第14話:仮契約の儀式、動き出す殺戮


 般若の如き巨像が鎮座する前で、僕とエルウェは向かい合った。

 彼我の身長差は大きく、僕は天を仰ぐように見上げ彼女は頷くように下を見る。


 引き締まった冷たい空気。寒風が木枯らしを舞い上げる。

 高まった緊張感はピリリ、と肌を刺すようで。

 エルウェの生唾を飲む音が小さな神殿内に木霊した。


「それじゃあ始めるわよ――準備はいい?」


「…………」


「…………」


「…………」


 ややあって、やっぱりというか、エルウェがにっこり微笑んだ。

 その直後、目をクワッとかっ開いて顔を寄せてくる。


「しつこいわね!? わかったわよ! この後ギルドに寄ってから《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》に行くつもりだけど、その間私の、その、ふっ、太股に掴まっててもいいから!」


「さ、何やってんのエルウェ。ぱぱっと契約しちゃうよ」


「~~~~~っっ!! この馬鹿ぁ! なんて面倒くさい眷属なのかしら!?」


 ほらほら、地団駄なんて踏んでないで早く契約しようよぉ。何してんだよぉ。


 僕ってば平静を装っているわけだけど、割と後ろの像が動き出しそうで怖いんだよね。ビクビクしてるんだよね。いや考えすぎだとは思うけどさ。もしもの時はその辺をぶらぶらしてるフラム先輩に守ってもらおう。そうしよう。


『わかる、わかるぞ魔物使いの小娘……すごくすごーく心中察するのじゃぁあ……』


 シェルちゃんはうるさい。黙ってようね。


 怒りと羞恥をどうにか抑え付けたエルウェが、荒くなった息を整えてから語り出す。


「もうっ……いい? 魔物使いが魔物を眷属にするためには、一ヶ月の間ともに過ごして信頼関係を築く必要があるの。一度本契約を済ませてしまえば、基本的に眷属あなたは私に逆らえなくなる。もちろん例外もあるけれど、そうなった時に確執が生じないようにするための期間よ」


「エルウェの命令した結果であれば、例え死ぬことになっても僕は構わないさ――その代わり夜の方は挟んで貰いますけれども、ええ、はい、お願いしまっふ」


「本当に煩悩にまみれた魔物ね……だめよ、そういうしきたりなの。仮契約を経て本契約を結ぶ。魔物使いの常識であって、そこに例外はないわ。だから今から行う儀式は『仮契約の儀式』――今度こそ、準備はいいかしら?」


「おうともさー」


 終始軽い態度を取っている僕だが、エルウェはもう慣れてしまったのか小さく嘆息するだけだ。


『其方、其方』


(ん? 何? 僕は今からエルウェと愛の契約を結ぶ所なんだけど)


『愛とな……まぁの、仮とはいえ、契約を結ぶと魔物使いは眷属のステータスを見ることが出来るのじゃ。だから我に関するスキルや加護は隠蔽することをオススメするのじゃぁあ……』


 わお、そうだった完全に忘れてた。


 シェルちゃんの言うとおり、個体情報ステータスというものは隠蔽が可能だ。ありもしないスキルを付け足すことは不可能だが、あまりおっぴろげに出来ないスキルを所持している者も少なくないだろうし、命を張る冒険者にとって未登録の切り札があるのとないのとでは生存率が違ってくる。主に対人戦闘において。


(土壇場で言うね……でもばれたら殺されるんだっけ。ここは大人しく従っとこうかなっと……)


 エルウェはごそごそと腰につけていたポーチの中身をまさぐり、丸めてあった一枚の麻紙を取り出した。細やかな紋様が描かれた封蝋を外し、広げた質の良い紙に銀色の枠が二重になって四方を囲うそれは、一目で一級品と見て取れる。


 エルウェはその麻紙を僕の前に置き、ゆるりと大きく深呼吸。

 続いて腰に佩いていた短剣を高音を奏でながら抜き放ち、左手の親指を薄く裂いた。鮮やかな血が紙の中心に描かれていた魔方陣へと滴り落ちる。


 その隙に僕は隠蔽作業を進める。

 といっても脳内にステータスを表示し、詳細を開いて隠蔽する節を念じれば良いだけの話なんだけどね。簡単簡単ほほいのほいっと。


 シェルちゃん関連の表記の他に、ちょっと悩んで『呪い』の欄を隠蔽することにした。ちなみに『六道』は元々無意識に隠蔽していて、シェルちゃんにさえ喋ってない。それは前世の冒険者としての勘が、これは切り札たりうるスキルだと直感していたからだ。


