第30話
先ほど見えたまばゆいばかりの魂の輝きに目を瞬かせ、ジュジュは傷だらけの身体に鞭打ちのっそりと起き上がる。目指すは当然、メイヤとカイエのいる場所じゃ。
どうやら地面に激突した時に右半身を痛めたようで、右足と右手は物の見事に骨が折れておる。ずきんずきんと熱を持った痛みに時折唸りながらメイヤ達の近くまで寄れば、あちらも似たような状況であった。
「よう、ボロボロじゃの?」
「そっち、こそ」
巨体のホロアは姿が見当たらぬが、魔力の残滓が炎となって燃えておるので倒せたと思ってよいじゃろう。まだ僅かに青い燐光の舞う中、最後の一撃で半球状にへこんだ地面に伏し、土と血に塗れておるメイヤは億劫そうに笑いおった。
カイエは魔力欠乏症の症状が酷く真っ青な顔色で、声も出せないのか目だけをジュジュに向ける。
ジュジュは収納袋から自動人形(ゴーレム)二体を取り出すと、魔石をはめ込んで起動させる。普段は調理補助に使っておるが、今回はメイヤとカイエの運搬係じゃ。
「あ、ちょ、ちょっと」
「……うっぷ」
自動人形(ゴーレム)に持ち上げられるとメイヤは手を伸ばし(カイエは持ち上げられた衝撃で吐きそうに頬を膨らませておった)、『燃ゆる赤熱の魔眼』を未だ燻り続ける炎帝鳥ホロアの亡骸へと向ける。
そこで「ああ、そうじゃった」とジュジュは得心した。
「ジュジュ達がここまで来た目的は羽根を採るためじゃったの〜。いや、じゃがここまで頑張ったんじゃ、炎帝鳥ホロアもジュジュ達の事を認めて羽根の五本や十本、まとめて分けてくれるじゃろう」
「分けてくれ、る? ジュジュ、お前は何を言ってーー」
と、その時。ホロアの亡骸が強く燃え上がると中から鳥の形をした炎が羽ばたいた。驚くメイヤをよそに炎の鳥はみるみる空の彼方へと飛んでいき、すぐに見えなくなる。赤い炎の残滓が、長い長い尾のように炎の鳥の道筋に散りばめられておるが、数瞬の後に淡く消えていった。
そして視線をホロアの亡骸があった場所に向ければ、赤と橙のグラデーションが美しい羽根が『十本』落ちておる。
ーーいや、この場合は置いていったと言ったほうが適切かの?
「倒せてなかった!!? それに、これ、は」
「炎帝鳥ホロアが認めた証、やつの羽根じゃな。まさか本当に十本もくれるとは思っとらんかったがの」
羽根に含まれた魔力を魔眼で覗いてみたが、うむ、確かにこれだけの品なら神具ほどの性能を持つ武具が作れるじゃろ。リングドーヴ達の依頼も完遂じゃな。
「さて、それじゃ皆のところに戻るとしようかの? そういえば戻ったらお菓子を作ってやる約束じゃったの。おははは、今から血がたぎるわい!!」
「あれだけの戦いをしてて、まだそんなに動けるのか……私は今すぐにでも寝たいから、で、出来れば別の日にしてもらいたい」
「オニビアケビをどう調理しようかのう!! おはははは!!」
「ジュジュアン、待ってくれ、聞いて。そんな嬉々として笑ってると魔力欠乏症で青白い顔してるから物凄く怖い……あの、ジュジュアンーー聞いてっ!!?」
何やら叫んでおるメイヤをよそに、さっさと羽根を回収して近づいてきておったリメッタ達と合流する。どうやらオムクとユーハも、それにフミもムルベンゲの葉飾りを使ったようじゃな。
あれだけの怪我、並みの回復魔法や回復薬では完治できんからの。
「すげー!! これだけ羽根があれば欲しかった装備を一式揃えても金には困らなそうだな!!」
「うう、まさかホロアが燃え尽きてしまうなんて……四帝獣のお肉食べてみたかったー!!?」
「シカシ、ホロアハマグィネレイザンヲマモッテイタノダロ? ホントウニタオシテヨカッタノダロウカ……」
「さっき飛び去っていってたから……実は、倒せてないんだ」
「(ねぇ具合悪いんだけど早く帰りましょう目眩がして結構ギリギリなの私)」
並みの冒険者・食挑者(しょくとうしゃ)でも手にできないような破格の戦利品じゃ、Aランクの銀斜の灰狼でも興奮してしまうほどなのじゃろう。
メイヤとカイエは疲れのほうが大きいようじゃが……と、ここでずっと騒いどるわけにもいかんの。
「リメッタ、まだ魔力は残っておるじゃろう? 土魔法で抉れた地面を元通りに戻してくるのじゃ」
「ミックスベリーのパンケーキ。二皿」
「生クリームとアイスクリームも乗せてやるぞい」
「仕方ないわねもうひと頑張りしようじゃない!!」
