第27話

素材や肉は銀斜の灰狼の収納袋に収納し、山小屋を出たジュジュ達は炎帝鳥ホロアを目指して山道を進んでおる。

先ほど喧嘩のようになってしまったメイヤはリメッタに連れられて戻ってきたが、カイエとは明らかに顔を合わせようとしない。正直に、カイエの嫉妬からあんな事を言ったんじゃと伝えたほうが良いと思ったんじゃが、それはカイエから絶対に止めてくれと懇願されてしもうた。

これ以上嫌われたら生きていけないと言われたらさすがに止めるしかないからの……


「よし、ホムラアケビの数はこれで足りるな」

「溶岩銅もこれくらいでいいんじゃないかしら」


温泉のある中腹を過ぎた辺りから、人の通りは一気に減りおった。見張りの冒険者も殆ど居なくなり、障壁魔法や人払いをせずとも仕込みを使えるのでジュジュとしては有難いの。

数ティートス先では、メイヤとリメッタがジュジュ達が受けた依頼の採集作業をしておる。カイエ達もジュジュ達とは別に依頼があるので今は少しばかり離れておるが、そろそろ戻ってきてもよいじゃろう。

というか、意外にもリメッタがよく動きおる。街に着いた時や依頼を受けた時はあんなにも嫌がっておったのに、どんな心境の変化があったんじゃあやつ?


「アマオウ様。人族の英雄が信仰する神は神界では持て囃(はや)されると聞いております。おそらくメイヤさんの実力に気づき、リメッタ様は今から唾をつけておこうとしているのかと」

「なあ、あやつ本当に女神なんじゃよの?」


疑わしくなるくらい考えが下衆っぽいぞい……

と、そうこうしておったらメイヤ達がこちらに戻ってきた。


「これで依頼は全部終わったはずだ。あとはジュジュアンの用意した仕込みだけだが……」

「心配せんでももう仕込みはないぞい。充分レベルも上がったし装備にも慣れたじゃろ? あとは炎帝鳥ホロアの羽根を手に入れるだけじゃ」


魔物の集落から借り受けていたビーストテイマーも既に帰しておる。うっかりカイエ達に見つかって討伐されたら問題じゃからの。

ここまで来るとホムラアケビ以外の植物は殆ど無くなり、山道は赤茶色の山肌が延々と続いておるだけじゃ。山道から遠く離れた場所からは時折ガスが噴出し、硫黄の臭いが鼻につく。

六百年以上前、街の堀に溜まっていた溶岩はいまだ枯れずに霊山のどこかから噴き出しておるのじゃろう。気温もグンと上がり何をしていなくても汗をかいてしまうわい。


「うむ、カイエ達も戻ってきたようじゃのーーメイヤ、そんなむくれっ面をするでない」

「別にそんな顔はしていない……早く行こう。どれだけかかるか分からないんだ、日が暮れたら大変だぞ」


戻ってきたカイエに顔を合わせぬよう踵を返すメイヤの後ろ姿に、リメッタが腰に手を当てながらため息を吐いた。


「私はお守りのために降臨したわけじゃないんだけどね?」

「そう言うでない。あやつはまだ未熟なんじゃから、大人の誰かが見ておかんといけないのじゃよ。帰ったら好きなお菓子でも作ってやるから、もう少し頼むぞい」

「あら、だったらチーズを使ったプチガトーをお願いしようかしら」


プチガトーとは小さめのケーキの事じゃ。前に作ったショコラ・ミルフィーユも小さめのケーキではあるが、おそろしく手のかかるものが多かったりする。

小さいケーキ一つで一ゾン増えるとは同情……はしないが、せめて満足いくものを作ってやらねばの。


「それでユーハ、そちらの依頼はどんな感じじゃ?」

「今回は見守り優先だったから、アタイ達のほうも植物や鉱物の採集がメインだし終わったぜ。腐食爪パンダほどじゃないけど素材が高く売れる魔物もいたから狩ったし、このまま帰っても満足なんだけどさ」