 でも呪いの件は、ずっと黙ってるわけにもいかないからなぁ……ま、本契約の前に話せば良いよね。それまでに絆を深め、見捨てられないようにするのだ。最低というなかれ、これも作戦である。


 よし、準備は万端。ここからは契約に集中だ。


 麻紙に描かれていた魔方陣が輝きだし、その下方に『エルウェ・スノードロップ』の名が滲み出る。さらには右手に握られていた短剣に掘られていた、樹木のような複雑な溝に彼女の血が通い、その刀身が強い光を発し始めた。え、何だこれ。ていうか、その短剣魔導具だったの?

 

「――我、魔物使いエルウェ・スノードロップはここに誓う――」


 エルウェが謳う。


「――汝を我が二番目の眷属とし、互助の概念に基づき未来永劫に添い遂げんことを――」


 凜とした声で。


「――七色に輝く金剛石より強固な結束を違うは何よりも罪深き禁忌であり、血より濃い縁で刻まれた轍を塗り替えることを何よりも禁戒とす――」


 朗々と。


「――ゆめゆわ忘れることなかれ。今ここに、紐帯の短剣の輝きを以て、我と汝の霊魂に、契約の楔を穿とう――」


 詠唱を終えると同時に、麻紙に収まる大きさだった魔方陣が拡大、大理石の地面をも経由し僕とエルウェを円の中に捉えた。彼女の逆手に持った短剣は輝きを強め、下を向く矛先からはポタポタと血が滴る。その一滴一滴が大理石に落ちるとあら不思議、まるで水面のような波紋が生じたではないか。


 一方で、僕の方にも変化が現れた。


 喉が渇くような飢えが激しくなり、魔の物としての渇望が産声を上げる。


 刺繍を入れた坊主頭の冒険者をぶっ飛ばしたときもそうだったが、人間の血を見ると昂ぶってしまうのはきっと魔物としての本能。若くて可愛らしい女の子の血が美味しそうに見えるのも多分本能。それはマジで本能であってくれ言い訳したいから。


「――汝は其の契約を、心から受諾せんとするか?」


 閉じていた銀眼を柔らかく開き、エルウェが儀式を終えんと問うてくる。

 何を言うべきかは、なんとなくわかっていた。


「――我、主へのあくなき忠誠を、永劫なる魂の契約を、ここに誓わんことを」


 エルウェが頷き、しゃがみながらくるりとナイフを反転して持ち替えた。朱が弧を描くように散り、発光する短剣の切っ先が僕へ向く。


 そしてそのまま僕の胸――ドラゴンと太陽の紋章シンボル――へと突き刺さった。

 ……いや、それは突き刺さったと言うより、触れ、溶け混じったと言った方が正しいか。


 痛みはない。その代わり焼き爛れるように熱い。

 抵抗もなくすっと入り込んできた刀身の光が、僕を内部から浸食してゆく。例えるならば、太陽。最たる炎の揺らめきが、僕の全身を包み込む。


 やがて、短剣が発していた魔力光が全て僕へと移譲されると、地面に描かれていた魔方陣も麻紙に収まる程度まで縮小。銀色の刀身が僕の胸から優しく引き抜かれた時には、それは既に光を失い、ただの綺麗な短剣にしか見えなかった。


 鎧の表面を揺蕩っていた光も胸に吸い込まれるように収斂していって……ドラゴンと太陽の紋様が、さらに複雑な紋様となった。簡潔に言えば六芒星の背景が描かれた。これが眷属たる証拠だろうね。


「……どう? 初めての儀式を終えての感想は」


 短剣を大事そうに鞘に収めてから、エルウェは筋肉の緊張をほぐすように伸びをした。余裕で隠し事をした僕だが、その際に尋ねられた質問には正直に答える。


「……意外と大仰な演出があるんだね。てっきり小指を絡ませて約束げんまん~とかやるだけだと思ってたからさ、けっこうびっくりしてるかな」


「ふ、ふふふっ、そんなわけないじゃない。魔物使いと眷属は一蓮托生なの。これでもう、あなたの余生は私の物よ?」


 人差し指を唇に押し当て、あざとい仕草をするエルウェ。

 ああ、これで僕は例え酷い辱めを受けても、一切抵抗することが出来ずに陵辱されるんだね。お仕置きして下さい主人様ぁとか叫ぶんだね。叫ばされるんだね。ああ、ああ、夢のようです。優しくしてください。


