第23話
世界樹ムルベンゲで繋がっておるゆえか、異世界とこちらの世界には共通点が多々ある。際たるものとしては、時刻という概念と時計じゃの。
異世界のものをそのままこちらに移したと思えるほど同じ……まあ神族も一から時の概念を作り出すより、元からあるものを流用したほうが楽じゃったのだろう。
時繰(ときく)りの神が持つ懐中時計が午前零時を示す時、この世界全ての時計盤が零時に合わされる。
マグィネカルトの大広場に聳(そび)える時計塔が、午前十時を示す鐘楼(しょうろう)が野太く甲高い鐘の音を響かせておった。
フミとメイヤから事情を聞いた日から二日後、ジュジュ達はマグィネカルトの正門前に来ておった。
マグィネ霊山への乗り合い馬車をそれとなしに見ておると、ザワザワと人の喧騒を引き連れてとある一団がこちらに近づいてきおる。
陽光に鈍く銀の色味(いろみ)を跳ね返す長髪の主を筆頭に、四人組はジュジュの前で止まった。
「……あなたがジュジュアンね?」
「そういうおぬしは銀斜(ぎんしゃ)の灰狼(はいろう)じゃな?」
あまり友好的とも言えぬ冷えた暗褐色の瞳を眇(すが)め、目の前のそやつは僅かに首肯した。
「私が銀斜の灰狼のリーダー、カイエドロよ。カイエと呼んで。後ろに居るのは順にユーハ、オムク、フミ……フミには何度も会っているでしょ?」
カイエの後ろで、きっちり軽装鎧を着込み大盾を持つのがユーハ。
ロングボウとマントを纏っているのがオムク。
そして全身黒ずくめ頭巾のフミじゃな。
リーダーと名乗ったカイエは大きな魔石の付いた杖を持ち、ローブの下からは皮鎧が見え隠れしておる。腰には短剣が二本吊るしてあるので、魔法使い兼近接要員といったところかの。
そして染めておるのか、全員が銀色の髪をしておる。フミも頭巾の下が銀髪なのは事前に確認済みじゃ。
あと遠巻きにいる、先ほどから聞こえるザワザワの原因。カイエ達に付いてきたであろう男ばかりの野次馬集団。
銀斜の灰狼は全員(頭巾姿のフミは除く)かなり見目麗しいし、カイエがスレンダーなのに対してユーハとオムクは肉感的じゃ。
いわゆるファンという事なのじゃろうが、目が明らかに不純な色に染まった輩ばかりじゃの……あと全員、胸に銀意匠のブローチを付けておる。
狼に似せて作られておるようじゃが、そんなものをこんな人数に配るとはどんな集団なのじゃ一体。
「フミから聞いた通り、本当に女のみのパーティなんじゃの。しかも全員が銀髪、これはリメッタが関係者と間違えられるわけじゃ」
「……その事については謝罪するわ。それと、男が入ると魔境内で〝事故が起こる可能性〟が跳ね上がるし、あいつらは臭いから入れていないの。別段不便もないしね」
そう言って本当に嫌そうに顔をしかめるカイエは、うむ、フミから聞いておったようにやはり相当な男嫌いであるようじゃ。じゃが不思議と野次馬集団は不満を示すでもなく、ともすれば笑顔でそれを見ておった。
……なんじゃろう、あの笑顔。セバスチャンのものと酷似しておる気がするの。
じゃがまあ、自他共に認めるイケメンなジュジュやセバスチャンにすらこれほど嫌悪感を露わにするのじゃから、むさ苦しい男などは一顧だにされぬじゃろう。
事故と言う単語が、果たして戦闘面でのチームワークの事か野営の時のあれこれかは、カイエにしか分からぬ事じゃの。
「さて、それでは行くとしようかの? フミに何度も走ってもらって伝えておるが、今回のおぬし達の役割は理解しておるかの?」
「分かってるわ……メイヤ、あなたがこの二日間でどれほど強くなったのか、忌憚なく見させてもらうから」
「わ、分かった! よろしくお願いします!!」
話を振られたメイヤがカチンコチンの身体を何とか動かしお辞儀をする。
こげ茶の髪には寝癖の跳ねっ返りが付いており、同色の瞳もキョロキョロと忙しない。リングドーヴとキュローにメイヤに合わせた装備を準備してもらい、メイヤにはそれを身に付けてもらっておる。
これでレベルが低くともステータスは上がったので多少は安心できたと思っておったのじゃが……
マグィネ霊山は中腹の温泉まで整備された道があるし、念のためセバスチャンに『話を付けて』もらっておる。
命の危険はほとんどないのじゃが、これだけ緊張しておったら凡ミスで死んでしまいそうじゃ。後で注意しておかねばの。
乗り合い馬車の御者に人数分のお金を渡し、ジュジュ達四人とカイエ達四人で一台の乗り合い馬車を借りる事にする。
あの追っかけ共はどうするのじゃと聞いてみたところ、さすがに魔物の居る地域までは付いてこないそうじゃ。
しかして気づけば追っかけてきておる……お、おう。それはあんまり笑えん事態じゃないのかの?
