第36話
「おははははぁぁぁぁ!!!!」
「いーーやーーっ!!!!?」
中にあるハンドルを回す事によって回転するカップ型の遊具で、ジュジュとリメッタは子供のごとくハシャいでおった。
……うむ。子供が遊ぶのに大丈夫か安全確認のために乗ったつもりが、まさかこんな罠があるとはの。
やはり精神が肉体年齢に引っ張られておるようじゃ。
まぁ楽しいから良いんじゃが!!
「アマオウ! 今度はアレに乗りましょうよ!!」
「おぉ! アレは異世界の遊園地で有名なジェットコースターではないか!! なにやら先頭の顔が引き潰された蛙みたいでキモカワじゃが、よし行くか!!」
フラフラと覚束ない足ながら、リメッタも楽しそうにジェットコースターのほうを指差しておる。
先ほど悲鳴を上げておったくせに顔は笑っておったからの……こやつ、なかなかの怖いもの好きと見たぞい。
街の入り口から匂いのしておったアマオウ焼き(ほぼたい焼きじゃな)や串焼き、ケバブ、ホットドッグ、クレープなどなど。
異世界の食べ物展覧会の様相を呈しておるエリアを十分に堪能し、そこからさらに進むと異世界の遊園地も顔負けの遊具が所狭しと設置されておった。
露店も行商人もまだまだ続き、魔王城の入口まで途絶える事がなさそうじゃ。
ーー今いるこの街。魔王城周辺の森を開拓し、そうして完成した街の名は『ゼグロシア』。魔界の古い言語で『墓』の意味じゃな。
おそらくジュジュの墓という意味なのじゃろうが、名の意味を知っていてもここは墓などには見えぬ。
それは、とても良い事じゃ。
死んだ魔王に囚われた鎮魂の地ではなく、乗り越え未来に進んだ笑顔溢れる地。
それでこそ、ジュジュの愛した魔界の住民達じゃ。
「まぁ、ちと逞(たくま)しすぎるところもあるがの〜」
「アマオウ様」
と、ここまで無言で見守っておったセバスチャンが声をかけてくる。先ほど言っていたツアーの開始時間になったのじゃろう、セバスチャンの後ろにはツアーガイドと思わしき女性が立っておった。
「ままま、まさか〝会長〟自らがツアーの視察をなさるとは! 拙いとは思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!!」
「ははは、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。あなたは新人ツアーガイドの中で一番人気だと聞いております。その腕前をいつも通りに発揮してくださればそれで良いのです」
……なんか会長とか不穏な呼び名が聞こえた気がするのじゃが。
アマオウ焼きもセバスチャン公認と謳っておったし、まさかこのツアー企画も?
「ニコッ」
「いやニコッて言葉で言われてもの。あと笑えておらんし無表情じゃしーーまぁ良い。リメッタ、ジェットコースターは後にして先にツアーに行くとするぞい」
「でも〜」
「でももしかしも無しじゃ。さて、それではツアーガイドさん、案内を頼むとしようかの?」
「え、あ、はい!!」
一瞬『会長の息子!?』みたいな表情しておったが、うむ、違うからの?
それに気付いて嬉しそうにプルプル震えておるセバスチャンも、違うって分かってるはずじゃよの?
