第38話

そう言った瞬間、ヒトコロくんの被り物の顔がニヤリと笑ったーー気がした。


「ヒトコロくんは何の事か分からぬが、まぁ良い! とりあえずぶら下がるか童よ!!」

「生前の己の身体にぶら下がるのも一興か……いや普通に考えて無しじゃろ。しかし筋肉の付き方がエグいくらい凄いの、ほんとにジュジュの身体だったのかの?」


なんか急に不安になってきたが、ヒトコロくんはというとポージングを決めながら「オハハハ!!」と豪快に笑う。

その笑い方、やっぱりジュジュの身体じゃな。


「もしかしてセバスチャンが会いたいと言っておった無二の友人とは、ヒトコロくんの事なのかの?」

「ヒトコロくんはサプライズゲストのようなものなので、会えなくても構いませんでした。アマオウ様のご遺体は首のない状態で〝奪還〟しましたので、あの身体を動かしているのは被り物型の人造人間(ホムンクルス)、それと名も無き幽体魔人族です」


『奪還』という言葉に、思わず眉根が寄ってしまった。


「奪還ーーか。深くは聞かん事にするぞい。しかしこの様子じゃと人造人間(ホムンクルス)と幽体魔人族の魂が混ざりすぎて別人格ーーいや、自分の事をヒトコロくんじゃと信じて疑わぬ人格が形成されておるようじゃの。まぁ名も無き幽体魔人族は意識のない赤ん坊みたいなものじゃから問題はないと思うが」

「そろそろ腕がキツくなってきたんじゃが? 童はヒトコロくんの腕にぶら下がりたくないのかの?」


なんかキャラクターが立ちすぎて、ちょっと残念な感じの性格になってる気がするんじゃが?


「あの、会長?」

「ああ、すみません言及を忘れておりました。ここで聞いた事、見た事全て他言無用です。これは会長命令であり元魔王軍最高幹部としての〝お願い〟でもあります」

「ひ、ひいいいい!!?」


完全にお願いというより脅しになっておるのじゃが、後で記憶を消してやったほうが良いかもしれんの。

耳を手で押さえ固く目を閉じたツアーガイドに同情の目線を向けた後、改めてヒトコロくんを見やる。

転生の際、魂に付随する記憶や魔力は残らずジュジュに流れてきておる。なので身体に残っているのは残りカスほどの記憶と魔力、異常なほどの対物・対魔耐性くらいのものじゃ。

仮に魔法で蘇らせたとしても、それは周りにおる名も無き幽体魔人族を取り込んで動かしておるだけで、魔王ジュジュアンとして蘇るわけではない。

それは分かっておるのじゃが、やっぱり変な感じじゃの。


「そういえば昔、己の魂を分け与えた人造人間(ホムンクルス)と暮らしていた錬金法師が自己を崩壊させた話があったの。この状況、もしやジュジュもそうなる可能性がーーいや無いな」

「私の好きな異世界のニッポンではドッペルゲンガー現象と言われております。また過去の自分や未来の自分と会ってしまうとタイムパラドックスが起きるなど、SF作品でも多様性に富んだ使われ方をしていますね」

「どの世界でも似たようなものはあるんじゃよの〜。確かに自分の分身がいたら楽は出来ると思うが、ジュジュは自分の顔を四六時中見るなぞ耐えられなさそうじゃわい」

「複数体のアマオウ様……普段着、フリフリワンピース、ゴシックメイド服、フォーマル執事服……くっ、なんて夢のある話なのでしょう!!」

「訴えるぞおぬし」


ちなみに魔界の弁護士とはドラゴンの事である。だいたい五百年以上生きた個体が暇つぶしにやり始めるが、もちろん仕向けたのは魔王時代のジュジュじゃ。

解決方法は法律など無いので実力行使(ドラゴンブレス)じゃがの!!

ーーん? もしや魔王時代のジュジュも脳筋だったりする?


「まぁ話はだいぶ逸れたが、時にヒトコロくんよ。おぬし何か昔の事を覚えておったりするのかの?」

「ヒトコロくんは何も覚えてないぞい? じゃがそれでも構わん! なぜならここで、将来のある童共を楽しませているだけで幸せじゃからの!!」

「誰かの笑顔が好きなのは、わずかながらジュジュの想いも残っていたのやもしれんな……うむ! 何だかんだ面白いものが見れた!! 良いサプライズじゃったぞツアーガイド」


そう言って風景と化していたツアーガイドを褒めると、彼女は涙を流さんばかりに瞳を潤ませた。まぁどこかしらでフォローしないと、さすがに可哀想じゃからの。

ヒトコロくんとはここで別れ(最後までぶら下がる事を強要してきおった。あの頑なさは何なのじゃ)、エントランスホールに戻るとリメッタが渋面よろしく立っておった。

クリームはどこかに行ったのか分からぬが、気づいたら戻ってきておるので無視してよいじゃろう。


「そんな表情では、せっかく顔だけは良いのに台無しじゃな」

「うるっさいわね……それより終わったの?」

「うむ。ヒトコロくんとの出会いは中々楽しめたぞい。おぬしも思うところがあるじゃろうが、ジュジュが気にしておらんのじゃ、いつまでもヘソを曲げるでない」

「この件について謝る事は出来ませんが、戻ったら精一杯のご奉仕をさせていただきたく思います」


そう言って慇懃に腰を曲げるセバスチャンに、先ほどよりは険の取れた目線を向けるリメッタ。

と、盛大にため息を吐き「分かったわよ」と銀髪をかきあげながら呟いた。


「魔人族(あなたたち)の考え方は到底納得できないけど、理解はできる。アマオウ、戻ったらアレ作ってアレ! 色とりどりのどら焼きみたいなの!!」

「多分マカロンじゃと思うが、おぬしそろそろ本格的に節制を覚えんとマズくないかの?」

「そういうのは明日からやるわ!!」


大体そう言うやつはいつまで経ってもやらないんじゃがの。


「さて、ではツアーの締めくくりである空中庭園じゃの。宝物庫の中身も地下の保管庫というのに移しておるのじゃろう?」

「はい。人族が攻め入った時に見せかけ用の金銀財宝は残しましたが、価値ある魔道具などは全て別次元に隠しており、後に保管庫に移動させました。おそらくですが、探せば金目の物もいくつかあると思われます」

「別次元への物の出し入れは転移魔法でも上級魔法に属するが、はて。そんなもの使えるモノが魔王軍にーー」


話しながら転移魔法陣に乗り、見覚えのある空中庭園が視界いっぱいに広がった時ーー「あ」、と思い出した。

魔王軍に所属はしていなかったが、確かに居た。

転移魔法を悪戯目的にしか使わない、当時まだ幼いだけであった風棲魔人族(エルフ)の双子の姉妹が。


「「ーーああっ!!!!」」


次いで、思い出した記憶より少し高いが聞き覚えのある二つの声が聞こえ、周りの花壇や木々がザワザワと騒ぎだす。

風の唸るような音がした直後ーージュジュの前と後ろに『突然』柔らかく良い匂いのする壁が立ち塞がった。


「「アマオウ様!!」」

「……うむ、久しぶりじゃの。ラル、ルラ。よ、よく成長しておるようじゃの」


転移魔法を使わせたら風棲魔人族(エルフ)の中でも指折り。ただの生意気盛りの子供じゃったラルとルラ。

そんな二人の成長した豊満な肉体に視界と身体を挟まれながら、ジュジュは上ずった返事を返すくらいしか出来なかったーー


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