「私達に危害を加えようとする事はしないし、新しい街に行ったら宿やギルドへの手回しをしてくれてるのよ。だからまあ、これでいいかなって」
本人達がそれで良いなら強くは言えんが、あの追っかけ共は何を求めておるのかさっぱりじゃ。
「愛でる、または萌えるとはそういうものなのですよアマオウ様」
セバスチャンが何やら悟った雰囲気を出しておるがスルーして、大振りの幌馬車に八人乗ったところで御者が馬へと鞭を振るう。
甲高い音がして、繋がれたら二頭の馬が進み出すと同時に馬車も動き出した。
「うむ、乗ってみたかったからこちらにしたが、もうお尻が痛くなってきたの……それに中々に揺れるの〜」
「自動人形(ゴーレム)車はそれ自体が自動人形(ゴーレム)ですし、荷台は人が乗るように設計されたものばかりです。内装も有名家具デザイナーが設計した上級のものですので、次回はそちらへ乗る事にいたしましょう」
「自動人形(ゴーレム)車は馬車と比べて十倍以上の料金なのに、そんな簡単に決めるだなんて……やはり噂通り、ジュジュアンはどこかの貴族様なのかしら?」
カイエの暗褐色の目が探るように向けられるが、ジュジュとしては見当違いもいいとこなので首を振っておく。冒険者や食挑者などは脛に傷のある者が多いし、身分を隠した貴族という場合も結構ある。
ジュジュは貴族ではないが一応有名菓子店の一人息子じゃし、 変な勘違いをされたままより店の名前くらいは教えてもいいかもしれんの。
「ジュジュはフラウマール菓子店の一人息子じゃよ。このジュジュアン・フラウマール、貴族や後ろ暗い過去なんて存在せんぞい?」
まあ今世に限った話じゃが。
六百年前の魔王時代まで持ち出したら脛に傷以上の過去が出てきてしまうの。
「フラウマール菓子店だって!?」
「ユーハ、知ってるの?」
「カイエ……むしろ知らないのかと聞きたくなるよアタイは。アタイらの追っかけがたまに差し入れしてくるだろ? その中でめちゃくちゃ美味しいプリン、あれはフラウマール菓子店のものなんだよ」
「あ〜、確かそんな話を追っかけの人が言ってたような? けどオムクはプリンよりもシュークリームのほうが好きだな〜。周りの生地は厚いのにサクサク、中のクリームは甘くてトロトロ。あれは悪魔のお菓子だよ〜」
「な、なんで二人共そんなに知ってるのよ……フミはさすがに知らないでしょ、フラウマール菓子店なんて」
「ワタシハ、エッグタルトガスキデス」
唯一見えてる目を細めて幸せそうな顔をするフミに、カイエは信じられないと言った顔をする。
とりあえず、お買い上げありがとうございますじゃな!!
