第35話

炎帝鳥ホロアとの死闘から数日が経ち、ジュジュはスイートドラゴンのダイフクに生えた小屋へと戻り、リングドーヴ達に作ってもらった耳飾り『ホロアの羽根飾り』の効果確認をしておった。

ーーまぁ、つまりはお菓子作りに明け暮れておった。

今日は趣向を変えて湖畔の近くで作ってみようとセバスチャンに提案され、ピーカンの晴れ空の下、簡易キッチンを広げてシュペンタとフランスのパイ風焼き菓子ジェズィットを作っておる。


「……相変わらずどうなってるのか分からないわねこの空間は。湖も山も青空もあるなんて、実はどこかに転移してるだけなんじゃないかしら?」

「別にジュジュはそれでも構わんがの。本格的に調べようとしたらダイフクに痛みを強いてしまうし、多少の謎を残しておくのも面白いというものじゃよの」


季節としては寒い季節になりかけくらいじゃが、ここの気温は春の陽だまりを思わせる暖かさじゃ。そんな陽光(空には太陽っぽいものが浮かんでおる)を手で遮りながら、イスに腰掛けるリメッタは呆れた表情で湖を見ておる。

微風が水面を撫ぜ、魚が跳ねてわずかな波紋を残す。鏡面を思わせる何とも穏やかな水面ーーと思ったのも束の間。

バシャァァン!! と巨大な『何か』が大量の水しぶきをあげながら水面に現れおった。


「獲ったどーー!!!!」

「分かった、分かったから。どうどう」


真っ黒い針金のような体毛を生やす、巨大な顔に短い手足の水棲魔獣ポラプラ。水面に浮かんでおるその横顔を土台にして、セバスチャンが銛を片手に雄叫びをあげておるので諌めてやった。

しかしこんなものすら居るのかこの湖……水辺近くでピクニックとかしててよく大丈夫じゃったの。


「これは失礼しましたアマオウ様。どうやら少しテンションが上がってしまったようです」

「テンション上がっても無表情なのはさすがとしか言い様がないがの。それよりこの湖にこんなモノが居たら魚は居なくなってしまうじゃろう?」


ポラプラの横顔から地面に跳んだセバスチャンが、完全水耐性の燕尾服を二、三度はたいて乾かし(それだけで乾くとかどんな素材じゃ)銛を収納袋に戻すと、代わりに解体用の細長い刃物を取り出した。


「ご心配なく。これらも配合を繰り返して生み出した水中の藻しか食べないポラプラでございます。むしろ魚類は巨大なポラプラの口の中に住み着いたり身体にいる寄生虫を食べたりと共生しておりますよ」

「こんなにワイルドな顔をしておるのに草食なのかこやつ……」


生えていないのじゃが、目力の強いポラプラを見ておるとぶっとい眉毛が見えてくるようじゃ。と、そんな事をしておったらジェズィットが焼きあがったようじゃな。


「さて、フランスの焼き菓子であるジェズィット。フィユタージュというミルフィーユ等にも使うサクサク生地に、アーモンドプードルとバター、卵、砂糖を混ぜて作ったクリームをたっぷりとサンドして焼き、グラスロワイヤルを塗ってもう一度焼き上げたものじゃ。グラスロワイヤルは卵白と粉砂糖を混ぜた食べられる接着剤と思えばよいぞい。このお菓子、由来はイエズス会の神父の帽子の形だそうじゃ。イエズス会は別名ジェズィット教団とも呼ばれており、かの有名なフランシスコ=ザビエルが所属しておった男子修道会として有名じゃよの。まぁ異世界の宗教など知ってどうというものじゃが、そんな由来のお菓子を異世界の女神が食べてると思うとの〜」

