第22話

ショコラ・ミルフィーユを食べた後、クリームを三種類使ったロールケーキと、四種類使ったロールケーキを作って帰ってきたセバスチャンに食べさせてみた。二種類は前に試した事があるから無しじゃ。

やはり上がり幅は変わらず、ステータスアップ効果のある材料を使ったお菓子を食べても、ステータスはその材料によって上がるステータスからランダムに、しかして合計で5までしか上がらんかった。

五種類含まれたお菓子のみステータスを一気に10上げ、身体強化のような副次効果も出るようじゃ。

ショコラ・ミルフィーユを食べた影響かテンションの高くなったメイヤには更なる修行を課し、リメッタも次いでとばかり巻き込んでおく。

逃げ出さぬようセバスチャンを監視に付けて、残ったショコラ・ミルフィーユを渡し、ジュジュは一人で宿屋の外に出る。

少しだけ歩き路地裏へと歩みを向け、中ほどまで進んでから足を止めた。


「わざわざ人のおらぬところまで出てやったんじゃ。姿を現してはどうかの?」

「…………」


ジュジュの台詞がうら寂しい路地裏に響くと、影になっておる部分から滲み出るように『それ』は姿を現す。


「ナゼワカッタ?」

「うむ? なぜと言われても分かったから分かったのじゃが……というか、やはりおぬし〝魔人族〟じゃな? おそらく西部のほうじゃろ」

「ッ!? オマエ、ナンデシッテル」

「人族の言葉を覚えておるが、喋り方の訛りが酷いぞい。そんな訛りが出るのは大体西部出身の者じゃったからの〜」


ジュジュは出来るだけ呑気な声色で言ったつもりじゃったが、どうやらこやつはそう捉えてくれんかったようじゃ。

懐に忍ばせていた懐剣を取り出し、目線の高さまで上げて構えてしまったわい。

服装は隠蔽の魔法の掛けられた黒い上下で、顔はこれまた黒頭巾でもって隠してある。これほど徹底した様はなかなか見た事ないの。

じゃが身体つきや目つきから垣間見るに、それほど歳もいっておらんようじゃ。いってても十代後半といったところか。

声は魔法で変えてあるし、身体も出っ張りが無いがサラシを巻けば誤魔化せるしの……まあ良い。本人に聞けばいい事じゃ。


「ーーそれで? ジュジュ達を宿屋の一室から監視したり追っかけたり、どんな用があるんじゃ?」

「ナンダ、カラダガオモイ……!!」


周りの魔力を集め自分のものとするーーいつもは広範囲の生物からほんの少しずつ集めるが、目の前のこやつからは多少多めに貰う事にした。

きっと身体強化の魔法も使っておったのじゃろう、それも維持できんほど魔力を取られ、また魔力の減った身は気だるげに感じたはずじゃ。


「うむ、この魔力の味。おぬし女ではないか? 尋問とか苦手なんじゃが、その上女ときたか」

「マ、マダオワッテナイゾ!!」


ついに片膝を付いた身体で、それでも懐剣を投げつける怪しげな女。じゃが懐剣はその刃をジュジュに届かせる前にまるで陽炎のように揺らぎ、その存在が最初から無かったごとく一瞬で消え去ってしまった。


「ナニヲシタ!?」

「ちょっと魔力を前面に集めただけじゃ。異様に濃い魔力はその場を変質させる力がある、魔境や迷宮、近場ではマグィネ霊山の山頂部などの。この場合はジュジュの任意で別の空間と繋げておる。おっと、近付くでないぞ? 並みの障壁魔法ではそれごと身体を飛ばされてしまうからの」


目を驚愕に見開く女に拘束魔法を使う。光の鎖でグルグル巻きにされ仰向けに倒れた女じゃが、さて、問題はここからなんじゃよの……おっと。奥歯に何か毒を仕込んでおるようじゃし、呼吸と瞬き以外身動き出来ぬように魔眼も使っておこうぞ。