「信じられない……メイヤを誑(たぶら)かすだけじゃなくメンバーにまで手を出すなんて」
「誤解を招くしかない言い方をするでない!?」
「そんな事言ってるけどさ、カイエだってフラウマール菓子店の商品で気に入ってるのがあるだろ?」
「わ、私は甘いものをあまり食べないからお菓子で気に入ったものはないはずよ」
「だからお菓子じゃなくて、くるみパンだよ」
ほう、くるみパンか。そういえばスポンジを焼く時の要領で手を出して、結構良い感じに出来たからパンは何種類か売りに出しておったの。
大粒のくるみとカラカラ塩湖の岩塩を使って焼き上げたくるみパンは、ほのかに甘じょっぱい味がしてジュジュも好きじゃぞい。
「あのくるみパンを好いてくれるとは嬉しいの〜。あれはジュジュが特にこだわったパンじゃからの」
「そんな、私まで誑かされていたというの? ……食べ物で女性を釣るなんて最低だわっ」
「ジュジュ達と出会う前から好きだったんじゃよの?」
「あ〜、悪いね。こいつは男に対して神経過敏すぎる気質なんだ。いつもはもう少し自制が効くんだが、メイヤがあんた達に懐いてるもんだからヤキモチ焼いてんのさ」
「なっ! ばっ!? ユーハ!!?」
言葉にならない声を上げるカイエの顔は、お酒も飲んどらんのに真っ赤っかじゃ。じゃがそんなカイエの様子に目をくれる余裕も無いように、先ほどからメイヤは瞼を閉じ精神集中に勤しんでおった。
うむ、メイヤの話ぶりから察して過保護じゃとは思っておったが、カイエだけ特別に過保護のようじゃの。
それにしては、なぜ護衛対象のメイヤに剣や魔法を教え冒険者としての教育をしておるのか。
貴族が今も昔も変わらぬ生き物なら、何となく理由は察せられるがの。
「そんなにフラウマール菓子店のお菓子が好きなら、炎帝鳥ホロアの羽根を手に入れた後ジュジュが作ってやってもよいぞ?」
もちろん、ステータスアップを阻止する武具を作ってからじゃが。
「それ、私はそれを聞きたかったの。あなた達、本当にホロアから羽根が入手できると思ってるの? ホロア自体は私達銀斜の灰狼が何とか勝てるレベルと言われてるし、何より羽根はホロアが自ら分け与えないと意味が無い。依頼の難度で言ったらSランクものよ、これは」
荒涼とした大地を抜け、マグィネ霊山のまばらな森林へと足を進める馬車に揺られながら、カイエは厳しい眼差しを向けてきおる。
まあ普通に考えれば、ジュジュやリメッタのような子供を含めたパーティが受ける依頼ではないの。
EXランクじゃから受ける事は出来たが、これはグランドギルドマスターの要請で隠匿せねばならぬ。
ジュジュとセバスチャンのギルド証はAランクと偽造が施されておるが、どうやらカイエの態度から察するに信じておらんようじゃ。
まさか元魔王で、セバスチャンに至ってはレベルが100万を超えておるとはさすがに言えんしの……
「言っておくけど、もし戦いが無理なレベルだと判断したらすぐにメイヤを連れて帰ってもらうから。冒険者が信じるのは人柄じゃない、腕っぷしよ」
なかなか豪胆な事を言うカイエに、ユーハとオムクは苦笑いを浮かべておる。フミは馬車の後ろで警戒に当たっておるが同じ雰囲気じゃ。
完全に仲良くする気はないようじゃのーーじゃが良いじゃろう。
ならばジュジュ手ずから鍛えたメイヤの実力、特と見て腰を抜かしてもらうぞい!!
