第24話

「それはあまりにも無謀よ!! そもそも私はメイヤを戦わせる気はないわ!!」

「おぬし達がここに来たのはメイヤの成長を見定めるためではなかったかの? まあリメッタによる身体強化魔法や、ジュジュもある程度だけ支援はしてやるがの」

「支援なんて生温い事を言わず、せめてやるなら全員でやらないと死ぬわよ!!」


銀髪のかぶりを振って叫ぶカイエとは対照的に、腐食爪(ふしょくそう)パンダの前に立たされたメイヤは静かなものじゃ。

剣の切っ先はカタカタと揺れておるが、目だけはしっかりと敵の姿を捉えておる。

腐食爪パンダは地面を足で蹴りながらも近づいてはこない。

それもそのはず、あやつは『待て』状態なのじゃからの。


《腐食爪パンダを操っておるビーストテイマーは今どこにおる?》

《魔獣から更に三十ティートス向こう、五十ティートス離れた木の上におります。通信魔法と遠目の可能なモノがそのモノの近くにいますので命令はすぐに下せます》


セバスチャンと通信魔法で交信をし、どのタイミングで腐食爪パンダを突進させようかと悩む。

ーーセバスチャンには事前にマグィネ霊山へと赴いてもらい、そこに住まう魔族に話を付けてもらっておいた。

ジュジュは人族で食挑者(しょくとうしゃ)じゃが、何も好き好んで魔族を狩るつもりはない。

魔力を糧とし、ただ破壊衝動のみの魔獣とは違って魔人族や魔物は思考し、生きておるのじゃからな。

集落の長にジュジュ達の特徴を教え、手を出さなければこちらから探す事はしないと確約しておる。

それでも襲ってくるはぐれモノは致し方ないが、じゃからこそ山頂まではほぼ安全が確保されておるのじゃ。

しかし、それじゃと戦いを経験せぬので魂は輝かぬ。

レベルを上げぬ事にはステータスも変わりないので、さてどうしたものかと悩んでおった時に魔獣を操るビーストテイマーの事を聞いた。

このマグィネ霊山に住む魔物は火属性耐性を持つヒートゴブリンやファイヤーコボルトで、どちらも快くビーストテイマーを貸し出してくれたというわけじゃ。


《自分達よりも強い魔獣を使役できるとは、魔界領外の魔族は魔王の庇護に頼らず生き残る術を手に入れておるの。感心感心じゃ》

《マグィネカルトの長とも秘密裏に協定を結んでおり、ヒートゴブリンとファイヤーコボルトは討伐対象に殆ど上がらないそうです。たまにイキったモノの手が負えなくなり討伐を頼むそうですが》

《イキ、なんじゃと? ま、まあマグィネ霊山は炭鉱内が魔境化しておったりするし、そこのはぐれモノや魔獣を討伐すれば冒険者も飯の種に困らんという事じゃな》


さて、それではこの目の前にいる腐食爪パンダじゃの。

借り受けたビーストテイマーの力によって命令通りに動く腐食爪パンダじゃが、戦いは全力でするように伝えておる。

手加減などしてメイヤに華を持たせるよりも、死に物狂いで戦って魂の輝きを強めるほうが重要じゃ。

というわけで、カイエ含む銀斜の灰狼には手を出さんでもらいたいところじゃの。


「あの魔物、襲ってこない……?」

「オムクも不思議に思ってたんだよね〜。腐食爪パンダの恐れられているところはその獰猛さなのに、あれは威嚇するだけで全然襲ってこないんだよ」

「マサカ……ビーストテイマー? ジュジュアンサンコレハイッタイ?」


ユーハ、オムク、フミと一様にジュジュのほうを向いてきたので、ジュジュは素知らぬ顔で口笛を吹いた。

さすがにそうなるとカイエも不審がりだしたので、メイヤが騒ぎに気づいて集中を切らす前に大声を出した。


「でえーーい分かった! ジュジュが先んじてあの毒爪を封じてリメッタに身体強化魔法を掛けてもらう。カイエもその格好からして魔法使いじゃろ? 身体強化魔法の重複は一回とさして変わらんが、おぬしが気になるなら掛けておけ!! メイヤ!!」

「なんだ!!」

「うむ、良い返事じゃ! 新調した剣には火属性が付与されておる。おぬしが今以上に魂を輝かせればきっと剣は応えてくれるぞいーーよし、いくかの」


メイヤのこげ茶の瞳がちらりとこっちを向いたが、すぐに眼前の敵へと戻される。

いっぱしの強者(つわもの)ぶった動きをしおってからに、これは師匠として恥ずかしいところを見せられんの。


「セバスチャン、ジュジュは言っていた通り〝自前の魔力だけで戦う〟。手出しは無用じゃ」

「かしこまりましたアマオウ様。どうぞ楽しまれてきてください」

「うむ!!」


セバスチャンがこうべを垂れた直後、棒立ちしておった腐食爪パンダが弾かれたボールのような身軽さで飛んできおった。

ボールといえば軽く思えるが、実際はジュジュの何十倍もの重さである。直撃すれば肉片となって弾け飛んでしまっても不思議ではない。

まずは自分に体内の魔力で掛けられる上限の身体強化魔法を施し、腰の小剣を抜く。

肩、胸、手甲と限定した板金鎧や真白いケープは、Aランクが身に付けていてもおかしくないレベルのものとリングドーヴには言っておいた。比較的軽い素材の板金鎧とは違い、使った材料の差かズシリと重みのある小剣に魔力を通して火属性を発動させる。

