第15話:いちゃいちゃしてたら七色の卵を持ってこられて


 厚い鈍色の空。

 視界を白く引き裂く斜線。

 ザァザァと、叩きつけるような音が絶え間なく兜の耳朶を打つ。


「…………」


「…………」


「…………雨、ね」


 うん、まぁ……何て言うか、ねぇ? エルウェが言ったことが全てだ。


 意気揚々と初陣への一歩を踏み出した僕たち一行だったが、いざ入り口とは反対側の出口扉を開いてみれば――うん、土砂降りだね。すごい雨降ってるよ、前が見えないよ何だこれ。


「……さっきまで雨ふってなかったンだがなァ……通り雨かァ?」


「どうかしら……天気を予測することができる魔導士も世界にはいるって噂だけど、ヒースヴァルムにはいないからどうしようもないわ。でもこれ、やまなそうね?」


 たかが雨と侮ることなかれ。

 この季節に降る雨は極めて冷たく、油断していると低体温症になって危険だ。


 雨の中戦闘を継続していた冒険者が急に目眩や頭痛を発症し、低体温による血管の収縮の為に血行が悪化。引き起こされる脳へ酸素・栄養不足で意識が朦朧としたら最後、魔物の餌になるなんて話はよく聞く。猛暑日の熱中症と併せて、危険視するべき見えざる天然の陥穽なのである。


 僕は太股にしがみついた格好のまま、雨降る世界を見て紫紺の瞳を細めさせた。


「うんうん……帰ろっか」



 ****** ******



「ここに僕の後輩がいるんだね」


 と、雨が弱まるのを待ってから、エルウェの友達らしい女冒険者パーティーが使う予定だった幌馬車に同乗させてもらい、辿り着いたのがとある一軒家。


 並の建物よりは些か大きいかな、けれど魔物の素材とかテカテカする魔導具のファザードとかはないため清楚さを感じるかな、という印象。レトロな魔導ランプが一つ提げられた煉瓦造りの家の玄関に腕を組んで立ち、そんな偉そうなことを言っている僕。


 雨にげんなりした僕たち一行がギルド併設の酒場で談笑していた時、ぼろ宿に帰る前に寄りたいところがあるの、とエルウェが提案したのがここに来た経緯だ。


 なんでも、ここにもう一人、エルウェの眷属かぞくがいるらしいのだとか。


「うーん。後輩っていうか、一応先輩なんだけどまだ孵ってないっていうか……なんであなたはそんなに先輩風を吹かせる気まんまんなのよ」


「ええ! でもまだ『召喚獣の原石』から孵ってないんでしょ? じゃあ後輩じゃん! 僕の背中を見てマジパネェッス! ってきらきらした眼差しで見てくる可愛い後輩じゃん! 因みに女の子の!」


 呆れ礼に来たような顔で力説する僕を見下ろすエルウェ。

 肩に乗っていたフラム先輩がハッ、と鼻を鳴らした。


「相変わらずの欲望にまみれた想像力だなァ……まぁオレの後輩ではあってもォ、お前にとっちゃ先輩だなァ、敬えよ新入りィ」


「そぉんな馬鹿なぁ――ッ!?」


 昨日仮契約を済ませたばかりの身ではあるけれど、さっそく魔物使いの眷属として可愛い後輩が出来るイベントだと思ったのに。女の子だったら尊敬の眼差しを送ってもらえるように格好つけて、男だったらこき使ってやろうと思ったのに。残念無念。


 僕が四つん這いになって落ち込んでいるのをそっちのけに、扉の正面に着いていた狼型のドアノッカーをコンコンと鳴らすエルウェ。しばらくしてふんわりした身体付きの熟年の女性が現れ、何か親しげに話している。


 ああ、でもでも、馬車の中で女冒険者達に散々「可愛い」だとか「ペットにしたい」だとか「私の下僕になる?」だとか言われてもみくちゃにされてたわけで、心理的な充足感としては差し引きしてもプラスだな……なんて割り切った僕の立ち直りは早いのだ。流石である。