「魔法で洗脳して聞き出すも良し、霊体にして自動人形(ゴーレム)に突っ込んで命令するも良しーーなのじゃが、それじゃと確実におぬしの命がないしの。セバスチャンもこういった事は苦手じゃし、リメッタが出来るとも思えん……仕方ないかの」


目玉を動かせぬので虚空を見上げる女の視線に、ジュジュはヌッと身を乗り出す。そして安心するように出来るだけゆっくりの声でもって語りかけた。


「時におぬしーー〝同性は好きかの?〟」


理解が出来ないと言った風に瞬きをパチパチ繰り返す女の横で、ジュジュは召喚魔法陣を描き出す。

魔法陣の最後の線が結ばれた瞬間光が溢れーー呼び出したモノが姿を現した。


「呼ばれて飛び出て、はい私でーーす!!」


召喚魔法によって出てきた相手は、目に痛い青のスパンコールのドレスを着てピンクのファーを首に巻いた格好じゃった。サファイアブルーの髪はハーフアップで纏められ同色の瞳を隠すように大きなサングラスを掛け、いや、何というか……


「出オチ感がハンパない!!?」


思わずそうツッコミを入れてしまうくらい場違いじゃったーー


▲▲▲▲▲


「ずびばぜんでじだ〜」


ジュジュが真顔で「すみません帰ってもらっていいですかなのじゃ」と言うたら、インヴィルゲルトことヴィーは泣きながら謝ってきおった。

ならば最初から普通に出てくれば良いものを。


「だって最後に還された時に失敗してましたので、次に呼ばれた時は最初から全力で行こうと決めてたんですわ」

「あの格好は何に対する全力なのじゃ」

「何というか、ナニです」

「おぬしやっぱ帰れ!!」


いやいやとかぶりを振るヴィー。ジュジュは溜息をついて気を取り直し、転がしておいた女のほうを見やる。


「ヴィーよ、水棲魔人族の長たるおぬしなら男性のみならず女性も魅了ができよう? ジュジュじゃと後遺症や肉体を傷つけず尋問というのは難しくての。と、そういえばおぬしにもステータスがあるんじゃったな?」

「あ、はいアマオウ様。なんならご覧になりますか?」


そう言って『オープン・ステータス』と呟いたヴィーの前に黒いステータス表が現れる。うむ、やはり前世の魔王の時から仕えておっただけにレベルが50万もあるの。

ステータスの数値も軒並み高い。水棲魔人族は特殊能力があるので単純な力は低いとされているが、これだけあればマグィネ霊山くらいなら大魔法一発で吹き飛ばしそうじゃ。


「おぬしの固有スキルは〝蠱惑(こわく)の芳香(ほうこう)〟。性別問わずレベルが下の者に魅了効果か。レベルやステータスが出てきた今の世の中じゃと無敵に近いスキルじゃの」

「ですが私よりレベルの高いセバスチャンさんや他の種族長、そもそも性別のない精霊や霊体にはまったく効果がありませんのですわ。あとはアマオウ様のように、レベルが低くてもまったく魅了されない特異な方などもいます……ああ、素敵!」

「ナチュラルに抱きしめてつむじ辺りの匂いを嗅ぐでない、あと足を絡ませるな」


昔はこんなに積極的ではなかったのじゃが、やはり威厳が足りんのかの。

魔王時代は幻惑魔法を使って、威厳ある老人の真似をしておったが今はそんな必要もないしの。

あまり行き過ぎたスキンシップをされると、ジュジュも健全な十二歳の男子じゃし色々危ない事もある。

部下に手を出すなどブラック企業の極みじゃから絶対せんがの!!


