第32話
わたしにはきっと、おとうさまをりかいすることはできない。
にんげんのてきになったのなら、わたしはいのちをかけておとうさまをとめてみせる。
それが、せめて、あなたにそだてられたむすめとしてのーー
▲▲▲▲▲
「…………」
窓から差し込む陽光や小鳥のさえずりに反し、起きたばかりの私は朝から憂鬱な気分であった。
先ほどまで見ていた夢ーーいや、これを夢と呼んでよいものか分からないが、私がなりきっている夢の人物は辛そうな声で喋り、お父様と呼ぶ目の前の相手を……殺す夢。
その時の凄まじいほどの後悔と懺悔、気が狂うのではと思える悲しみ。そのくせ、自分を刺した相手だというのに最後まで優しい声をかけたお父様。
お父様は震える手で自らの頭に生えた角を折り、私(実際は私ではないのだが)に渡したのだ。
ーー最後のプレゼントがこんなもので申し訳ない。どうか幸せになってくれ。と、優しく呟きながら。
「あの顔……どことなくジュジュアンに似ている気もするが。いや、そもそも夢なんだから似ているとかそういうものじゃないだろう」
誰に対する言い訳か分からないがそんな事を言って、私は身支度を整えると宿屋の一階へと降りた。
ここマグィネカルトは鍛治職人の街と呼ばれるくらい鍛冶師が多い事で有名だ。
住んでいるのは人族に友好的な魔族の代名詞、土棲魔人族(ドワーフ)がほとんどだけど、商機を見出した人族の商人や『獣人』と呼ばれる獣の特徴をもった種族も数多く訪れる。
武器や防具、アクセサリーなどの装飾品ならこの街に来れば大抵のものは揃うと言われているし、実際そうだと私も思う。
と言っても私の装備は革鎧やガントレットの軽装なのであまり凝ったものは買えないけれど。
「おはようメイヤ。昨日と比べて随分顔色が良くなったじゃないか」
「おはようユーハさん、オムクさん。昨日は疲れと眠気が酷かったから……けどジュジュアンのお菓子を食べた直後は元気になった気がするんだが」
「うんうん、あれは美味しかったもんね〜。さすが有名お菓子店の子って感じかな!」
食堂として使われる一階には複数のテーブルが据えてあるが、その一角ではユーハとオムクが軽食を食べており、私に気づくと声をかけてきた。
二人の前にあるのはシュペンタと呼ばれる焼き菓子の一種だ。焼き菓子と呼ばれてはいるが、砂糖を入れず焼いたものを挽肉のソースや野菜のスープに付けて食べられるのが多く主食としてもよく扱われる。
更に安く済ませるなら黒パン、もう少し高くなると白パンとあるが、まぁ、朝からがっつり食べるわけではないだろうからこれくらいが丁度いいのだろう。
「それで、二人は何をしてたんだ?」
「何をしてたってわけじゃないんだけどな、強いて言うなら待ち合わせか?」
その時、カランカランと宿屋の扉に付けられたベルが鳴った。次いで姿を現した人物を見て、私は少しばかり驚いてしまう。
「お待たせいたしましたーーおや、メイヤ様もご一緒でしたか」
「セバスチャン、さん?」
そこに立っていたのは、黒い燕尾服をピシッと着こなし、真紅の瞳を無感情にこちらに向けるセバスチャンだった。
戦闘中でも糊のきいた服は乱れず、ジュジュアンやリメッタと違って感情をほとんど見せない彼は、正直ちょっと怖い。
だが、好都合だった。
私もセバスチャンさんに、どうしても聞かなければならない事があったのだからーー
▲▲▲▲▲
セバスチャンに先導されて着いたのは、聞いた事のない鍛冶屋だった。有名なところは大体大通りに店を構えているのに、その店は路地裏を何度も曲がらなければならないような場所に位置し、外観もあまり綺麗とは言いづらい。店に入る前に半紙を渡され、意味も分からぬままとりあえずポケットに入れた。
「こちらが炎帝鳥ホロアの羽根を加工できる唯一の鍛冶屋、リングドーヴ&キュローの武具鍛治店になります」
