第26話

「死ぬかと思った! 死ぬかと思った!!」

「はいはい、メイヤはよくやったわよ。障壁張ったり身体強化してた私ももちろんよくやったけどね」

「うーむ、交代してから倒すのに二十分ほどかかったの。レベルも無事上がったし、今度腐食爪パンダが出てきたらジュジュの支援無しで一時間以内に勝つようにするんじゃぞ?」

「ジュジュアンは鬼畜か!?」


肩で息をしながら涙目で座り込むメイヤにそう言われるが、これでも優しめの設定時間のつもりなんじゃがの。

メイヤのそばで肩を抱いておるリメッタも額に汗を浮かべ、休ませろと言わんばかりの目力でジュジュを睨んできておる。

まだまだ仕込みはたくさんあるんじゃが、最初の一発目がちとハードル高すぎたかの?

などと思っておったら、銀の長髪を揺らしてカイエが近づいてきて、これみよがしに盛大な溜息を吐きおった。


「まさか本当にあの子が勝つなんて……装備も凄く良い物になってるし、土壇場の機転や根性も据わってたわ。この二日間でどんな事を教えたのよ」

「何ならおぬしらも鍛えてやろうかの? じゃがメイヤより伸びしろは少ないと思うが。あやつの魂は英雄の素質を備えておるぞい」


ジュジュの言葉に目を見張ったカイエに笑みだけを返し、腐食爪パンダの解体をやらせておる残りのメンバーのところへ向かう。

フミとセバスチャンが大雑把に解体し、素材にする部位や食べられる部位をユーハとオムクが細かく分けておる。

熊胆(ゆうたん)は回復薬の原料から魔道具の素材としても使え、足と手にある毒腺は錬金法(れんきんほう)で、更に強力な毒や身体強化薬にする事ができる。

熊胆を破けぬようにそっと取り出すと収納袋に収め、ユーハはホクホク顔じゃ。あれは高く売れるからの。


「手慣れたものじゃの。さすがはAランク冒険者といったところじゃ」

「その言葉、まさか嫌味で言ってるんじゃないよな? しかしギリギリとはいえ本当にメイヤが勝っちまうとは」

「カイエも言っておったぞい。そんなに驚く事かの?」

「そりゃそうだろう、普通に考えてDランク冒険者が勝てる相手じゃないんだからさ。アタイが盾役として出張ろうとした時に、セバスチャンだっけ? あいつに無言で肩を持たれた時は微動だに出来なかったよ……何者なんだい? あの男は」

「ジュジュの仲間じゃよ、それ以上も以下もない」

「……ま、あんたがそう言うんならそれ以上は聞かないさーーってオムク! なに一人で肉食べようとしてるんだい!!」


見ればオムクが部位ごとに切り分けられた肉を、おそらく収納袋から出したのじゃろう鉄板の上に広げ、火魔法を使って焼いておった。

途端に周りには血臭に混じって肉の焼ける匂いが漂い、離れたリメッタの目がギラリと光った気がする……確かにジュジュが作るわけではないから一ゾン増える事は無いじゃろうが、肉に反応する女神ってどうなんじゃ。


「毒が回り食べられない部位や、血抜きの魔法で抜いた血はいかがいたしましょう?」

「そうじゃの〜。熊系統の魔獣は掌を煮込んでゼラチン液を作る事もできるが、毒に染まった肉や血は使いようがないからの。山道の端で焼いてきてくれるかの?」

「はい。では魔石と毛皮はこちらに置いておきます」


血抜き、毛皮剥ぎ、乾燥、熟成、採掘、製錬など素材取りに適した魔法を総じて『採集魔法』と言い、血抜きや毛皮剥ぎのように大いに活用されておる。

魔法が大の苦手なセバスチャンが、身体強化以外で使える数少ない魔法じゃ。

と、ここでジュジュは周りが騒がしい事に気付く。障壁魔法と人払いの魔法を解いた今、腐食爪パンダと戦った場所は少なくない人通りを復活させておる。

そんな、いうなれば道のど真ん中で解体したり肉を焼いたりしておるのじゃーーうむ、そりゃ見回りの冒険者が血相変えて走ってきても仕方ないじゃろ。


「お前ら! こんな往来のど真ん中で何をーーってええこれは腐食爪パンダの毛皮!? しかもそっちは銀斜の灰狼!!? あ、肉の良い匂い……っ」


まあ、とりあえず焼けた肉でもおすそ分けしとこうかのーー


▲▲▲▲▲


さすがにあのまま肉を焼き続ける事は許されず、山道から少し外れた山小屋で腐食爪パンダの肉を焼く事にした。

ジュジュが手を出すとリメッタが食べられなくなるので、焼くのはオムクとセバスチャンに任せておる。

照り焼きに生姜焼き、塩胡椒のみなどどれだけがっつり食べるつもりじゃと苦笑いしておると、目の前に座るカイエが「ちょっと」と声をかけてきた。


「聞いてたの? 私はあなた達の正体を教えてほしいのよ」

「正体と言われてもの」


どうやら腐食爪パンダをレベル上げの相手として用意した事や、メイヤのステータスが一レベルが上がっただけなのに30も増えていた事で只者じゃないと思われてしまったようじゃ。

その中の10は菓子狂乱祭(スイートフレンジーフェスティバル)の効果なんじゃが、1レベルで最高5しか上がらないはずのステータスが一気に6レベル分も上がったからの、腕っぷしが大事な冒険者なら気になって当然じゃろうて。


