの熟練度を上昇させる鍛錬は怠ったつもりはない。


 しかし、手元にびりびりと返る感触は断ち切れなかったことの証左。


「っ……! 貴様ぁああエルウェの太股に噛みついて良いのは僕だけだぁ――ッ!」


 一撃目は咄嗟に向けられた頭部で光る爬虫類の鱗に弾かれるも、目をハートにして大口を開けてエルウェに齧り付かんとしていたスケイル・ウォルフの口腔に伸ばした剣をぶっ刺す。このっ、僕をガン無視しやがって!


 体格差も相俟って上半身が飲まれるが、確かに命を刈り取った手応えを得られた。


 不幸中の幸いとして、混戦状態だと多少の等級ランク差は無視できる。

 屠ったスケイル・ウォルフの体内は生臭い。急ぎジタバタと無様に藻掻いて、ずぼっと息絶えた死骸から頭を抜くと、


『其方ッ! 真後ろじゃッ!!』


 鱗に覆われた両手を組ませ、その圧倒的な膂力で叩き潰さんと振り下ろすゴリラ型の魔物がいて――


「――――硬化」


「グェラァアアアア――ッ!?」


 火花が散った。


 空っぽの脳を揺さぶられる。

 どうにか踏ん張るも、上方向から叩きつけられた拳のあまりの威力に、今度は下半身が地面に埋まった。やっぱり小さいって不利だなって思う! やばいやばいやばい!


 予想外の硬度に手を包んでいた鱗が割れて出血、ゴリラ型の魔物――スケイル・モンキーが目を剥いて悲鳴を上げた。その隙にどうにか這い出ようとするが、なかなか手こずる。


 血走った目で僕を睨めつけたスケイル・モンキーは、今度こそ矮小な鎧を粉砕せんと拳を振り下ろした。物理的な面で言えば問題ないが、これ以上埋まると戦線復帰できなくなる。


 これはまずいっ!

 僕はエルウェを守らなきゃ行けないんだっ、まずいまずいまずいまず――、



「――借り、十五だァ」



 腕をかざす巨大なゴリラ型の魔物よりもさらに上。

 橙色の結晶光を遮る小さな影が過った。


「グェラァアアアアァアアァアアア――ッッ!?」


 そして空気を裂くような高音の悲鳴を上げたのは、僕ではなくまたしてもスケイル・モンキー。

 同時に視界が赤々と染まる。視界どころか全身が燃え滾っている。

 

 それもそのはず、エルウェを背後にしていた僕は、スケイル・モンキーごと業火で焼かれたのだから。奴さんが苦しいのは当たり前、エルウェは手を翳すだけで炎は及んでいない――流石だぜフラム先輩!


「神ーっ! フラム先輩まじ神ーっっ! 惚れそう! エルウェの次に好き! ラブ! 愛してる結婚しよーッ!」


『今回の騒動が終わった頃にはどれだけ借りができているじゃろうか……まぁこの小猿のような種族等級レイスランクCの魔物が度々現れるのだからどうしようもないじゃろうな……』


 小猿とな。この怪力ゴリラを小猿となシェルちゃん。


 心の中で感謝と求愛の言葉を延々と繰り返す僕は、今のうちに埋まった状態から脱出する。少しだけ凹んだ兜を即座に『武具生成』で修復するのも忘れずに。

 

 エルウェを囲むような円状に炎が燃え盛っており、今だけは魔物が我らが主人に近づけないのだ。僕は『炎属性無効』の耐性スキルを持ってるため関係ないけどね。さじ加減は絶妙だが、やっぱりエルウェは熱そうなので急がねば。


 数秒続いていた先の数倍はある声量も喉を焼かれることでなりを潜め、スケイル・モンキーはちりちりと焼け爛れながら絶命する。それを見届けた僕はスキルを発動させつつ、機を見計らい叫びを上げた。


「もう一発でデカいのいくぞーッ! 皆下がってぇーッッ!!」」


 最初こそぐだぐだであったが、繰り返すうちにそれなりの連携は取れてきている。各々が戦闘中とはいえ、後方から迫る魔物集団と対峙する最前線の冒険者達は機敏に反応し、僕の正面からいなくなった。


「やっちまえ!」「あのでデカいやつを頼む!」「いけぇ嬢ちゃんの騎士ー!」「頼むぜ鎧の魔物!」「そっかあの子エルウェっていうのか……ぶひひ、そっかぁ」「すげぇ眷属だよお前ぇー!」


