第37話
「こちらがかの有名な大書庫になります。歴代魔王が集めた世界各地の魔法書、呪法書、神魔法書、あとなぜか農業関連の書物や異世界言語で書かれたレシピ本などもありますが……と、とにかく価値の付けられないものが数多く蔵書されています。といっても書架にあるのはレプリカなんですがーーあ、無断で本を開かないようにしてくださいね? 噛んだり唾をかけられるならまだ良いですが、過去に呪法で虫に変えられたモノもいましたので」
ツアーは思っていたよりも順調に進んでいき、今ジュジュ達が居るのは三階の大書庫の中になる。
途中まで涙目で案内していたツアーガイドも落ち着いたのか、今はハキハキした様子でガイドを務める。
大書庫は入口から入ると出口まで一本の廊下が続いており、左右に書架が浮かんでいる歪な構造をしておった。
周囲はまるで夜空のような色合いをしておるが、この一本の廊下と書架に掛けられた梯子以外は空間が歪んだ『穴』みたいなものじゃ。
それは集めた書物の力が強すぎて起こっておる事象なのじゃがーー見た限り、そのレプリカというのは一千分の一ほどに力を抑えられておるようじゃな。
昔と同じ部屋の構造にしておるが本当に空間が歪んでいるわけではなく、演出のようなものじゃろう。
ちなみに農業関連とレシピ本を集めたのはジュジュじゃ。異世界が存在するというのは魔界じゃと公然の事実じゃから見られても別に構わんが、書架で見つけた時は驚いたじゃろうの。
「本物の本はどこにあるんじゃ?」
「この魔王城を改装した時に地下数十ゾンに保管庫を作っており、そこにいらっしゃる会長や元魔王軍の方々で貴重な物は運び込んだそうです。保管庫には障壁魔法が常時展開していますので、盗みに入られる心配はありません」
「さらに付け加えるなら、固有の転移魔法陣を使わないと保管庫には辿り着けませんし、私が持つ鍵がなければ開く事はできません。なのでご安心ください」
「す、すいませんっ!!」
フォローをしたセバスチャンに慌てて頭をさげるツアーガイドを尻目に、ジュジュは一番近くの書架に置いてある本を見やる。
梯子や書架以外の場所を普通に歩くジュジュを見て、ツアーガイドが何とも言えない顔をしておった。
何でこんな内装か説明したかったのじゃろうか? けど小さい子供なら説明など聞かず走り回りそうじゃし、言うならもっと先んじて言わねばならんじゃろうて。
「これは異世界にあるフランスの北西部、ブルターニュ地方のお菓子をまとめた本じゃな。ブルターニュ地方といえば塩キャラメルやクレープなどが有名じゃが、それ以外にもバターをたっぷり使ったガレット・ブルトンヌや表面を真っ黒に焼いたトゥルトー・フロマージェなど、美味しいものがいっぱいあるので有名じゃよの。う〜む、見ておったら作りたくなってきたの」
「魔石と簡易キッチン、一通りの食材は収納袋に用意済みですがいかが致しましょう?」
「いや、ツアーガイドがガチ泣きしそうじゃし止めておこう。ほれ、移動するぞい! リメッタも食い入るようにレシピ本を読んでないでこっちに来るんじゃ」
下手すれば食いつきそうなリメッタの襟首をむんずと掴んで大書庫を後にする。
その後到着したテラスでは休憩用にお菓子や飲み物が用意されており、ちょうど喉の乾いておったジュジュは有難く貰う事にした。
同じく無料のお菓子に飛びかからんばかりのリメッタとクリーム(お菓子の匂いで出てきおった)をセバスチャンに抑えさせながら人心地ついておると、テラスの端のほうが俄(にわ)かに騒がしい事に気づく。
何事かとそちらを向けば、城に入る前に見た幼年式前の子供らに囲まれたーー『筋肉』が、あった。
ーーーーは!?
