第8話:新たな家族
暗い。そこは暗い、闇の中。
そこは僕が怖れていた孤独に近い、独りぼっちの夢幻の世界。
地面も定かではない空間で膝を抱えている鎧は僕だ。
重力があやふやなため、膝を抱えたまま中空をくるくるとゆっくり回転するのは酷くシュールに映るだろうが、僕は今そんな事で笑える気分じゃない。
――くろあ……
僕はあのままスライムにいいようにやられて死んだのかさえ知らないが、それよりも意識を失う直前に想起された情景が気になって仕方がない。
いや、金ピカとはいえスライムに殺されたとなれば悔やんでも悔やみきれないっていうか、普通に恥ずかしいんだけどさ。ってかあのスライム絶対普通じゃないだろ!!
記憶が薄れるに従って、僕は夢現の判断がしっかりできるようになってきた。
現状、命が大事。僕生きてるよね? ね? 大丈夫だよね?
くそぉ、あの速度ときたら前世の動体視力を引き継いでる自負がある僕でもギリギリ眼で追えるくらいだった。もはや金色の彗星の如く。
そのぶん魔力を全力消費してたみたいだけどね。
ていうかあの纏ってた金色の魔力、絶対シェルちゃんのだろ。
じゃあスライムは眷属か何かか。
あいつめ……そういえばそうだ。おかしいじゃないか。
始祖龍ともなれば不意打ちを喰らうはずもない。
いくら常識外のスライムとはいえ、だ。
本当は止められる一撃を、僕が嫌がらせばかりするかあら敢えてスルーした。そういうことだ。ははは、なるほど。時としてスルーは怒りを買うということを教えてあげないといけないようだ。ぷんすかちん。
つまりだ。
わかったぞ、僕への仕返しだな……?
と、ある意味結論が出たところで遠くに輝点が見えた。
その円は徐々に大きくなり、輪郭をまばらに広げていく。
そして、視界が白光に包まれて――
「――っ、あ、れ……ここは、」
「おお、目が覚めたようじゃの?」
意識が覚醒を迎え目蓋をゆるりと開けると、やはり飛び込んできたのは目に痛いくらいの金。
僕は全身を鎧に覆われているため、それが人で言う肌と同じ扱いだ。そして今は背中が冷たい。どうやら仰向けに寝かされている状態らしい。
右腕の感覚は……ない。多分バラバラになったね。凹んでないから四肢に痛みはないんだけどね。ん? ……右脚にちょっとした違和感があるが無視だ。
初手の一撃でめちゃんこ凹んだ正面は鈍い痛みが通い続けている。そのほかの外傷は余りないようだから、恐らくシェルちゃんが止めてくれたんだろう。そうなんだろう。遅すぎるなぁ、そこんとろこどうなのかなぁ。
「…………」
「……な、なんじゃ? ぐぐぐ具合でもっ、悪いのかぇ? わ、われ、しんぱい。そちがすごくすごくしんぱいなのじゃぁあ……」
僕が動かない身体をひとまず放置し、斜めにずれた
するとあろうことか彼女は明後日の方向を見て誤魔化そうとするではないか。台詞の棒読みとは舐めてくれる。
「…………」
「……か、痒いところがあるのであろぉ? ほれ、ほれほれ掻いてやるのじゃ。い、いや、掻かせてもらうのじゃぁあ……」
そう言ってシェルちゃんは非情に気まずそうに僕の兜を爪で撫でつける。
いや君の爪って金属みたいに硬いんだからやめて?
金属同士が擦れてキィキィ音がしてうざい。
しかも僕の兜がヤスリがけされたように削れてる感触あるからね。堅さで負けてるからかな困ったなぁ?
ふ、彼女はどうやらあくまでもしらばっくれる腹づもりのようだ。
いいだろう。そちらがそのような態度というのならこちらにも色々考えがあるのだ!
