第31話

「さて、セバスチャンが採ってきてくれたオニビアケビ。アケビは中の果実を食べるのが一般的じゃが、外皮もアク抜きをすれば食べられるんじゃよの。ホムラアケビは種も食べられるが、どうやらオニビアケビも同じようなので今回はそのまま使用する事にする。まずは外皮が裂け中身の見えておるものを選び、水で綺麗に洗った後果実と種を取り出す。果実はゼリーっぽい見た目じゃしこのままゼリーにでもするとしよう。取り出した種と果実を分け、小鍋に水と砂糖を入れ煮溶かして粉寒天、さきほどの果実を加え、軽く煮立ったら容器に分けて冷蔵庫に入れておくぞい。ホムラアケビの種はローストすると軽い食感とほのかな甘みを出すので、オニビアケビの種も別の小鍋を使ってローストしておく。次に外皮じゃが、こちらはコンポートにするぞい。水、砂糖、白ワインを入れた鍋を火にかけ、煮立ったら一口サイズに切ったオニビアケビの外皮を入れる。時々アク抜きをしながら十五分ほど煮て火を止め、粗熱が取れたらレモン果汁を入れてとりあえず終いじゃ」


ホロアから何度も何度も謝られ、その後会いに行ったファイヤーコボルトとヒートゴブリンの族長にも土下座をされ、何とも微妙な感じでマグィネカルトに戻ってきたジュジュ達は、その足で冒険者ギルドへと向かう事にした。

依頼の達成報告などはカイエ達がやっててくれとるじゃろうが、やはり顔を出さないわけにはいくまいとの思いからじゃ。

するとハンナの姉リンナが驚いた顔で出迎えてくれ、受付の奥に走っていったかと思うと物凄い顔をしたギルド支部長のダニアンが駆け寄ってきた。

まぁ……あれだけの羽根を持ち帰ったのなら詰め寄るのも当然じゃよの。銀斜の灰狼に話を聞いていると思っておったが、なんとなんと、ジュジュ達が来た時にもまだ話を聞いておる途中じゃった。

支部長室であやつらを見た時、明らかに『もう勘弁してくれ』というオーラを発しておったが、うむ、なんか押し付けたようですまんかったの!!


「ーーというわけで、せっかく皆がおるのじゃからとギルドの裏にあるグラウンドで簡易キッチンを広げ、こうやってお菓子作りを始めておるという具合じゃな。いや、リメッタ大丈夫じゃこれは独り言じゃから可哀想なものを見る目をやめよ。……さて、ホムラアケビの果実を使ったゼリーが固まったら上にローストした種を散らす。小鍋に砂糖、水を入れ煮詰めていき、琥珀色になったら熱湯を加える。これでカラメルソースの完成じゃな。苦味や風味を強くしたいならもっと煮詰めたり、バターを入れればメープルシロップ風、更に生クリームを入れたら濃厚キャラメルソースなど色々な活用法はあるぞい。さて、先ほどコンポートしたホムラアケビの外皮を皿に盛り、その上にカラメルソースを掛けばこちらも完成じゃ!! 名前はそうじゃのーー〝オニビアケビのゼリーとコンポートのカラメルソース添え〟といったところかの?」


調理台の上に『十一人分』のお菓子を用意して、呆けた顔のハンナ、ダニアン、カイエ、メイヤ、ユーハ、オムク、フミを見やる。

うむ、ジュジュの腕前に惚れ惚れしておると見えるぞい!!


「セバスチャンもリメッタは……鼻血を止めるんじゃセバスチャン本気めで怖い。あとリメッタ、まだ全員揃っておらんのに食べようとするな取り上げるぞい?」

「? ま、まだ誰か呼んでいるのかい?」


ダニアンが忙しなく眼鏡をあげながら問うてくるので、ジュジュはあまり大事にならぬよう平静な声色で返事をする。


「うむ、炎帝鳥ホロアじゃ」

「は?」

「ん?」

「な?」

「え、呼びました今?」


『な』を言ったやつは完全に悪ノリじゃな! まぁジュジュなんじゃが!!


「ちょっと待った、え、意味が分からないんだが……」

「メイヤ、慌てすぎて〝燃ゆる赤熱の魔眼〟になっておるぞい」

「あなた、ふざけるのは大概にしなさいーー」

「お、どうやら来たようじゃな」


カイエが声を荒げたその時、真上から迫る魔力の塊にジュジュは到来を告げる。

そしてーー


「ーーおっくれてぇぇぇぇ!!!!」


ドガァァン!! と。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!!!!」


前とまったく同じ土下座でホロアは登場するのじゃったーー


▲▲▲▲▲


「親方! 空から女の子が!!」

「誰じゃ親方って? とにかくこれが炎帝鳥ホロアじゃ。あの姿は誤解を招くので人に化けてもらっておる」


相も変わらず無表情で分からん事を言うセバスチャンは放っておいて、先ほどから口が開いて塞がらんメイヤ達へ説明するが、うむぅ、リアクションが悪いの〜。


「ホロア、おぬしも挨拶せえ」

「ひゃい!? こ、このたびはアマオウ様のお茶会にお招きくだしゃりありありありありがどぅぶっ!!!!?」


噛みすぎじゃろおぬし。


「ジュジュアン」

「どうしたメイヤ?」

「まず一番に確認したいんだが……ホロアは倒せてなかったんだな?」


うむ、そこはジュジュよりもホロアに説明させたほうが良いじゃろう。ホロアを見やれば察したのか、大きく深呼吸して一歩前に出る。


「わ、私は〝蘇生〟スキルを持っていますので、魔力の続く限りは復活が可能なんです! けけけけっして貴女の力が弱いというわけではありませんので!!?」

「まぁ、本来のジュジュならワンパンできるがの!」

「さすがですアマオウ様」

「セバスチャン、あなたでもワンパンでいけるでしょうに……私はどうかしらね。神界の神達(バカ)に神の雷(いかずち)を落とさせればワンパンかしら」

「……ふう。うん、よし。ではさっそくジュジュアン君の作ったお菓子を食べようか?」


ダニアンが一区切り付けるようにパンと手を鳴らし、朗らかな笑顔でもってそう言った。完全に理解を諦めた笑顔じゃなあれは。


「そうじゃの、きちんとした顔合わせはお菓子を食べてからじゃ。さぁ、それでは頂くとしようかの」


ホロアも席に座らせ、その目の前にお菓子の皿を置いてやる。

すると涙が滂沱(ぼうだ)として流れだした。

なんでじゃ!?