うむ? このまま突進されると他のメンバーにぶち当たってしまうの。

仕方がない、ちと手荒じゃが進路変更させてもらうぞい。


「ほりゃ」


土魔法で腐食爪パンダの前に、表面が右側にカーブしておる壁を数ティートス分作る。

間をおかず収納袋から大量の食用油を出しーーもとい、噴射してカーブした壁面と腐食爪パンダを油まみれにした。

腐食爪パンダの突進ならあの壁に突っ込んだら破壊してしまうじゃろうが、後ろから風魔法でチョチョイと方向誘導し、そして油で濡れたカーブ面と体毛。

半ば飛ぶように突っ込んできておったのも相まって、腐食爪パンダは見事なカーブを描いて右側にすっ飛んでいき、着地に失敗して仰向けに転んでしまいおった。

少しばかり油がもったいない気がするが、ここまでジュジュは自前の魔力でしか魔法を使っておらん。


ーーそう、周りの魔力を集め使う事を禁じておるのじゃ。


「それほど油まみれならよく燃えそうじゃの、ほれ」


火花を飛ばす小剣で表面を掠ってやれば、腐食爪パンダの身体に薄っすらとだけ火の手を上げた。

さすがにこれだけではダメージは通らんようじゃが、いくら魔獣でも火に包まれると混乱するようで起き上がるのに僅かに手間取っておる。

その隙をついてジュジュは駆け寄り、丁度良い塩梅に足ごと空を向いておる毒爪に向かって小剣を振り抜こうとしてーーーーガギィィィィン!! と甲高い音が周りに響き渡った。


「アマオウ様!!」


セバスチャンの普段とは違う声が鼓膜を震わせるが、ジュジュの頭は目の前の光景だけで手一杯じゃ。

ジュジュのステータスと身体強化魔法、装備した小剣の攻撃力の数値を合わせれば斬れるはずの毒爪に傷はなく、もう片足の鋭い切っ先が悪意を滾らせる毒ヘビのようにこちらへ躍り掛かってくる。

一瞬の間がやけに遅く感じる中で、それでもジュジュは禁じておる魔力集めと称号封じの腕輪は外さなかった。

ーー避け切るのは無理じゃ。ならばせめて、当たってダメージの少ない鎧部分にしなくては。


「っぐ!!」


魔力を強めに込めた風魔法で腐食爪パンダとジュジュの間に暴風を起こし、それでも狙ってきた毒爪が肩の鎧に当たるよう風魔法で調整する。

直後に、骨まで響くとてつもない衝撃を受けて、ジュジュはその反動と風魔法を使って大きく距離を取った。


「……おお、毒爪の当たった部分が溶解しておる。もし身体に刺さっておったら今のジュジュじゃと厳しかったかもしれんの」

「アマオウ様ーーお怪我はないようですね」

「ちょっと何してんのよアマオウ!! 怪我はしてないのね、まったくもう……」

「だだだ、大丈夫かジュジュアン!?」


セバスチャンとリメッタ、メイヤが集まってきて口々に何か言うのを手で制する。

銀斜の灰狼のメンバーもこちらに寄ってこようとしておるので、そちらも身振り手振りで制しておいた。


《セバスチャン、ちょっと確認したい事があるからあやつを止めてくれるかの?》

《……承知しました。ですが次、私の判断で危ないと思いましたらご命令を無視してでもあの魔獣は仕留めますので》


交信でそんな事を言うセバスチャンに心配をかけて申し訳ないと謝りつつ、手に持った小剣をじっくり見てみる。

ジュジュの理論通りでは腐食爪パンダに傷は付けられるはずなのじゃが、ではさっきのは一体なんじゃ?


「どうしたんだジュジュアン?」

「いやの、さきほどこいつで斬ろうとしたんじゃが刃が入らんでの。信頼のある武具屋の物じゃから性能は言う事なしじゃと思うんじゃが、何がダメじゃったのかの?」

「そんな事せずに魔法でズバッと片付けちゃいなさいよ」

「リメッタ、おぬしちょっと前のカイエとのやり取り聞いておったかの? いやいい、おぬしは障壁魔法に注力しておいてくれ」


十中八九聞いておらんかったリメッタは捨て置いて、改めて小剣を見る。小剣自体には刃こぼれなどは無く、やはり性能が腐食爪パンダに劣っていたわけではなさそうじゃ。


「格好悪いところを見せてしまったの」

「そんな、怪我がなくて本当に良かった。あれは、襲ってこないのか……?」


さすがにメイヤも気づいてしもうたか。これで緊張感が途切れてしまうかと思ったが、逆にメイヤは闘志を燃やしておるようじゃった。


「きっとジュジュアンの事だから本気で襲いかかってこさせてるんだろう? そうじゃなきゃさっきのは説明できないし、私も気を抜けば本当に蘇生魔法を掛けられそうだから」

「メイヤ……そうじゃ、その覚悟が魂を今まで以上に成長させる。うむ、さすがジュジュの弟子じゃな」


にっこり笑ってそう言ってやると、頬を染めてそっぽを向いてしまう。

なんじゃい、せっかく褒めたというのに釣れんやつじゃの。


「じゃが毒爪の除去は済んでおらんし、ジュジュもこのまま引き下がるのは納得できん。ちょっと今度はメイヤの剣を貸してくれんかの?」

「わかった、ちょっと待っててーー〝我は解除する〟」

「んん?」


直後、大きな錠前の鍵を外したような音が聞こえた気がした。

そうして渡されてきた剣を、ジュジュはまじまじと見やる。

うむむむ…………もしかして。


「装備って、ただ持ったり着たりしただけじゃダメなのかの?」


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