「ふぁによ?」

「……いや、何でもない。あぁほれ、パイ生地がボロボロ落ちておるじゃろうが。まったく世話の焼ける女神じゃのお主は」


完全に手の掛かる子供のようなポジションになってしまっておるリメッタじゃが、ジュジュのお菓子を食べ過ぎたせいか最近お腹がちょっと膨れておるらしい。

確かに高カロリーのものをポンポン作ったし、こやつも考え無しに食べておったからの……しかし太った女神とは。

なんか可哀想じゃの。今夜のご飯は大豆を使った肉料理モドキにしてもらうよう、古城のメイド達に伝えておくかの。


「そしてさっきから生臭い匂いを漂わせながら解体を続けておるセバスチャンよ。ポラプラを獲ってきた理由は何じゃ? ジュジュの記憶が確かじゃと、そやつあんまり美味しくなかったはずじゃが……」

「美味しくないの? なら私はパスね」

「リメッタ様、食いしん坊キャラの美少女が成立するのは二次元の中だけでございますよ。このポラプラは手土産にございます、アマオウ様」

「手土産とはーーあぁ、今向かっておる場所に誰か居るのかの?」


解体の手を止め、どこか遠くを見るような寂しげな視線で、セバスチャンは「はい」と答える。


「私にとって無二の友人と呼べるモノが、そこにーー〝魔王城跡地〟に居るのです」


▲▲▲▲▲


イラリアトムの王城をものの見事に破壊した事で、修理費を出すとイラリアトム王ーーカレアに約束をした。じゃが今のジュジュがそんな大金など持っているはずもなく、セバスチャンに相談したところ、魔王城の宝物庫ならまだ何か残っているかもしれないそうじゃ。

……ジュジュが勇者に倒された後、残っておった魔王軍の面々には魔王城を捨てて逃げろと命令しておいた。

死んだモノの為に死ぬなど馬鹿のやる事じゃしの。ジュジュの望んだ平和とは程遠い考え方じゃ。

なので、セバスチャンも魔王城跡地と言っていたように、魔王城は廃墟になっておるか形は残っていても人族の軍隊に荒らされまくっておるじゃろうと……そう、思っておったんじゃが。


「はーい、それじゃあ皆さんこれから〝魔王城見学ツアー〟を始めまーす。おトイレに行っておきたい子がいたら先に行っていてくださいねー」

「おかあさーー違ったあ。せんせえ〜、ミワちゃんがトイレ行きたいって〜」

「はいはーい。他にもおトイレに行きたい子がいたら手を上げてねー」

「……な」

「よってらっしゃい見てらっしゃい! これが我らが魔王アマオウ様を首チョンパした勇者の剣、〝勇光剣(ゆうこうけん)〟メブンディルのレプリカだよ!! あ、そこの仲良さそうなカップル、彼氏がこの剣を持ったらきっと惚れ直しちまうよ? いつもは五万アクシアだけど今だけ! 二万五千アクシアにまけとくよ!!」

「アマオウ焼きー、アマオウ焼きだよー。外皮が甘く、中には餡子たっぷり。アマオウ様の側近だったセバスチャン様公認のアマオウ焼きだよー」

「…………なんぞ、これ」


魔王時代の自慢の一つでもあった、質実剛健な造りの黒塗りされた魔王城はもう無かった。

ーーじゃが、代わりに『どぎついピンク色』に塗られた魔王城らしきものがあり、魔王城を取り囲んでいた森は整備され、一つの町が出来ており、入り口にでっかく『魔王城見学ツアーへようこそ!!』との文字が……


「ジュジュの思ってたのと違うんじゃが!?」

「美味しそうな匂いがいっぱいするわ。よし、とりあえず回るわよアマオウ!!」

「待ってくれリメッタ! 今この場で聞いとかねばこの現状は流されてしまいそうで怖いんじゃ!? ってぇぇ力強っ!!?」


グイグイ引っ張る膂力が明らかにジュジュを超えており、どんなに踏ん張っても引きずられてしまう。

成長の祝福って体重だけじゃなくて力も増えるのか!? そりゃ成長じゃものな!!


「まだツアー参加まで時間はありますので、それでは新しい魔界の名所をお楽しみください」

「ジュ、ジュジュの死んだ場所を名所にすなーーーーっ!!!!?」


セバスチャンの朗らかな声に見送られながら、心の底からそう叫んだジュジュであったーー


▲▲▲▲▲


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