第25話

「まさか今まで装備してなかったっていうの、あんた?」


リメッタが信じられないと言った顔でこちらを見、メイヤは言葉すら無くしておるようじゃった。

いや待てセバスチャン、そこで小さく頭を振られたらジュジュのこれからの言い訳が何の意味もなくなってしまうぞい!!


「じゃ、じゃが装備をするのに選択せねばならんなど初めて聞いたんじゃ! 分かるわけがなかろう!!」

「普通は武器を手にした時に〝ステータスの女神〟の声が聞こえるはずだけど」

「ステータスの女神じゃと?」


気を取り直したメイヤが言った聞きなれない言葉に、ジュジュは首を傾げてしまうんじゃが。

そうこうしておったら銀斜の灰狼も集まってきて、こちらの事情を聞いたら案の定帰るように強く促してきおった。

今度こそは大丈夫じゃと何とか説得すると、ジュジュはその場にいるメンバー全員から装備に対する知識を教えられるのじゃった。

うーむ! 喋るのが多すぎて逆に聞きにくい!!


「ーーつまり、普通は武具を手に持った時にそのステータスの女神が喋って装備するかどうかを聞いてきて、武具の装備、装備の解除、装備品の交換を行えるのじゃな」


このステータスの女神の声。なんて事はない、ジュジュが魔王の調理器具を持とうとした時に聞いたリメッタの声の事じゃ。

冒険者なら頻繁に聞いてるであろう声じゃから、本神(ほんにん)を目の前にしたらバレるのではと一瞬思ったが、誰もリメッタを女神とは思わんようじゃった。

まあ聞けば、月の女神三姉妹もステータスの女神も美しい妙齢の女性像らしいので、こんなちんちくりんじゃとは夢にも思わんという事じゃろう。

そして、なぜジュジュだけ声が聞こえなかったのか。それは皆には言うておらんが何となく予想が付くの。

そっと指先で触れた、手首に嵌めた円環状の物ーー大神アンドムイゥバから貰った称号封じの腕輪じゃ。

これを付ける前であった魔王の調理器具の時は聞こえ、腕輪を付けて以降は聞こえない。

ほぼ間違いないと言っていいじゃろう……まさかこんなよく分からん効果まで発揮するとは。後でリングドーヴ達に見せてどうにかせねばならんの。


「ジュジュのように、声の聞こえん者もおるのじゃろう。じゃがもう分かった! 後は大丈夫じゃ!!」

「まさかそのような事になってしまったとは……私のミスです。どのような罰も受ける所存であります」

「気にするな、ジュジュ本人が気付かないのなら他者が気付くわけがあるまいて」

「ねえジュジュアン、今度危ない感じがしたら有無を言わさず腐食爪パンダの前から連れ帰るから!!」


ものすごい剣幕でセバスチャンと同じ事を言ってくるカイエにたじろぎながら、ジュジュは小剣を今一度しっかりと握り直し、「〝我は装備する〟」と呟いてみた。


【アダマントショートソード、ミスリル銀のハーフアーマー、幸運兎の毛皮ケープを装備しました】


「お、おお!? 何か分からぬが武具と一体になったような気がしないでもないぞい!!」

「それは装備して一番最初の感覚ね……Aランクのくせに装備の仕方も知らないとか、本当どういう人達なのよ?」


カイエの刺すような視線に居心地を悪くしながらも、ジュジュは初めての感覚にちょっと興奮気味じゃ。

まるで爪の先が小剣の切っ先まで伸びたような、板金鎧も身体にくっ付いておる感覚じゃ。


「うむ、うむ。これならばいける。ではセバスチャン、始めてくれるかの」

「はいーー来ます」

「ガァァァァァァァァッ!!!!!!」


つんざく叫び声と一緒に、ドスドスと地面を揺らして腐食爪パンダが迫ってくる。どうやら先ほど方向転換させられた事で、突進は危ないと気づいたようじゃな。魔獣のくせに学習をするとは、面白い。