「ヴィーよ、その固有スキルを使い尋問するんじゃ。ただし魅了は後遺症の残らないように、心と身体に傷が付くのもダメじゃぞ」

「委細承知でございますわ。このインヴィルゲルト、アマオウ様の御心のままにいたしますわ」


にっこりと笑って女に近づくヴィーから、何やら可視化できそうなくらい気合いのオーラが出ておる気がする。


「ふふふ…… さあ子猫ちゃん。私がアマオウ様のご寵愛(ちょうあい)をいただけるようにキリキリ喋ってもらいますからね? あなたは叩かれたい? 踏まれたい? それとも縛られたいかしらぁ?」

「ーーーーーーッ!!!?」


ジュジュの魔眼の効果で声すら上げられん女が、それでも悲壮な声を叫んでおる気がする。

うむ……人選、間違ったかもしれんの?


▲▲▲▲▲


「というわけで、こやつがジュジュを襲った襲撃犯の女改め、フミじゃ!!」

「「…………」」


あれからヴィーによる濃厚な尋問(ジュジュは障壁魔法と幻惑魔法を掛けるので手一杯で何も見ておらん!!)により名前や目的が判明したので、セバスチャンに魔法で皆を集めるよう指示を出し、今ちょうど説明をしておるところじゃ。

かなり得意げな顔で言ったのじゃが、セバスチャンの無表情はいつもとしてリメッタとメイヤの反応が薄すぎる。

というよりほぼノーリアクションじゃの。


「なんじゃつまらんの。せめても少し反応してほしいわい」

「おったまげー」

「セバスチャンどうした?」


またいきなり変な事を言い出すがどうしたんじゃ?

と、リメッタが今まで閉じていた口を開くと、怒りを込めた眼差しで睨んできた。


「そんな瑣末(さまつ)ごと、どうでもいいわ!! それより問題は何で今ここに、その女が居るのかって事よ!!?」


リメッタが指差す先では、ジュジュ達四人が座るテーブルの横にヴィーが立っており、毛先の枝毛を気にしておるようじゃった。フミはその横にピタリと張り付いておる。

リメッタの怒声にやっと気づいたといった風に顔を上げ、ついでーー


「あらすみません。リメッタ様があまりにも〝太く〟なりすぎていたので知り合いかどうか戸惑い気づくのが遅れましたわ」

「むっきーー!!!?」

「え、ぶっひーー? そんな豚の鳴き声、いえデブの鳴き声をしなくても……ちゃんと太っておいでですよ?」


最後は茶目っ気たっぷりといった感じで小声で言うので、リメッタは今にも破裂しそうなくらい顔を真っ赤にしてしまった。

ジュジュから見たら少し線が太くなったかも? というくらいなのじゃが、同じ女性だとこうも敏感に分かるものなのか。

しかしまあ、これはジュジュの責任も一部有ると言えなくもないので、ここらで止めておかんとリメッタがこの一帯を消滅させかねん。


「ねえ、あなたもそう思うでしょフミ?」

「ハイオネエサマ。アノデブハミニクイデス」

「いようし滅ぼす今すぐあんたら滅ぼすわ〝神のーー〟」

「うわわわリメッタそれは洒落にならんやつじゃから止めよ!! おぬしらも煽るな、というかフミもお姉様って何なんじゃ!!?」


セバスチャンに羽交い締めにして猿ぐつわを噛ませさせ、その上から拘束魔法を掛けて何とかリメッタを抑えた。

あと少しで呪いの首飾りも壊れるところじゃったぞ、ほんと女の衝突は空恐ろしいぞい……


「ヴィー、これ以上騒げば強制送還じゃからな」

「ええ分かりましたわ。大丈夫です、もう充分満足いたしましたので」

「リメッタを煽る前に満足して欲しかったがの! セバスチャン、リメッタを部屋に連れていってくれ。この話は別に聞かせんでも良いじゃろ」

「承知いたしました。リメッタ様、行きますよ」

「もがーー!! もがががーー!!?」


暴れるリメッタを荷物のように抱えて二階へと行くセバスチャンを見送り、さて、と。ジュジュは今からする話の中心人物を向いた。

先ほどから一言も喋らぬ、メイヤのほうを。


「メイヤよ。おぬしが黙っておっても殆どの事はフミから聞いておるぞい?」

「……フミは、どこまで喋ったんだ?」

「全部ですわ、メイヤ〝姫〟」


姫、という言葉を聞いてメイヤの肩がビクンと揺れる。それでも押し黙ったままでいるので、見かねたようにヴィーが言葉を続ける。


「フミは人族語が苦手なようなので魔人族語で聞きました。メイヤ姫は大都市ドラビルを統治する盟主の一人娘。今はとある事情でAランクパーティ〝銀斜の灰狼〟に預けられている。本人に剣と魔法の才能があり、また本人も戦う事を望んだのでパーティに仮登録して簡単な依頼には参加させていた。そうですね?」