 仕方がないからおばさんと話し込んでいるエルウェに近づき、足を伝ってよじよじと登り太股の定位置についた。うんうん、相変わらず柔らかい弾力に仄かな女の子の香りが堪りません。頬をスリスリしておこう。


「ひゃっ! ま、またこの子は……」


「あらあら、この可愛い騎士さんが例の?」


「ええ、お婆ちゃんもヨキさんに……叔父さんに聞いたのね? そうなの、こんな感じでどうしようもなく煩悩に……や、人肌が恋しいみたいで」 


「あらあら、可愛いじゃないの」


 うふふ、と綺麗に笑った熟年の女性。

 ぺこりと頭だけでお辞儀をしつつ、それにしてもと先の言葉を反芻する。お婆ちゃん、ヨキさん、叔父さん、このお婆ちゃんは叔父さんに聞いた、叔父さんはヨキさん――え、まじで。


「……ここ、ヨキさんの家?」


「そうよ。私が今の宿を借りて独り立ちするまで、お世話になっていた所。ほらエロ騎士、あなたもちゃんと挨拶しなさい」


 どうやらその通りだったらしい。


 そうか、ここがエルウェが育った家庭なのか。それならばしっかり挨拶をしなくてはね。近い将来娘さんを下さいって言いに来ないといけないんだから。


「こんにちは。僕はエルウェの新しい眷属になった流浪の白鎧。あ、でもでも最近太股ここに腰を据えるって決めたから流浪はやめたんだ。名前はまだない。エルウェはお嫁さんにもらうね。どうぞよろしくー」


 肩を跳ねさせて「ふぇっ!?」と驚くエルウェ。初なやつよ。

 一方で、目の前の老年の女性はその慈愛の籠もった微笑みを絶やさなかった。


「あらあら、ふふふ。私はサエって言うのよ。サエ・テューミア。知っているかもしれないけれど、そこの冒険者組合のギルドマスターをやっているヨキ・テューミアの母です。エルウェをよろしくね、可愛い騎士さん?」


 と、承認してくれるまである。

 素晴らしい祖母を持ったな、エルウェよ……


 自己紹介を終えた一同はサエさんの案内の元家の中へ招き入れられた。その際「そうね、名前を考えなくちゃ……」などとぶつぶつ呟いていたエルウェに、僕は前を歩くサエさんを見ながら言った。


「ねぇサエさん、あなたの息子のヨキさんって独身の寂しさのあまり義娘むすめ愛を拗らせた残念な人だったりする?」


「そういうこと言うのやめなさいっ!?」


 あらあら、うふふ、とサエさんが笑っていた。



 ****** ******



 ぴぃぴぃぴぃぴぃ、カリカリカリカリ。


 ぴぃぴぃぴぃぴぃ、カリカリカリカリ。


 僕は今、可愛い可愛い小動物に集られている。


 ぴぃぴぃぴぃと僕の頭上を円を描いて飛び回っている、薄緑色の小鳥。

 カリカリカリカリと高速で口を動かして僕の兜の天辺から垂れてる白い紐を囓っている、二足歩行の紺色のネズミ。


「…………」


 わぁ、可愛かあいぃぶっ飛ばしたい。


「ごめんなさいねぇ。その子達は私とあの人の召喚獣なの。珍しい物に目がなくてね……」


「俺も最初は集られたもんだぜェ、小鳥の糞に気をつけろォ」


「小動物と戯れる小さな騎士さん……こうして見ると可愛いし素敵なのよね。なのにどうして口を開くとああなのかしら?」


 菓子類の積まれたバケットと花瓶に生けられた花々が彩る机を挟んで、サエさんとエルウェが柔らかそうなソファで寛いでいる。フラム先輩は机の上で毛づくろい。フラム先輩が顔を洗ったから雨が降ったんじゃないだろうな。


(シェルちゃん、こいつらなんていう種族? さすがに僕より弱いよね?)


