第39話

「しかし……本当に成長したの、おぬし達」


ラルとルラから熱い抱擁を受けた後、備え付けられておる屋根付き休憩所に移動したジュジュ達。

改めて目の前の二人を見て、ジュジュはそんな台詞と共に何とも言えぬため息を吐いた。


「こほん、六百年以上経てば風棲魔人族(エルフ)だって大人になるよ……なりますよ」

「あ、でもラルはまだアマオウ様からプレゼントしてもらったクマちゃんと一緒に寝てーー」

「ちょっとルラッ!?」


セバスチャンが収納袋から出した紅茶を飲みながら、昔と変わらぬ仲睦まじさで掛け合いをする二人。ラルは丁寧な口調に気をつけておるが、ルラはまったく気にしておらんの。

姉のラルと妹のルラは風棲魔人族(エルフ)の種族長であるバカーーもといシャグァムアの娘達で、訳あって魔王軍で預かっていた過去がある。

ジュジュの義娘(むすめ)とも年が近いので仲が良く、また、正体を隠して勇者一行の仲間もしたり当時は色々やっておったの〜。

ジュジュの記憶の中では幼年式を終えたばかりの年の頃じゃったが……いやはや、年月とは恐ろしいものじゃよの。

陽光を受けて輝く金の髪はラルは腰まで伸ばし、ルラは肩までで切り揃えられておる。

風棲魔人族(エルフ)の整った顔は魔人族随一といわれておるが、特にこの子らは女神の血を引くと噂される母親の血があるから、横顔だけで芸術品の域に達しておるわい。

紺碧色の瞳は二人とも深い知性の色を讃え、若干妹のルラだけ眠たそうに瞼が下がり気味。

身体は……インヴィと張り合えるほど育っておる。

なにが、とは言わんが。

そんなラルとルラは双子だけあって外見はよく似ており、中身も両者同じで悪戯盛りの悪ガキをしておった。

今はどうなのじゃろう。さすがにスカートを穿いておる女性に所構わずスカートめくりを行うのは止めておると思うんじゃが。

白地に金糸で刺繍の施された、踝(くるぶし)までの服はさながら聖職者のそれである。

聖職者。読んで字のごとく聖なる職の者。人族の場合は神族からの通信魔法(御告げと呼ばれておるがの)を受け取り、回復魔法や神魔法に適性の高い者を指す。

じゃが風棲魔人族(エルフ)の場合は少し違って、神族を尊ぶのは同じじゃが頂点に据えられておるのは世界樹ムルベンゲになる。大神アンドムイゥバや他の神々はあくまで世界樹の守護者、防人(さきもり)くらいにしか思っておらん。

それがーー神緑教(しんりょくきょう)。

炎帝鳥ホロアとの戦闘で使った世界樹の葉飾り、あれを市場に出回らせたら例え魔王の生まれ変わりでも襲ってくるじゃろう狂信者の集団である。

……今更ながら、よくラルとルラは魔王軍(うち)に来れたの。

シャグァムアの種族長(バカ)にガチンコで勝って、幼い二人の養育権を奪い取った当時のジュジュ。

ナイスとしか言いようがないの!!


「その服は神緑教のものか?」

「まさか!! あんな正気を疑う集団とは、アマオウ様に引き取っていただいた時から縁は無くなってます」

「三百歳になった時に絶縁状をパパ宛に送り付けたもんね」


神緑教の教祖であり風棲魔人族(エルフ)の種族長であるシャグァムア……まぁ自業自得じゃから特に同情はしないぞい。

澄ました顔で紅茶を飲むラルはジュジュと目が合うと表情を変え、柔和に微笑んだ。

たまらなく嬉しい、そのような感情が溢れてきそうな笑顔じゃ。


「しかし、聞いてはいましたけど本当に転生なされたのですね。アマオウ様ーー改めて転生おめでとうございます」

「アマオウ様すっごく可愛くなったよね! 最初女の子って思っちゃったくらいだもん!!」

「まぁジュジュが可愛いのは自他共に認めてはいるがの!! ラルとルラも中々のものじゃと思うぞいジュジュには勝てないにしても!!」

「えーー、私って脱いだら意外と凄いんだよ? アマオウ様、今って成年式前くらい? だいじょーぶ、お姉さんが色々教えてア・ゲ・ル・カ・ラ」

「駄目に決まってるでしょう!? なに言ってるのあなたは!!? アマオウ様もルラのテンションに合わせないでいいですから!!」


うぅむ、どうやら姉のラルは真面目に育ってしまったようじゃの。昔は二人と一緒に魔王城の扉をノックダッシュしまくったのに(もちろん魔王時代の見た目でじゃ)、何だか寂しくて仕方ないわい……


