第24話:レベルアップと意外な事実


「あれ、エロ騎士……あなたレベル上がってるわよ」


 そんな声がかかったのは、僕がエルウェの胸に抱かれて船をこいでいたときだ。


 追いつくや否やもはや通例とばかりにごねまくる僕、結局拒否することを諦めた彼女は「仕方ないわね」と抱いてくれるあたり最高のご主人様だ。ごねるのは得意。幼児退行が趣味。甘え上手とは僕のこと。


 それでエルウェの優しさにつけ込んで乳房の隆起に埋もれていたわけだが――眠気が吹っ飛ぶ知らせが降りてきて、僕は紫紺の瞳をパチクリとさせる。


「え、まじで――個体情報提示エクセ・ステータス


 魂に刻まれたステータスを呼び起こす。


――――――――――――――――――――――――――

 個体名:なし

  種族:流浪るろう白鎧はくがい(変異種)

  Levelレベル:2

種族等級:E

  階級:D⁻

  技能:『硬化』『金剛化』

     『武具生成』『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー

     『真龍ノ覇気』『六道』

     『吸収変換アブソープション・ファイア(火)』『吸収反射リフレクション・ファイア(火)』

  耐性:『全属性耐性(小)』『炎属性無効』

  加護:《金龍の加護》

  称号:《金龍のともがら

状態異常:■■■■■の呪縛

――――――――――――――――――――――――――


 脳裏に記された文字群、エルウェには金龍関連のスキルや『六道』という僕ですら謎のスキルに、呪いの件については見えていない。僕が隠蔽しているからだ。


「どれどれ……おおっ!! ほんとだ、レベル2になってる!!」


 エルウェの言う通り、言うなれば魂の強度、器の質、存在の格を数字として表したLevelレベルの欄が1から2へ変わっている。


「あれだけ魔物をぶっ倒したしなァ。それに種族等級レイスランクEならレベルは上がりやすいはずだァ、むしろ遅すぎるくらいだろォ」


「今までサボってたのが裏目に出てるわね。この子にはさっきみたいな異常事態イレギュラーの渦中に放り込むくらいがちょうど良いのかしら」


「なんてこと言うんだ僕は絶対この場所から離れないんだからな!!」


 エルウェの不穏な言葉を受けて、たわわな果実に強くしがみついておく。


「同じ眷属の紋章を刻んでれば経験値は均等に入ってくるがァ、レベルアップはそれだけでなせるもんじゃねェからなァ。こればっかりは長く付き合っていくしかねェ」


 僕の直ぐ側、肩に乗っているフラム先輩が言うように、ただ単純に敵を倒して他者の魂を吸収していればレベルがあがるってわけじゃない。


 大事なのは『きっかけ』だ。

 死地をそれが良いものであれ悪いものであれ、乗り越えてこそ存在としての成長を遂げられる。


 ゆえにレベルアップは滅多に起こる現象ではないが……今回の場合は異常事態イレギュラーとしての怪物の饗宴グリアパレードに加え、僕の種族等級の低さがいわゆる成長期の役目を果たしたのだろうね。


「そうね。それから種族等級レイスランクEならレベル3あたりで進化するはずよ。エロ騎士は変な子だけど新種だし、今後の進化はすごく楽しみよね」


 僕の頭を撫でながら微笑むエルウェは可愛い。ふわふわ系女子じゃないくせに、なんていうか天使のような癒やしのオーラが出てるんだよね。それは僕たち眷属に対してだけだけどさ。


「ふふ、ふふふ……期待してくれて構わないともさ。僕はいつか階級レートSSSの超克種、、、に辿り着く男、いや鎧なのだから! そんでもって人化のスキルを手に入れてエルウェと結婚するんだい!」


 そう、今の目標は魔物のたどり着ける存在としての頂点である『超克種』。

 その最中に『人化』のスキルは手に入るだろうから、僕の中でエルウェとの結婚は決定事項である。


「その自信がどこから沸いて出てくるんだかァ……」


「はぁ、本当にね……楽しみな反面、この先何かやらかしそうで不安だわ」


 呆れた表情の二人が僕を見る。

 何だい何だい、その残念なものを見る目は。


 と、前方の岩壁が数カ所陥没し、露出した魔石に黒の魔素マナ収束。

 謎の原理で肉塊が生成され、唸りを上げた。


「あ、魔物が来たよ。やっちゃえフラム先輩っ!」


「あなたねぇ……」


「お前なァ……」


 何だい何だい、その可哀想なものを見る目は。

 