「どうせ全部聞いてるのなら、私に確認する必要はないだろう?」

「聞いた事が全部本当か分かりませんし、メイヤ姫も言い訳の余地くらいはあったほうが良いでしょう?」


その言葉にまた黙ってしまったが、ヴィーは関係ないといった感じにまた喋り出す。


「けれど前回の討伐依頼の時にリーダーの指示を聞かず、そのせいでパーティメンバーが怪我をしてしまう。その罰としてパーティの仮登録を解除、また新しい依頼は高ランク専用の依頼なので連れて行けない事を伝えると、私が未熟だからなのかと喚いて何処かに飛び出してしまう……と」

「まんま、未熟者と若者特有の行動をしておるのおぬし」


自覚があるのかそう言われても下を向いて黙っているメイヤに、フミがおずおずと声をかける。


「メイヤ、リーダーガシンパイシテル。カエロウ?」

「……嫌だ。私でも足を引っ張らないって、未熟じゃないと認めてもらうまでは帰らない」

「メイヤ、未熟な事は罪ではないぞい?」

「けど! 私のせいで仲間に怪我をさせてしまったんだ!! 足を引っ張るままで、お荷物のままでいたくないんだっ」


うーむ、これは思ったよりもだいぶ拗らせておるの。

聞けば、炎帝鳥ホロアの羽根を手に入れたら認めるという話をフミは知らないそうじゃ。

大方、それくらい出来ればぐうの音も出ないと思っておるのじゃろうが……


「フミよ。メイヤはこちらが責任持って預かると銀斜の灰狼のリーダーに伝えてくれるかの?」

「ソレハイイガ……ホロアニイドムノナラ、キットリーダーハトメニクルゾ?」

「そうじゃろうな。じゃから二日後、おぬしらも一緒にマグィネ霊山に登ってくれ。そこでメイヤの成長を見て、後はそっちで話し合えば良い」

「……いいのか? 自分で言うのもなんだけど、私のせいでジュジュ達は無駄な苦労を背負ってしまうぞ?」

「おははは、元々メイヤの素性や目的はあまり興味がなかったぞいジュジュ達は。今回は事がそちら側に流れたので知ってしまったが、興味があるのはおぬしの魂の成長のみじゃ。若人が輝くように生きる様は見ていてとても楽しいんじゃよ」

「……私より若いっていうのに、ほんとによく分からないやつだな、ジュジュは」


強張っていた顔に僅かじゃが苦笑が浮かぶ。ともあれ、これはメイヤを鍛える甲斐が出てきたというものじゃな!!

うーむ、しかし大都市ドラビルか。確か食挑者のリンタムが店を構えておる都市じゃったの。

ここで炎帝鳥の羽根を手に入れて武具を作ったら、そちらに向かっても良いかもしれぬの。

ーーしかし、まずはこちらじゃ。


「それじゃその銀斜の灰狼に認めてもらうよう限界を超えるとしようかのう、メイヤ? ーーというわけで修業量三倍じゃ。今夜は完徹じゃからの」

「え?」

「あ、ついでにリメッタのほうも修業量を増やそうかの。あやつならメイヤより頑丈じゃし多少無茶をさせても構わぬじゃろ。安心せい、死んでも蘇生魔法を掛けてやるからの」

「え? え? え?」


下手をすればスキップしそうなほど楽しげなジュジュの隣で、はて、なぜメイヤは顔面蒼白でガクガク震えておるのじゃろうのーー


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