第6話 「人を殺したい」と言われたら
自分の子どもが、「人を殺したいと思ってる」と言ったとき、親はなんて答えるべきなんやろ。
それは夏休みのある日のこと。
なんとなくカースケさんと話していた時に言われた一言。
「オレな、人を殺したいねん」
字面見ただけで、結構なインパクトのある言葉。聞いたときは言葉も出ず、「!!!!!」という感じやった。
それでも、聞き流すわけにもいかんやん。物騒な話やし、そんな命にまつわること、それも自分の手でやりたいなんて、聞き捨てならんでしょ?
かといって、下手に切り込むと黙り込んで終わる気がする。口で表現するのが苦手なカースケさんは、説明が厄介だと感じたらすぐ飲み込んでしまうので。これは親の勘。
さてどうするか。
とりあえず私が取った方法は、傾聴。
「そんなこと言うたらあかんやん!」
と言うことは簡単やけど、それをしたらこの話題の本質にたどり着けずに終わる気がして。
とにかく、彼の思いを否定せずただ受け入れる。適度な相槌で聞いている姿勢を見せながら、言葉を止めさせず引き出すこと。
「なんでそう思うん?」
「だって、イヤやねん」
「イヤって?誰のことそう思うん?」
「担任」
ここで、正直安心した。
安心いうのも変な話やけど、とりあえず自閉スペクトラムの診断がついたあとで、そのうちのどれに当てはまるのか分からない現状にあって。
カースケさんのいう「殺したい」が、テレビとかでよくある、人の思いや感情の機微が分からず動物とか殺しまくるような意味合いやったらどうしよう、とまず思ったから。
曖昧ながら、「イヤ」なことがあったという理由があったため、その系統ではなくキライやイヤという負の感情の延長線上での言葉だと分かったこと。
それと、興味本意での殺意ではないため、対象が不特定多数ではなかったこと。
それがこのとき感じた安心ポイント。
それでも、それでほっとしている場合でもなく。
事実、「殺したい」という明確な言葉が飛び出しているわけで。
担任を殺したい、その意味は。
それにより、話さなければいけないことの方向性が決まる。
なぜ殺したいという言葉が出るほどイヤになったのか。
それをわざわざ私に言ってくるという意味合い。
なんとかして探らなければならない。
そこからは、なんでイヤなん?とか、そーなんや、殺したいくらいイヤなんやー、とかそんな感じで話を進め。
それで分かったことは、担任が結構暴力的なことに訴えてくるタイプであることと、その対象がカースケさんとその友人くらいしかいないこと。
やってないこともカースケさんのせいにされたりもしたということ。
そらイヤにもなるわな、と納得した反面、全面的に賛同もできなくて。
だって、その担任が暴力行為に走るとき、主な原因がカースケさんにあったから。
悪いことして叱られて、そこから気持ちが切り替えられずに床に寝転がって動かなくなったり、鉛筆の先を己に突き立てようとしたり、確かに担任からしたらやりにくいことこの上なかったと思うわけで。
どうしても、親としては迷惑をかけている我が息子にも問題ありと判断してしまったのだ。
今となれば、このときにもっと根掘り葉掘り聞き出しておけばよかった、と思うけど。
私の返した答えは、キライなのは仕方ないし人間同士、いくら先生と生徒でも合う合わないはあるやろうからそれはいい。
ただ、殺したい、とか命にまつわることを簡単に言うたらあかんのちゃう?ということ。
イヤという理由で、人の命を他人がどうこうしていいってことはないよね。
ということだけは真剣に伝えたつもり。
そのときの私はそれで精一杯。
「殺したい」という言葉の響きに負けないよう、結構必死に応対したつもりで。
それでもやっぱり、本当にこれでよかったのかなー、というのはずっとあって。
後々、カースケさんが不登校という状況に陥ったとき相談に行ったクリニックでは(自閉の診断をつけてもらったところ)そんなかんじでいいですよ、と言われ少しほっとした。
これまでのカースケさん、傷つけたい対象は自分でしかなかった。
自傷未遂は散々してるしね。
それでも、どうにかしてやりたい対象が現在のところ唯一その担任やけど、他人に広がってしまったのが正直ショックで。
どうやって彼の感情を受け止めよう。
どうやってその感情から救いだしてやろう。
親は試行錯誤の繰り返し。
悩んで悩んで、それでもやっぱり難しくて、日々あがいてます。
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