「…………シェルちゃんさぁ。多分気づいてないと思うけどさぁ。尻尾の付け根あたりかな、
「悪かったのじゃぁあっ! この通りなのじゃぁあっ!! いつも雑な扱いばかりされるゆえたまにはいいじゃろうなんて思ったりしてないのじゃぁあ!! ごめんなさいなのじゃぁああああっっ!!」
ようやく白状したか。よしよし。
次はないように、念には念を入れて脅しておこうかなっと。
「わかればいいんだよ。ぼくたちオトモダチだろ? 大事な大事なオ・ト・モ・ダ・チ」
僕は内心にこやかに笑ってそう言った。
笑え、ほら君も笑えよ。スマイルスマイル。
「ふぇぇええ……お、乙女にそれは酷いんじゃぁあ……」
シェルは眼に涙を浮かべ、蜥蜴頭を赤く染めてちらちらと尻尾の方を気にしてる。そんなに見なくても毛なんて生えてないっつーの。ほくろがあっただけだっつーの。
「大丈夫大丈夫。本当はほくろがあっただけだから。僕がそんなぬけぬけとプライバシーを侵害するようなやつに見える? 他者の尊厳を踏みにじるような悪人にさ?」
「
羞恥に赤らめた頬を大粒の涙が伝う。
ちらちらとこちらを見ている様からして、おそらくまだ僕の機嫌を気にしているのだろう。大丈夫大丈夫、僕はもう怒ってないヨ。
嫁? そんなこと言われてもね。おしりのほくろ見たくらいでさ。
ていうかシェルちゃんほどのドラゴンも結婚したいとか考えるのね? どうでもいいけどドラゴンはドラゴンと結婚しましょう。
「えぇ、それは困ったね。僕はもらいたくないからさ。独身もけっこう楽しいんじゃない?」
「もういいのじゃぁあああぁああ~っっ!?」
シェルちゃんはわんわん泣き喚きながら、未だに山のように積まれた財宝に頭から突っ込んでいった。
貴重な貴金属の宝たちを涙で濡らすとは如何に……錆びたらどうしてくれるつもりだろうか。まぁ元はと言えばシェルちゃんのものなのでいいんだけど。将来的に売れるって保証もないわけだしね。
そんなこんなでシェルちゃんへの仕返しをしっかりやり終え、僕は一度深呼吸。したつもり。
まぁね、僕は思うわけですよ。
人間誰しも人生を滞りなく生きていくためにはメリハリが大事。
友達と笑うときは馬鹿みたいにはしゃぐ。哀れなヤツを蔑むときは盛大に蔑む。
冒険するときは常に神経を尖らせて、ってね。
そして違和感の正体、右足に覆い被さって何やらガチャガチャしている黄金の塊――スライム君に意を決して話しかけた。
今必要とされるのは、そう。
――精一杯の
「や、やぁスススススライム君、げっ、元気? ちょちょちょ調子どうっ? さっきの会心の一撃は、その、さすがに効いたよ。な、ナイスショット! ……つってね。すみません……」
内心びびりまくりである。めっちゃ噛んだ。
むしろ今の今まで無視し続けられた僕を褒めて欲しいくらいあるね。びびって何が悪いのさ。
出会い頭に致死レベルのタックルかましてくる化け物が僕の足元でなにやらガチャガチャしてるのだ。マジで怖い、怖すぎる。漏れそう、いやいや冗談抜きで膀胱があったら爆発してるねこれ。
でもさすがに自分でも何言ってるかわかんないわ。
イメージとしては同年齢だけど地位が上に行った奴に対して、僅かなプライドを残したごますり。皮肉とも言う。うん、ダメだこりゃ。混乱してるのが理解できてるだけ冷静なのかな? そうなのかな?
「…………」
「…………あ、あの~。スライム君、さん? いや、スライム様? そろそろ、あの、何されてるのか聞かせてもらっても、よ、よろしいでしょうか」
まさか自称天才である僕ともあろう者が、最下級の魔物に下手に出る日が来ようとは。夢にも見たくなかった。本当に悪夢だ。最悪だ。
「…………」
しかしスライム様は何も答えない。
しばらく沈黙が続き、僕は大事なことに気づく。
やっぱり冷静じゃなかったみたい。
「そ、そっか。スライムは喋れないよな……そうだよな……うんうん。ていうかなんでこんな所にスライムなんかいるの? 黄金色だからだいたいは予想できるけど……」
ちらりとシェルちゃんの方を見ると、彼女はちゃっかり埋めた顔を抜いてこちらを伺っていた。一応心配してくれてるのだろうか?
よくわからん。構ってもらえなくて寂しいだけかも。
「そ、
「僕はなんていうか特別だからいいんだよ。ってか、やっぱりそんな感じだったのね。それにしても何でスライム?