「ちょっと、アマオウ様そんな顔しないでくださいーーえ、ええ? 私なにか間違った事言いました?」

「ラルはすーぐ真面目振るんだもんね。けどその分部屋に戻ると四六時中甘えてくるから、プラマイゼロなのかもしれないけど」

「ほぉ? その話詳しく聞きたいの〜」

「聞いちゃう? アマオウ様聞いちゃったりしちゃったりする?」

「なっ!? ばっ!? ーーーーセバスチャン様っ!! ここには何の用があって来たのでしょうか!!!!?」


顔を真っ赤にしたラルはそのまま食ってかかるようにセバスチャンへと矛先を変える。セバスチャンは苦笑して少し離れた場所に二人は移動してしまっあ。

ジュジュ的にはもう少しイジりたかったのじゃが、まぁ楽しんだし良しとしよう。


「アマオウ、あんた……ほんとこの時代では子供よね」

「見た目の話ならリメッタも同じなんじゃぞ。というかおぬしもラルとルラには何度も会った事あるだろうに、なぜ黙っておるんじゃ?」

「圧倒的サイズ感の違いに、私の本能が近づく事を拒否してるのよ」

「うむ、確かにの」

「私は別に気にしないんだけど待ってなんかムカつくわ今の!!」


うるさいリメッタをルラと一緒にからかっておったら、話が終わったのかセバスチャンが戻ってきた。その手にはガーデニング用なのか小ぶりのスコップが握られておる。


「セバスチャン、それは?」

「魔道具作製の第一人者、テメーロ・ロッケーロ氏の作った千年使えるアダマント製のスコップになります。その他草刈り用の鎌、ジョウロ、金糸と銀糸で編まれた農作業用手袋などもありますよ」

「う、うむ。じゃからそれをどうして持ってきておるのじゃ?」


その第一人者の名前は聞いた事がないのでおそらく六百年の間に有名になった者なのじゃろう。スコップは綺麗に加工されており、面体カットされたその身は陽光を受けキラキラと輝いておる。

ただ、誰がアダマント製農具を求めるのじゃろうか……普通に鉄でもいいのではないか?


「無駄に凝っておるのーーおぉ、持ち手には他の宝石も付いておるではないか。かなり高そうじゃなこれ」

「それはもう、これ一つで修繕費用は賄えるほどには」

「あ、そういう意味で持ってきておったのか!!」


確かに美術品としての価値も高そうじゃし、なんなら宝石を外して個別に売っても良いじゃろうしの。

聞けばラルが修繕費用の一助にと渡してくれたらしいが、ラル、おぬし……独特の感性をしておるようじゃな。


「こんな高そうなの貰えぬと言いたい気持ちもあるが、せっかくの厚意は受け取っておくとしよう。代わりにそうじゃの〜、ラルとルラの願いを聞いてみてやるとしようかの」


そう言って笑うと、戻ってきたラルが鼻腔を広げたのが目に見えた。

え? なにお願いする気なんじゃおぬし?


「昔に無理矢理押し付けられた魔道具なので元手はタダなのですが、そこまでアマオウ様が仰るならお願いしないわけにはまいりませんね。ねえルラ?」

「ーーあ、そういう事ね。あんまり魔王城跡地から離れられないから困ってたけど、アマオウ様なら何とかなるか。さすがラル」

「待て待て、元手がタダのものでそんな恩を着せようと……いや、分かった。そんなあからさまに泣きそうな顔をするでないわい……久方振りの再開じゃ。存分に甘えてくれればよいぞい?」


喜ぶラルとルラの姿を見ておると、昔のような無理難題も今なら笑って受けてやろう。

そう思えてしまうジュジュも、やはり六百年振りの再会に確かな喜びを感じているのじゃろうのーー


▲▲▲▲▲


「訂正じゃー!! なんちゅうお願いをするんじゃあの姉妹は!!?」


魚鱗状の雲が広がる青空の下、寒さによって色あせた緑の草原でジュジュはそう叫ばずにはおられなかった。


ーー巨大な魔界牛らしきモノの上で。


「でかい! 臭い! 魔法耐性強すぎて水魔法で洗えない! あとやっぱり臭い!!」


手には柄の長いブラシと水を貯めておけるボール状の魔道具。長靴と手袋をはめ、水を掛けたら掛けた分だけ茶色い水として変換するその作業は牛のまだ背中しか洗えておらず、茶色く汚れている部分はまだまだ多い。