「ジュジュ達は三人だけで見学するのかの?」
「はい。私が職権濫用してそのように手配いたしました。もし先ほどの幼年式前の子供らと一緒になってしまったら大事ですので」
「おはは。さすがにあれほどの子供に何を言われてもジュジュは動じんぞい。セバスチャンだって子供の言う事じゃし、耐えねばならんぞい」
「いえ無垢な子供と楽しそうにするアマオウ様を見たら尊死(そんし)してしまいそうでしたので」
「改めて思うがこの六百年何があったんじゃおぬし!!?」
そんなこんなで遊具コーナーを抜けて、今は懐かしい魔王城の城門前へとたどり着く。この城門、本来はぐるりと城を取り囲む城壁に繋がっておったんじゃが、あるべきはずの城壁は瓦礫の山と化し、門だけが取り残されておった。
補修はしていないようで魔法の傷や錆びた剣、巨大な矢などが突き刺さりここだけ異様な雰囲気を醸し出してある。
うむ、まさに激戦のあった魔王城跡地に相応しい威容じゃの。
「それではこちらの城門をお潜りください」
「うむ? 見るだけではないのかの? このまま歩けば中庭を抜けて、魔王城の正門などすぐじゃぞ?」
ちなみにここから見える中庭も中々凄惨な跡が残っておる。
「それがですね……実はこの魔王城の周囲ですが、とても強力な転移魔法が掛けられているのです。この城門の門内は安定しているのですが、例えば崩れた城壁部分から入ろうとしたら半径五ゾン以内に転移させられてしまいます」
「転移魔法、とな? はて、そんな気配は微塵も感じぬがの……セバスチャン。その転移魔法はいつ頃からあるものなのじゃ?」
「勇者一行が城内へと入り、人族の軍が半分ほどその後に続いた時でしょうか」
「六百年以上も発動しておるのか!? うぅむ、前世のジュジュなら出来なくもないが、しかしジュジュは転移魔法など掛けた覚えはないぞい?」
首を傾げながら城門へと手を伸ばした時ーー「待つニャ!!」という声と共に、白い物体がジュジュの手を払いのけた。
そのまま一回転してシュタッというよりドスンッと地面に着地した『それ』は、鼻息荒くジュジュを指差しておる。
「アマオウ様はこれに触らないほうが良いニャ! クリームのヒゲがビンビンそう言ってるニャ!!」
「クリーム……おぬし、太ったの〜〜」
「わああああそれは言わないでほしいニャアア!!!!?」
目の前にいるクリームーー大神アンドムイゥバの御使いである妖精猫(ケットシー)は、会ってから数日しか経っておらんのにそれはもう丸々と太ってしまっておった。
何でもジュジュの作るお菓子は魔力の量が尋常じゃないらしく、魔力の吸収性が高い妖精猫(ケットシー)からしたら正にカロリー爆弾!!
結果、数日で子猫からデブ猫になってしまったわけじゃな。
さて、そんな変化をしてしまっておるクリームじゃが、今までどこに居たかというとセバスチャンの胸ポケットの中じゃ。
無くしてしまったらしい白バラの造花の代わりにとか言っておったが……まぁ、一種の収納袋のような感じじゃったし死ぬ事はないじゃろうと放っておいた。
マグィネ霊山の時は留守番してもらっていたからの、今回は付いてきたかったんじゃろ。そう考えるとダイフクも連れてきてやりたいが……ドラゴンは中々難しいからの。
せめて人化魔法を覚えれば何とかなるんじゃが。
「と、そうじゃった。クリームよ、なぜジュジュがこの転移魔法に触れるのを止めるのじゃ?」
「この城門からよくない気配がするからニャ。我が主から神通力を頂いて数百年、これほどまでにヒゲがビンビンするのは初めてニャ」
「そのヒゲがビンビンするがよく分からないんじゃがの……セバスチャン、リメッタ。おぬしらはどう思う? ジュジュは触っても害は無いと思うが、クリームは大神の御使い。ジュジュには分からぬ危険を察知しておる可能性もある」
「う〜ん、私も特別嫌な気配とかはしないわよ? ちょっと背筋に悪寒が走るけど……確かにこの転移魔法の継続魔力とか気になる部分はあるけど、セバスチャンと違ってすぐ気付いたわけじゃ無いし、あと、転移させられたとしても何だかんだ害は無いからね」
「嫌な気配というものかどうかは分かりませんが、おそらくクリーム様が仰っているのは無作為転移の事ではないでしょうか? それならば運が悪ければ大型動物や魔獣、沼の上に落ちるなど危険な事もありますので」
「う〜むむむ」
たったそれくらいでジュジュが危険に陥るとは考えにくいが、クリームの勘違いなのかの?
それに『城門付近から』嫌な気配がするというのもおかしな話じゃ。
それじゃとまるで城壁と城門内に掛けられた転移魔法が別物で、転移魔法が複数掛けられているようではーーと。
その時。
「んむ?」
「どうされましたアマオウ様?」
「いや、なんでもない……」
ほんの微かじゃが、懐かしい魔力の気配が風に乗って髪を揺らした。
これはーー月の女神三姉妹が長女、大神アンドムイゥバに次ぐ力を有しておる『ローアルナ』の魔力かの?