「その雑魚モンスターにこっぴどくやられたのは――、」
「あれ、なんかお尻痒い。むずむずする。もしかしてシェルちゃんの
「自分で確認することも出来ぬゆえ本当に生えてたらと思うと怖いのじゃ恥ずかしいのじゃ! 我が悪かったのであろ? わかったからもうやめるのじゃぁあああ……」
シェルちゃんは再度財宝の山に頭を突っ込むとあーだこーだと叫び散らす。くぐもって何言ってるか微妙にわかんないけど、もっといじって欲しいことだけはわかった。
「で、なんで?」
興味なさげに問うと、格好はそのまま首だけ引っこ抜いてシェルちゃんが再び振り向く。
意外と
「……我が誓約に従って引きこもろうとしてたときに、偶然見つけたのじゃ。其方も一目見てわかったであろ? ――そやつには自我がある」
「――ま、まあね。わかってたともさ。もちろんもちろん。でも自我があるだけで、入れる理由にはならないでしょ?」
嘘です全然気づきませんでした。
ていうか何も喋らないスライムの内面を推し量るとかあ不可能だろ。
シェルちゃん半端な、と初めて思った。
「うむ。傷だらけで息絶える寸前というのもあったんじゃが、何よりも、その……泣いてたからの」
「…………はぇ? 泣いてた? って、このスライムが?」
予想外のその一言に、僕は足元のスライムを見やった。
どこかキョトン、としたような表情はぬいぐるみでも見ているかのような感慨を抱かせるが、同時に殺戮マシーンの一面も持つのだ。はい怖い。気絶しそう。
「む、むぅ。我だって同情することもあるのじゃ。その時がその時じゃったし……それに、泣き方も尋常じゃなかったしの。それで安全な宝物庫に入れておいたのじゃが……なんか進化しておるのじゃ」
なんかって。一応家に他人を入れるような行為なんだから、もっと危機意識を持てよな。もう少し気にかけろよな。
――スライムがドラゴン相手に狼藉を働くとは思わないけども。
仮に自我がなければ彼我の実力差もわからないというか、意識すらしないためあるかもしれないけども。
まぁスライムは雑食とも聞く。要するに何でも食べるのだ。
致命傷さえ回復すれば、
「いやさすがに、三百年も生きたっけ? スライムって」
「ややや、本来はあり得んじゃろうが……恐らく我の魔力を糧に進化したのであろ。その副産物として寿命が延びたのじゃ。高位の魔物は総じて長寿なものよ。分岐先の進化樹が我の系統であるが故になんとなくわかるのじゃが、恐らくこのスライムの種族は――『ゴールデン・スライム』じゃて」
「うんそんな気してた。だってめっちゃテカってるもん。すごい眩しい」
いやにどや顔で言うシェルちゃんだが、まぁ見た目的にも無難だろう。
どこからどうみても新種だけれど、目にした冒険者の九割はゴールデン・スライムという陳腐な発想になるに違いない。まさにその通りだったわけだし。
「それにしても、なんで僕の足に取りついてるかなんだけど。ねぇねぇ硬かったから呪いかける方面で殺しに来てる感じ? ……って、これは――」
なんだかそのネーミングを改めて口にすると馬鹿らしくなって恐怖が和らいだ。感覚のある左手を地面について上体を起こしたところで――右足が修復していることに気がついた。感覚もしっかりと戻ってきている。
「え、何々、もしかしてこのスライムいい奴だったの?」
「さっきは、その……三百年前に我が言ったからじゃ」
「……なんて?」
「し、侵入者が来たら適当に倒すのじゃぞーって……」
なるほど道理で。ぷるぷる震えてたのは初めての戦闘でスライム君も怖かったんだねきっと。進入禁止の迷宮になってたからいいものの。そんなことできたっけ? という疑問は置いておいて、惨い役目をおしつけるなぁ。
僕が「へぇ」とわざとらしく言うと、シェルちゃんがびくりと肩を跳ねさせた。
「それで僕を侵入者と思って攻撃したわけか。てかやっぱりシェルちゃんのせいだったわけね。次、シェルちゃんが寝てる時に尻毛抜いていじってやろ」
「ひぃいっ!?」