そんなジュジュの気持ちを知ってか知らずか、背の上に乗られている牛は気持ち良さそうに「ブモ〜」と鳴き声をあげた。

一体全体なぜこんな事をしているのか……少し前、空中庭園でラルとルラにお願いされた事を思い出してみた。


『今から百年ほど前、魔界牛の牧場でボス牛の世代交代があったのですが、その時に血気盛んな若い牛数頭が逃げてしまいまして』

『魔界牛は乳牛専門の種類として雌しかいないように交配してるから、種牛のいる牧場に戻らないと子孫残せなくて自然淘汰されると思ってたんだけど。どうやら牛型の魔獣と子供作っちゃったみたいでね〜』

『生態を確認できたのがここ数年の間の話です。見つけられたのも、牛頭人体の見たことのない魔人族が牧場に迷い込んできたからで……どうやら百年経った事で、一部が突然変異で知性を持ったようでして』

『〝森の奥深くに住む、我らは誉れ高い獣性魔人族のミノタウロスだー!!〟 ってな具合ね。ぶっちゃけ殲滅するのが楽ではあるんだけど、魔人族はすべからく保護するのが魔王軍(ウチ)の方針だったから迷ってたの。そこにアマオウ様が来たってわけ』

『保護や権利を求めているんですが、彼らが住む場所はここから数十ゾン離れていて、いや、転移魔法で移動出来るんですが……ちょっと臭くて』

『うん、臭い。ほんっとうに臭いの。他の魔獣に襲われないための知恵なんだろうけど、私達はもう二度と関わりたくない』

『『ーーというわけでよろしくお願いします!!』』


「よし、回想という名の現実逃避終了!! う、叫んだら更に匂いが鼻に……」


風魔法で匂いを飛ばそうにも魔法耐性が強すぎて並みの魔法では受け付けぬ。ならばと周りの空気を飛ばそうにも、ここら一帯が臭いのじゃから手間が恐ろしいほど掛かってしまう。

しかも本人……本牛? 達はこの匂いのおかげで襲われないと本気で思っておるから始末が悪い。

洗って綺麗になった肌を見るに、普通の魔界牛とそう大差はないような気がするのじゃがな。

しかしジュジュの魔法すら跳ね返す魔法耐性の高さや、こちらの言葉を理解している風の反応など、高い知性を合わせるとこちらも魔界牛とは別種に進化しておると考えてよいじゃろう。

ちなみに魔界牛の肉は不味くて食いようがない。栄養をその分乳にいくように改良されておるからの。その代わり牛乳は抜群の味と栄養を有し、ジュジュのお菓子作りでも重宝しておるのじゃが……


「知性を持ったゆえか、臭さに耐えられないから何とかしてくれなど本末転倒もいいとこじゃの……しかしまぁ、魔界牛の牛乳を超えるミノタウロス乳も貰えるそうじゃし頑張らんわけにはいかんな!!」


そう意気込んでブラシで洗うのを再開する。が、いかんせん洗い手の数が足りないの。

リメッタはそもそも付いてこなかったし、セバスチャンはミノタウロスに会いに行かせておるし(普通ジュジュが会いに行くほうじゃないかの?)、さてどうするか。


「待てよ……臭いならそれを感じないモノにやらせればよいのでは? さすがジュジュじゃ!!」


思いついた名案に、意気揚々とジュジュは召喚魔法陣を構築するのじゃったーー


▲▲▲▲▲


幽体魔人族は基本的に身体を持っておらぬ。魂なき物に宿り同一化する事で自我を得るちょっと変わった種族である。

ヒトコロくんの場合は死体に。ガンダダンの場合は鎧にといった具合じゃの。

そんな幽体魔人族じゃが、種族固有のスキルは『憑依』となっておる。

憑依には個々の才能が如実に現れ、石ころまでの大きさしか憑依できないモノ、城の大きさでも憑依できるモノ、また、一種類の鉱物にしか憑依できないモノなど挙げていけばキリがない。

さて前置きが長くなったが、先ほどジュジュが呼び出した幽体魔人族の『ナビビス』というモノ。

こやつはどんな物にでも憑依できるほどの才能を持っており、中途採用ながら魔王軍兵長補佐までのし上がった出世頭じゃった。

たまに調子に乗った物言いすぎてグルルンルンにフルボッコされておったが……


「ど、どいつもこいつも、この六百年の間に何があったというのじゃー!!!!? って臭ぁ!!」


そう叫んでしまうジュジュの目の前には、ヒトコロくん並みの筋肉を有してピンク色のタンクトップとホットパンツを着た、ガチムチ系おっさんが横たわっておるのじゃったーー


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お菓子作りのアマオウ様〜魔王は転生して気ままにお菓子を作りたい〜 フィリップ心太 @sinta1219

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