『むむむ……色彩鳥と家事マウスじゃな。長きを生きておるようじゃから等級はなんとも言えぬが、どちらも種族等級レイスランクG――スライムと変わらぬ戦闘力であろ』


 シェルちゃんに心の中で尋ねてみたところ、そんな名称が返ってきた。

 色彩鳥に家事マウス……このネズミ、家事が出来るとは恐れ入った。でも戦闘力はたいしたことないみたいで、これならぶっ飛ばせ――、


(ってあれ、遙か昔、もしくは現代におきまして。スライムに完全敗北を喫した鎧の魔物なんて惨めなヤツがいなかったっけ?)


『うむ。其方じゃな』


(だよね、僕だよね)


 危ない危ない。油断する事なかれ。

 こいつら無邪気さを装っているが、もしかしたら仮面を被り隙をうかがっている暗殺者なのかも知れない。気を抜いてはいけな――ぴぃカリぴぃカリ煩わしいわッ!?


「だぁああ囓るな! 飛ぶのは良いけど囓るなぁ、はげるだろ馬鹿ネズミッ! ああっ!? 糞落とすなこの鳥め、フラム先輩の尻尾の炎で焼き鳥にすんぞぉお!?」


「そんなことにオレの炎を使うなァ」


 ムキーッろ諸手を挙げて立ち上がった僕。

 小鳥とネズミはキャッキャと楽しそうだ。ほんとにぶっ飛ばそうかな。


 召喚獣だってわかったけど、どっちがどっちの……あぁ、ヨキさんの方がネズミだろうな。あの三白眼は間違いなくヨキさんの召喚獣だ。いくら魂の欠片を分け与える存在だと言っても、そんなところ似せなくても良いだろうに。


「……っていうか、サエさんは冒険者じゃないみたいだからまだしも、ヨキさんの召喚獣が生きてるなんて意外だなぁ。てっきりあんな顔してるから『お前ならできる』とか言って戦場を連れ回して、とっくに死んでるものかと思ってたよ」


「このエロ騎士、口を開けば失礼なことを……まぁ、冒険者って力のない召喚獣は連れてないものね。この前のピティ支部の冒険者もそんな感じだったし、種族等級レイスランクの低い召喚獣は専門の機関に売りに出すか家でペットとして飼っているか……それとも処分するか」


 語尾を小さく、エルウェが少しだけ寂しそうに言うが……その通りだ。


 惑星『アルバ』に産まれた人族はその肉体の脆さゆえか、秩序神アルバトリオンの慈悲によって『召喚石』というものを手にすることが出来るのだ。


 その召喚石との出会い方も粋なもので、ふとしたときに秩序神の使いたる蝶を象った魔素マナが運んでくる。そしてその出会いを繰り返し、合計五つの召喚石を集めることで『召喚』が可能になる。


 出会う確率が高ければ赤ん坊の頃に五つ集まることもあれば、なかなか出会えず遅くなることもある。どのみち十五の成人までには必ず遭遇するようにできてるから、心配はいらないんだけどね。


 そこで問題になってくるのは、召喚獣の生存率と所持率。


 種族等級レイスランクの低い召喚獣は戦闘力が皆無であり、魔物との戦闘ではあまり役に立たない。それゆえ多くの召喚獣が早い内に命を落とすし、連れ回さず自宅で育てるにしても、メリットが『可愛い』くらいしかないのだ。


 どちらかといえばしっかり餌代もかかるし、世話する時間も割かなければいけないし、寿命は召喚者と同じだし、デメリットの方が大きいといえる。だからだろうね、冒険者の六割程度は召喚獣を専門の機関に売っちゃうんだよね。けっこう金になるらしいし。