 ****** ******



 《黄昏の花園エールデン・ガーデン》を出てから7階層ほど下ったあたり。


 度々休憩を挟みつつ、迷宮探索を始めてからかれこれ十時間。迷宮の外はきっと夜の帳が降りた頃だろう。通路内は結晶によって光源が確保されているので視覚的には問題ない。


「おらおらおら死ねぇええぇええェェエエェッッ!!」


 そして毎度の如くフラム先輩の破天荒な声と炎が爆発している。


 僕はエルウェに抱かれたままだ。あれから一度たりとも戦っていない。


 最初はエルウェに実力を見せるために剣を振るっていたわけだけど、それは怪物の饗宴グリアパレードで十二分に発揮できたと思う。


 もちろん僕だけの力じゃなくてフラム先輩の炎頼りの部分もあった。でも僕的には無双とまではいかないまでも蹂躙できてスッキリしたし、エルウェにも良い格好を見せられたんじゃないかなって思うんだ。


 何よりこの至福の時間を終わらせたくない。

 エルウェも抱いてくれているように見えるが、これ実は鎧の尻部分に手を添えている程度であって殆ど僕が果実にしがみついてる感じだ。柔い。何度触っても柔い。


 ……それにしても。


「ちょっと休憩したらすぐ暴れたりないとか言い出すんだから……ねぇエルウェ、フラム先輩ってさぁ、最初からあんな感じなの? 良い子の僕とは似ても似つかないっていうか何て言うかさぁ」


 フラム先輩とは同じエルウェに仕える眷属として、二週間共に戦ってきたわけだけど……彼は争いごとになると毎回、こうやって我を忘れたように戦うのだ。先の時間も然り。もはや戦闘狂の類い、可愛い顔して火山に滾るマグマのような荒々しさを内面に持っているギャップ猫だ。


 通りすがりに「可愛い子ねぇお名前はなんていうの?」などと囁いてなでなでする、カーバンクルという魔物の類いだと気づかないのほほんとした女性や子供達も時たま現れるのだが、中身を一度知ってしまった身内としてはハラハラしすぎて見ていられない。


 エルウェはそこのところ信頼しているのかどこ吹く風だが、僕からしてみれば「あァ!? ブスがさわんじゃねェよォッ!!」といって爆散させそうな気がしてならないのだ。あはは、もちろんしないとは思ってるよ? 思ってるけど……腹の虫の居所が悪かったら……いやしないって思ってるよ?


 しばらく考え込んでいたエルウェだったが、訥々と口を開く。


「あなたが良い子なのかどうかはひとまずおいておいて……うーん。言葉が話せるようになってからかしら……? 昔はもっと穏やかな性格をしてた気がするというか、していたんだけれど……」


「ええ、フラム先輩にただの強い子猫な時期が合ったんだ? ダンディな子猫じゃなくて」


 なんとまぁ。

 フラム先輩って最初は言葉を話せなかったのか。驚きだ。


「そうね、二年くらい前かしら? 《黄昏の花園》で話したでしょ? 私の身勝手な行動のせいで神薙教に襲撃を受けて、それで生死を彷徨って……それ以来いつもあんな感じなのよ」


 エルウェは少しだけ悲しそうに言う。


 二年前に起きた神薙教の襲撃……結局どういう風に切り抜けたのかは聞きそびれたけど、それ以降に言語を話せるようになったのはちょっと意外だな。フラム先輩の知的能力は人間とそう変わらないというのに。


 僕は中身がこれなので言わずがもなだけれど、魔物が流暢に話すなんて人化した個体くらいだろうか。フラム先輩は今で知能の高さは上位に含まれる。それこそ種族等級A、いやS辺りの脳味噌はしてるよねって話。


「そっかぁ、その時までが可愛い時期だったんだね。元気出しなよエルウェ、癒やし担当には僕がつくからさ。ね? ほらほら、もっと抱きしめて」


 ぱふぱふ。


「あァッ!? 新入りィ!! 何か言ったかァッ!?」


「いえなにも言ってないですはい」


 ひぇひぇ。怖い。血走った目でガン飛ばされた。

 ていうかその距離で聞こえるとか地獄耳かよ。


 まぁカーバンクルとはいえ所詮は魔物だしね。今も若干訛りがあるような話し方だし。


 それで納得することにしよう。でも仮にフラム先輩が召喚獣で善性にかまけて礼儀正しいってなると、此じゃない感があるから……結論、今のままのフラム先輩が良いと思うよ僕は。


「今も十分すぎるくらい可愛いわよ……それに、お母さんが使役してた時もそうだけど、私と契約してからも気性は荒くなかったのよ? 進化して何かに目覚めちゃったのかしら」


 こちらへ向けられていたフラム先輩の猫耳がピクリと震えた。

 尻尾がふりふりしている。あんなヤンキーみたいな先輩でも嬉しいのだろう。


 でもちょっとまって。今なんて言った?