「……あやつの食い意地、どこまでいくんじゃろう。さて、ホロアも見事倒したのじゃから自前の魔力で頑張るのは終わりじゃ!」
そう言ってすぐさま周りから魔力を集め、回復魔法を全員へと掛けていく。
さきほどまど熱を持っていたジュジュ自身の骨折も治り、擦り傷や打ち身だらけじゃったメイヤも目を瞬きながら「痛くない……」と呟きおった。
「少しじゃがカイエには魔力も分けといてやろう。それを呼び水に魔力の回復も早いはずじゃ」
ジュジュの魔力欠乏症は周囲の魔力を取り込み出したのですぐに治ってしもうた。やはり自分で言うのもなんじゃが、この〝体質〟は凄まじいの。
「……あなた、周りから魔力を吸収しているの?」
少しだけ体力の戻ったカイエの暗褐色の瞳が、驚きに見開かれてジュジュのほうへと向いておる。
「魔力の流れが視えるのか、カイエは良い魔眼を持っておるようじゃの。これは体質のようなもので、任意で周囲の魔力を集めることができるんじゃよ。吸収とはちと違うの。今回はジュジュ個人の考えから使おうとは思っとらんじゃった」
「魔力を集める体質ってのは聞いた事はあるけど、あなた……これ、やろうと思えばこの周囲一帯の魔力を集められるんじゃない?」
ふとそこで、カイエの瞳に違和感を覚える。ゆらゆらと白い、いや、もっとくすんだ灰色のような陽炎が漏れ出ているのじゃ。
これは、もしやーー
「うむ、まさしくその眼力ーー〝見通す白影(はくえい)の魔眼〟ーーまさかおぬしも英雄の眼に成るとはの〜」
魔力感知を得意としていた英雄の持つ魔眼、それをまさかカイエまで開眼させるとは。まだメイヤのように完全開眼ではないが、遠くないうちにカイエも英雄に成る道を進むことじゃろう。
「見通す白影……え、なに?」
「それは街に戻ったら教えてやるわい。とりあえずおぬしらだけで先に帰っておれ」
「アタイ達だけって、あんたらは帰らないのかい?」
「ギルドに依頼達成の報告したら祝勝会だよ〜? 毒爪パンダの肉も残ってるし、今夜は肉祭り!!」
「それは楽しみじゃの〜。じゃがジュジュ達はここを元通りにしてから戻るので、その祝勝会は夜まで待っておいてくれ」
「……ここを元通りにするだけ、なんだな?」
「そうじゃよ。そんな心配そうな目をするでない。ほれ、とっとと送るぞい」
未だ何か言いたそうなメイヤから半ば視線を外し、転移魔法で銀斜の灰狼のメンバー全員を街に送ってやる。
残ったのはジュジュ、セバスチャン、リメッタだけ。
そして、頭上にはーー
「ーーまっことにぃぃぃぃ!!!!」
ズガァァン!! と高速で落ちてきた『それ』は。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!!!!」
見事としかいいようのない土下座をしながら、嗚咽混じりの声でそう叫ぶのじゃったーー
▲▲▲▲▲
土下座しておるので後頭部しか見えんが、放射状に広がった長い髪は赤と橙のグラデーションが美しく、着ておる赤いドレスは端が炎のように揺れておる。
顔を上げさせてみれば、涙と鼻水でグシャグシャではあるが幼い顔立ちで、黒目にルビーを思わせる瞳孔が涙で輝いておった。
「……一応聞くが、おぬし、ホロアかの?」
「は、はいぃぃ!! 魔王様におかれましてはごごごご機嫌うるわしゅうぅぅ!!」
「何でそんなに怖がられておるのか分からんのじゃがーーセバスチャン、説明!」
「承知しました。ではまずはこちらをご覧ください」
そう言ってセバスチャンが取り出したのは紙の束じゃ。
魔法の法式などは触媒の意味もあり羊皮紙を使うのが主流じゃが、メモ程度なら植物紙が使いやすい。
前世の魔王軍でも多用しておった。
それを受け取ってみれば子供のような字で『魔王軍のしおり』と書かれており、現実的ではない大きな目をした誰かが描かれておった。
「ーーーーはっ!? あまりに面食らいすぎて言葉を失いそうになったぞい!! え、なんじゃこれ!!?」
「魔王軍に入る際に新兵に配っておりました、魔王軍のしおりになります」
「魔王なのにジュジュは知らんかったんじゃが!?」
「表紙にいるのは私がキャラデザしたヒトコロ君です。人、殺す、でヒトコロ君です。金髪金目の絶世の美少年で、幼い頃魔王城の前で捨てられていたのを拾われたというーー」
「明らかに今必要ではない情報じゃないかのぅそれ!? ま、まあ良い。とにかくこれを読めばよいのじゃな?」
そうしてしおりを開いてみれば、ヒトコロ君が魔王城の中を歩き回り、守らなければならぬルールや幹部や部署の紹介などをしておった。