「聞いた事ない店だな。オムク、お前はあるか?」
「ん〜、大通りのお店なら大体知ってるんどけどね。こういった場所のものまで合わせたら凄い数になっちゃうし。とりあえず私は聞いた事ないかな〜〜」
「でもジュジュアンが装備していた防具や、私が預かっているあの短剣はここで作られたものなのだろ?」
私がセバスチャンに聞くと、彼は一瞬だけ目を細め、何事もなかったように「その通りです」とだけ答えた。
なんだ? 何か嫌な感じがしたぞ今。
もしかして呼び捨てにしてる事を咎めてるのだろうか。
ま、まさかね。
批評は中に入ってからにしようと店の入り口をくぐると、所狭しと無秩序に置かれた武具が目に入る。ベージュ色に統一された店内と、天井で意味もなく回るシーリングファン。どこからか聞こえる音楽は聞いたことのない言語のものだが、穏やかな雰囲気にさせてくれるようだ。
試しに近くにあった片手剣を手に取ってみるが、うん……これは確かに大通りの店にも引けを取らない出来だと思う。
有名店なら十万アクシアの値は張りそうな物が一万アクシア均一で、無造作に空樽に刺してあるのは結構衝撃的な光景である。
「買ってもよいですが、ここに置いてあるのは粗悪品ばかりなのであまりお勧めは致しかねます。工房は地下にありますので、こちらへどうぞ」
手招かれるまま奥の扉をくぐった時、奇妙な感覚が身体を襲った。そして見えたのは広大な地下空間だ。鍾乳洞をそのまま使っているようだが、マグィネカルトの地下にこんなものがあるなんて聞いた事がない。
「まさか、空間魔法?」
「さて、では階段を下りましょう」
私の問いには答えず、セバスチャンはズンズンと下に降っていく。何となく弾んでいるように見えなくもないけど気のせいだろうか?
そうして降りきった先はこれまた広い空間で、片隅に赤々と燃える炉と作業台がある。近くには数人規模の集団がいる。
地面にそのまま置いてある剣や槍は、店内の商品よりも高品質のようだった。
いや、それよりも気になるのはーー
「な、なあ。あそこに山のように置いてあるのって〝魔武具〟だよな?」
「う、うん。現実味が全然ないけど、色合いからして火属性の魔武具だと私も思うよ?」
「これだけの魔武具。一国の軍隊でも所有しているか分からない量だぞ……」
武具には魔法に存在する火・水・風・土・光・闇の属性を付ける事が可能だ。
属性の付いた武具は魔武具と呼ばれ、通常の物とは一線を画した性能を有する。
しかし魔武具といっても性能はピンからキリまであるし、三流の鍛治師が作った魔武具より一流の鍛治師が作った通常武具のほうが優れているのはよくある話だ。
だが目の前にあるのは……思わず『燃える赤熱の魔眼』で視たが、どんなに低く見積もっても一級品の物だけだ。
全部火属性の魔武具なのは謎だけど。
と、作業台の近くに固まっていた集団から「おぉ!!」と声が上がり、小さな人影がこちらへと駆け寄ってきた。
まるで童話の中から出てきたような綺麗な金髪碧眼の、まだ成年式も迎えていなさそうな美少年である。
要所に装備した板金鎧と真白なケープは魔法使いや軽戦士が好む装備だけど、育ちの良さは所作等から滲み出ていて、なぜ冒険者ーーもとい、食挑者(しょくとうしゃ)をやっているのか不思議でならない。
名をジュジュアン・フラウマールといい、フラウマール菓子店の天才パティシエとしての一面も持っている。
……まあ、育ちの良さでいったら私も他人の事は言えないが。
「昨日ぶりじゃなメイヤ! 調子のほうはどうじゃ?」
「ああ、だいぶ良くなった。それよりこの魔武具の山は一体……?」
「まぶぐ、とな?」
っ!?
小首を傾げてそんな無垢な瞳を向けるなんて、ジュジュアンは狙ってやってるんじゃないだろうか!!
セバスチャンなんて真顔で鼻血を流してて若干以上に怖いぞ!!?
