第22話:フラム先輩マジかっけぇ
――『
その未知なる領域の成り立ちは、大別して二種類からなる。
一つ目は自然発生するタイプの迷宮――『美食
濃密な
その階層は千差万別、数時間で最奥に辿り着く場合もあれば、それこそ最下層が未確認の迷宮まである。そして大きな特徴として、
世界中に散らばる迷宮のうち、95%がこの美食ダンジョンとされる。
二つ目が個人の手によって作られた迷宮――『悪食
生物として不完全な存在である魔物や劣等種族が、進化という魂の螺旋階段の果てに辿り着くことを許された種族――『
原戒種とそれに行き着く下位種を始め、種として完成、いやそれ以上に超越した域に至った存在は例外なく
迷宮内を思うがまま作ることができ、美食迷宮に比べて卑劣な罠や凶悪な魔物が多く踏破難易度は格段に跳ね上がる反面、
これらは迷宮に挑む冒険者の一般常識。無論エルウェも知っているはず。
事前に確認した限りでは、《龍皇国ヒースヴァルム》の東、《
つまり何が言いたいのかというと、美食迷宮で発生する
災害は時に、計り知れない規模で人々を襲撃し無上なまでの損害を出す。
冒険者となって迷宮探索を始める上で、口酸っぱく言われる格言のような言葉の中に『
「
そして今。
――まるで空間そのものに罅が入り軋んでいるような不穏な『音』が。
好き勝手に蔓延る人間に対する怒りに塗れた『
「何ぼさーっとしてるんだ!? 速く逃げるぞ! もう時間がねぇ!!」
あわてふためく壮年の冒険者とは打って変わり、エルウェは拍子抜けしたような顔をした。それを指摘された中腰の彼女が、しかし至極もっともなことを言う。
「で、でもあなた、C級冒険者……確か【破斧】のブレイクル……さん、ですよね? それにここの迷宮は凄い人気だし、第一級とは言わなくともあなたみたいな第二級冒険者が多いんじゃ……?」
その不穏な言葉と《黄昏の花園》に轟く亀裂音に内心冷や汗を掻いていた僕は、ハッとさせられる。
いやそうか。そうだそうだ何をこんなに慌てているのか。
ここは《龍皇国ヒースヴァルム》でも屈指の人気を博している
ブレイクルという名の大きな斧を背負った第二級冒険者は、エルウェの言葉を受けてなお顔色が優れない。話している時間が惜しいとばかりに後ずさり、上層へ続く入り口に向かって走り出す直前にこう言った。
「何言ってんだ馬鹿もんッ! 今のこの音は
あ、逃げよう。
それはヤバイ。かなりヤバイ。おっしゃる通りです速く逃げましょう。
「まさか、
「つべこべ言ってねェで早いとこトンズラすンぞォ主ィ!」
「僕もフラム先輩に心の底から同意ぃ! 死ぬ! これ死ぬぅ! もうだめ絶対死ぬぅー!?」
彼の存在がいるだけで、暴れるしか能のない大勢の魔物の寄り集まりが、同じ方向へと視線を向ける規律のとれた集団になるのだ。必然危険度も跳ね上がる。
「そ、そうね、私たちも早く逃げた方がいいわね――!」
僕たちも遅れてブレイクルの後を追いかける。
足は遅いし小さい鎧なんて人混みに紛れて迷子になってしまうからと、フラム先輩にしがみつく僕。すると「手間がかかる新入りだァ」と尻尾を胴体に巻き付けて運んでくれた。楽ちん。なんだかんだ優しくて面倒見が良いのがフラム先輩なのだ。
その際に周囲を見回し状況の確認。
《黄昏の花園》は、言うなれば冒険者専用の観光スポット。上層かつある程度基礎がなっていれば誰でも来れる場所だけあって、大人数が一斉に入り口に向かう様はいっそ壮観だ。腐っても冒険者といったところか、パニックになっていないだけましだろう。
――何かが孵る直前のような、ひび割れる音が一際大きくなる。
高まる不穏な空気。張り詰めていく緊張感。
紛らわすようにエルウェが言った。
「こんな有事の時は入り口が大きくて助かるわね!」
「あァ、三つもあるしなァ。真ん中が一番の近道だが、恐らく一番混雑するはずだァ。左、あのドワーフのジジイについて行った方がいいなァ」
「そうね、きっと入り口の大扉まで戻ればなんとかなるわ!」
あのブレイクルとかいう人、ドワーフらしい。身長低いし毛むくじゃらだからそりゃそうか。
エルウェが取り乱すことなく言い、一番間近で人の少ない左側の通路に向けて走る。いやあのブレイクルとかいうおじさん速いな、凄い足が速い。
と、はらはらと細かな粉塵が舞い降りて。
続いて小さな透明の結晶の欠片も降り注ぐ。
「あれ、ねぇ見て……天井」
ゆっくりと、嫌な予感をひしひしと感じて見上げた先。
指を差す。エルウェとフラム先輩も同じように、結晶が生え揃う天蓋を仰ぎ見た。
「崩れそうじゃない? いやまさかね、流石に心配のしすぎかぁ」
「そ、そうよ。驚かせないでエロ騎士、ほんと何言ってるのよ馬鹿」
「そうだァ、演技でもねェこと言うンじゃねェ」
返ってきたのは気味の悪い同調だったけれど、強引に納得することにする。
「いやごめんごめん。ちょっと目が疲れてるみたい。だよね、そうだよね。だってあそこが崩れたら入り口が塞がっちゃうもんね――」
なんて言ってしまったからだろうか。
僕の魂に刻まれたワールドスキル『六道』がじんわりと熱を持った気がした。