「そうだね、宝箱に入れて保管するなんてどうかな。そしてどこかの迷宮に宝箱を設置するんだよ――【金龍皇シエルリヒト】の尻毛ですって書き置きも入れてね! 腐っても伝説の龍だ。素材としての価値はあるはずさ! 尻毛が武器なんかになったらさすがに笑い死ぬ自身があるよ僕、あはっ、あはははっ」
「ひぇぇええぇ……わ、我、もう其方には逆らわないのじゃぁあ……グズ、ヒック……」
シェルちゃんを虐めつつ、妄想を膨らませてるうちに右腕の感触も戻ってきた。気がつけば吹き飛んだ部品が根こそぎかき集められ、僕の身体に戻ってきている。
おそらく放っておいても散り散りになった鎧は胸の核に集う風に出来ている。
かつて転倒した際に転がっていった頭もそうだったし、いやあの時は効率を重視したのか身体が頭を拾いに来てたけどさ。
つまるところ、修復するのは僕自身の能力だろうね。
このスライム君は分解した鎧のパーツを集め、鎧が速くくっつくように押さえていてくれたのかもしれない。感謝感謝。……いや吹き飛ばしたのこのスライムか。
ナチュラルに感謝してしまったけどさ、僕にも譲れないものがあるわけで。
「すごく複雑だけど、ありがとうとだけ言っておくよゴールデンスライム君。だけどね……」
僕は立ち上がり、元通りになった鎧の身体に不和がないか一通り動かして確認する。
両腕を回す。オッケー。
足踏みし、足首を回す。問題ない。
首をぐるぐる回す。やばいビキっていった。
……うん。正面は凹んで歪になってるけど、多分スキル『武具生成』で治るでしょ。そんなことよりも、だ。
今はやらねばならぬことがある。
「僕は極度の負けず嫌いでね。もう一度、今度は正々堂々と勝負を挑ましてもらうよ」
僕は腰に横一文字に佩いてある短剣の柄に触れ、自然な動作で重心を落とす。
鎧がギシギシ音を立てるも、今の僕には届かない。
いつでの反応出来るように神経を研ぎ澄ました。
負けたまま終わるなんて――魔物としての僕が認めても、前世の僕は認めない。
そんな気がするから。
「びっくりするくらい突拍子もない出会いだったけど、
いざ、尋常に勝負――ッ!!
「え、何言っておるのじゃ。そやつは雌――女の子であろ?」
「可愛いお嬢さん僕の家族になりませんか?」
即座に柄から手を離しゴールデンスライム君――否、ゴールデンスラ子ちゃんに近づき、その黄金の如く美しい肩(多分)を抱き寄せる。
僕とゴールデンスラ子ちゃんでは、僕の方が二割ほど身長が高い。抱きつくような格好で、さらには上から頬をすりすりして一世一代のプロポーズ。
「
「いやいや、おっぱい、じゃなかった女の子ならおっぱい、じゃなかった怪我をさせるわけにはいかないでしょ? それに将来人化して美少女になる気がするんだ。なにしろ流動体のスライムだからね、おっぱいの大きさも自由自在ってわけだ。つまり巨乳の美少女になって僕に奉仕する必要があるってわけだ」
いやぁ、夢が広がるね。スライムの身体であればいろんなプレーが出来そうだ。ていうかシェルちゃん言うの遅いよ。女の子ならオールオッケーだよ。
「隠すきある? 隠す気ないよなっ!? 前半は欲望を隠しきれてないまでもどうにか誤魔化してるようじゃったが、後半に至っては本音ダダ漏れなのじゃ! もはや意味不明な本音でしかないのじゃ!!」
うるさいうるさい。僕はゴールデンスラ子ちゃんと話してるんです。
「シェルちゃんは煩いなぁ。ね、いいでしょ? 僕の家族にならない? そしたらこの先、ずっとずっと一緒だよ? ――もう独りぼっちなんかじゃないんだ。寂しいなんて思わなくて、いいんだよ」
「――――――――」
僕の言葉を受けて、ゴールデンスラ子ちゃんはぶるりと大きく震えた。
そしてすぐに、コクリと頷いてみせるのだった。
僕は得体の知れない相手かもしれないけど、そりゃそうか。
僕と同じく、きっとゴールデンスラ子ちゃんも孤独に晒されて擦り切れそうだったんだ。温もりに飢えてるんだ。
それなら、僕が側にいよう。そう思った。
今はまだ個体名を得ていないから、
――新たな家族に、ゴールデンスラ子ちゃんが加わりましたとさ。
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