風の吹いた方向を見れば城門の前にツアーガイドの女性。
セバスチャンに抱えられたクリーム。
まだ買っていたのか串焼きを頬張るリメッタの姿。
リメッタから流れてきたのなら何となく納得がいくが、なぜじゃろうか。
その魔力を感じた瞬間、ズキリとーー胸の奥を鈍い痛みが突いてくるのは。
(色々考えておったが、なんか〝急にどうでもよくなったの〟)
「考えてもどうにもならんの。よし、潜るぞい」
「クリームはどうなっても知らないニャ! って無理矢理ポケットに突っ込まないでほしいニャよ!?」
「え、え〜と……ではしゅっぱ〜〜つ!!」
先ほどからずっと目を白黒させておったツアーガイドを先頭に、ジュジュ達は城門に掛けられた転移魔法を潜るのじゃったーー
▲▲▲▲▲
城門を潜った瞬間、浮遊感と立ちくらみを覚えーー気づけばそこは城内のエントランスホールじゃった。
中央に鎮座する初代魔王の石像、後ろには幅の広い階段と、壁に掛けられた歴代魔王の肖像画。
毛先の長い絨毯が終わりの見えぬ廊下に敷かれ、エントランスホールを中心として左右に伸びておる。
「城内は昔のままのようじゃの」
「攻め込まれる前から状態保存の魔法を定期的に掛けていましたので。初代魔王像や肖像画に斬りかかる人族の兵士もいましたが、この魔法は仮にアマオウ様の中規模魔法でも傷が付く事はありませんよ」
「……まさか国庫の魔石を?」
「はい。奪われるくらいならと有効活用しております」
「う、うむ奪われるくらいなら良いと思うが。確か戦略級魔法兵器で世界を三度滅ぼしてもお釣りがくるくらい魔石はあったはずじゃが……」
「もちろん全て有効活用しておりますよ」
「……そりゃ、ジュジュの大規模魔法でも壊せんと思うぞい」
魔石の使いどころが納得できかねるが、まぁジュジュが死んだ後の決定権はセバスチャンが持っておるからの。
どうやら内装はほとんど弄っておらんようで、記憶にある形のまま残されておる。中までピンク色をしておったら目にも悪そうじゃものな。
ツアーのスタートはこのエントランスホールとなっており、そこから時計回りに一階を周り、二階と三階は大書庫やテラスなど要所だけにして、魔王城の遥か上に作られた空中庭園に魔法で飛んで終わりだそうじゃ。
空中庭園、というか完全にジュジュの趣味丸出しの家庭菜園なんじゃがなあそこ。しかし今でも無事に残っておる事は素直に嬉しいの。
「それでは私について来てください! あ、ジュジュアンくんとリメッタちゃんには案内パンフレットを渡しておきますので、道に迷ったらそこに書いてある魔法を発動して呼んでくださいね?」
明らかにジュジュ達の事を子供扱いしておるが、まぁジュジュは見た目通り子供じゃから仕方ないの。リメッタはロリババ……おぅ、めちゃくちゃ睨まれたぞ今。勘が良すぎじゃろう。
と、このパンフレットにもヒトコロくんが書いてある。
これってあれか? 異世界のゆるキャラとかそういった位置付けだったりするのかの……魔王城のゆるキャラ、ヒトコロくん。
うぅむ、何か微妙じゃ。そもそも名前からして物騒極まりない。
「ジュジュアン君はヒトコロくんが気になりますか? んふふふ〜、後でサプライズがありますから期待しててくださいね!!」
ツアーガイドが含み笑いをしながらそう言ってくる。が、この話の流れでサプライズとなるとまさかヒトコロくんご本人……い、いや。さすがに着ぐるみまで用意とかしないじゃろ。
そう信じとる! 信じとるからの!!
「ヒトコロくんやっべー!! まじやっべーー!!!!」
「大きかったねー!! 〝ヒトコロくんにかかれば人族なぞ一捻りじゃ〟って格好よかったねー!!!!」
…………後ろの方から激しいネタバレが聞こえた気がしたが、今は気にしない事にする。
ちらりとツアーガイドのほうを見れば、ガタガタ震えながらセバスチャンを見ておった。
だ、大丈夫! アクシデントのようなものじゃしセバスチャンも許してくれるぞい、きっと!!
た、多分……おそらく、じゃが。
そんなこんなで、何とも微妙な空気のままツアーは始まったのじゃったーー
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