「おははは、目ん玉ひん剥いてよく見ておくんじゃな」
「……その自信が本物である事を祈るわ」
そうして馬車は、ジュジュ達のお尻に軽微なダメージを刻みながらマグィネ霊山の山道入口に辿り着くのじゃったーー
▲▲▲▲▲
「山頂に向かう道は中腹までは一般道を行こうと思うぞい。はぐれ魔物や魔獣がたまに出て来るが、この道を守るために雇われた冒険者が見回りをしておるからの。不測の事態は起きんじゃろ」
「中腹から山頂までは確認されてるルートが三つあるわ。一つは魔物の集落の近くを通るルート、それと急勾配の獣道を行くルート。これは魔物もあまり出ないみたい。そして最後は断崖絶壁ーー崖を登という一番短くて一番過酷なルートよ」
「ど、どうしようかジュジュアン! 力を試したいけど魔物が多いのはすごく不安だし、獣道など歩いた事がないぞ!!」
木々を切り開いた道幅の広い山道を歩きながら、聞かされたカイエの説明にオロオロと慌てだすメイヤ……うーむ、やはり思っておる以上に緊張しておるようじゃの。
仕方ない、まだ早いがメイヤに自信を持たせるために『仕込み』を発動するか。
「セバスチャン、〝あれ〟はすぐ呼び出せるかの?」
「はい、アマオウ様。気配を感じるに二十ティートス以内に待機しているようです。事前に決めた魔力の波を出せばすぐにでも」
「うむ、リメッタは前言ったように障壁魔法を発動するんじゃ。張るのは対物理、対魔法、対気配、それが終わったら人払いの魔法を周囲に使うように」
「はいはい、魔力が少ないから節約しながら魔法使わなきゃね」
「アマオウ……だと? それにあなた、一体何を言ってるの?」
「アマオウはジュジュのアダ名のようなものじゃよ。ただし呼んで良いのはジュジュが認めた者だけじゃがの。さて、何を言ってるかじゃったなーーうむ、丁度来たようじゃ」
人払いの魔法によって、通りはいつのまにかジュジュ達とカイエ達しかおらんかった。
そんなジュジュ達にまるで聞かせるように、腹の底に轟く地鳴りが身体の芯を震わせ、地面を強かに揺らす。
山道の両端に生(お)い茂る木々がメキメキと音を立て、地鳴りは徐々に巨大なモノの足音だと認識できるようになった時ーー
〝あれ〟は姿を現した。
「ゴガァァァァァァァァァッ!!!!!!」
身長は五ティートスをゆうに超え、腕はジュジュが二人分でも足りぬほど太い。足から伸びた長い爪は深く地面を抉り、紫と黒のまだらな体毛は一本一本が針金のように太く、毒々しい瘴気を発しておる。
木の幹ほどの首の上には身体に対して不自然なほど小さい頭があり、爛々と輝く金色の瞳は獰猛な眼差しでジュジュ達を睨み据える。
耳まで裂けた口から覗く牙が本能に根ざした恐怖を刺激して、一時たりとも目を離す事を身体が許してはくれない。
涎を垂らし、爪を地面に食い込ませ、木々をへし折りながら現れたのはマグィネ霊山で最強と呼ばれる魔獣の一角。
「〝腐食爪(ふしょくそう)パンダ〟っ!? そんな、あれはガス溜まりのある霊山の裏側にしか生息していないはず。しかもあの大きさーー皆、今すぐ戦闘準備! あなた達はメイヤを連れて逃げなさい!! 私達でも勝てるかどうか……」
「なぜ逃げるのじゃ? せっかく用意させてというのに。さて、それじゃあメイヤ〜?」
ポカンと口を開けているメイヤの首根っこを捕まえ、腐食爪パンダの真正面に立たせる。元の剣より何倍も高性能になったリングドーヴ製の剣を握らせて両肩に手を置くと、その見開いたこげ茶色の瞳にジュジュの顔が浮かんでおった。
ーーうむ! これから起こる魂の輝きに期待するとても良い笑顔じゃ!!
「ではメイヤよ、見事あれを一人で倒してみるのじゃぞい!!」
「「ーーーーーーーーっ!!?」」
メイヤとカイエが言葉にならない叫びをあげるのと、腐食爪(ふしょくそう)パンダが言葉にできない雄叫びをあげるのはほぼ同時なのじゃったーー
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