 

 ――『お母さんが使役してた時も』?

 ――『私と契約してからも』?


「まさかフラム先輩って、お母さんから継いだ眷属だったりする?」


「……? そうよ? 言ってなかったかしら?」


 言ってない聞いてない全然知らなかったんですけど。


 うはぁマジか。カーバンクルと遭遇して眷属にするなんて強運過ぎるだろなんて思ってたけど、ラック値が高かったのはエルウェのお母さんだったらしい。いやエルウェも召喚でドラゴンの卵を呼び寄せる神運の持ち主なんだけどね。


「へぇー……そっか、フラム先輩ってエルウェのお母さんが契約した魔物なのかぁ。どういう経緯で出会って、どういう手法で契約までこぎ着けたのか是非とも興味があるね。野生の魔物と契約するのって難しいんでしょ?」


「それをあなたが言うのね……でも、どうしてフラムが野生の魔物だと思うの?」


「え? いやさ、最初はフラム先輩がエルウェの召喚獣だと思ってたんだけど、ドラゴンの卵が召喚獣だって言うからてっきりそうだと……違うの? あんなに気性荒いのに? まさかぁ」


「あァ!? 何か言ったか新入りィッッ!?」


「ひぇひぇっ、何でもございませんフラム先輩ぃぃい……」


 こちらを睨めつけながら、前方から襲い来る魔物に容赦の欠片もない灼熱の炎をぶちかましているフラム先輩。だから何で聞こえるんだよ。魔物の断末魔とか爆発音とかちゃんと仕事しろよもう。


 轟々と燃え上がる通路、熱風が押し寄せる。

 あんなもの喰らえば一撃で灰燼と化しそうだが、そこら辺は手加減しているのか魔物の死骸は割と綺麗な状態で残ってる。器用かよ。


 手を顔の前に翳していたエルウェは、会話の続きを口にする。

 しかし僕にとって、彼女から返る言葉は予想外のものだった。


「何言ってるの、フラムはれっきとした召喚獣、、、よ。だからああ見えて『悪性』はちっとも持っていないわ。あなたのような煩悩もね。まぁ私の召喚獣じゃなくて、お母さんの召喚獣なのだけれど」


 ああ見えてとか言っちゃってるよ。フラム先輩、エルウェから見ても柄が悪くて喧嘩っ早い暴力団の団員みたいな感じなのかな。それでも信頼されてる度合いが半端ないことだけはわかるけど。


「へぇ……お母さんの。悪性がちっともないという点については甚だ疑問を呈したい所ではあるけど、なるほどそういうこと……」


 フラム先輩ってエルウェの魂の鱗片を分け与えた召喚獣じゃなくて、母親の召喚獣だったっぽい。

 でもそんなこと可能なんだろうか? 親から娘に召喚獣を継承する? 少なくとも僕は聞いたことないぞ。 


 それから――お母さん、ね。

 確かフラム先輩によれば、エルウェの両親は既に……


 今はよそう。探るにしても、ちょっとそういうのは苦手だ。

 ぼそりと兜の中身を揺らす声、シェルちゃんだ。


『召喚獣……とな?』


(僕も召喚獣が実の娘とは言え主を変えるなんて聞いたことないかなぁ。シェルちゃんもそう思った感じ? すごいよね、エルウェってば本当に大物になりそうな予感がするよ)


『いや、その件については何度か耳にしたことはあるであろ……我が驚いておるのは其のカーバンクルが召喚獣であること自体にじゃ。其方の中にいるからか感覚が鈍っているのもあるが、魔物特有の気配を感じたのじゃけどなぁ……』


(僕が魔物だから、その気配が混ざったんじゃない?)