 僕が湧き起こる妙な興奮に身を捩っていると、エルウェが瞳を閉じて「不思議なスキルばっかりね……」と呟き始めた。おそらく僕のステータスを見てるんだろうね。うわ、改めてそう考えるとなんか恥ずかしい。すごいむずむずする。きゃっ。


――――――――――――――――――――――――――

 個体名:なし

  種族:流浪るろう白鎧はくがい(変異種)

  Levelレベル:1

種族等級:E

  階級:D⁻

  技能:『硬化』『武具生成』

     『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー

     『吸収変換(火)』『吸収反射(火)』

  耐性:『全属性耐性(小)』『炎属性無効』

  加護:なし

  称号:なし

状態異常:エルウェ・スノードロップの眷属(仮)

――――――――――――――――――――――――――


 多分エルウェにはこう見えているんじゃないかな。


 火属性が効かないことは既に周知の事実となっているため、隠しようがない。『全属性耐性』もまぁ問題ない。それだけで《金龍の加護》から派生したなどと気づけるはずはないだろうから。


 状態異常の欄には呪いの代わりに『エルウェ・スノードロップの眷属(仮)』が発現してるみたい。妥当ではあるけれど、繋がった印みたいで結構嬉しい。


 思案げな顔で「流浪の白鎧……やっぱり新種ね」「だから炎が効かなかったのね……」「反射も出来るの?」「あ、これって確かレアスキルよね……放浪の鎧系統の変異種、なるほど道理で」「『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー』? 何かしらこれ、聞いたことないわ」「レベルと階級レートは意外と普通ね?」「どうして全属性耐性なんで持ってるのかしら……」などと自分の世界に入ってしまっているエルウェ。


 ステータスは見れても詳細は見れないはずなので、考えることは多いのだろう。隠し事をしている時ってなんだかそわそわ落ち着かない。けれどいくら魔物使いといえど、鑑定スキル、、、、、でもなければ隠蔽は見破れまいだろうさ。


 それこそ、神でもなければ――、






「――――――――ッッ!?」


 背中側から何か猛烈に嫌な予感がして、バッ、と勢いよく振り返る。

 これは直感、『死』に対する恐れであり、『生』に対する渇望が生み出す超感覚。第六感とも言う。


 そして僕の直感は的中した。

 振り返った先で見たものは――、


「――ひか、ってる」


 像が、鎮座している般若顔の像の双眸が……怪しい紫色、、、、、に光っている。ぎょろぎょろと不気味に高速回転すると、唐突に止まって――僕とバッチリ目が合った。


 怖気が背中を走り抜ける。


「ひっ!? や、や、やややややばいってエルウェ! そうだと思った、なんか起こると思ってたんだよもう! 速く逃げないと、ねぇエルウェ!?」


「うーん……『吸収反射』はどのくらいの比率で反射するのかしら? 二分の一? 三分の一?」


「そんなこと言ってる場合じゃないよさんばいだよぉぉおおおお!?」


「ええ!? そんなに……火属性限定的ではあるけど強力なスキルね……じゃぁこれは――、」


 などと、自体の異常さに気づかないエルウェは慌てふためく僕を完全にスルーだ。仕返しか? 何かの仕返しなのかわざとなのか?


 まずいってまずいまずいまずい。あの目はまずい、何かしら狂ってるヤツの目だ。


 エルウェはステータスに夢中で使い物にならないようだ。

 それならばと僕は全力で助けを求めようとカーバンクル大先輩を探すも――あれ、フラム先輩どこいった?


「ねぇエルウェ! 見て、あの像見て! お願いだから目を開けて見て! 僕はもう見たくないから見て! ていうか、ふ、フラム先輩がどこにもいないんだけど……っ!?」


「何よ、私は今新しいスキルをどう連携に活かすかを考えてるから忙しい……え? 何よ、フラムならあそこよ」


 煩わしそうにしていたようやく瞳を開き、エルウェが指を差す。その延長線上を辿ってみれば――巨像の頭上で毛繕いする子猫の姿があった。


「フラム先輩ぃぃぃいぃいいいぃいいっっ!?」


「あァ? なんだァ新入りィ。急に叫びやがってビックリしたじゃねェかァ」


「びっくりしたのはこっちだよっ!? そんなとこで何やってるんですか早く帰ってきて下さい!? ほらハウス! ハウスだよフラム先輩!?」


「お前ェ……喧嘩売ってんのかァ? オレは犬型じゃなくて猫型だァ!!」


 いやいやいやいやっ、そんなのどうでも良いからッ!? 大体フラム先輩、子猫って言われるの屈辱だって言ってたじゃん昨日!?