「あざといわねアマオウ。あなた美の女神よりあざといんじゃない本当は?」
「リメッタ、何を言っとるのか分からんのじゃが馬鹿にされた気がするのはジュジュの勘違いかの?」
「分からずにやってるの、恐ろしい子ーーメイヤ、おはよう」
「おはよう、カイエさん」
リメッタと呼ばれたのは銀髪緑眼の、これまた私より幼い美少女だ。簡素なワンピースの上から薄緑色のローブを羽織った見た目通りの魔法使いで、成長したら絶世の美女になると私は確信している。
そんな見た目なら食挑者なんてしなくてもーーと、考えても意味のない事だな。
ジュジュアンの事を『アマオウ』と呼ぶのはリメッタとセバスチャンだけだけど、その名の由来は教えてくれない。
ただ何となく、昔聞いたような気がするのだけど。
次に来たのは銀斜(ぎんしゃ)の灰狼(はいろう)のリーダーで私の義理の姉、カイエだ。
銀色に輝く髪がすごく似合ってる、風棲魔人族(エルフ)にだって負けないくらいの美貌の持ち主。
正直リメッタのほうが妹って言われる感じだけど……何で私はこんな地味な見た目なのだろう。
魔族のフミはまだ炉の近くに居る誰かと喋っている。隠蔽魔法の掛けられた上下黒の服装をしたフミは、何となく前と比べて感情が見えるようになった気がする。
顔も黒い頭巾で隠れているのだが、なんか「オネエサマ」って言っている時だけ、こう、薄桃色の雰囲気を出しているというか。
これ以上は藪蛇になりそうなのでやめておく。
「あぁ、そういえば属性を持たせた武具を魔武具と呼ぶんじゃったの。あそこにあるのは要らないものばかりじゃし、好きに持っていって大丈夫じゃぞい。それよりこっちに来るんじゃ!!」
一級品の武具に見向きもせずに、ジュジュアンは私の手を握り炉のほうへと引っ張っていく。チラッと視界に入ったセバスチャンの目が怖かったので、なるだけそちらの方は向かないようにしておく。
炉の近くにはフミと土棲魔人族(ドワーフ)の恐らく鍛治職人だろう方が一人。
それにあれは……自動人形(ゴーレム)?
「まずは紹介じゃな。こやつがあの理乃破壊者(ルールブレイカー)を見事に扱った英雄、になれるかもしれないメイヤじゃ。それでこっちがキュローと、なぜか人造人間(ホムンクルス)になったリングドーヴじゃ。深くは聞くなよ?」
石の頭に子供の落書きのような笑顔が浮かんだが、というか人造人間(ホムンクルス)だったのか。キュローと呼ばれた土棲魔人族(ドワーフ)が話を引き継ぎ、それによれば生身の身体では打てない武具を打ちたかったから人造人間(ホムンクルス)になったらしい。
土棲魔人族(ドワーフ)の寿命は人族のおよそ六倍、六百年と言われている。人の身から考えれば気の遠くなりそうな年月を生きた後、まだ鍛治師として打ちたいなんて……それを聞くだけでも、並大抵の鍛治師ではない事が分かる。
「元々こやつらにホロアの羽根を使った武具の作製を頼んでおっての。それがつい今しがた完成したのじゃ!! おぬしを呼ぶ手間が省けて良かったぞい」
「おははは」と笑うジュジュアンが指差す台の上には耳飾りと指輪が二つ、それと真っ青な剣身を見せる片手剣が置いてあった。
「おおし! ひよっ子英雄、魔界では伝説級の鍛治職人だったこの俺が直々に説明してやるからな!! 有り難いと思えよおお!!!!」
「よ、よろしくお願いします」
「まぁ、悪いやつじゃないので多少は堪えてくれ」
ジュジュアンが苦笑気味にそう言うと、人造人間(ホムンクルス)のリングドーヴは土くれの指で耳飾りを指す。
どうでもいうんだけど、あの指で鍛治とか出来るんだろうか……
「まずはこの耳飾りだな! アマオウ様専用装備として魔力の登録も済ませてあるから、他のやつじゃ装備は出来ねえ。けどまあ! 理に干渉するなんて下手すれば異次元に身体半分持ってかれたりするんだ、誰も装備したがらねえだろうがな!!」
「初っ端から意味の分からない武具が出てきたんだが」