「どれ、小手先勝負が嫌と言うならジュジュも真っ向から受けてたってやるぞい」


腐食爪パンダのほうへ駆け、再び身体強化魔法を発動。魔力を小剣へと注ぐーーすると先ほどより何倍も効率よく魔力が通り蓄積されていくではないか。

装備するだけでここまで変わるとは、本当に破茶滅茶な理(ことわり)じゃなこれは。

五ティートスほどまで近づいた腐食爪パンダが、太い腕を前方へ振り下ろすと短い毒爪から風の刃が飛んでくる。


「こやつ風魔法も使えるとは、確かにここら一体で最強と呼ばれてもおかしくないのーーっと」


風の刃を素早い横へのステップで避け、ジュジュも更に接近。あちらもこちらも手を伸ばせば攻撃が届く距離まで近づき、腐食爪パンダが腕を水平に振る。

ただそれだけで充分に脅威たりえる腕を前転するように避け、ジュジュの背中へ牙を伸ばそうとした腐食爪パンダの口内に土魔法で石を目一杯発生させる。

やつが混乱した隙に手に持った小剣を力一杯足に突き刺そうとしてーーグサリと、今度は肉を裂く感触と共に刃を突き立てる事ができたのじゃった。

瞬時に小剣に蓄積しておいた魔力を火に変え、一瞬の交錯の中で傷を広げるように刃を流した。

ーーよし、足首を切り落としてやったぞい。


「グギャァァァァァァ!!!!!!?」

「雄叫びをあげる暇があるならジュジュを攻撃せねばのう!! ほれ!!」


ジュジュは地面を削るように滑りながら移動を止め、足首を落とされ転んでおる腐食爪パンダの切られたほうの足へと魔力の波を向ける。

傷口まで炭化させるくらい念入りに焼いたが、更に切り落とされると腐食爪パンダが警戒するーーそれを待っておったわい!!


「おおりゃああああああ!!!!」


風魔法と膂力でもって投げた小剣は矢のように飛んで、腐食爪パンダの意識がいっていない無事なほうの足に深く突き刺さる。

再び限界まで籠められた魔力が、この時を待っていたとばかりに火属性に姿を変え、黒紫の体毛の足に炎を纏わりつかせた。

片や足首を落とされ、片や火で炙られ、名前にある毒爪も無くなり炎で燃やし尽くされ使い物にならぬじゃろう。

ーーじゃがそれでも、やつの凶悪じみた金の瞳は獣の本性をさらけ出したまま、本能のまま……生きるもの全てへの憎悪を湛えたままジュジュを見やっておった。


「手こずるであろう毒爪はこれで大丈夫じゃ。しかし油断するなよメイヤ、手負いの獣ほど手強いものはないぞい?」

「……両足を動かなくしたら殆ど勝ちのようなものだと思うけど。ありがとうジュジュアン、ここまでお膳立てされて負けたら情けないな」

「その時は修行内容を三倍にしないといけないじゃろうの。うむ? それはそれで楽しみではあるの!!」

「絶対勝つんだ!! 勝たなきゃ死ぬぞ頑張れわたしいい!!!!」


気炎を上げて突っ込んでいくメイヤを見送り、不意に笑った膝のせいで倒れそうになったが、いつの間に近づいたのかセバスチャンによって抱きかかえられた。


「魔力が少なくなったせいでしょう。お疲れ様です、アマオウ様……やはり周囲から魔力を集める気は無いのですね」

「おう、すまんのセバスチャンーーそうじゃの、レベルもステータスも何もかも低いメイヤが、命を賭けて魂を成長させておるのじゃ。強者として死ぬ事のない戦いで力を誇示するより、同じ強さの目線で見守るのがせめてもの師匠の務めじゃと思わぬか? いや、おぬしやリメッタには分からぬじゃろうの……すまん、じゃがこれを変えるつもりはないぞい」


ジュジュの決然とした声色に、セバスチャンが苦笑とも取れる顔を一瞬だけ覗かせた。


「存じておりますよ。それこそ六百年以上前から、私はアマオウ様の一番の配下なのですから」


要らぬ気苦労を背負わせる事に罪悪感もあるが、大地に根ざした大樹のような心の芯は揺るぎはしない。

これがジュジュなのじゃ。

かつて英雄達を育てた。

……その英雄達を殺した。

そして『女勇者イラリア』とパーティを初期の頃から育てあげ……討ち取られてしまった魔王の、転生しても変わらず持ち続ける育てる者としての矜持(きょうじ)なのじゃから。


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