「あれ? あの像の目って光ってたかしら……? あ、わかった、わかっちゃったわ。エロ騎士さん……もしかして怖いの? そうなんでしょ?」


「ふぇ?」


「ふふ、ふふふ……意外と可愛いところもあるのね。なんだか安心したわ」


 そう言って僕の頭を撫でてくるエルウェ。

 何言ってんのぉ!? どこまで暢気なのぉこの二人!?


 僕が驚愕のあまり面甲ベンテールを激しく開け閉めしていると、ついにその不気味な巨像が動き出した。ごごごご、という硬い物が擦れる音に併せ、胡座の姿勢から腕をつき立ち上がる。まるで神殿自体が地震に見舞われたかのような衝撃だ。


「うおォあァッ、なんだなんだァ!?」


「へっ……な、な、ななななな何これ……? え? はぇ? ふぇ?」


 遅まきながら二人も自体の異常性に気づいたようで、先に数メートル離れていた僕の元まで慌てて後退してきた。だから言ってるじゃん、アレはやばいって。遅いんだほんと。何してるんだよマジで。


「――――――――」


 言語として認識できない不可思議な低音を響かせて、その巨像は神殿の天井を突き破り、こちらへと手を伸ばしてくる。押し潰されそうというような勢いはないが、明らかに狙ってきている。掴まれば握りつぶされるのだろう。


 ということで、僕は急ぎエルウェの太股に抱きついた。


「早く逃げようよエルウェ!!」


「なんで私がぁぁぁあああっっ!?」


 甲高い悲鳴を上げながら、エルウェは駆けだした。

 フラム先輩もちゃっかり彼女の肩に乗っていたよ。



 ****** ******



「そうか……それは、なんというか、災難だったな……」


 本当に殺戮しようとしてきたジェノサイド神殿から急ぎ逃げ出した僕たちは、やけに巨像の諦めが早いことに疑義を覚えながらも念のため早足で《モカの森》を出た。無論僕はエルウェの柔らかい太股に抱きついているだけだったけどね。責めるなら肩の上で状況を楽しんでた節のあるフラム先輩を責めるべき。


 それにしても皇都の外れとは言え、あんな化け物が出るだなんて聞いてない。


 報告とエルウェの日課を兼ねて、冒険者組合に寄ったわけだが……ここは先日訪れたばかりの面会室。一貫して微笑みを絶やさないリオラさんは置いておいて、ギルドマスターであるヨキ・テューミアの言葉がそれである。信じていない。まるで信じていない遠い目をしていた。


「ほんとよ、おじさん! すっごい大きな石像が動き出してこうドカーンって神殿を壊したんだから! こっちに腕を伸ばしてもうすっごかったんだから!!」


「わかった、わかったから落ち着けエルウェ……今日のうちに信頼できる冒険者を数人見に行かせる。もう大丈夫だ、大変だったな」


 エルウェの乱れた髪、疲労の色が濃い顔、そしてよそよそしい態度を忘れて「おじさん」と呼ぶ程の混乱具合からしてただ事ではないと判断したのだろうか。ともあれ半信半疑ながらも動いてくれるあたり流石である。お堅い騎士団だとこうはいかない。証拠を出せの一点張りだからね。


「それにしてもエルウェ……フラムのヤツはちっこいから肩が定位置だったわけだろ? ……新しい眷属の定位置は、その、太股……にしたのか? いやどうこう言うつもりはないんだがな、俺もお前の育て親だから、まぁ、義娘むすめの女子としての節操が心配でな……」


「い、言わないで、それは言わないで私が一番わかってるのよ……」


「そ、そうか……大変、なんだな?」


 どんよりと落ち込んでいるエルウェの表情には影が落ちているが、若干耳が赤い。喜んでるみたいで何よりだ。僕も幸せだからうぃんうぃんだね。


 ヨキさんからは不憫なものを見るような、痛々しい目を向けられているけど……え、いやいやここは僕の定位置ってもう決めたし。それに契約の前にくっついていいって約束したんだから離れないし。この後も魔物が出るまでしがみついている予定です。ええ、はい。僕は粘着テープのように一度張りついたら中々剥がれない男なんだ。