「ユーハ、ソレハダメダ」

「分かってる分かってる、フミもそんな目で見るなよ。あんたの言う〝お姉様〟ってのに嫌われたら事だからね」

「ノノシラレルノモ、キモチイイゾ……ッ」

「あんた達、フミに一体何教えたんだい?」


そんな目で見られてもジュジュは知らんぞい。聞くならヴィーに聞いてほしいが、あやつを召喚するとまたうるさそうじゃから折を見ての。

次にジュジュの目は、ユーハの背負った大きな盾に身を隠すように立つ者へと向ける。

まあ、といってもカイエの事なんじゃが。


「それで? おぬしもいつまで意地をはっておるつもりじゃ?」

「……別に意地ははっていないわよ」

「その顔で言っても説得力ゼロじゃ」


憮然とした顔は見るからに納得してませんと書いてあるのじゃが、こやつも見た目に反して中身が子供じゃったの。

Aランクじゃから実力あっての事なのじゃろうが、魔物や魔獣の生息域でこんな状態でおられては万が一の事態も起こりうる。

襲撃の可能性も見越してオムクがカイエの後ろで警戒に当たっておるが、弓だけじゃと心細いのでセバスチャンも後ろに下がらせるとするかの。

そうこうしておる内にメイヤとリメッタはグングン進み、やがて目の前には石で作られたアーチ状の柱と、上へと続く階段が現れた。

その昔ホロアを神族の御使いと崇めた人族が作ったそうじゃが、作っておる最中にホロアに襲われたというのは笑い話としてはちと物悲しいの。

ここから先じゃと時間の余裕など無いから仲直りをするなら今が最後のチャンスなのじゃが、メイヤにはその気はまったく無いようで既に階段に足をかけておる。

ちらりとカイエのほうを見るが、こちらも盾に隠れたまま顔すら見せん。うーむ、ただホロアの羽根とメイヤの魂の輝きを見たいがためにマグィネ霊山を登ったというのに、どうしてこうなったんじゃ。

ホロアの放つ魔力の影響で生物は何もおらん。ので安心してセバスチャンを後ろからメイヤ達の前へと進ませられるぞい。

と、そうじゃ。その前に確認しておかねばいかんの。


「銀斜の灰狼は、これから炎帝鳥ホロアとの戦闘になった時どうするつもりじゃ? 共闘するのは別に構わぬが、殺してはいかんからの。そこだけは守ってもらいたいぞい」

「まず勝つ気満々なのが信じられないね……リーダーがこんなんだから戦闘は出来ないぞ。そもそもホロアに会って立っていられるかも分からないんだ。最初から抜け毛を拾えたら御の字くらいにしか考えてなかったよ。まあけど、メイヤが戦うのにアタイ達が指を咥えて見てるだけってのも嫌だけどね」

「オムクは! ホロアの肉が! 食べてみたいな!!」

「ソレヲシタラ、ギルドカラペナルティーヲモラッテシマウ」

「うむ、つまり参加はしないという事かの。カイエもそれでいいんじゃな?」

「…………本当に、ホロアに勝てると思ってるの?」


今更なカイエの質問に、ジュジュはハンっと鼻で笑う。


「勝てるか勝てないかで言えばーー死力を尽くせば勝てるじゃろう。それには全員が限界を超え、互いを信じ、魂を輝かさねばならん」


限界を超える中にジュジュ達は入っておらん。自ら枷を付けたジュジュとリメッタは実力もそれほどじゃが、セバスチャンはそのままの力じゃからの。

あやつの強さは神族に勝るとも劣らないのじゃから。


「さあ決めよカイエ。このままメイヤが一気に羽ばたく様を見ているだけか。己の限界の壁を超え、守りたい者と立ち並ぶ勇気を、魂の輝きを手に入れるのか」


カイエは俯くが、前髪から垣間見える暗褐色の瞳は強い光を湛えておる。

そうして顔を上げたカイエが、何かを決意した面持ちで口を開いたーー


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