第21話

「まずは底に敷く生地としてダックワーズを使う。ダックワーズはダコワーズともいい、元々の語源はフランスのダックスという町じゃな。アーモンドパウダーと粉砂糖、薄力粉を混ぜメレンゲに混ぜ込む。丸いタルト型に張り付けて重石を入れて焼く。生地は昨日仕込んどいたから焼き上げるだけじゃな。ダックワーズを焼いている間にチョコレートを湯煎し、泡だてた卵白とバターで作ったバタークリーム。チョコレートと生クリームを混ぜたクレームショコラ。ベリーのジュレ。砂糖を加えてホイップした生クリームのクレームシャンティ。カカオ含有量を変えたチョコと生クリームを混ぜ、ゼラチンをつなぎにしたムースショコラ。コーヒーソースを染み込ませたスポンジ生地を用意する。ダックワーズが焼けたら冷まし、ムースショコラをその上に絞る。おっと、障壁魔法より内側には入ってこぬようにの? そこから穴が開いて砂やゴミが入ってきてしまうからの」


先ほどと同じ宿屋の裏庭で、ジュジュは収納袋から簡易キッチンと材料を取り出しお菓子作りを開始した。

剣を杖にしてメイヤが近づいてこようとするので声で制し、作業を再開する。


「ムースショコラを平らにならし、その上にコーヒーを染み込ませたスポンジ、これは横に切って薄くしておくぞい。そのスポンジの上にベリーのジュレ、クレームショコラ、バタークリームの順で絞っていく。またコーヒースポンジを挟み、クレームシャンティを絞って一度冷蔵庫で冷やす。ええいジッと見るでない! 今のうちに風呂にでも入ってくるんじゃ!!」


ギルドが紹介してくれたこの宿屋は中々豪勢で、陶器製の湯船が最上級ランクの部屋には備え付けてあった。EXランクじゃからか分からぬがこの部屋に格安で泊まる事ができ、今こうやって裏庭を占有していても文句も言われぬ。

まあギルドのほうには何かしら言ってるかもしれぬが、気兼ねなく作業が出来て良かったわい。

冷やしておる間に小さめに切った林檎をバターを溶かしたフライパンに入れ、グラニュー糖と水でキャラメリゼしておく。

冷蔵庫である程度冷えた、ダックワーズの上で都合七層のその山を、ダックワーズの横側のヒダを残さないように上下左右に切り正方形にする。

切った正方形のそれを更に十字に切り四つに分け、湯煎したチョコレートソースをかけ再度冷蔵庫に入れ、固まったら上に林檎のキャラメリゼを置いて完成じゃ。

先ほどから戻ってきて今か今かと目をキラキラさせながら待っておった二人に苦笑しつつ、チョコソースで模様を描いた皿の上に載せて二人に差し出した。


「〝七層仕立てのショコラ・ミルフィーユ〜林檎のキャラメリゼを添えて〜〟といった感じかの。さて、それじゃあ食べてみてよいぞ」

「なんていう綺麗なお菓子なんだ……フォ、フォークを入れるのも勿体ない気がする」


テンション高くお菓子を掲げ四方八方から眺めるメイヤを尻目に、リメッタがこちらへと近寄ってきて耳打ちしてきた。

じゃが目だけはショコラ・ミルフィーユのほうを見て逸らさないの。


「ちょっとアマオウ、私はもちろん食べるけどこれ食べさせていいの?」

「大丈夫じゃよ。ステータスはレベルアップの時に急激に上がるから、この二日間見るのを禁止すれば上がった事には気づかぬはず。どうせステータスを上げるつもりなんじゃから、少しズルをしてもいいじゃろう」

「ステータスを見るのを禁止にしても、こっそり見るかもしれないじゃない」

「メイヤが自発的に、ステータスを見ようとはしなくなる魔法を掛けたから問題ない」

「サラッと神族でも知らない魔法使うのやめてくれる?」


リメッタが呆れとも苦笑ともとれる顔をした直後、バターンと盛大に何かが倒れる音が響き渡った。

と言ってもまあ、メイヤなのじゃが。

倒れはしたもののショコラ・ミルフィーユはきちんと簡易キッチンの上に置いており、次いでメイヤの目から止めどなく涙が溢れてきおった。


「チョコの甘さが口いっぱいに広がる。ジュレの酸味が、コーヒーの苦味がアクセントになって味のしつこさを無くしてる。甘苦い林檎が違う食感と甘さを感じさせてくれる。何層にもなった甘さの断層が、閉じ込められた幸福の甘みが、何度となく私に襲いかかってきてーーふ、負けた」

「キャラ変わりすぎじゃろおぬし」


思わずツッコんでしまうほど饒舌に味の感想をあげるメイヤに呆れつつ、自分でもショコラ・ミルフィーユを食べてみる。


「おお……これは良いの」


ガツンとくる急激な甘さではなく、じんわりと染み渡るようなチョコの甘み。メイヤの言った通り甘さのアクセントとなっておるコーヒーやジュレもじゃが、林檎のキャラメリゼが良い味わいを出してくれておる。

口から身体全体へと広がっていく甘い幸福感に痺れつつ、ジュジュは今までにない活力が身体に満ち満ちていくのを感じた。


「これは、ダメだわっ。世の中の女性全員を蕩けさせる魔性のお菓子よこれは。止まらない、私のフォークが止まらない……!!」

「残りの一個はセバスチャン用じゃから食べるなよ? それよりリメッタ、ジュジュのステータスを魔眼で確認したら全体で10も上がっており、身体強化魔法を掛けた状態と同じになっておった。ショコラ・ミルフィーユを食べただけでじゃぞ? 魔性のお菓子とは言い得て妙な事を言うわい」


リメッタに聞かせているようで、実は自分自身で確認をするためにジュジュの独り言は続く。

声には抑えきれぬ、興奮があった。


「不思議じゃったんじゃ。同じチョコでもムースやカカオ量の違う場合はどうなるのか……結果はどうやら、違うものとしてカウントされる。そしてステータス上昇する要素が五つ以上ある場合、上昇率は10になり更に身体強化のオマケ付きじゃ。これは、この状態はーーまさに祭、狂乱祭じゃ」


決めた、この状態の名を。

まるで一つの必殺技のような、お菓子を食べる事で得られる力の名前。

常とは違う身体強化によって熱を帯びた思考で、ジュジュはその名を口にした。


「〝菓子狂乱祭(スイートフレンジーフェスティバル)〟」


ーー後日、完全なる黒歴史としてジュジュを苦しめる記憶が誕生した瞬間じゃった。


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