 だからヨキさんほどのおじさん年齢になって尚、召喚獣を所持しているというのは珍しいことなのだ。


「うふふふ、気にしないでエルウェ。よく言われることだもの。あの子はあれで、根っこが優しすぎる人なのよ……だからそろそろ結婚も考えていいと思うんだけどねぇ? あの子は仕事にかまけてばかりで……」


「お婆ちゃん……」


 僕の辛辣とも捉えられる台詞に、嫌な顔一つせずに幸せそうに微笑むサエさんはただ者じゃないな。さすがはギルドマスターの母という所か、肝が据わっているし心が広い。


 エルウェのような良い子が育ったのも、サエさんのおかげなのかなって思うね。ヨキさんが子育てとかできる気がしないし。こなくそ、シッシ! よいしょ、よいしょ――、


「エロ騎士謝りなさい!!」


「ごへぇっ!?」


 集る小鳥とネズミを追っ払って、ごく自然な動作でエルウェの膝上に上ろうとした僕。けれど先の言葉にお冠なのか頭をひっぱたかれた。痛い。精神的に痛い。泣きそう。


 紫紺の双眸を波打たせ、「ふぇえぇごめんなさぁい」と謝りつつ膝上に座ると、エルウェは許してくれたのか拒絶しなかった。


 サエさんは湯気を立てるお茶を優雅に飲んだ後、目を細めて優しげなえくぼをつくる。


 伸ばされた薄い皺を刻んだ掌は、僕の頭をなでなでとしてくれた。うん。正直おばさんにされても嬉しくない。でも言っちゃうとエルウェに怒られるから言わない。


「本当にいいのよ……それにしても、可愛い騎士さんは野生の魔物なんですってね? 悪性がないわけじゃないんだろうけれど、エルウェにべったりね。ふふふ、私の知らない間に魔物使いとして立派になっちゃって……お婆ちゃん嬉しいわ」


「そ、そんなんじゃないわ。この子は元々こんな子で……私の魔物使いとしての実力なんてまだまだよ」


 とは言うが、手放しに褒められてすごく嬉しそうなエルウェ。にやけそうな顔を必死に我慢している。照れていて無意識なのか、肌理の細かい手が僕の兜をなでなで……ふおぉぉお気持ちいぃぃ。やっぱり美少女のなでなでは最高であるのじゃぁああ……。


『き、きっしょいのじゃぁあ……』


 真似をしたらそんなことを言う。これだからプライドの高いドラゴンは。

 シェルちゃんに限ってプライドなんてないとは思うけれど。

 

 でもでも、サエさんは身内びいき抜きで賛辞を呈しているのだと思うぜ。


 だって野生の魔物は悪性まみれだ。例え契約に成功したとしても、言うことを聞かせ、あまり反感を買わないように仕向けるのが第三級冒険者や第二級冒険者の魔物使いの限界。契約にも抜け目は存在する。完璧な物など存在しないのだ。


 だからこそ野生の魔物を召喚獣のように手なずけ、懐かせることが可能であるのなら、俗に言うプロ――第一級冒険者と同等ということ。エルウェは十五歳だから、将来有望の超新星として持て囃されて当然だろう。


『……中に元人間が入ってるとは、夢にも思ってないじゃろうなぁ……』


 シェルちゃんが余計なことを言う。


(そんなの知能の有無程度の差であって、魔物としての僕がエルウェに惹かれたのは本当だから。初っ端に下着を見せられたあれは多分戦略のうち。つまり、僕は掌で転がされているというわけさ……あぁ、幸せ。良い、黒パン良い……)


『其方、実は獣並みの知能であろ……』


 なんのことやら。ぼくぜんぜんわかんなぁい。


 その後も遠慮や気兼ねなしに称賛するサエさん。

 途中からフラム先輩も「主はすげェんだ」と頷き始め、僕も「わかるよ。すごい、エルウェのは凄いんだ」と後頭部の感触に思いを馳せながら褒め称える。


 すると頬を赤くしたエルウェはむず痒くなったのか、話題を変えた。


「そ、そんなことより! お婆ちゃん、私が今日いつもより早めに来たのは……この子に私の召喚獣を見せてあげるためなの。いつもの部屋、入るわね?」


「あらあら、そうだったの。元々エルウェの部屋なのよ、許可なんか要らないから、はやく会わせてあげなさいな」


 なんて会話をしているが……ん? 今日はいつもより早めに?