 そんな鼓舞と喝采の声を背中に集め、面甲ベンテールをガチャコンッと開く。

 ブヒブヒ言ってる禿げデブは後で殺すとして、僕は今し方スケイル・モンキーを塵と化し、エルウェの周囲を守るように燃え上がっている炎を――吸収する、、、、


『狙うべきは前方――種族等級レイスランクBの爬鱗の巨人ジャイアント・ドランじゃ』


 ひしめく集団の中でも極めて目立つ巨体の魔物に標準を合わせる。


 幾重にも拗れた螺旋の軌道を描き、小さな白金の鎧の面甲ベンテールに収斂するカーバンクルの炎。黒く焦げた燃え粕のみを地面に残し全ての焔を取り込んだ僕は、


「――ぶちかませェ」


 フラム先輩の声を号砲に、ドラゴンの咆哮もかくやの息吹ブレスを放った。



派生技能ディライヴスキル――『吸収反射リフレクション・ファイア



 ――大炎塊。


 他の色を塗りつぶす白光。

 続き耳を劈く爆発音。

 気を抜けば薙がれそうな突風が吹きつけた。


 それは火属性に限り魔法やスキルを吸収、さらには反射するスキル。

 その権能の最大倍率は――三倍。


 種族等級レイスランクBのカーバンクルの炎をその倍率でぶちかませば、大抵の魔物はかすっただけで灰になるはずだ。Aは勿論のことSにさえ傷を負わせることが出来るかもしれない。それは言い過ぎだろうか?


「…………エロ騎士って中身はアレだけど、やっぱり凄いのよね。千里眼でも持ってるのかってくらい視野が広いし、反射神経も鋭いし剣術は何故か熟練してるし……スキルも規格外のものばかり。……でも、」


「あーはっはっはぁ! 帰れ帰れ群れるだけしか能のない雑兵め! エルウェの黒パンツを拝もうなんざ百年早いんだよーだぁっ!!」


「……こう、素直に喜べないのはどうしてかしら。すごく複雑だわ」


 広範囲に及ぶ殲滅の息吹ブレスをまき散らし、全面に広がる焼け野原に機嫌を良くする僕。何やらエルウェが不穏なことをいっているような気もするが、戦闘中の今はハイを保ちたい所。


「よォし、だいぶ数が減ってきたなァ。見た感じこちら側も善戦してるゥ。数人の第二級冒険者が駆け出し共を引っ張ってくれてるおかげだァ……だが、おかしいなァ?」


「えーッ! 何が!? 何が何が何が――ッッ!?」


「お前のそのテンションウザいからやめろォ……」


 煤となった魔物なかまを踏みつけて迫る薄情者達を、僕の正義の短剣で成敗しながら。フラム先輩の言葉を受けて考えることもなく全力で聞き返したら、すごく嫌な顔をされたので素面に戻ろうと思う。


 周囲に目を配りながら、エルウェが同調してきた。


「そうね、おかしいわ……」


「ええー、だから何が? もしや僕の強さが? ごめんねこんなに強くて?」


「エロ騎士あなたね……はぁ。【破斧】のブレイクルが言ってた統率者コマンダーがいないのよ」


 言われてみれば。

 これだけ魔物が駆逐されているにもかかわらず、敵の親玉が一向に姿を見せないのは不可解だ。


 一目散に逃げたドワーフのおっさんは確かに言ってたんだよね、『うんとやばい統率者コマンダーがいる』って。あれは逃げるための口実だったのだろうか?


怪物の饗宴グリアパレードは収束に向かってるし、いないに越したことはないのだけれど……」


 真面目に思考を巡らせている僕は、エルウェの心配の種を嗅ぎつけることができた。


「そういえばこの魔物達……全然統率がっ、取れてないねっとッ!」


 言いながらクレイジー・モンキーを切りつける。


「不可解なのはそこだァ。この領域エリアで乱戦が始まって以来、魔物共は枷が外れたように暴れてるだけだったァ。どう低く見積もっても統率者コマンダーがいるとは思えない……まさか逃げたかァ?」


 フラム先輩も悠々とした足取りで絶死の焔をまき散らしながら言う。


 その通りだ。ブレイクルとかいうオジサンが事実とは異なり、こいつらはただの烏合の衆。上層付近の魔物が大量に集まっただけに過ぎない。それでも遭遇するのは危険なのだが、今回ばかりは場所的に数で劣っていないので優勢だ。


「なんにせよラッキーじゃん! 残りの魔物もちゃっちゃかぶっ殺そうじゃないかぁー!」


「……そうね、今は切り抜けることだけを考えた方がいいわ」


「……了解だァ、主ィ」


 それから三十分が経過した頃に。


 美しい花々が咲き乱れていたはずが赤一色の不毛の大地へと変わり果てた《黄昏の花園》に、勝ち鬨の雄叫びが響き渡った。



 ****** ******



 一度は誰もが絶望した状況からの勝利。


 フラム先輩の鼓舞と実力、そして確認されていたはずの統率者が出現しなかったことによって、元の影もない《黄昏の花園》内の凄惨な雰囲気とは打って変わって、冒険者達は沸きに沸いていた。