六、七割り程度の冒険者が捌け、他者を蹴落とす勢いで駆けていたブレイクルが入り口を通り過ぎた瞬間、ピシィイ――と。
まるで天井さんがもう限界ですと言っているみたいな、甲高い音が鳴り渡った。
「ぁれれ、崩れちゃった」
そして次には天井が盛大に爆発、大量の結晶と大小様々な岩石が凄まじい轟音を響かせながら崩落した。一様に足を止める冒険者達、立ちこめた砂煙の晴れた先に見たものは――狙われたかのようにピンポイントで塞がれた入り口だった。
「ぁれれ、塞がっちゃった」
フラム先輩の尻尾からゆっくりと解放され、地面に立った僕は間抜けに零す。
「そ、そうね……塞がっちゃったわね」
「……これじゃ出れねェなァ」
呆気にとられた一人と一匹も口を開け同意を示した。
しばらく立ち尽くして呆けていると、今し方塞がった入り口の方から焦燥の声が幾つも上がった。
「おいおいおい無事かッ!? 今の崩落で巻き込まれたやつはいるか!?」
「くっそ、やべぇぞ! 退路を断たれた、これじゃ外に出れねぇ!」
「それだけじゃないですよ! 天井の岩石と一緒に魔物も降ってきましたっ!」
「何よこの量……
「後ろからも
狼の耳を持つ獣人の男が、背丈の低い小人族の女が、駆け出しに見える若い人族が、苛だたしさと苦悶の表情をした冒険者達が――言った側から後方で大爆発。見やった先に追いついてきた魔物の集団がいて、肝の強い冒険者達も流石に慌て始める。
「ど、ど、どどどどどうするのよこれぇぇええ!?」
「ぼ、ぼくわかんなぁい。わかんなぁいよぉ? げへ、どうしよっ、げへへへっ」
連れられて平常心を失い、僕をぎゅっと胸に抱いて涙目のエルウェ。
僕は脳裏を占める危機感の隙間を縫って奔る幸福感に、何て言うのだろうか、もはや自分でもこの精神状態を言い表す事が出来ない。とにかくヤバイし
下らないことを言っている間にも、距離を詰める魔物達。
5階層という駆け出しの多い場所的にも、この場に第二級以上の冒険者がいるかどうか怪しい点にしても、退路を断たれるだけでなく、挟撃される形になった僕たち冒険者は絶体絶命だ。ブレイクルさんなんか一目散に逃げ出していたし、いたとしても役に立つかはわからない。
ごくり、と誰かが生唾を飲む音が響いた。
けれどそんな荒くれ者の集団の中で、男気のある言葉を発する子猫がいた。
「はァ……何を怖じ気づいてんだ馬鹿共がァ」
フラム先輩だ。
物騒な装備を携えた集団の中心で、低く腹に響くような声を発する小さな子猫。
場違い感が半端じゃない。けれど、だからこそ誰もがその異常な存在に注目した。
フラム先輩は多くの視線を集めつつ、トコトコと歩いて跳躍、エルウェという絶世の美女の肩に乗って男らしさに寄り添う華を添えると、さらに続けた。
「元々、冒険者ってのはこういう定めの上に生きてンだろうがァ。戦わなきゃ生き残れなィ。それがオレらの日常。お前らが開いた地獄の扉ァ。窮地だろうが関係ねェ、結局やることは同じ――違うかァ?」
僕は感涙の涙を必死に堪えた。
なんて、なんて男気のある子猫だろうか。
いや実際は
「そ、そうだ」「俺らは冒険者なんだ」「子猫ちゃんの言う通りね」「儂は戦うぞ!」「おいどんは諦めないでごわす!」と賛同する者達が出始める。
間違いなく雰囲気が変わった。
変えたのだ、フラム先輩が。
僕と同じエルウェの
「か、かっこいい……かっこよすぎるよフラム先輩ぃぃい……っ!!」
「フラム……ありがとう。いつだって助けてくれるんだから」
紫紺の瞳を輝かせる僕に、目を瞑りフラム先輩の喉を撫でるエルウェはどこか誇らしげで。
勢力を示威するように躙り寄ってきた魔物達との距離はもう目と鼻の先だ。
統率が取れているのかフライングする個体はいないが、今にも飛びつかんと唸り声を鳴らして涎を垂らしている。まるで肉を前に待てをされている肉食獣だ。いや現にそうなのか。
けれどこちらの雰囲気と気勢も立て直された。
フラム先輩がトン、とエルウェの肩から飛び降りたときには、冒険者達は戦うべき敵を見据え、魔物と同じような爛々とした目つきで相対していた。
フラム先輩が最後の一押しとばかりに発破をかける。
「毒を孕んだ茨の道を、脇目も振らず我武者羅に、何度も転んじゃァ何度も起き上がって、血だらけになって進むゥッ! それがオレらだろうがァ! それが冒険者ってもンだろォがァ!」
再び歩みを進め、後方の下層から来た集団と対峙する最前線まで出ると――豪、とフラム先輩の身体が赤々と燃え上がった。
「こんな所でビビって動けないヤツはそのまま野垂れ死んでろォ! 冒険者としての意地が少しでも残ってるヤツァオレに着いてこいッ! 行くぞォオッッ!!」
大声音が、耳を聾する。
「「「うぅぉおおおぉおおぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」
冒険者達の勇ましい鬨の声が、僕の耳に似たよくわからない器官を劈いた。
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