 っていうことは毎日ヨキさん家に寄ってるって事だろうか。昨日来なかったのは、僕と出会ったばかりでそれどころじゃなかった感じかな。


 ちなみにこの話をきくまで、エルウェの召喚獣はフラム先輩だと思っていた僕。


 何はともあれ。

 エルウェの胸と膝の間に埋もれていた僕は、あまりの居心地の良さに一瞬たりとも離れたくなくて。くるっと反転、立ち上がろうとしたエルウェのお腹にビシッと四肢を回して抱きついた。


「ちょっと持ってくるから、そこをどいて――なんで意地でもどかないみたいな感じでしがみつくのよ!?」


「自分を放っておいて他の眷属のところに行こうとしてるのが寂しいンだろォ、嫉妬だよ主ィ」


 そうとも言う。

 フラム先輩の謎に気を利かせたフォローを聞いたエルウェは、「そ、そうなの……?」と怒ろうとしていた態度を軟化させる。ナイスアシスト、フラム先輩。さすがだぜ。


「ふふふ、本当に甘えん坊さんだこと。いいのよエルウェ。まだ契約したばかりなんでしょう? 今は信頼関係を築く方が大事だものね? それじゃあ私が持ってくるわね」


 サエさんもそれっぽいことを言う。


 ただ離れたくなかっただけの僕はちょっと悪い気もするが、「…………」と少しだけ赤面した仏頂面で僕を見ていたエルウェが、そっとぎこちない手つきで撫で始めてくれたのでよしとしよう。


 ――あ、そこ、そこぉっ! そこもっと強く撫でてぇっ!!


 違う部屋に向かったのか、リビングを出て行ったサエさんが戻ってくるまで無言の撫で回しは続いた。幸せ。昇天しそう。


 ややあってガチャリ、と戻ってきた気配。

 顔を柔いお腹に埋めているため見えないが、なにか背中に強い魔力を感じた。肌を刺すようなそれは、暖かいようで冷たい感じがする。


「ごめんなさい、お婆ちゃん」


「気にしないの。それよりほら、可愛い騎士さんとのご対面ですよ」


 言われ、僕は振り返った。


 そこで見た物は――、




「――…………ドッ、ドドドドドラゴンの、卵ぉっ!?」




『――――ッッ!!』


 エルウェの膝上から転げ落ちるほど驚天動地した僕の素っ頓狂な声に、シェルちゃんが驚愕し顔を上げた気配。無理もない。だって、だって――ッ!


 僕は身体を打つ衝撃には目もくれず、慌てて起き上がってソファを伝い机の上に置かれた卵に接近。布の敷かれたバケットの縁に手をかけ、身を乗り出してその卵を間近で見た。


 それは七色に輝く、、、、、、フラム先輩よりも小さな楕円形。

 複雑な紋様がびっしりと描かれていて、脈と連動しているのか規則的に輝きを増している。


『ま、まさか、我ら龍族が人族の召喚獣として誕生することになろうとはっ……まだ孵っていないみたいじゃが、確かにドラゴンの気配がするのじゃっ!』


 僕だって実物は一度しか見たことはないし、記憶のものよりは何倍も小さいか。

 そもそもドラゴンが召喚されるなど聞いたこともない。けれどそれは、シェルちゃんの言う通り紛うことなき『ドラゴンの卵』だった。

 

「あら、エロ騎士も叔父さんと同じ事いうのね。やっぱりこの子、ドラゴンなのかしら?」


「だから言ってるだろォ、主にはそれくらいの召喚獣がいて当然だァ」


「すごい勢いで落ちたけれど、大丈夫? どこか痛くない? 絆創膏使うかしら?」


 などと暢気なことを言っている二人と一匹は、事の異常性を理解しているのだろうか?