いかんいかん、あまりの事に語彙力がどこかへぶっ飛んでしまったぞい。
よくよく見れば、それは子供の胴回りほどの太さを持つ腕を備え、その腕に子供をぶら下げておる。
タンクトップを着ていても分かる見事に割れた腹筋には子供が楽しそうにパンチやキックをし、まぁ、子供から大人気なのじゃろうと思われる。
まるっきし不審者じゃがの。
反対側を向いておるが、首から上は妙に大きな被り物をしておりーーと、その被り物の顔がこちらを向く。
向いて、しまった。
「ん? なんじゃ童(わっぱ)共。この〝ヒトコロくん〟の腕にぶら下がりたいのかの? 順番を守っておればグルグルぶん回してやるからの!!」
「ってぇぇ全然イメージ違うんじゃがーー!!!!?」
なんで頭だけ被り物なんじゃヒトコロくんッ!!?
せめて! せめて全身着ぐるみにするんじゃ!?
なんじゃあの筋骨隆々な身体!? あれじゃと百人中百人とも不審者と思うじゃろ!!?
しかも被り物の顔は可愛いデフォルメのものじゃし! 身体との差が明確すぎて恐ろしさに拍車を掛けておるんじゃが!!?
「……セバスチャンちょっと話がある」
「ヒトコロくんの今の見た目は元魔王軍幹部の総意ですのでクレームは受け付けておりません」
「くっ、先手を打ってきたか……というか他のモノもあれで良いと思ったのか。やはり脳筋ばかりでなく頭の良いモノも入れておかねばならんかったのっ」
というかあんな不審者、普通なら引率の先生あたりが泣きながら子供の盾になりそうな感じなんじゃが。
何であそこの先生はまるで微笑ましいものを見るように座ってお茶を飲んでおるんじゃ。
逞しい。魔界の住民、思っている以上に逞しすぎる。
「……なに、あれ」
「リメッタもそう思うじゃろーーどうした? 顔色が悪いぞおぬし」
精一杯絞り出したという掠れた声にそちらを向けば、リメッタはワナワナと震えながら顔面蒼白で立ち尽くしておった。
心配になり声をかけるが、まるで信じられないものを見るような目はヒトコロくんに固定されたまま。
「…………最高にくだらなくて、最低におぞましいわね。人族も、魔人族も」
「あ、どこ行くんじゃ!?」
「先に帰るわ。クリーム、あんたが道案内しなさい」
「ニャア!? 御使いづかいが荒い神(ヒト)だニャっ!?」
首根っこをむんずと掴まれて文句を言うクリームを尻目に、リメッタはテラスから出て行きおった。
その際、それこそ殺意さえ込められた視線をセバスチャンに送くる。
と、すぐさま戻ってきてお菓子を持てるだけ持っていきおった。
神族のくせにセコい……
「うむ。あやつがなぜあそこまで怒っておるのか大体理解しておるが、その事について何か言う事はあるかの? セバスチャン?」
「いえ。私は必要だと思った事をしただけですので、責められる謂れはないと思っております」
「ジュジュも初めて見た時は驚いたが、確かによくよく考えたら無駄のない再利用方法じゃとは思う。あやつの別種族嫌いは今に始まったわけではないが……まぁ、〝ジュジュの為に〟怒ったと思えば可愛らしくもある。後でリメッタの好きなお菓子でも作って、一緒に謝りに行ってやるぞい」
「アマオウ様にご迷惑をおかけして、面目次第もありません」
「おはは、今更こんな事で気にするでない。さて、さっきから蚊帳の外じゃったツアーガイドよ。ヒトコロくんの周りもだいぶ空いたようじゃし紹介してもらえるかの?」
リメッタが出て行った時に右往左往していた(セバスチャンが追わなくてよいと指示しておったの)ツアーガイドの案内でヒトコロくんの間近まで行けば、その異様な雰囲気がありありと伝わってくる。
ーー同時に、ジュジュは確信を持ってこう言える。
「六百六十六年振りじゃの? ヒトコロくんーーいや、〝魔王ジュジュアンの身体〟と、そう言ったほうが良いかの?」
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