「ええ、すごく。すごくね……ふう。少し取り乱しました。急に押しかけてすみません、ヨキさん。今日も行ってきますね」


 一度大きく息を吐いてから、エルウェは頬を数度パンパンと叩く。

 次には冷静さを取り戻した、凜とした彼女の姿があった。


 そんな彼女と相対したヨキさんは、うら寂しそうに目を細めて言の葉を交わす。


「……ああ……中域には?」


「行かない。眷属も増えたけど、まだちゃんと能力を把握できてないから」


「ああ、そうするべきだ……迷宮には?」


「入らない。もう少ししたら入っても良いかもしれないけれど……その時はヨキさんに報告するわ」


「そうしてくれると助かる。じゃあ異常事態イレギュラーが起きたら?」


「慌てない。今はフラムだけじゃなくて、エロ騎――この子もいるもの」


「えろ……? ま、まぁいい、それでまた、、、ゲスな冒険者に絡まれたら?」


「ついてかない。帰ってヨキさんに報告すれば、また、、血祭りにあげてくれるから」


「ははっ、あいつら泣いて謝罪してたぞ。黒の下着がどうたら言ってたからな、記憶が飛ぶまでボコボコにしてやった。安心しろ……それから、あいつらの支部はどこかキナ臭い。十分に気をつけろよ」


「ふふ……ええ、わかっています」


 よくわからないが、リオラさんが微笑ましい様子で見守っている。

 多分だけど、これはいつものやり取りなんだろうなぁと思わせられた。仲いいね。


 にしても僕のファーストキスを奪った坊主頭を始めとする男三人組はヨキさんにボコられたのか……フラム先輩にもこっぴどくやられてたのにね。ちょっとだけ可哀想な気もしたけど、エルウェをひん剥こうとしたんだ。相応の罰だろうし、きっともう余計な手出しはしてこないはずだ。


 ……あの三人組は、だけどね。


 寂しいのか悲しいのか辛いのか、いろんな感情がごちゃ混ぜになったような儚い表情を浮かべたヨキさんが、エルウェの頭へおもむろに手を置いた。


「……もし、ギルドへ帰ってこれなかった時は?」


「……そんなこと言わないで、おじさん。今日も必ず、ギルドへ帰ってくるわ」


 それは安心させようという響き。親しみの籠もったそのエルウェの返答を聞いても、ヨキさんの表情は晴れない。

 なんだかもやもやしたから、口を出すことにした。


「――僕がいる」


「…………何だって?」


 驚いたのかエルウェが目を瞠り、ヨキさんが興味深そうに肩眉を上げた。


 僕は少女の太股に抱きついているという酷くシュールな格好であることを棚に上げ、エルウェ並の大きさに胸を張るような気持ちで言ってやった。


「僕がいるって言ったんだ。そんなに心配しなくても、エルウェは僕が守る。死なせたりなんかしない。絶対にギルドここに還してみせる。この胸の紋章に誓って……だから、そうだな。おじさん、、、、は暢気にエルウェが黒の下着しか着けない理由でも考えてればいいさ」


「~~~~~~っっ!? し、白だってたまにはつけるわよッ!?」


 顔を真っ赤に茹で上げたエルウェがムキになって怒鳴る。

 僕は珍しく真剣に思索、そして親指をビシッと立てた。


「白!? 白か、白ねぇ……うん、白もイイネっ!!」


「この馬鹿ぁ! エロ騎士っ! ほんと、ほんとっ……馬鹿なんだから……っ」


 憤慨した様子のエルウェ。

 だけどいつになく嬉しそうな表情をしているなと気づいたのは、きっと僕だけじゃないはずだ。


「そうか……そうだな。エルウェを頼んだぞ、鎧の眷属。フラムもな」


 心持ち笑みになったヨキさんと優しく微笑むリオラさんに見送られ、僕たちは初めての冒険へと出発する。

 

 ここから、ここから始まるんだ。僕たちの冒険が。

 運命の導きによって、こんなちんけな鎧の魔物に転生し、美少女エルウェの元まで辿り着いた。きっとこれから様々な困難が押し寄せるに決まってる。


 そういう宿命。そういう定め。そういう天運の元に生まれたからには。


 それらを全て乗り越えた未来さきに待つのはきっと『希望』だと思うから――、


「『人外×少女』万歳っ! うぉおお頑張るぞぉおーっ!!」


「んっ!? それやめてって言ってるでしょ!?」


 僕は内心興奮を抑えきれず、太股に面甲ベンテールを押しつけてそう叫んだ。

 そして、偉大なる物語を綴るための最初の一ページを、『人外』が『少女』へ歩み寄るための最初の一歩を今、踏み出した。



 ――いや踏み出したのはエルウェだけどさ。

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