 

 確かに種族等級レイスランクの低い魔物のが多い『召喚』だが、天と地ほどにかけ離れた例外もある。その最たる例が――『虹色の卵』として召喚された召喚獣だ。


 それは秩序神によって均等に分配された魔力だけでは現界に顕在することができず、さらなる魔力を欲している強力な召喚獣である場合が多い。そういった事例も稀にだが起きることが確認されているが……種族等級レイスランクSの悪魔族や天使族が召喚獣としての限界だとされていたはずだ。


 それなのに、種族等級レイスランクSSのドラゴンだって……?

 そんなの、聞いたことないぞ……!


「……エ、エルウェは、本当にすごい魔物使いになるかもしれない……」


 驚きのあまり腰が抜け、座り込んだ僕が零した言葉。

 いやいや、かもしれない? 何を馬鹿な。なるに決まってる。ならなきゃおかしい。何だこれ、何だこれ何だこれ何だこれぇ。


「えっ、な、何よ急に。素直になっちゃって、なんだか照れるわ……それに、エロ騎士にそんなこといわれなくても、私は必ずなってみせるわよ――世界最強の魔物使い、、、、、、、、、にね」


 エルウェが驚きに戸惑い、けれど直ぐに真面目な顔になって言う。

 頷くサエさん。フラム先輩も後に続いた。


「今更気づいたか新入りィ。最初に言っただろ、主は至高の頂――『偉大なる一杯ジェノ・グランデ』を目指してるってなァ」


 振り返った先で自信満々に胸を張る魔物使いとその眷属に、僕は出会った当時の情景を思い出した。



『魔物……使い?』


『ええそうよ。私は魔物を眷属として使役する者――『魔物使い』。そして、世界最強の魔物使いへ与えられる至高の称号――『偉大なる一杯ジェノ・グランデ』を手にする(予定の)、栄光を約束された美少女』


 じぇのぐらんでなんて知らないし、若い子特有の自信から夢を見ているだけだと思い込み、大して気にもとめなかったその言葉。


『私の名前は――エルウェ・スノードロップ。……ねぇ、小さな騎士さん』


 だけど、確かに彼女は言っていたのだ。

 世界最強なんて夢物語を、傲岸不遜な笑みを浮かべながら。


『私の――眷属かぞくにならない?』



 そわ、と鎧の身体が震えた。

 

 もしかして。もしかして僕は、とんでもない少女の眷属かぞくになってしまったのではないかと。今になって気づいたのだ。


 運命とはわからない……一見出鱈目な奔流に見えて、こんな出会いキセキを運んでくるなんて。


 僕はゴクリと生唾を飲む(なぜか音が鳴った)と、能面のような表情を浮かべ、ふらふらと覚束ない足取りでエルウェに近づいた。


 首を傾げて不思議そうな顔をしている彼女の胸に、ボフンッと飛び込んで強く抱きつく。


 そして、想いの丈を叫ぶのだ。



「ふぇぇぇええええ僕を捨てないでくださぁぁぁああいっっ!?」



 いやいやいや、ドラゴンなんていたら僕の活躍の場がないじゃないか!?

 それどころか幸せを呼ぶフラム先輩はまだしも、ただの鎧の僕なんて必要ないじゃないかっ!?


 目を瞠って「え? 何言ってるのよ?」と若干引き気味のエルウェ。

 そんな彼女の胸にさらに強く顔を押さえつけて、僕は泣き喚いた。


「ぼぉくを捨てないでぇえええぇぇえええぇ――っっ!?」

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