 捉えどころのない違和を感じているのか、シェルちゃんは不得要領の呟きを零している。

 でもエルウェが嘘を言うわけないだろうし。ていうか同じ件を知ってたのかよそこにも驚きだわ。


「でもでも、親から娘に召喚獣を継承するなんて僕は初耳だよー? 召喚獣って使役者の魂を分け与えた存在だから、使役者の『死』にあわせて消滅するものだと思ってたけど……」


「あなたは最近眷属になった魔物なんだから、馴染みがないのは当たり前よ。ていうより何でそれを知ってるのよ……でも、大抵はそうね。それが一般的な人と召喚獣の在り方」


 エルウェの指摘にそれもそうかと頷く。


 迷宮から出てきたばかりの野良魔物が人族の仕組みについて詳しいわけないよね。怪しい行動は控えなければ、元人間だとバレたら美少女とのいちゃいちゃ生活という僕の夢のような鎧生が崩壊する。迂闊だったなり。


「その点、フラムは高位の召喚獣幸を呼ぶ幻獣カーバンクルだった。人間並みの知性も持ち合わせてるし、だからこそお母さんの遺言を聞き入れたの……『自分との契約を解除して、可愛い娘と息子を助けてやってくれ』ってね」


「――――」


 ……? 何だ? 

 今何か、気持ちの悪い怖気が走り抜ける感覚があった。この感覚には覚えがある。


 そう、それは――『違和感』だ。

 悪寒にも似た独特の不快感が僕の身体の随を高速で走り抜けていった。


 なんだかじっとしてられなくて、エルウェの腕を離れて体中を這い回る。

 わお、全身柔らかいなんてけしからん。これだから女の子は。


 お尻もよき。胸もよき。首筋もよき。くびれもよき。二の腕もよき。

 お、ここいいね――って太股か。やっぱり素晴らしい。でも今回はもうちょっと刺激が欲しいかなぁて。僕は自然な動作で潜り込む。


 ……しばらく無言で考えてみたけれど、よくわかんないので放っておこう、と結論づけた辺りでエルウェのうんざりしたような声が上から、、、降ってきた。


「……エロ騎士、あなたねぇ。……はぁ、皇都に戻ったらやめなさいよ? もう、甘えん坊なんだかスケベなんだか、困った子ね……」


 そうブツブツと言ってエルウェが呆れたような眼差しを向けるのは自分の太股。

 しかし、そこにはいつもコアラのようにしがみついている小さな白金鎧の姿は見当たらないことだろう。


 それもそのはず、この短期間で文句を言ったとしても無駄だと悟ったはずのエルウェがこうして再び口を出してきた理由は――僕がローブ越し、、、、、にではなく黒タイツ越し、、、、、、に抱きついているからだ。


 エルウェが着用しているのは冬用だろう厚手の薄黄色のローブに、急所を守るための軽鎧。ここで問題になってくるローブは地面に届く一歩手前ほどの長さがあるわけだが、大事なポイントは右と左に一カ所ずつスリットが奔っていること。機動性を重視したという理由もあるだろうが、この服を作った職人さんは男心がとてもよくわかってらっしゃる。


 要するに、僕はそのスリットを捲って現れた、黒タイツを履いたもちもちの太股に、直接抱きついているわけである。


「…………」


 もうね、変態というなかれなどとは言わない。

 むしろ僕は変態です。変態と罵ってくださいと言いたいまである。所詮そうやって罵るのは童貞をこじらせた野郎の嫉妬に過ぎない。こうして美少女の生足とは言わないまでも、黒タイツ越しに抱きついていられるのであれば甘んじて暴言を受け止めじゃありませんか。


 なぜそうまでして抱きつくのか? 僕が男だからだ。

 なぜそこまで変態性を追求できるのか? 僕が男だからだ。

 ちょっと視線を上げれば黒の布が盛り上がっているのが見える。眼福過ぎて目が腐りそう。


 無論僕は紳士なので触ったりはしない。たまに頬でスリスリはしているが、直接手で触ったことなどない。こういう神聖な物は触ってしまうと一息に劣化して褪せたように見えてしまうと知っているからだ。


 伸ばせば届く距離にあって、けれど染み一つない穢れなき純真が一番綺麗で美しい。

 それが僕の持論。変態神のお告げ。天使と悪魔の囁き。

 

 ちなみにおっぱいは揉むためのものであって、揉めば揉むほど綺麗になる。正直自分でも何言ってるのかわからないが、とにかく今の僕は満たされているということをわかってもらえたらそれでいいのである。


「まったくもうっ。……ねぇエロ騎士」


 エルウェが若干トーンを落とした声音を発する。


「なに? 人目が気になるのなら大丈夫。ちょっと右太股の筋肉が発達してるんだねってなるだけだよ」


「それはそれで恥ずかしいのだけれど……違うわ。少し聞きたいことがあるの。エロ騎士、あなた……」


 ローブで隠れてるから大丈夫だと思うけどなぁ。

 そんな下らないことを考えていたからか、次にかけられた彼女の真剣な言葉に、僕は一瞬声を詰まらせてしまった。



「…………私に隠し事、してるでしょ?」

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