……なによりも、一ページに必ず入っている魔王への賛辞は何なのじゃろう。
『老骨から漂う芳醇な葡萄酒を思わせる色気』とか、目をキラキラさせて言っておるヒトコロ君怖いんじゃが。
一通り目を通してしおりを閉じ、ようやっと落ち着いて女の子座りになっておるホロアに目線を向けた。
「よし、分からん」
「ええぇぇぇぇ!!!!?」
仕方ないじゃろ、このしおりに描いてある魔王軍は前世の時のじゃし、その時代に炎帝鳥ホロアなどジュジュは聞いたこともないからの。
「で、結局誰なんじゃこやつは?」
「第四次魔王軍地上部隊霊山支部支部局長の炎帝鳥ホロアになります。端的に言えば、アマオウ様が転生されている間に魔王軍に入隊したモノです」
「しおりのくだりは何だったんじゃ……それならばジュジュが知らぬのも納得じゃよの。それで? おぬしは一体何に謝っておったんじゃ?」
「そ、それはもちろん偉大なるアマオウ様に対する数々の無礼! 御身を傷つけた罪!!」
「御身て」
「お召し物を汚した罪!!」
「お召し物てーーちょ、ちょっと畏まりすぎじゃないかの? ジュジュは今や人間族じゃし、セバスチャンやガンダダンのような古参ならともかく、魔王をやっとった時分を知らぬじゃろう?」
「ですが! アマオウ様といえば清廉壁(せいれんへき)の防衛戦やシュナイペア・メロロの大謀略、金剛竜との大食い決戦、あとはやはり神魔大戦など逸話に事欠かない御方です!! アマオウ様の居なくなった後に魔王軍に入ったモノで、貴方様を尊敬していないモノはおりません!!?」
「待て! 待て待て!? 確かに清廉壁で防衛戦はやったしメロロとも戦ったが、他のも含めて大した事ではないぞ? さてはセバスチャン!?」
キッと睨んで見れば、分かりやすく顔をそらすセバスチャン。
話を盛ったんじゃなおぬし!?
「人族の英雄が使った魔剣には危うく死にかけましたが、無礼を働いた罪と思えばむしろ死ななかった事こそ不敬!! しかし故郷に両親や可愛い盛りの妹を残している身でして……魔王軍のお給料でお姉ちゃん、学校の制服新調してあげるって言っちゃってるんですぅぅ。今回の無礼はどうか、どうか先ほどの羽根でお許しをぉぉぉぉ!!」
「やっと話が繋がったぞい……まぁ、確かにおぬしらが受けた教育ではジュジュは血も涙もない魔王として君臨しておるのじゃろうが、現実はお菓子作りが好きなただのーー」
「〝美〟」
「ーー少年じゃからのセバスチャン変な合いの手を入れるでない。許すも何も、元々そちらの居場所で勝手に暴れまわったのがジュジュ達なんじゃから、こちらこそすまんかったの」
「いえ!? セバスチャン様から通信をいただいた時は驚きましたが、迷惑なんてそんなそんなーーあ、あぁあなたは月を司る女神の三柱が一柱、リメッタ様ではありませんか!!? そんな雑用仕事は、私のような下等生物にやらせてくださいぃぃ」
「え、なにこいつ? 私が元に戻してやってるのに文句あるの?」
「そそそういうわけではああぁぁぁぁ!!?」
……ホロアは挙動不振というか、自信がなさすぎじゃないかの?
正直、こんなモノに霊山を任せて大丈夫なんじゃろうか?
「ご安心をアマオウ様。彼女は自信がないので誰かが来ても隠れるか逃げるかするので、長く一箇所を任せるのに適しているのです。また種族固有のスキルとして〝蘇生〟を持っていますので、今回のように万が一倒されても復活する事が可能です」
「自然にジュジュの考えを読むよのおぬし……魔剣と称した〝理乃破壊者(ルールブレイカー)〟、あれでも倒しきれん固有スキルの蘇生か。確かにあれは長期任務をするモノとして重宝しそうじゃ。ホロアの強さもまぁ、ここら辺では妥当な強さかの。あぁそうじゃ、後でヒートゴブリンやファイヤーコバルトの族長にも挨拶しとかんといけんのーーともかく、ジュジュ達が迷惑をかけてばかりというはいただけん!! ホロアよ、おぬしの好きな〝お菓子〟はなんじゃ?」
リメッタに縋り付いておったホロアが、濡れた瞳を俄かに見開いてこちらを向く。
うむ、どうやらジュジュのお菓子作りの噂も無事伝わっておるようじゃの。
「さぁ言うてみい? 昔話にしか出てこぬアマオウのお菓子ーー食べてみたいとは思わぬか?」
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