「いやぁマジで助かったよ! お前ちっこいのにすげーんだな!!」


幸を呼ぶ幻獣カーバンクルのイカした爆炎もすげぇ助かったぜ!」


「きゃぁあ可愛い! 子猫と小さな鎧の……騎士様? いーやーさーれーるぅーっっ!」


「今度僕に剣を教えて下さいよ! 先生、いや師匠と呼ばせて下さい!」


「ああん、このツルツルボディの触り心地が堪らないわぁん」


「可愛い嬢ちゃん、君ってどこの支部? 魔物使いなの? 俺のパーティそこんとこ気にしないからさ、入ってく――おわっ!? 眷属が斬りつけてきやがった!?」


「こりゃあ将来が楽しみな娘さんじゃなぁ……」


「あちしは断然子猫派よーっ! だってその子抱かせてくれないんだもの、それにこのふわふわの毛があちしの癒やしぃー!」


「素敵だよハニー。君の名前を聞いても――危なァッ!? 今躱さなかったら絶対首飛んでたからね危なァッ!? 冗談だよねっ、冗談……剣を構えてこっち来ないでぇ――ッ!?」


「この子達にとってのご主人様に、手を出そうとするからよ。でも強くて可愛いなんて羨ましいなぁ。あたしの召喚獣もそうだったらよかったのにぃ」


 僕とフラム先輩とエルウェを囲む、人、人、人。


 無事に戦いを切り抜けた冒険者達は、傷を負った者達を介抱し付近の安全を確かめてから、ぞろぞろと僕たちの周りに集り始めた。ふふ、ふふふ……どうやら目立ちすぎてしまったようだね。


 可愛い女冒険者の胸に抱かれるのは悪い気はしないが、ブスに抱かれるわけにはいかないのでそこら辺の吟味はしっかりしている。断ったせいで、肥えて汗臭い山姥やまんばみたいな女冒険者がフラム先輩の方にいったのは少しだけ悪いと思ってる。


 ちやほやされて優越感に浸る中でも、エルウェへ近づくごみの排除はお手の物。


 全然冗談なんかじゃない。本当に殺す気でかかってる。剣をぶん回して追いかけたら何度も転びながら必死に逃げ出した貴公子的な冒険者よ、死ぬ気がないならナンパはするもんじゃないぞ。


「くそォ、魔物なんか目じゃないくらいの化け物がいたもんだぜェ……はやいとこ安全領域セーフティエリアまで行こう主ィ、オレの魔力も底が見えてきたァ」


「それでも愛嬌をふりまくんだからすごいよ。僕には真似できないね」


「そ、そうね。ちょっとびっくりしちゃったけど、こんな状況もなんだかむず痒いし、進みましょうか」


 そんなこんなで人混みを割いて進むことに。

 うんざりしたような顔のフラム先輩は、なんていうかお疲れ様でしたァッ!!


 《黄昏の花園》を出る頃には、何故か皆こちらを向いて拍手している有様だ。

 僕は堂々と太股という定位置に戻り、エルウェが恥ずかしそうに俯いている。


 ここ5階層からさらに十五階層まで下れば、魔物の生息しない安全領域セーフティエリアがある。元々日帰りを考慮していなかったため、その階層でキャンプして一泊する予定だったのだ。


 想定外の時間は喰ったが、僕たちの初迷宮探索の予定に変更はない。


「とにかく無事に切り抜けられて良かったわ……さっきも確認したけど、二人ともどこも怪我してないわよね?」


「あァ、あんな群れただけの雑魚にやられるオレじゃねェ」


「僕もだいじょ――ぃっ、いたッ、いたたたたた足がぁッッ!?」


 再び洞窟然とした景観になった道を歩きながら、エルウェの声に各々の反応を示す眷属。フラム先輩は何か格好良いことを言っているが、僕にはプライドなんかよりも大事にしたいものがある。だからこそ、このタイミングで足を抱えて地面をのたうち回る!


「これ、これ歩けないよぉエルウェ抱っこしてくれないと進めないよぉ」


 正直、疲労困憊もいいところなんだ。

 フラム先輩は余裕だったかもしれないけどね、種族等級レイスランクの低い僕からすると常に命のやり取りをしていたわけで。体中痛いし、精神も摩耗して集中力も保てない。


 つまりは癒やしが欲しいのだ。

 格好つけた台詞を吐いて強がっている暇があったら、エルウェの柔い双丘で挟んで荒んだ精神を癒して欲しいのだ。


「大丈夫そうね。途中で休憩も挟むけれど、このまま安全領域セーフティエリアを目指すわ。気になることもいろいろあるけど……流石に連続して異常事態なんて起こらないわ」


「仮に何か起きたとしても、主はオレが命に代えても守ってみせるゥ」


「ダメよフラム。守ってくれるのは嬉しいけど、あなたがいなくなったら私が悲しいんだから」


「……そうだなァ、すまなィ」


「自分の命を大切にしてくれれば良いのよ。期待してるわ、ね? フラム」


 我が儘を言う子供のように、地面でジタバタしていた僕をナチュラルに置いていくエルウェとフラム先輩。その寄り添う姿は深い愛情で結ばれた家族のよう。


「あれ? あれれ? あまりに自然に無視スルーされすぎてなんだか気持ちよくなってきた」


 僕はしばらく呆けたように座っていた後、忽然と号泣しながら追い縋りエルウェの太股に抱きついた。

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