「メイヤにも言ったが人族は魂の成長というものがある。その特性をきちんと把握して修行すれば、大昔の英雄のように強くなる事が可能じゃ」

「魂の成長……ステータスやレベルが人の魂を強くしてるって説は聞いた事あるけど、なぜあなたは証明されていないその説を、確信を持ってそうだと言い切れるの?」

「うーむ、別に隠しておるわけではないから言ってもいいんじゃが……言いふらさぬと誓うなら教えてもよいぞい?」


セバスチャンから受け取った照り焼きのサンドイッチを一口食べ、無言で頷いたカイエに「転生者じゃからの」と言う。カイエは半ば予想しておったのか驚いてはおらんようじゃが、表情が険しくなったのは見逃さなかった。


「……転生なんて人族で使えたのは何百年も昔の英雄や勇者だけよ。けれどあなたはそっち側じゃない、セバスチャンから感じる魔力はフミと同じ魔族のものだった。転生する前は、名のある大魔族だったんじゃないかしら?」

「もしそうだとしたら、どうするつもりじゃ?」

「…………」


ジュジュの問いには答えずカイエは肉を焼いているほうへ向かい、オムクの手で作られた山賊焼のサンドイッチを取る。

いつのまにか周りの者もジュジュとカイエに注目してたようで、静まる山小屋の中、カイエは山賊焼のサンドイッチを一口だけ食べて顔を上げた。


「私はこれでも読書家で、今まで色んな魔法書や歴史書を読んできたわ。大昔に起こった人族と魔族の戦争が終結した後、魔族によって人族側へもたらされた知識は計り知れないって歴史書には残されている。素材の扱い方、もっと効率のよい魔道具作製、魔獣を使った料理本とかあって、実は照り焼きとかも魔族のもたらした一つなのよ」


知っておる。というか広めたのはジュジュじゃ。ニッポンで食べた時感動したので、醤油や味噌と一緒にこっちへ持ち帰って広めたのじゃぞい。


「……フミは魔族としてはあまり強くないほうらしいけど、それでも魔族は人族にとって脅威的な強さを持っているわ」

「そうじゃの。魔族ーージュジュ達は魔物や魔獣を引っくるめたその言い方ではなく魔人族と言うておるが、レベルが上がらぬ代わりに生まれた時から人族よりも強くある。それは確かに脅威と言えなくもないかの」

「魔人族……フミや、他にも知ってる魔族の皆からは聞いた事のない呼称だわ。それほど古い呼び名だと思うけど……はっきり言って、私はあなた達を信用できない。強さは本物かもしれない、けれど〝得体が知れなさすぎる〟」

「カイエさん!! それは私を強くしてくれたジュジュアン達に対してあまりに失礼だ!!」

「メイヤ、あなたが強くなったのは嬉しいし誇らしいわ。もう少しレベルが上がれば、山頂の炎帝鳥ホロアのところまで行かなくても銀斜の灰狼に再加入する事も認める……だからもう帰ってらっしゃい?」


カイエの言葉に、メイヤは愕然としたのち顔を真っ赤に憤慨した。それは多分じゃが、自分を強くしてくれたジュジュ達を貶められたと感じての事じゃろう。


「ーー私が憧れた銀斜の灰狼のリーダーは、そんな事を言う人じゃない!! ジュジュアンもリメッタもセバスチャンさんも良い人なのに……ジュジュアン、行こう。私は炎帝鳥ホロアから羽根を手に入れるまで山を降りるつもりはない」


リメッタに目配せして、山小屋から出ていくメイヤの後を追わせる。それにしても、信用できないときたか。


「……多分じゃが、おぬしもメイヤの才能には気づいておったのじゃろ? なればこそ剣や魔法の訓練をしておった。護衛対象に教える事ではないと思いながら。カイエーーおぬしの〝過保護〟は、メイヤにとって良い事ではないと思うぞい?」


今の平和な世の中で英雄や勇者は必要ないじゃろう。そこそこ強ければ生きていられる時代じゃし、死ぬ思いをしてまで強くなる必要性は何もない。


「…………」

「得体が知れぬし、信用できぬ。それはジュジュも分かる、じゃがおぬし、〝一番〟思っておるであろう気持ちは隠したままでおるつもりか?」


ピクリ、とカイエの肩が震えた。

ジュジュは出来る限り優しげな声色でもって、カイエに声をかける。


「冒険者としての気構えを教えてもらっとらんのに、剣や魔法は教えてもらっておる不可解さ。人を雇ってまで世間の厳しさを教えようとしたり、そのくせ心配じゃからと護衛にフミを付けたり。厳しいのか甘いのか、いやこの場合は甘いの。甘々じゃ」

「…………」

「馬車の中でおぬしが言っておった、冒険者は人柄でなく腕っぷしで信じるという言葉に矛盾を抱く先ほどの言葉。メイヤは直情型じゃから気にしとらんが、ジュジュは見かけより聡くての。ほれほれ、取り繕った言葉ではなく本音を言うてみい?」


ジュジュから責め立てられ続け、黙ったままじゃったカイエは遂に観念したのかへたり込み、蚊の鳴くような涙声を絞り出した。


「私から、メイヤを取らないでよ……」

「あのさ、カイエとメイヤは母親が違う姉妹なんだ。まあカイエもアタイらも、それを知ったのは依頼された時だったんだけどね。ただカイエは昔から妹が欲しかったらしくて、表には出さないけど溺愛っぷりが半端なくて」

「二人の魔力の雰囲気が似ておるからもしかしたらと思ったが、溺愛するならなぜ嫌われるような事を言ったんじゃ……」

「うるさいのよー! いいからメイヤを返してよーー!!」


吹っ切れたのか駄々をこねるように喚きだすカイエに何か言う前に、そうじゃのう、とりあえずは。


「ああ、照り焼きのサンドイッチはどんな時でも美味じゃ」


手に持ったままじゃった、魔族(ジュジュ)のもたらした料理の味を堪能するとしようかのーー


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