「こ、これが伝説のアマオウ様のお菓子……それを私が食べられるなんて……うぅ、お姉ちゃん頑張ってよかったよぅぅ」


こやつテンションが上がると自分の事を『お姉ちゃん』呼びになるのか。

まぁそれよりも、ジュジュも食べるとしようかの。

まずは果肉を使ったゼリーからじゃ。オニビアケビの果肉が少しだけ青みがかっておったのでゼリーも多少青くなっておる。

さて味はとーーおぉ、オニビアケビの果肉はホムラアケビより更に甘いの。じゃがクドくはなっておらん、上々じゃ。

それに鼻を抜ける清涼とした感じ。これはローストした種から感じられるようで、どうやらオニビアケビの種はローストするとミントのような味わいを持つようじゃ。

これがまたアクセントを加えて、大人向けの品のある味わいにしておる。


「さて、次はコンポートのカラメルソース添えじゃがーーお、おぬしら大丈夫か?」


次の皿へ手を伸ばす前にふと周りを見れば、セバスチャン以外テーブルに突っ伏すか空を仰いでいた。よくよく見れば、泣いたりうわ言のように「美味い……美味い」と呟いておるので不味くはなかったようじゃが、傍目(はため)から見たら怖い光景じゃよの!!


「美味しい! 目の前で作ってたけど、え、これ本当にジュジュアン君が作ったんですか!?」

「お肉も好きだけど、これはこれで良いね〜」

「オネエサマニモ、タベサセテアゲタイ……」

「いつもと違う、甘さと一緒に爽快感を与えるこのゼリー……脂っこいものの後に食べたら最高でしょうね!!」

「いやいや! こっちのコンポートもめちゃくちゃ美味いぞ!? 野菜のような素朴な甘みと微かに主張する苦味、バランスが見事だが更にカラメルソースを絡めて食べたらガツンとくる甘さがたまらない!! 濃厚なくせに胸やけしそうにない、アタイはこれを肉料理の後に食べてみたいな!!」

「このゼリーの清涼感、何だか心のわだかまりが解けていくようだわ……メイヤ〜、ダメなお姉ちゃんでごべんなざい〜〜」

「あ、貴女も〝お姉ちゃん〟、な、なんですかっ?」

「という事は、ホロア……さんも?」


ーーガシッ!!


「何が通じ合ったのじゃおぬしらは……どうじゃメイヤ? ジュジュのお菓子は美味しいかの?」


ハンナ、オムク、フミ、リメッタ、ユーハが興奮したように叫び、ホロアとカイエが固い握手を交わす。

そんな中、静かに涙を流しながら食べていたメイヤに声をかけると、微笑を浮かべながらこちらに顔を向けた。


「ああ、とても美味しい……ただなぜだろうな。ジュジュアンのお菓子を食べると涙が止まらないんだ。自分でも覚えてないが、どこか、そう、どこかで食べた事があるような気がして……」

「ーーそうか。開眼するにあたって、宿していた者の感情もくっ付いてきたのかもしれんの。その眼の前任者は、そうか、あの子だったかーー」


……ほんの少し。

ほんの少しだけ、己の声が沈んでいったのが自分でもよく分かる。

燃えるように瞳を輝かせ、煌めくように笑顔を咲かせ。

……最後には、大火のごとく燃え盛り憎しみを飛ばしてきたのは。

ジュジュの作ったゼリーがたまらなく好きだったのはーー


「ジュジュアン……?」

「うむ、いや何でもないぞい。それよりダニアン!! そんな隅っこで無心で食べておらんで、これを機にカイエ達と、そしてホロアと仲良くならんか!!」

「と、突然何だろうか?」


泡を食ったような顔のダニアンの手を握って、ホロアの前に連れて行き、無理やりにでも握手をさせた。

意味が分からないと誰もが首をひねるが、ジュジュが本来やりたかったのは『これ』じゃ。


「ホロアのいる山頂ではホムラアケビが採れるからの! ギルドとホロアが協力して、もっと世の中に広げるんじゃ!!」

「そ、そういえば新しい食材を広めるのも食挑者(しょくとうしゃ)の務めだったね。ギルド側としてはその活動には是非とも参加したいところだけど、ホロアさんはどうなんだろうか?」

「は、はい! 私はアマオウ様がそう仰るのならそれに従います」

「安定した量を栽培するために、ヒートゴブリンとファイヤーコバルトの族長にも話をして手を貸してもらおうぞい。もし栽培に成功したら臨時ボーナスも考えておこう」

「お姉ちゃん頑張ります!!!!」

「ゴブリンやコボルトとも繋がりがあるなんて、君は一体、何者なんだ……?」


ダニアンの言葉に、ジュジュは胸を精一杯張って、ニンマリ笑って言ってやった。


「ーージュジュはジュジュじゃ。美味しいお菓子を前にしてそれ以外の肩書きなど、邪魔じゃと思わんか?」


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