「まぁ、とりあえず流しておくのが懸命じゃよの」
「続いてはこれだ! この指輪は一見ただの指輪のようだが、なんと素材にホロアの羽根、レインボーダイヤ、ミスリル合金、要塞コウモリの飛膜を見事な比率で混ぜ合わせた珠玉の一品なんだぜ? 指輪の裏側には通信魔法の陣が彫り込まれてるから、この指輪を持ってる者同士なら何万ゾン離れていようと連絡が取れる優れもんだ!!」
「あんな小さいものにどうやって詰め込んだんだ……」
「要塞コウモリってあれじゃよの。城みたいに大きな魔獣で、通過した後は大量の糞尿によって大地が死ぬという大規模災害指定されておる魔獣じゃよの……どうやって飛膜なんぞ入手したんじゃおぬし……」
「こいつはアマオウ様とひよっ子英雄に一個ずつだな。お熱いなこんちくしょおお!!!!」
「「テンションおかしすぎないか?」」
「すみませぬ……久方ぶりにアマオウ様から武具作製を任されたのでテンションが振り切れてしまったようで。父さん、次のは私が作ったやつなので説明は不要ですぞ」
テンションが上がりすぎてヘッドシェイクしていたリングドーヴを押しのけ、好々爺然としたキュローが私の前に立つ。青い剣身の片手剣を持つと、スッと私の前に差し出してきた。
何となく予想はしていたけど、この剣は私の武具になるらしい。
「理乃破壊者(ルールブレイカー)では素材の関係上大きく出来ませんでしたが、ホロアの羽根を三本も使ったこれは片手剣まで広げる事が出来ました。他金属との繋ぎとして、ホロアの魔力と親和性の高いオニビアケビを使ったらこの色になりましたが、中々綺麗な色合いになったと思いますぞ。私の最後の作品がこのような素晴らしい武具であった事、感謝しますーーさあ、手に取ってみてください」
「ーーはい」
聞きたい事は多かったが、有無を言わさぬ圧力を感じ両手で受け取ったその剣は、まるで羽根を掴んでいるかのように重さを感じなかった。そのくせ存在感はビシビシと放っており、私の肌をチリつかせる。
ボッという音がしたと気付いた時には、また『燃ゆる赤熱の魔眼』が発眼していたようだ。
すると呼応するかのごとく剣も青白い光を放ち、赤と青の燐光が周りを輝かせていく。
「どうやらその武具も、あなたを主人にしたがっているようですな。それではそのまま魔力を流してください。それで魔力登録は完了です」
言われた通りに魔力を流すと、まるで手足の一部になった感覚が広がり、返事をするかのように透き通った反響音が響いた。
「では、名を。そいつに名を付けてやってくだされ。それが主人となったあなたが行う、最初の作業です」
「名前……」
脳裏に浮かんだのは、今朝見た夢の光景だ。
お父様と呼んでいた幼い声の私が、父親からプレゼントされ……殺しに使用した、親殺しの魔剣。
「〝輝炎剣(きえんけん)ハーミアレム〟ーーそれが、この子の名前だ」
そう告げてジュジュアンのほうに視線を向ければ、驚いた顔をした後ーー彼は、とても優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
「良い名前じゃ。大事にするんじゃぞ、メイヤ」
「ーーーーーーッ」
ああ。なぜ。
なぜ、私はこれほど好きだったこの人を。
お父様を、殺さねばならなかったのか。
育ててくれた愛しい人。
認めてくれた優しい人。
謝ってくれた素敵な人。
世界を平和に導いたーー尊敬できる人を。
私は、私は、私は私は私は私はわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはーーーー
「ごめん、なさい……お、とう、さま」
炎に包まれた視界の中で。
年下とは思えぬ老成した笑みを浮かべるジュジュアンに向かって。
『私を通して喋った幼い少女』は、掠れた声で謝罪を口にした。
そうして私は、意識を手放したーー
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